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ナザーユ雪山 その10

「私にもイヴィみたいな魔力があったらなぁ」


 本当に四六時中、寝ている間まで魔法を発動し続けているのに、イヴィは魔力切れを起こす素振りすら見せない。


 よく魔力が持つものだと心の底から感心する。


 衰えを理由に冒険者を引退したいだなんて言っていたけれど、現役の魔法使いでイヴィと並べる力を持った人はどれくらいいるだろう?


 少なくとも私の知る魔法使いの中では、5本の指に入る実力者であることは間違いない。


「神木の杖の魔力増幅があってこそさね。他の杖ならこうはいかん」


 イヴィは岩に立てかけた私の杖を見つめながら、淡々とした様子で答えた。


 謙遜ってわけでもないのかな。


「それにしたってすごい魔力だよ。私なんて魔法学園で1年間訓練を続けてきたのに全然だもん」


「魔法学園で教えるのは、誰がやってもそれなり(・・・・)の結果を出せる王道のやり方だがね。そうはいっても個人差や合う合わないはあるものさ」


 私は”王道”という単語に少しひっかかりを覚えた。


 そういえば以前、ルイズが魔力を増やす裏技的な方法があるような事を言ってたね。


 訊ねても私には向かない方法だと言って教えてくれなかったんだ。


「イヴィのはそれなり(・・・・)ってレベルじゃないと思うけど。ねぇ、聞いてもいいかな? イヴィは魔法学園とは違う訓練方法で魔力を高めたの?」


 イヴィは少し考えるそぶりを見せると言った。


「魔法の才能は知識や経験で少なからず補えるものだがね。こと魔力の強さや量は先天的な部分が大きい。どんな魔力強化の訓練も、あくまでも血に秘められた魔力を引き出すためのコツを感覚として身に着けるためのものでしかないのさ」


 努力で伸ばせる部分はあるけれど、結局は血筋がものを言うということかな。


「イヴィの両親は高名な魔法使いだったの?」


「さあてね」


 イヴィは微笑すると、短い言葉で会話を締めた。


 気にはなるけれど、そこまで食い下がるような疑問でもないと思った私は、イヴィから目を放すと視線を落とした。


 揺れる水面越しに自分の両手の平を眺める。


 私の中に流れる天使の血にも、イヴィ並の魔力が秘められているんだろうか?


 だったら出て来てくれたらいいのにな。


 あれだけ訓練したのに……って、あれ? 天使の魔力は金色の魔力だから、普通の魔力とは訓練方法も違う物になるのかな?


 考えてみたら、そもそも私は金色の魔力の使い方どころか、出し方すら知らない。


 そんな私の思考は、次のイヴィのこのひと言によって吹き飛んだ。


「尤もそれらは王道での話だ。血の限界を超えた魔力を手にする方法がないわけではない」


「……どうすればいいの?」


 顔を上げた私は、胸の高鳴りを抑えるようにゆっくりとした口調で聞いた。


 するとイヴィは迫力のある笑みを浮かべながらこう答えた。


「魔の深淵へ近づくことさね」


「魔の深淵へ……近づく?」


「お前は魔力の本質とはなんだと思う?」


 イヴィの問いかけが、タイガが求めて止まないあの魔力暴走(マインドハイ)の事を指しているとすれば。


「闘争、かな」


「近いが違う。魔力の本質とは、怒りや憎悪、破壊衝動といった負の感情に類する全てだ」


 私は息を飲んだ。


 そうだった。


 私が魔力暴走(マインドハイ)を経験した時――私はタイガへの、ううん、魔族への憎悪と皆殺しにしてやりたいというドス黒い感情に支配されていた。


 とても怖ろしい感情なのに、それがとても甘くて心地よかったんだ。


「魔の深淵に近づけば近づくほど、血に秘められた魔力の覚醒は早まり、濃度も高まると言われている。だがそんな良い話ばかりじゃあない。邪道には得られる物に見合わぬ理不尽なリスクが伴うものだからねぇ。己の精神力の限界を見誤り、魔の深淵に近づき過ぎれば、逆に魔に取り込まれてしまうのさ」


「取り込まれてしまったらどうなるの?」


「負の感情に自我を蝕まれ続け、ただ憎悪を振り撒き他者を害するだけの存在へと落ちてしまうのさ。二度と元に戻ることはない。徐々に自我が崩壊していき、やがては廃人へと成り果てる。魔を支配し、己の物にするなど、人の身では到底敵わぬという事さね」


「あ、あはは……。それじゃあ試すのは躊躇しちゃうね。危な過ぎて魔法学園でも教えないわけだよ」


 あの時の私って、思ってた以上にかなりヤバイ状態だったんだ。


 なんとか踏みとどまれたのは、私の神力がギリギリのところで私の中のタイガの魔力を抑え込めたからなのかもしれない。


「魔の深淵に近づく方法はいまだ解明されてはいないが、相応の魔力と瞬間的であれ突き抜けた負の感情が必要だと考えられている。いずれにせよ魔の深淵に手を伸ばせる機会など、確率で言えば全人類の中でひとりかふたりかというくらいのものだろう。やろうと思ってやれるものじゃあないよ」


 私の中にある不安のせいだろうか?


 イヴィは口では安心させるような事を言っているけれど、まるで何かの警告を発しているかのように彼女の目には緊張の色が見える。


「もしも取り込まれそうになった時は、どうしたらいいの?」


 イヴィから発せられる緊張感に背中を押されるように、私は喉から声を絞り出した。


「自我をしっかりと持つことだ。決して魔の誘惑に思考の主導権を奪われてはならん」


「わかった」


 イヴィは私の返事に黙って頷いた。


 この湧き上がる違和感はなんだろう……?



 温泉からあがって登山を再開するも、私はその事がずっと頭から離れなかった。


 あの時感じた違和感の正体には既に気づいている。


 ほとんどゼロの確率だといいながら、そんなもしも(・・・)の話を、イヴィは十分起こりうる事のように受け答えしてきたからだ。


 わかったと言った私に対して、頷いて応えたイヴィはこれっぽっちも笑ってなかったからだ。


 古龍が予言したというイヴィの死の運命、そしてタイガの躯体の封印と魔力暴走(マインドハイ)の可能性。


 どうしてもこれらを嫌な結びつきで想像してしまう。


 だけどここまで来て登山を止める事はできない。


 その上で最悪の事態を回避する方法を考えないとだよね……。


 嫌な想像の要は、タイガの封印解除によって引き起こされる私の魔力暴走(マインドハイ)だ。


 自我を見失った私がイヴィに手をかけてしまうという最悪の事態は避けなくてはならない。


 つまりは私が魔力暴走(マインドハイ)にならないようにするか、なってしまった場合にイヴィが側にいなければいいんだよね……。


 キューチェガルで魔力暴走(マインドハイ)にならなかったのは、おそらく十分休んでいたからだと思う。


 お腹はぺこぺこだったけど私の神力は満たされていたから、流れ込んできたタイガの魔力に飲み込まれずに済んだんじゃないかな?


 もしくは単純に封印されていたタイガの躯体の魔力が、たまたま小さかった可能性もある。


 逆に魔力暴走(マインドハイ)を経験することになったルキム大湖の封印は、他より魔力が大きかった可能性もある。


 なんにしてもこの登山の行く先にタイガの封印があったなら、封印を解除する前にイヴィには離れていてもらうのがよさそうだね。


 出来れば丸1日分くらいの遠くまで。


 そうだ、その間に私は体を休めて神力を回復すれば一石二鳥じゃない!?


 うん、それがいい気がする!


 そうし――。


「ティア!! 聞こえないのかい!!!! 早く逃げるんだよ!!!!」


「へ?」


 焦るように叫ぶイヴィの声に気づいて山を見上げた私は、次の瞬間真っ白な津波に飲み込まれた。

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