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ナザーユ雪山 その17

 私は周囲を見回したあと空を見上げた。


 せめてこのホワイトアウトが晴れてくれたら……そうすれば滑落や仲間への魔法の誤射を恐れずに、周囲の戦況も把握しながら伸び伸びと戦えるのに。


 だけど半年に1回あるかないかの、天の気まぐれを当てには出来ない。


「敵意を感じるってことはさ。タイガにはボスの場所がわかるの?」


「ああ」


 たぶん最初に雄叫びをあげてドラミングを始めたナザーユサスカッチがボスだ。


 私には魔物の個体を判別できないけれど、タイガにはできるんだね。


「だったら……」


 前方にイヴィらしき小さな影を見つけた私は、言葉を切った。


 小さな影は複数の大きな影に囲まれている!


「イヴィ!」


 私は叫んだ。


 タイガがイヴィを囲むナザーユサスカッチ達を押しのけながら、回り込むように彼女の背後に滑り込む。


 イヴィは決死の形相で振り返ると、魔力に満たされて輝く魔力図をタイガへ向けた。


「撃たないで! おっきいけどタイガだよ!」


 私はタイガの背中から滑り降りるともう一度叫んだ。


「お前かい。新手かと思って焦ったじゃないか」


 緊張を緩めないイヴィの顔には、少し疲労の色が見える。


「無事でよかったよ」


「ああ。お互いにねぇ。だが状況は最悪なままだ」


 イヴィの言う通りだ。


 私達がひとつの所に集まったせいで、分散していた魔物達も集まって来てる。


 自然の脅威と魔物の脅威。


 どちらか一方だけなら、なんとか切り抜けられるだろうに……!


 ナザーユサスカッチ達はブラッドベアーサイズのタイガがいるせいか、一定の距離を取ったまま威嚇するだけで近寄って来ない。


 尤もこの膠着(こうちゃく)状態はいつまでも続かないはずだ。


 私は考えていたアイデアを口にすることにした。


「タイガ。私達の事はいいから群れのボスを倒しに行って」


 顔だけこちらを向いたタイガは、すぐに返事をくれなかった。


 代わりに不安と歓喜の入り混じった複雑な感情が流れてくる。


「タイガ?」


 タイガは私から視線を外して正面に向き直ると言った。


「断る」


「なんでよぉ!」


 タイガだってボスと戦いたいはずなのに。


 余りにらしくない態度だ。


 ……もしかして、私が雪崩に飲まれた時の事をまだ気にしてるのかな。


「来るぜ」


 私達を包囲する無数の気配が一斉に動き出した。


 背後に鎮座するタイガがその巨体で壁を作ってくれたので、私とイヴィは前方に集中する。


 飛び掛かって来たナザーユサスカッチを、私は避けずに『威力を受け流す超つるつるの魔法』と体術で押しのけた。


 イヴィは物理防御壁の魔法を操作して陣形の隙間に入り込もうとするナザーユサスカッチを食い止めつつ、反撃の魔法を放つ。


「また私達を分断させようったって、そうはいかないんだからね!」


「ティア、このままゆっくり氷壁まで向おう」


 イヴィが言った。


 氷壁まではまだ少し距離があるはず。


「何か手があるの?」


「そんなものはない。だが氷壁を登り、洞穴へ辿り着ければ、逃げ切れなかったとしても地理的優位には立てるだろう。あまり期待は出来ないが、知能が高い奴らなら不利を認めて諦めるかもしれん」


 確かに……。それに氷の壁や床なら、ここと違って私の『つるつるの魔法』も効果を十全に発揮できる。


 ただ距離が……ううん、迷ってる場合じゃない。


 だったら尚更体力と魔力があるうちに行動を起こすべきだ。


「先導してイヴィ! タイガはフォローお願い!」


 イヴィが手にしたコンパスの針を確認する。


 私達は陣形を崩されないように立ちまわりながら移動を開始した。


 ナザーユサスカッチ達が攻撃の後、あと一歩の距離まで下がると声を出して挑発的に笑ったり、よろけたふりをして隙を見せてくる。


 これは明らかな罠だ。


 私達の誰かがムキになって追いかけてくるのを誘ってるんだ。


 相手の感情まで利用してくるなんて、本当に人間みたいな戦い方をする。


「そんな手にはひっかからないよ」


 言葉はわからなくても、表情や声の調子で伝わる事もある。


 私が睨みつけてそう言うと、笑っていたナザーユサスカッチの1匹が顔をしかめた。


 氷壁を目指す事を優先して防衛に注力する私達と、持久戦狙いの魔物との戦闘は拮抗を保った。


 しかしそれは序盤だけだった。


 やがてなかなか切り崩せない私達に対して、ナザーユサスカッチ達が物量作戦を全面に押し出し始めた。


 緩やかに、波のように押し寄せていた魔物達が、怒涛の勢いで入れ替わり立ち替わり襲い掛かってくると、私達は一切の余裕がなくなった。


 張り詰めた緊張と、なぶるような魔物の攻撃への苛立ちに疲労とストレスが溜まる。


「はぁ……ッ! はぁ……ッ! イヴィ、氷壁はまだ!?」


 私は喘ぐように叫んだ。


「ふんばりな! もうすぐだよ!」


 私を叱咤(しった)するイヴィも疲労を隠しきれていない。


 あれから何時間経っただろう。


 次々と襲い掛かってくるナザーユサスカッチ達との激しい応戦が、もうずっと休みなく続いている。


 さすがに体力も神力も底が見え始めた。


 こちらは息も絶え絶えなのに、交代で戦闘と休憩を繰り返している魔物達の勢いは序盤からまったく衰えていない。


 状況は悪化の一途を辿っている。


 やっぱり戦いながら氷壁を目指すのは無理があったかな……でも他に良い手がなかったことも事実だ。


 決断はした。いまさら泣き言をいっても始まらない!


 私は神力を振り絞るように魔法を放つと、溜め込んだ衝撃を2匹のナザーユサスカッチにぶつけて同時に吹き飛ばした。


「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」


 神力の低下に頭痛が止まらない。


 酸欠で体も重い。


 気を緩めたらすぐにでも意識を手放せそうだ。


「はぁ、はぁ、着いたよ! 登れるかい!?」


 魔物達を警戒しつつ、視線だけイヴィの方へ向けると、視界の端に氷壁が見えた。


 やっと着いたんだ――! ここまで長かった……っ!


 心に安堵がよぎる。


 だけど私は全身の疲労を思い出して絶望した。


 こんな状態じゃ壁なんて登れそうにない。


 私がイヴィへの答えに迷ったその時、タイガが私の襟首を咥えるとひょいと持ち上げた。


 そのままタイガは氷壁に爪を突き立てると、ほとんど垂直に近い壁を一気に登り出す。


 私は極度の疲労に朦朧としながらも、焦って足元を覗き見た。


 吹雪に煽られてふら付きながらも、氷壁に張り付くように浮遊魔法で飛んで追ってくるイヴィの姿が確認できると、私はほっと胸を撫でおろした。


 さらにその下、私達が立っていた場所にナザーユサスカッチ達が群がるのが見える。


 こちらを見上げる魔物達が壁に手をかけたところで、真っ白な霧に溶け込むように何も見えなくなった。


 ナザーユサスカッチ達はまだ諦めてないのかな?


 でもこの氷壁を登るのは簡単じゃないはずだ。


 数百mほど氷壁を駆け上ったところで、タイガが平地に降り立った。


 見上げると高い天井からは、大小様々な氷柱(つらら)が垂れ下がっている。


 ここはかなり大きな横穴のようだ。


 ひょっとしてここが、イヴィが言っていた洞穴?


 全面氷で出来たこの穴は、外からの光が氷の中を反射して入り込んでいるのか十分に明るい。


 ブラッドベアーサイズのタイガが悠々と歩けるくらい広い通路が、ずっと奥へと続いているのが確認できた。


 氷の床にやさしく下ろされた私は、その場にへたりこんだ。


「はぁッ、はぁッ。ふぇ~もう限界! はぁ……ッ、はぁ……ッ!」


「はぁ、はぁ、まったく、なんてこったい。こんな危機は何年振りだよ。温存していたはずの魔力がすっからかんだ。はぁ、はぁ、だがなんとか目的の洞穴には辿り着けたようだねぇ」


 イヴィも苦しそうに息をしながら、私の近くでへたりこむ。


 やっぱりここだったんだ。


「あはは。ふはぁ~~~もうだめかと思ったぁ~」


 ひとまずは危機を脱した喜びと目的地に辿り着けた安堵感を抱きながら、私は大の字になって寝ころんだ。


 防御魔法のおかげで背中は冷たくない。


 ふとタイガを見ると、いつの間にか黒猫に姿を変えていた。


 そうだよね。口には出さないし平気そうな顔をしているけれど、タイガも消耗してるよね。


 いまも私の防御魔法を維持してくれているし、ブラッドベアーサイズは魔力の消耗が激しいはずだもの。


「はぁ、はぁ、ちょっと休もう」


 息を整えながら私がそう言うと、タイガは入口の方へ歩いていくとそこに座り込んだ。


 どうやら見張りをしてくれるみたい。


 おかげで私とイヴィは、少しの間安心して体を休めることができた。

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