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ナザーユ雪山 その14

「悪いが、話すことは出来ない」


 ほとんど悩むそぶりも見せずにイヴィは言った。


 拒否されるくらいの事は、私もある程度は予想していたけれど。


 このたったひと言だけではどうにも不満が残る。


 誰でもない。イヴィ自身が私を関係者だと言ったのだから。


 私がもう一声だけ食い下がろうとしたら、イヴィはそれを遮った。


「まぁ聞け。理由は2つある。1つは知識の出所の問題だよ。さっきも言ったが、各国で厳重に保管されてきた禁書の内容に触れる事になる。その意味がわかるね?」


「……許可の無い者に話す訳にはいかない?」


「その通りだ。禁書に指定されている理由がそのまま話せない理由になる」


「でも私は関係者なんでしょう?」


「関係者だろうと同じ事だよ。禁書の閲覧を許可できるのは、管理者たる選ばれた権力者達だけだ。私じゃあない。その見極めこそが、彼等に与えられた役割なんだろう。そもそも伝承や予言の類が、渦中の者ほど迂闊に話して聞かせるわけにはいかない事くらい、なんとなくでも想像できるだろう? 伝承を狂わせる危険、それが2つ目の理由さね」


「むぅ……」


 筋は通っているけれど、なんか良いように言いくるめられているような、納得できない気分だ。


「イヴィだって絶賛渦中のくせに。イヴィもエルガンと一緒だよ。思わせぶりにしておいて肝心な事は話してくれないんだから!」


 口を尖らせて、子供っぽい反論だって分かってる。


 だけど私の中の不満を漏らさずにはいられなかった。


 案の定、イヴィが呆れたような顔を見せる。


「やれやれ。だから言ったじゃないか。私には生まれてきた意味が、役割があると。演じるべき役割を知らずして、役者は舞台に立てないだろう? だから私には与えられた役に関してのみ、伝承というシナリオの一部を読む事が許されたんだよ」


「ふーん。同じ関係者でもイヴィは役者なんだね。じゃあ台本のない私はさしずめ『木C』だね」


 孤児院で育った私は、舞台なんてもちろん観た事ない。


 でも一般の子供たちが学校でやるというお遊戯会くらいなら、街でのお手伝いの時に話で聞いたことがある。


 全員がなにかしらの役をやらないといけないらしく、主役以下、役割は演技の上手さで決まるのが定番だという。


 その中でも大根中の大根。最も演技が下手な者が任されるのが、台詞や動きの一切ない背景の一部『木』だ。


 木を描いた立て看板に空けた穴から、顔だけ出して演技中ただじっとしているだけの、これいる? と思わずにいられない役。


 私はその木の中でも3本目という皮肉を込めたつもりだった。


 だったのに。


「木か。くっくっく。なるほど、そいつはうまい例えだ」


 イヴィがさも愉快とばかりに笑いだす。


「むぅ。何がおかしいのよぉ」


「この舞台でお前が木なら、それは天地を繋ぐ巨大な神樹だ。お前は我々役者を引き立てるために後ろに立つんじゃあない。我々こそがお前を中心として、その足元で祈りを捧げながら天命を待つ役なんだよ」


 あまりの予想外の言葉に、私だけ時間が止まってしまった。


 ぽかんとして固まる私にイヴィは言った。


「わからないかい? お前が主役で、我々全員が端役なのさ。この舞台そのものが、お前ひとりのためにあると言っても過言ではないんだよ」


「……なによそれぇ」


 私ひとりのための舞台?


 いやいやいや。どう考えても神器『神の一滴の涙』の伝承の主役は使い手の人でしょう。


「イヴィは勘違いしてるよ。それか伝承の解釈に間違いがあるんじゃない? だって私はこの神器の使い手じゃないんだから」


 私は胸元からペンダントを取り出すと、イヴィに見せるように目の前に掲げ上げた。


 涙の形をした淡い紫色のアメジストの中に、その向こうにある魔法の炎と、疑うそぶりも見せないイヴィの顔が映りこむ。


「エルガンは言ってた。神器は運命によって所有者と固く結ばれていて、その人の手によって然るべき時にその役割を果たすものだって。これはいつか私の手を離れていってしまうものなんだよ」


 それがいつの事かはわからないけれど、大切な物を失う事を考えると悲しくなる。


 神器が持つ役割とは別に、私にとってこのペンダントは特別なんだもん。


 でも仕方がない事なんだ。


 私は神器『神の一滴の涙』の使い方を知らない――それこそが私が運命で結ばれた所有者じゃない事の証明なんだから。


 いまこれが私の手の中にあるのは、役割を果たすべき者の元へと届けられている最中にすぎない。


 私の手を離れた後であと何人の手を渡り歩いていくのかもわからなければ、結局運命の所有者は誰だったのか? それさえ私は知る事もないんだと思う。


 ――そうなんだ。ペンダントに対する私の個人的な価値観や感情を除けば、関わりはこの程度でしかないはずなんだ。


「それなのに私が伝承の主役だなんておかしいよ。ううん、それ以前から思っていた事があるんだ。そもそもどうして神器の所有者でもない私やイヴィ……エルガンだってそうだよ。みんなこの神器に必要以上に巻き込まれてるの? 神器が運命と結ばれる相手は、使い手たる所有者だけじゃなかったの?」


 神器『神の一滴の涙』を見てなんらかの反応を示した人は、私の知る限りでも他に何人もいる。


 それも地位の高い人がほとんどで、イヴィの話とも噛み合う。


 『神の一滴の涙』を中心に、国を跨ぐような規模で多くの人達が関わっている。


「この神器って一体なんなのかな……。これは……本当に普通の神器なの……?」


 私の本当の両親は、どういうつもりで私にこれを託したんだろう……。


 アメジストの中で揺れる魔法の炎を見つめていたら、また睡魔が襲ってきた。


 大きく吐息を漏らした私は、熱気が頬を追いかけてくるような感触を覚える。


 いつのまに顔が火照りだしたんだろう。


 おまけに体もだるくなってきたような気がする。


「さあてね。神器が普通ではないのか、あるいはお前が……」


「私が……?」


 瞼が重い……。


「いや、なんでもないよ。顔色がまた悪くなってきたねぇ。熱が出てきたんだろう。今夜はもう寝な」


 イヴィのやさしい声が耳に心地いい。


「まだイヴィの……運命の話を聞いてない」


 一番重要な、死の部分について……。


「それはまた今度でいいだろう?」


「今度って、いつ?」


 いま食い下がるようなことでもないのに、つい言葉が先にでてしまった。


 たぶん私は、会話が終わってしまうのが寂しく感じてしまったんだ。


 今夜の私はどうかしてる。


 変に突っかかったり、引き留めようとしたり。


 イヴィに甘えてしまっている気がする。


 そんな私をイヴィは見透かしたのだろう。


 やさしく微笑むと私に向かって手を伸ばした。


「もう、すぐ……さ」


 イヴィの冷たい手でやさしくおでこを撫でられると、もう閉じていく瞼には逆らえなかった。


 まどろみの中へ落ちていきながら聞こえたイヴィの声に、私は強い決意のようなものを感じたような気がした――。

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