ナザーユ雪山 その5
「フレイディールにも古龍の伝説があるんだ?」
「そういや、お前の国にもカーマイズ山脈に住まう古龍の伝説があったねぇ」
ブリトールの事もそうだけど、イヴィは他国の事にも詳しいなぁ。
「本当にいるかどうかもわからない伝説だけどね」
古龍は創作物でたまに出てくるけれど、その姿は物語によって様々だ。
メディが大好きなオカルト系の情報誌では、彼女曰く忘れた頃に胡散臭い目撃情報が掲載されるらしい。
『私は見た! 雲を突き抜ける二足歩行の超超巨大な影! あれが伝説の古龍か!?』みたいな。
天使の件とは真逆で様々な情報が溢れている反面、情報に一貫性がない事から思うに殆どが創作や妄想で誤りなんだろうね。
場合によってはその全てが。
だからもし古龍が実在するなら、これほど興味深い事はない。
メディへの土産話としては最高だ。
きっとエンリだって驚くに違いない!
「あなたはロンブルク王国の人? 随分遠いところから来たんですね」
女性冒険者が私に言った。
「そんなことより古龍だろ。あんた、見たってのはほんとなのか?」
男性冒険者は疑いつつも興味の方が勝ったらしい。
私もいまはイヴィの話が聞きたい。
「信じるも信じぬもお前の勝手だがね。だが16年前――とある理由からグァーゼ山脈の南東部へ遠征に出た私達は、かの地で伝説の古龍と遭遇したのさ」
「どんな見た目だったの? やっぱり大きかった?」
私は身を乗り出して訪ねた。
「ああ、大きかった。竜の頭に、硬質な鱗に覆われた蛇のように長い躯体、そして2枚の大きな翼を持った黄金色の魔物だった。だが私が目を見張ったのは、巨大な躯体よりも全身から発せられる魔力の方さね。あれほど膨大で濃密な魔力を目の当たりにしたのは、後にも先にもあの一度きりだ。当時の私は魔導の極みに手が届くくらい近づけたと自負していたが、それが思い上がりだったとわからせられるほどの衝撃だったよ」
イヴィほどの魔法使いが?
それに黄金色の、蛇みたいに長い竜かぁ。
私は膝の上のタイガを見た。
タイガは気持ちよさそうな顔で、今にも眠りそうな薄目でぽわぽわしている。
もうすぐ夜だって言うのに、まるで日向ぼっこしてる猫みたいだ。
タイガも興味を引きそうな話題なのになぁ。
ガタガタと小刻みに揺れる馬車の振動が、よっぽど心地いいのかな?
私がタイガの鼻先と眉間の間を親指で擦ると、タイガが気持ちよさそうに目をつぶって首を傾けた。
かわいい。
続けて私は、ふわふわなタイガの顎の下をわしゃわしゃする。
「それでイヴィ達はどうしたの? まさか戦ったんじゃないよね」
「こちらにその意思はなかったんだがねぇ。襲いかかられりゃ、身を守るために武器を取るしかなかったよ。だがあれは戦闘と呼べるような内容じゃなかった。なんせこちらの攻撃は鱗を傷つけるのが精一杯だったんだからねぇ。一方的な虐殺さ」
「虐殺って、おい。そりゃ……」
男性冒険者が言葉を詰まらせた。
「ああ。察しの通りだよ。私はあの遠征パーティで、ただひとりの生き残りさね。古龍の膨大な魔力が大きく揺らいだ瞬間、周囲一帯が広範囲に渡って雷撃の雨に包まれた。大気を切り裂く爆音が鳴り響く中、青白い雷の光をその黄金色の体に浴びて輝く姿は――なるほど、ライティング・デフューザーとは良く言ったものだ。私はかろうじて防御魔法で身を守りきれた。だが仲間達はたった1発のその魔法で、全員消し炭になったよ。みんなBランク以上の有能な冒険者だったんだがねぇ」
イヴィが寂しそうに視線を落とす。
もしかして仲の良かったパーティだったのかな……。
「マジかよ……」
「古龍が放った魔法が効果を失った後、変わり果てた姿で周囲に転がる仲間達を見た私は呆然とした。ただひとり、ほんの一時命を長らえたところでどうなる。絶望感に満たされた心と恐怖で震える足では、もはや立っている事さえままならなかった。ひとり残されて、まもなく訪れる孤独な死の恐怖を噛み締める事になるくらいなら、いっそ防御魔法なんて張らずに仲間達と共に命を落としていた方がよかったとさえ思ったよ」
「でもあなたは生き延びた」
イヴィは小さく首を横に振ると、力のない笑みを私に向けた。
「生き延びたんじゃあない。私は震えるだけで何もできずに、ただ座り込んで死を待っていただけだ。古龍はそんな私に鼻先を近づけると、予言を残して飛び去っていったのさ。見逃されたんだよ」
古龍がイヴィだけ、あえて殺さなかった……?
「なんて言ったらいいかわからないが……災難だったな。察するぜ」
「気を遣う必要はない。言っただろう? もう大昔の話さ」
沈黙が流れる。
「……差し支えなければ教えて欲しいんだが、古龍はその時なんて言ったんだ?」
「私が死すべき地についてさ。言い換えるなら私の運命、この世界に生まれ落ちた意味についてだよ。人は誰しも大なり小なり役割を持って生まれてくる。本人がそれに気づいていなくともね」
イヴィは質問した男性冒険者にではなく、私の目を見てそう答えた。
「それってどういう……」
イヴィはペイジュで私を――神器『神の一滴の涙』を持つ者が現れるのを待っていた。
死の予言って、私と一緒にナザーユ雪山に登る事……じゃないよね?
なんだろう。胸の奥からざわざわとした嫌な感じが沸いてくる。
それにこのシーン。前にも一度経験したような……そんなはずはないのに。
「自分の死の未来を聞かされるって、私だったら怖くて信じたくないですね」
女性冒険者が静かに言った。
イヴィが彼女にニヤリと笑い返す。
「そりゃあそうだ。私だって最初は拒絶したさ。例え知能が高くとも、古龍は魔物だ。まして人間だって嘘をつく者はいる。どうして古龍のような存在が私の未来を知っているのか? 否定や疑問の材料ならいくらでも出せたからねぇ」
「だが予言を否定すると見逃された理由がわからなくなるってところか。伝説では、数万年の時を生きる古龍は神の使いとも言われているしな」
男性冒険者が言った。
フレイディールでは私の国と違って、古龍の伝説はしっかりと残されているのかな。
「神の使いが真実かどうかは何とも言えないねぇ。あれほどの圧倒的な力と存在感を前にすれば、信仰に逃げたくなるのも理解できるからさ。これは実際に目にした者しかわからない感覚だろうがね。だがいまとなってはどちらでもいい事だよ。私は予言に確信を得ているし、受け入れてもいるんだからねぇ」
古龍の予言が本当だったとして、イヴィはその死を受け入れているの?
そんなの、すっごくもやもやする!
「決められた運命なんて、私は信じない」
信じたくない!
過去の積み重ねによって今の私があるように、未来は現在の積み重ねで辿り着く場所のはずだもん。
そこには他者の意思も多分に含まれているけれど、自らの意思も確かにあるのだから。
選ぶのも決めるのも自分だ。
「運命なんて結果に対して後から理由づけたものだよ。未来は自分の力で切り開くもので、これからの選択でいかようにも変わっていくものだよ」
私はエンリを、次の天魔戦争の生贄になんてさせない。
例えそれが運命だったとしても、私の全力で捻じ曲げてみせる!
私もイヴィも、真剣な眼差しで見つめ合う。
しばらくしてイヴィは諦めたような微笑を零すと言った。
「運命には抗えるものと抗えぬものがあるんだよ。天地を繋ぐ巨大な運命の奔流を前に、個人の力は無力なのさ。だがそうだねぇ。お前がそう言ってくれるなら、希望の光はまだあるのかもしれない」
「なによそれぇ……」
古龍の予言って、やっぱり私と関係あるの?
でもそうだとしても意味がわからないよ。
どうして私なの?




