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ナザーユ雪山 その9

 この寒い中タイガはどうしてるのかと言うと、実は登山を始めてからずっと、食事や戦闘の時以外は私の髪になっている。


 つまり防寒コートのふわふわフードの中で、ぬくぬくとしているのだ。


 こんなにも寒いんだもん、私だって温かいところで丸くなってたいよ。


 普通だったらちょっとズルいと思う所だ。


 でも省エネモードでの魔力温存はいざという時のためにも必要な事だし、夜間は立場が逆転しているので不満なんてあるはずもない。


 そう、夜は私がタイガのもふもふの毛に包んでもらうのだ。


 お日様の匂いがするタイガのやわらかい猫毛に包まれていると、すごく温かくてよく眠れるんだよね。


 凍えるような寒さの中でも心身共に休めるのは、タイガのおかげだ。


 今はただただ、あのぬくぬくが恋しい。


 歩みを進めなくちゃ目的地へ近づけないことはわかっているのに、ちょっと休憩してタイガの猫毛に包まれたいと思ってしまう。


 いっそ虎サイズのタイガをおぶって歩いたら解決するんじゃ? と、そんな馬鹿な事を本気で考えてしまうくらいだ。


「もう少し我慢しな」


 歩きながら寒い寒いと呟き続ける私に、イヴィが意味深な笑みを見せて言った。


 気休めかな。


 まだ日は高い。


 野営までまだまだ時間がある。


 半時ほど歩き続けて、ふと私はゆで卵に似た感じの匂いに気づいた。


「なんの匂いだろう?」


「硫黄の匂いさ」


 そう言ってイヴィが指差す先には、真っ白な煙のようなものが立ち込めている。


 ような(・・・)と表したのは、煙なら空高く立ち上るはずなのに、それらはもやもやと沸き上がったそばから霧散するように消えていっているからだ。


 あれではまるで湯気だ。


 でも雪山に湯気?


「誰か人がいるのかな?」


 着けばわかるというイヴィの言葉に従って、気になって仕方がない私は歩みを早める。


 ほどなくして到着したその場所には、それほど深くはない窪みが広がっていた。


 辺りに人影はない。


 ただ窪みの中には、湯気の立ち込める大小様々な水場が点在していた。


「むー、くさい」


 窪みの周囲は湯気のせいか温かく、強烈な硫黄の匂いが漂っている。


 この匂いはどうやらこの水場から発生しているらしい。


「やっぱりあったねぇ」


 イヴィはそう言ってうれしそうな顔をすると、何やら魔力図の構築を始めた。


「なんなの? ここ」


「天然の温泉だよ」


 温泉? これが!?


 話では聞いた事があるけれど、見るのは初めてだ。


「へぇ、これが温泉なんだ」


 湧き上がってくる好奇心を抑えきれなかった私は、窪みの中に飛び降りた。


 足早に一番近い温泉に近づくと、片方だけ手袋を外して指先でお湯に触れてみる。


 その瞬間、私は飛び上がった。


「あっつ!」


 熱湯だ!!


「これっ! 気を急くんじゃないよ! 水質を調べるまで待ちな!」


 イヴィが慌てた様子で私の背中に怒声を浴びせてくる。


 そんなに怒鳴らなくてもいいのに。


「水質ぅ?」


 思わずまぬけな声になってしまう。


「天然の温泉の中には、有毒なガスが出ている危険なものもあるんだよ。こういう窪みはガス溜まりになっていることもあるんだ。迂闊に近づくんじゃあない!」


「そうなの!? 早く言ってよ!」


 私はそそくさと窪みから這い上がった。


 温泉って怖いものだったのか!


「まぁ下へ降りても元気なお前の様子を見る限り、毒ガスの線はなさそうだがね」


 にやりと笑うイヴィ。


「むぅ……」


 魔力図の構築を終えたイヴィは窪みへ降りると、少し大きめの温泉へ向かっていく。


 そして水質調査の魔力図を温泉に展開すると、魔法を発動させた。


「ふむ……」


「どお? 入れそう?」


 私は期待を込めてイヴィに訪ねた。


「あぁ。問題ない。むしろ美肌の効能があるようだ」


「ね! 早く入ろうよ!」


「慌てるでない。さっき手で触れてわかっただろう? このまま飛び込んだら茹で上がっちまうよ」


 そりゃそうか。


 何も言わずにイヴィが土魔法を構築しはじめた。


 魔力図の内容から、イヴィが地面を抉って簡易的な浴槽を作るつもりだと察する。


 おそらくそこへ温泉を取り分けて、私達が入るためのお風呂に仕立てるつもりだね。


 イヴィの意図を理解した私は、窪みから出ると温度調節用に早速周囲の雪をかき集め始めた。


 雪だるまを作る要領で、小さな雪の塊を転がして大きく育てていく。


 私とイヴィの共同作業によって、あっという間にお風呂が完成した。


「できたー!」


 既に待ちきれなくなっていた私は、かじかんで言う事を聞かない指先に気を揉みながら服を脱ぎ捨てた。


 辺りは温泉によって温められていると言っても、さすがに裸になると寒い。


 私は震える肩を抱きながら、大急ぎでお風呂に駆け寄った。


 少し熱めに調節された温泉の刺激に耐えながら、足先からゆっくりと肩まで身を沈めていく。


 両足を伸ばした所でようやく腰を落ち着かせた私は、ひと心地とばかりに大きく息を零した。


「ふぅ~。すっごく気持ちいいよ。イヴィも早く入ろうよ」


「いまいくよ」


 温泉に沈めた手と足の先が、温かさを感じつつも冷気を纏っているかのように冷たい。


 寒い寒いと思っていたけれど、手足は既に芯まで冷え切っていたらしい。


 少しずつ体が温泉の熱に馴染んでいくにつれて、指先の感覚が戻ってくるようだ。


 イヴィは温泉に入ると、私の側に腰掛けた。


「はあぁ~。こう冷えると温泉は最高の馳走だねぇ」


 まったく同感だね。


 さっきまで凍えそうだったのが嘘みたいだ。


「洗浄魔法で清潔は保てるけど、やっぱりお湯に浸かれるお風呂は別だよねぇ」


 いつの間にかタイガも黒猫の姿で出てきていて、気持ちよさそうな顔で湯船にぷかりと浮いている。


 大魔王さまにもこの温泉はご馳走らしい。


 微笑した私は、後ろの岩に後頭部を預けた。


 タイガに習ってお湯に身を任せる。


 気持ちいい。


 心と体が解れていくようだ。


 来た時は強烈だった硫黄の臭いも、鼻が馬鹿になってしまったのか、もう全然気にならなくなっている。


 心地よさにぼんやりとしながら、私は眼前に広がるナザーユ雪山を見た。


 大分近づいてきた山頂部付近は、イヴィが言っていたように厚い雲に覆われていて山肌が見えない。


 私はふと怖ろしいことに気づいた。


「ねぇ、ここから先ってもっともっと寒くなるのかな?」


「気温ってのは標高が上がるにつれて下がっていくもんだからねぇ。氷壁はこの辺りとは比べ物にならない寒さだろうよ」


「……それってどれくらい?」


「さあてね。鼻水が凍るくらいじゃないかい」


 想像したら温泉に浸かっているのに身震いがした。


 もうこのまま一生温泉の中にいたいとさえ思えてくる。


 魔力に余裕があるなら、私もイヴィのように耐冷の防御魔法で身を守れるんだけどなぁ。


 とは言っても一時的にならまだしも、まる1日中っていうのはどう考えても魔力の消費が大きすぎるよね。

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