ナザーユ雪山 その12
「とにかく手当が必要だねぇ。少し早いが、今日はここで野営にするよ」
イヴィが魔法でかまくらを作り始めて、タイガが失くした荷物を探しに行動を起こす。
まともに歩けない状態の私は、そんな2人の姿をただぼーっと眺めるしかできなかった。
2人が働いているのに、自分だけが休んでいるなんて普段なら落ち着かない所だ。
でも私は申し訳なさよりも、2人が居てくれた事への感謝の気持ちでいっぱいだった。
出来上がったかまくらに入って火にあたると、凍りかけていた体がようやく溶け始める。
体が温まったところで、私はイヴィの治療を受けた。
イヴィの秘蔵の塗り薬を塗ってもらうと、痛みがすぅっと引いてく。
「その塗り薬、すごい効き目だね」
微笑んだ私にイヴィはしかめっ面をみせた。
「言っておくがね。薬は痛みをやわらげているだけで、怪我そのものが治ったわけじゃあないよ」
「そのくらいはわかってるよぉ」
万能と呼ばれる魔法でさえ、怪我を治すことはできないんだもんね。
「どうだかねぇ。お前は今、これなら登山を続けられるなどと考えていたんじゃないのかい」
うっ……図星だ。
私の顔を覗き込んでいたイヴィが溜め息をつく。
「さっきの雪崩で残りの食料の半分を失ったんだ。日程通り事が運んだとして、節約しても行きはともかく帰りの分が心もとないだろう」
タイガは雪の中から私の鞄とリュックを見つけて来てくれた。
愛用の肩掛け鞄が無事だった事にほっとするものの、リュックの方は大きく破れてしまっていて、中身のほとんどが零れてしまっていたらしい。
タイガが匂いを辿って散り散りに流されてしまった食料をかき集めてくれたけど、見つけられたのは半分だけ……ううん、半分も無事だったと考えるべきなんだろうね。
雪崩にあった上にクレバスに落ちたんだもん。
命があっただけでも幸運と思わなくては。
「だがお前のその足では、予定より伸びることはあっても短縮することはない」
「それは……」
尤もな指摘だ。
怪我の事だけじゃない。
私は装備していたクランポンも無くしてしまっている。
クランポンなしで稜線を歩いたり、雪の急斜面を渡ったりするのは危険すぎる。
私の『つるつるの魔法』も、サラサラの積雪が相手となれば過信は禁物だ。
足を滑らせて滑落なんてことになりたくなければ、いままで以上に慎重に歩みを進めなければならないし、当然足は遅くなる。
普通だったらね。
「でも私にはタイガがいるから。ここから先はタイガに運んでもらうよ」
私は治療のために着崩していた服を片手で整えると、イヴィに手伝ってもらいながら防寒コートを身に着けた。
治療が終わるのを待っていたのか、離れた場所に座っていた黒虎サイズのタイガがのそりと立ち上がる。
そのまま私の後ろに回り込んでくると、ゴロンと横たわった。
私は待ってましたとばかりに、タイガのお腹に背中を預けた。
ふわふわの中に少しだけ体が沈んで包まれる。
仕上げに私は毛布をかぶった。
これでカンペキ!
「むふふ~。あったかい~」
空腹を我慢した後の食事のように、凍えた後のぬくぬくはなんて贅沢な気分だろう。
体中の傷の痛みもイヴィの薬のおかげで大分楽になっている。
と、そんなホクホクの私は、私を見つめるイヴィが険しい表情をしていることに気づいた。
「もしかしてイヴィもタイガのもふもふで眠りたい?」
「なんだって? 冗談じゃあない。そんなところで休めるほど私の神経は図太くないよ」
イヴィがぴしゃりと否定する。
魔力感知能力の高い人にとっては、タイガの持つ大きな魔力は落ち着かないのかな?
「そんな事より話がまだ終わってないだろう? 問題がそれだけじゃない事くらい、お前だってわかってると思うがね」
「イヴィが言いたい事はわかるよ。……わかってるつもりだよ」
私自身は本当の意味で魔法使いじゃない。
戦闘スタイルだって近接だ。
幸いグラディウスは雪崩に流されなかったけれど、武器があってもこんな怪我じゃ剣を振るうどころか防御すらままならないだろう。
要するに私は戦力外の足手まといでしかないってことだ。
魔物はたまに遭遇する程度だけど、言っても街道よりは明らかに頻度が高い。
それも山脈の奥深くに踏み入るにつれて、段々とBランク級の魔物ばかりになりつつある。
Aランク級の魔物だって、いつ出てきてもおかしくない場所なんだ。
「でもなんとかなるよ。タイガがいるし」
高ランクの魔物との遭遇は織り込み済みだ。
そのためのタイガの魔力節約モードだったのだから。
「窮地となれば私が手を貸してくれる。そんな甘い事を期待してるんじゃないのかい?」
イヴィは表情を一層厳しくさせると言った。
「すでに助けてもらっておいて、どの口がって思うかもだけど。そんなことはないよ」
「どうだかねぇ」
訝しむイヴィに、私は微笑する。
「私の真意がどっちだったとしても、イヴィにとっては疑う必要もない事じゃない。手を貸すも貸さないもイヴィが決める事なんだから。イヴィは浮遊魔法を使える。私とタイガの手に負えないような魔物が現れた時は、私達を置いて飛んで逃げれば済む話だよ」
そういう条件に合意して、いま私達はパーティを組んでいるんだもん。
だからこれは裏切りじゃない。
少しドライな言い方になるけれど、約束の履行だ。
「というか、私からもお願いするよ。イヴィの魔力は無事に下山するために使って欲しい。もしもの時は私達の事は放って迷わず逃げて欲しい。イヴィが無事に家に帰れなかったら、カリーナが悲しむだろうからね」
シャンダサーラで大丈夫だったように、次も大丈夫だと信じたいけれど……もしも私が魔力暴走になってイヴィに危害を加えようとしてしまった場合にも……ね。
カリーナの事を思い出したのかな、イヴィが寂しそうな顔を見せる。
「まったく……。私の3分の1も生きていないような小娘が、悟ったような目をして達観したような事を口にするんじゃあないよ」
「イヴィ……?」
静かに呟くようにそう言ったイヴィの両目の焦点は、私の顔にピタリと合わせられている。
「登山はここで諦めて、街へ引き返すって選択肢もあるんじゃないのかい」
「そうだね。一度街へ戻って、怪我をちゃんと治して、準備し直して再挑戦する。それがベストだよね。でも駄目なんだ。そんなことしてる時間はないんだよ」
「事情は聞いたがね。命を失くしたら、時間どころかもう二度と挑戦する事もできなくなるんだよ。そこのところをちゃんとわかってるのかい」
「ねぇイヴィ。私にとっては出来るかどうかじゃないんだよ。やるかやらないかなんだ」
天魔戦争を止める――私は誰もが不可能だと言うことをやろうとしているんだから。
自信? そんなの、正直に言えばこれっぽっちもないよ。
でもエンリを救う数少ない方法の中で、私達に可能性が残されている手段はこれしかない。
だからやる。
成功の保証もないし、自信すらないけれど、でもやる。
私がそう決めたからやるんだ。
「どんなに可能性の低いものであったとしても、それを勝ち取るために”やる”んだ。だから私には前へ進む以外の道なんてないんだよ」
複雑な感情が入り乱れた目で私を睨むイヴィを、私はやわらかい心持ちでまっすぐに見つめ返した。
※クランポンは雪山登山で足に装備するスパイクのような奴です。別名アイゼンともいいますね。クランポンって響きが可笑しくて好きなので作中ではこちらを採用しました('-'*
……別な話、オニャンコポンも響きが好きだったりしますw 余談でした。




