ナザーユ雪山 その6
私達を乗せた馬車は予定通り、翌日の日中にナザーユ雪山の裾野へと到着する。
同乗していた冒険者達とはあの後も話題を変えつつ雑談を交わした。
みんな裾野での魔物狩りが目的らしい。
予想はしていた事だけど、山の上を目指すのは私達だけだ。
他の冒険者達と別れてから5日も歩き続けると、空気がひんやりし始めた。
聳え立つナザーユ雪山を見上げると、真っ白な山肌が大分近づいてきている。
私はグラディウスを振り下ろすと、刃についた魔物の血を払ってから鞘に納めた。
「ほう。剣の扱いも慣れたものじゃないか」
イヴィが感心する。
彼女の周囲にはいくつかの魔力図が展開しているけれど、筋力強化の魔法だけが胸元で発動の光を放っている。
その安定した輝きからは、強すぎず、弱すぎない魔力の注入が行われていることが見て取れた。
イヴィの方はすっかり私の杖の魔力増幅量にも慣れたようだね。
「見様見真似の自己流だから、まだまだだよ」
私は平然として答えた。
これは謙遜じゃない。
私が参考にしているのは、エルガンやリガルの剣術だ。
実際に手合わせをした2人の剣は、今も私の瞼の裏に焼き付いている。
柄の握り方から足運び、相手の重心を崩して隙を誘う剣撃の組み立ての癖まで――私が見たもの全てを鮮明に思い出せるくらいに。
弱点のないバランス重視のエルガンの剣と、攻撃こそが最大の防御のリガルの剣。
いずれも剣術の高みにあることは疑いようがない事だけど、動きを真似するだけじゃただの劣化コピー止まりでしかない。
上段振り下ろし1つ取っても、長身で筋肉ムキムキなエルガンの一撃と、細身で小柄な私のそれとでは雲泥の差だからね。
剣の威力や間合いが違えば、必然的に套路も変わってくる。
技術は技術として取り入れて、私の体格と力に合った形へと昇華できなければ、彼等の横になど到底並び立てるはずもないんだよね。
だから”まだまだ”だ。
尤も私に剣術の高みを目指そうなんて気は更々ない。
剣を使うのは、あくまでもイヴィに杖を貸している間だけだ。
今のところは危機感を感じるような魔物には遭遇していないけど、もっと上の、人が立ち入らない大自然の奥深くには、思いもよらない強い魔物がいるかもしれない。
備えとして少しでも剣の練度を上げておこうという程度の意気込みだ。
「いや、大したものさね。剣を生業としている高ランク冒険者にも引けを取らんだろう」
「そうかな? 流石に言い過ぎじゃない? えへへ」
達人とアマチュアくらいの極端な例しか知らないので、正直いうと自分の剣がどの程度なのかよくわからないんだよね。
でもイヴィほどの実力者がそう言ってくれるなら、ちょっとは自信を持ってもいいのかな?
黒猫のタイガが倒した魔物を一か所に集めてくる。
私はナイフを手にすると、魔物から魔核を取り出した。
その魔核の魔力で魔導書を使って調理魔法を発動させる。
「おかしな魔力の流れだねぇ。前から気になってたんだが、それは一体なんだい?」
イヴィが私の魔導書を指差す。
「えっへっへ~。自作の魔導書だよ」
「魔導書だって?」
イヴィがすごく見たそうだったので、私は彼女に魔導書を手渡した。
「野外での料理用に作ったものだけど、結構いろんなことが出来るよ」
「これは……ふむ……ほう……? ……ふうむ……一見すると1つ1つの魔力図にはまるで意味がないように見えるが……。この魔法図形、こいつがそれを解決するのかい?」
さすが熟練の魔法使いだ。
もう正解に近いところまで読み取ってしまった。
「それはキャンバス同士を繋げるための魔法図形だよ。この魔導書は私が創った魔導書の索引の魔法によって、指示されたページのスクロールに描かれた魔力図を再帰的に呼び出して、その複写を連結しながら最終的な目的の魔力図を完成させるんだ。つまり魔法によって魔力図を構築する魔法なんだよ!」
イヴィが目を見開いてぽかんとしている。
しまった。興奮を思い出して、つい早口になってしまったかも。
「なんてことだい! それが本当ならとんでもない代物じゃないか!! か~~~っ、全く、軽々しく人に見せたりして、お前は何を考えてるんだい!!」
今度はイヴィが私に早口で捲し立てる。
「う?」
あれ? なんか私、怒られてる?
思ってたのと大分違う。
ここは同じ魔法使いとして共感するとか、褒めてくれるとかするところじゃ?
「複数のキャンバスを繋げられるというだけで世紀の大発見だというのに、魔力図の複写だって? スクロールの最大の欠点がなくなったも同然じゃないか……! しかもこれは……魔力図の構築時間を、魔法使いにとっての最大の隙を劇的に短縮できるんじゃないか?」
「そ、そーなんだよ! そこまでわかってくれるなんて、さすがイヴィだよ。えへへ」
どっかの無頓着な大魔王とは大違いだ。
「笑いごとじゃない! はぁ~~~~~~っ。私に言わせれば、お前こそこの魔導書の価値がわかってないと言わざるを得ないねぇ。いいかい。金輪際この魔導書は人には見せてはならん。わかったね?」
「なんでよぉ?」
私は口を尖らせる。
別に人に自慢して歩きたいわけじゃないけれど、元々は実用のために作ったものだもん。
こそこそと人目を気にしないといけないなんて、イヴィの言う事でもちょっと納得できない。
「何でも何もないだろう。この魔導書を持って魔法学会の壇上へ上がってみな。そこで仕組みについてちょっと演説でもした日には、お前は魔法博士号を授与され、瞬く間に世界中の魔法研究者から名を知られることになるだろうよ」
「あはは。まさか……。え? 冗談だよね? これってそんなに大袈裟な話なの?」
心底呆れたのか、私を見るイヴィの視線が冷たい。
「それほどのものだ。お前が自ら突き止めたのか、それともどこかで手に入れた知識かは知らないがね。その特殊な魔法図形を他の魔法使いに盗まれれば、新発見の手柄までその者に奪われるだろう」
魔法博士号を目指しているのはメディであって、その点では興味がなかった訳じゃないけれど。
私自身は魔法学会そのものに全然興味ないんだよね。
なるほど、手柄を奪われるなんて発想はなかったなぁ。
魔導書の索引の魔力図は、私が試行錯誤して苦労の末に紡ぎあげた魔法だけど、そこで使っているキーとなる重要な魔法図形の中には、レンジの魔法を観て盗んだものが含まれている。
盗むっていうと悪い事みたいなイメージがあるけれど、職人の世界では技術は見て盗む物だからね。
エルガンやリガルの剣術を見て盗むのと同義だ。
尤も魔法を観て盗むには”天使の目”が必須だから、ずるいとすればその1点だけだと思う。
とはいっても魔法図形に関しては自分で見出したものじゃないって意識もあるから、それを奪われたからといってあまり抵抗がないのも事実なんだよね。
「ん~、でもまぁ私は発表とか面倒くさいことはやりたくもないし、手柄を奪われても別に構わないよ」
「やれやれ。お前は本当に変わった娘だねぇ。それだけの魔法の知識を学びながら、まるで固執する風でもない。魔法使いにとって魔法図形や紡ぎあげた魔力図は財産だというのに」
それはたぶん、私にとって魔法は冒険者という職業と一緒で、手段であって目的じゃないからだ。
私が冒険者になったのは他に選択肢がなかっただけだし、魔法学園に入った理由はワンピースとケープに展開している金色の魔力図について調べるためだった。
メディみたいに、その道で何かを成し遂げようという気概が最初からないんだよね。
「だがやはりこの魔導書は人にみせるべきではない」
「どうして?」
「もう1つ。もっと重大な理由があるからさね」
私は首を捻った。
もっと重大な理由? 考えてもさっぱり思いつかない。




