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ナザーユ雪山 その7

「さっき私は、魔法学会で発表すれば魔法博士号を与えられるだろうと言ったがね。加えて言えば、発表された内容のほぼ全てが公表されないだろう事も予想出来るからだ」


 相変わらず理由がわからないままの私に、イヴィは深刻な表情で続ける。


「この魔導書は強すぎる(・・・・)んだよ。レアリティで言えば神器級と言っても遜色ない代物だ」


「あはは……それは言い過ぎな気もするけど……。でも便利になることは良い事じゃない? 魔導書で魔法を補助すれば、難しい魔法も手軽に使えるようになるんだよ!」


 すごいでしょう! と、意気を上げた私の胸は、再度のイヴィの大きなため息によって急速にしぼんでいった。


 あぁ、また私は間違ったらしいと、直感で悟らされる。


 こうも的を外し続けているのかと思うと、じわじわと自分に自信が持てなくなってくるね。


「自分で言ってて気づかないのかい? お前は魔法そのものを魔導書という魔道具にしてしまったんだよ。魔道具の最大の利点は、魔法使いに限らず誰にでも魔法効果の恩恵を得られる事だ。この魔導書は一般人を魔法使いのように、魔法使いを大魔導士のように強化させてしまうだろうよ」


「う……」


 ちょっと大袈裟な言い方だとは思うけど、確かにそうかも……。


 それにイヴィは、高度な魔法を誰でもお手軽に使えるようになる事で起きる、別の弊害を示唆しているのかもしれない。


 つまり魔導書が犯罪目的で使われる事。


 大がかりな魔法の魔道具は、魔力図に合わせて魔道具そのものが大きくなってしまう。


 だから人目を(はばか)ったり、コソコソしたい場合には目立ちすぎる。


 でも魔導書なら持ち運びも便利なコンパクトサイズにまとめられちゃう。


 しかも見た目はただの本と区別が付かないときたものだ。


「特に魔力図の複写は、スクロールや魔道具、魔導兵器を劇的に強化するだろう。数発の使用で劣化を免れない大型魔導兵器が、数十発もの使用に耐えうるようになるはずだ」


 む? 魔導兵器の強化に関しては、むしろ望む所じゃない?


 高ランクの魔物すら一撃で(ほふ)る、あの強力な大型魔導兵器を連発できるなら、魔族の軍隊も恐れをなして逃げ出してくれるかもしれない!


 ……なんて、思い付きのままに言ったら、またイヴィに溜め息をつかれちゃうかな。


 そう思うと口に出しづらい。


 でも次の天魔戦争はもうすぐ起きる。


 私達の戦力を少しでも上げておくことは、大事なことなんじゃないのかな……。


「やれやれ、お前は百面相だねぇ。黙っていても顔を観れば考えてる事が駄々洩れさね」


「はう!」


 結局黙ってても呆れられてしまった。むぅ。


「コホン……。魔導書(これ)や使われている技術を一般に広めることが危険だってことはわかったよ。でもさ、魔導兵器の強化はするべきじゃないのかな。その助力になるのなら、私は喜んで技術を捧げたいと思うよ」


「ブリトール出身のお前なら、それは当然の帰着だろうねぇ」


 いい考えだと思ったんだけどな。


 トーンダウンしていった声から、イヴィが賛同していないらしいことが伝わってきた。


「お前は1500年前の天魔大戦は何故起きたと思う?」


「え?」


 起きた理由? そんなものあるの?


 あぁでも、私達人間側になくても、攻めてきてる魔族側にはある、よね。


「いや、天魔大戦に限った話ではないがね。天魔戦争のたびに、魔族たちは進軍の規模を増やしたり減らしたりしてきた歴史的事実があるが、どういう指針でもって決定しているんだろうねぇ」


 私達冒険者がパーティを組んだりする意味で言えば、『目的を達成できる最小限以上の戦力』ということになるよね。


 ただ魔族が人界へ攻めてくる理由も目的も、全ては謎だ。


 もっと踏み込んだことを言えば、魔界の門は魔族たちの意思でいつでも自由に開けるのか、そうでないのかでも変わってくると思うけど、それすらもわかっていない。


「魔族が人界へ何をするためにやってくるのかがわからないと、意思決定の予測もできないんじゃないのかな? それにあちらの生活とか状況とか、全くわからないし」


 進軍の規模を減らさないといけなかった時は、単に魔族側の都合があっただけかもしれない。


 魔族の兵士が育ってないとか、こちらの貴族社会みたいに魔族同士でのいざこざがあったとか。


 魔界や魔族特有の事情とかもあるかもしれない。


「魔族側の真意を知ろうとするならばそうだ。だがこちらとしてはわからないからと言って思考を停止する訳にはいかんだろう? 得られた情報から当て推量だろうとなんだろうと推測を立てて、トライアンドエラーを繰り返しながら手探りしていくしかないのさ」


「言いたい事はわかるよ。できたらイヴィの考えを聞かせて欲しいんだけど」


 観念した様子の私に小さく微笑んだイヴィは「これは私のというより、各国の専門家達による長い長い考察の歴史の末の結論だがね」と前置きをすると、適当な石に腰掛けて話を続けた。


「結論から言えば、1500年前の天魔戦争が魔界に棲む7匹の大魔王を呼び寄せ、天魔大戦と呼ばれる史上類を見ない大規模な戦争へと発展した理由は、我々人間が異世界より召喚した歴代最強の勇者と、かの者が天族から借り受けた無数の神器に加え、7人の大天使の助力を得たせいだとされている」


 これはどこからつっこむべきだろう。


 でもイヴィがわざわざ前置きをしたってことは、天魔大戦の真実を知る者たちの話と考えるべきなのかな?


 逡巡悩んだ私は、イヴィが大天使の存在を口にした事よりも、話の本筋を追う事に決めた。


「もし私達の戦力を見て魔族側が対応してきたって話なら、順番が逆じゃない?」


 勇者ダスティンの物語によれば、先に7匹の大魔王が軍を率いて攻めてきて、人間側はそれを受けて天界へ助けを求めたことで7人の大天使と天使の軍が地上へ降りて来た、という流れだったはず。


 もちろん勇者ダスティンの物語は創作だし、事実と異なる部分もある。


 けど話の大筋は史実に沿ったもののはずだ。


「確かに矛盾する。だがね。その矛盾を解消する方法ならあるじゃないか」


 そう言われて私に思いつくのは1つだけだ。


 人界の情報を魔界へ流しているスパイがいる――!


 でも天魔戦争の歴史は辿れないほど長い。


 スパイを毎回補充なり入れ替えるなりするとしても、少なくとも次の天魔戦争までの数百年を生き続けられるだけの寿命と、大自然の中で生き続けられる力のある魔物でなければならない。


 もしくは限りなく人間に近い姿をした魔物か。


 後者は人間社会への適合が求められるから、ハードルが高すぎて確率は限りなく低そうに思えるけど……何とも言えないね。


 そして得た情報を魔界へ送る手段、ないしそういう事ができるだけの魔力を持った魔物でないと駄目だよね。


 まぁ送る手段は魔道具とか他の手段があったとしても、絶対に外せない条件が1つある。


 それは人の世界の情報を聞き取るには、少なくとも人語を理解できる知能が必要だという事だ。


 いまその条件に全て当てはまる魔物で思い当たるのは……。


「まさか古龍が魔族のスパイ!?」


 万の年月を生き、人語を介す知能と膨大な魔力を持つ。人界において最強格の伝説の魔物。


 イヴィの話が事実なら、人の未来を予言で当てるような魔物だ。


 目立つ巨体を人里に晒さなくても、人間側の動向を知るなんらかの手段があるってことだよね?

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