ナザーユ雪山 その16
ドラミングの音が鳴り響く中、戦闘は開始された。
視界はあまり当てに出来ない。
次々と飛び掛かってくる魔物達を、気配を頼りに迎え撃つ。
戦闘には手を貸さないという約束だったイヴィも、この吹雪の中では浮遊魔法で飛ぶ訳にもいかず、応戦に迫られて攻撃魔法の魔力図にも魔力を通し始めた。
体の大きなナザーユサスカッチに無理やり陣形の間に割り込まれると、私達は回避のために分散せざるを得なかった。
いや、正しくは分散させられた。
無謀にも陣形の真ん中に飛び込んできた魔物を撃退するなど、私達3人がかりならわけのないことなんだから。
だけどできなかった。
他の魔物達からの同時攻撃によって阻まれたからだ。
戦闘が開始してすぐに私が抱いた違和感は気のせいなんかじゃなかった。
タイガが返り討ちにした最初の1匹以降、ナザーユサスカッチ達は明らかに無計画に単独でつっこんでくるような事はしなくなっているし、必ず複数で行動して攻撃の隙を互いにフォローし合うように立ちまわっている。
反撃による致命傷を警戒して距離も取るようになっているし、怪我をさせた個体はホワイトアウトの向こうへ引き下がって姿をくらませると、今度は無傷の別個体が飛び出して入れ替わってくる。
おおよそ魔物らしからぬ動きだ。
しかし対人だと考えれば彼等の動きの狙いは分かり易く明らかだった。
単体では敵わないような強力な魔物を、数と戦術を用いて討伐する。
まるで私達冒険者のパーティのようだね。
彼等にとってこれは戦闘じゃなくて、狩りなのかもしれない。
じわじわと獲物の体力を奪っていき、最後に仕留めるつもりなんだろう。
陣形を乱されてから戦況は一瞬のうちに乱戦の様相を見せた。
やがて誘導的に仲間達と離され始めると、無数の魔物の中にひとり孤立した私は、すっかりイヴィとタイガの姿を見失っていた。
声をかけて位置を把握し合おうにも、空気を揺らすドラミングの音に邪魔されて思う様にできない。
なにより声をあげ続けるのは呼吸が乱れるし、ナザーユサスカッチ達に私の居場所を知らせて歩く危険も孕む。
背後に立ったナザーユサスカッチの渾身の振り下ろしを、私は寸での所で身を転がせて躱した。
体勢を立て直して反撃の姿勢を取った私の頭上に、別のナザーユサスカッチの組まれた両手が振り下ろされる。
「くっ!」
グラディウスの柄で『威力を受け流す超つるつるの魔法』を使って攻撃を受け止めた私は、押し潰されそうな衝撃を受け流した。
私は困惑するナザーユサスカッチの隙をついて、すかさず膝にグラディウスで反撃の一撃を放った。
切り裂かれた表皮から血が噴き出す。
「ギャアアァァ!」
負傷したナザーユサスカッチは、私が二の太刀を入れるより早く後ろへ下がるとホワイトアウトの中に姿を消していった。
さっきからずっとこの調子だ。
あと1歩を踏み込んでこない相手に元よりリーチの短い小柄な私の反撃の刃は遠く、傷はつけられても致命傷を与えるのに届かない。
持久戦狙いのナザーユサスカッチ達を倒すには、反撃のあとにトドメの追撃が必要なのに。
だけど私はその魔物を追いかけなかった。追いかけられなかった。
一度追いかけた結果、崖へ誘導されてあやうく滑落しかけたことも理由の1つだけど、それだけじゃない。
「はあ……ッ、はあ……ッ」
いつもならこれくらい動いたからってどうってことないのに、疲弊があまりに酷い。
理由はわかってる。
大きく息を吸っているのに、息を殺しているみたいに肺が満たされないせいだ。
口をふさがれたまま全力疾走しているみたいに、酸欠で頭がクラクラする。
回避に攻撃と激しい全身運動に、使っていないはずの右肩もズキズキと痛み出している。
また背後に魔物の気配を察知した私は、息を整える暇もなく相手の攻撃から身を躱し、反撃の刃を繰り返した。
「くッ! はぁ……ッ、はぁ……ッ!」
やっぱり。明らかに魔物達は私の位置を把握できている。
視界が閉ざされた状況は私と同じはずなのに、どうして魔物には私の場所がわかるの?
頭上から落ちてくる殺気に気づいた私は、同時に左右と背後の3方から近づいてくる気配にも気づいた。
私は上からの攻撃を『威力を受け流す超つるつるの魔法』を使って反射的に利き腕の右腕で受け止めた。
「こん……のぉ!」
さらに『超つるつるの魔法』をつかって魔物を蹴り飛ばす。
受け止めた衝撃を溜め込んでいた衝撃へ合流させて狙いを定めると、右手に迫る魔物の足の裏を弾き飛ばした。
あらぬ方向へ膝を曲げたナザーユサスカッチが空を舞う中、私は呼吸も忘れて左手から迫る魔物と向かい合う。
私の頭部を狙って既に放たれていた巨大な拳を、頭上をかすめながらかろうじて身を躱すとその腕を斬りつけた。
「ぷはぁッ」
息をつくのも束の間、背中に感じたもう1つの殺気に私のうなじの毛がぞわりと逆立った。
慌てて振り返った私の目に飛び込んできたのは眼前迫る拳――避けられない!
痛みに備えて覚悟を決めたその時、ものすごい衝撃音と共に目の前のナザーユサスカッチが真横に吹っ飛んだ。
「無事か?」
「はあ……ッ、はあ……ッ、タイガっ!」
ブラッドベアーサイズのタイガを見て、私の周囲にいた魔物達が一斉に下がっていく。
「ちっ、ちょこまかと」
タイガから積もりに積もったような苛立ちの感情が流れてきた。
「はぁ……はぁ……助かったよタイガ。でもよく私を見つけられたね」
「あ? 何言ってる」
「何って、だって吹雪のせいでなんにも見えないじゃない。はぁ……はぁ……」
「見えなくても魔力でわかるだろーが」
魔力?
あぁっ、そうか!
私は胸元に展開して発動の光を放つ防御魔法を観た。
タイガ達魔物は魔力に敏感だ。
彼等はこの魔力を目印にしていたんだね。
じゃあ防御魔法を解除すれば位置バレは防げる?
でもそれをすると今度は肺の中まで凍り付きそうな寒さに苦しめられる。
ただでさえ息苦しいのに、そんなことになったらとてもじゃないけどまともに戦えなくなっちゃう。
むー……。
思案しかけた私は、はたと思い直した。
ひとりで考えたって仕方がないね。
ともかく作戦が必要だ。そのためにもイヴィと合流しなければ。
「ねぇタイガ。イヴィの場所はわかる?」
「乗れ」
私がタイガの背中に飛び乗ると、すぐにタイガが走り出した。
全速力で突進してくるタイガに、次々と視界に飛び込んでくるナザーユサスカッチ達が驚いた様子で逃げていく。
周囲にはこんなにも魔物達が散らばっていたのか。
どおりでどこへ回避してもすぐに背後を取られる訳だよ。
それにしても、ナザーユサスカッチ達はブラッドベアーサイズのタイガを恐れてる?
「ねぇ、タイガ。この場から逃げ出す間だけでいいの。イヴィも背中に乗せてくれないかな」
「断る!」
むー。
わかってた。これが一番の問題だったし。うん。
「そもそも逃げるって手が賛成できねー」
「そりゃタイガが戦いたいのはわかるけどさ。相手は明らかに持久戦を強いて来てるんだよ? このままだと私もイヴィも体力が持たないよ」
「そうじゃねーよ。群れのボスがいまも俺に敵意を向け続けてる。俺達が奴らの縄張りにいる限り、逃げても意味なんかねーよ。どこまでも追ってくるぜ」




