ナザーユ雪山 その4
食事を済ませた私達は買い出しを始めた。
イヴィの見立てでは、目的の洞穴まではおそらく2、3週間はかかるとのこと。
場所が場所だけに、食料の現地調達は平地のようにはいかないだろうからね。
食べるものがなくなってしまうという最悪の事態にならないように、しっかりと必要な分を買い揃えることにする。
「思ったより大荷物になったね」
私はパンパンになった大きなリュックを前に小さなため息をついた。
「ひとりなら3ヵ月分の保存食だからねぇ」
肩掛け鞄の上から大きなリュックをよいしょと背負ってみる。
むぅ。こうして全部の荷物を持ってみると流石にちょっぴり重い。
肩掛け鞄には私の普段の持ち物の他に、ペイジュで購入した雪山登山用の装備も入っている。
これでも必要な物を絞って利用頻度の低い物を手放したり、改めて荷物を整理したんだけどね。
ただただ保存食の量が予想を上回り過ぎた。
「大丈夫かい?」
「うん、なんとか。走り回れないってほどじゃないから」
重いと言っても武器やらなんやら全部合わせて数十キロだ。
持つ分には大したことはない。
いざという時には『超つるつるの魔法』を使えば重さを消して俊敏に動くことも出来るし。
ただこれで長時間、しかも雪の中を歩くのはちょっとしんどそうではある。
”持てる”事と”持ち続ける”事は、似てるようで全然違うからね。
「私が少し持ってあげられたらよかったんだがねぇ」
「仕方がないよ。魔力に余裕がないと魔物に襲われた時に困るでしょう? ほんとはタイガが運んでくれたらよかったんだけど」
「ふん。俺は荷物持ちじゃねー」
黒猫のタイガがぷいと顔を背ける。
これだもん。
まったくタイガは。食料の半分はタイガが食べる分なのに!
「まぁ上に登るにつれて荷物は軽くなっていくから、たぶんなんとかなるでしょ」
「おい、いまあの猫しゃべったぞ!」
同じ乗合馬車に乗る冒険者達かな?
5,6人の男性冒険者の集団のひとりがこちらを指差している。
「もう夕方だぞ。寝ぼけるなら時間を考えてやれよ。猫がしゃべるわけねえだろ」
「マジなんだって!」
「おい。あそこにいるのAランク冒険者のイヴィ・フレグランズじゃね?」
「イヴィ・フレグランズ? 引退したって噂が流れてるが。まだ冒険者やってたのかよ」
男性冒険者達がぞろぞろとこちらにやってくる。
「はぁ~? こんな婆さんが現役のAランク冒険者? 冗談だろ」
「あんたモノホンのイヴィだろ? な? な!?」
「なんだい。お前達」
しつこく絡んでくる男達に、イヴィが気怠そうに言った。
「なんだいお前達、だってよ」
「これがあのイヴィ・フレグランズ? 一発蹴っただけで倒せそうだぞ」
「確かになぁ。お前ちょっとやってみろよ。現役のAランク冒険者を倒したって名を上げるチャンスだぜ?」
「は? 俺が蹴ったらこの婆さん死んじまうだろ。ぎゃはは」
この人達、相手の実力もわからないのかな?
こうも感覚に大きなズレがあると、不快感よりも呆れの感情しか沸いてこない。
「躾のなってないガキ共だねぇ」
少し苛立った様子でイヴィが返すと、男達がむっとしたように顔をしかめた。
「ちっ。なあにが躾だよ。うちのばあちゃんかっつうの」
「お~やぁ? 有名な魔法使いのわりに、随分貧相な杖を使ってるんだなぁ?」
「む!」
「あれが杖? ただの棒切れだろ」
男達が声をあげて笑う。
「ちょっとあんたたち。私の大切な杖を笑うなら許さないよ!」
そりゃお店で売ってる高価な杖みたいに、私の杖には宝石もついていなければ装飾も施されていないけど。
だけどそれ以上に価値のある、孤児院の弟妹達の私への気持ちがいっぱい込められてるんだから!
「なんだこのチンチクリンは?」
「荷物持ちだろ」
男は私が背負っている大きなリュックを指差す。
「いや、介護係かもしれないぜ?」
一層大きな声をあげて、再び男達が笑いだした。
チンチクリンだとぉ!?
流石にイラっとしてきたんだけど。
「はぁ……」
私は沸いてきた苛立ちを溜め息で吐き出すと、範囲で指向性のある『つるつるの魔法』を放った。
「「「は?」」」
男達が一斉に真っ逆さまになる。
同時にイヴィが放った人数分の魔力図が男達の体に展開すると発動の光を放った。
お尻から前から、どでんと倒れていった男達が、横たわったままイビキをかき始める。
私はイヴィと顔を合わせた。
「睡眠魔法ね。でもやり過ぎじゃない? たぶんこれ、明日まで目を覚まさないよ」
魔力図からはそこそこ強めの発動の光が放たれている。
相応の魔力が注がれている証しだ。
「煩いガキんちょをほんの少し黙らせるつもりだったんだがねぇ。やれやれ、杖の増幅量に合わせてもっと魔力を抑えないといかんな。まあ、こいつらは無礼な奴らだが、いい練習台になったさね」
イヴィがにやりと笑う。
「あはは」
「ナザーユ雪山へ向かう方は、そろそろ馬車に乗り込んで下さい」
商人の男がやってくる。
「おや? この方々は?」
商人の男が尋ねるように私達を見る。
「さぁ? 私達はいきなり声をかけられただけで、知らない人だから」
「そうですか」
「はい。これは私達の分の運賃ね」
私は商人の男に2人分の運賃を手渡した。
「どうも。ではみなさん、出発しましょう!」
急いで帆馬車に乗り込む。
帆馬車には既に数名の冒険者が乗っていた。
私達で最後だったらしい。
商人の男が御者台に移動すると馬車が動き出した。
向かうのは街の北門だ。
後ろを荷馬車が3台ほど追いかけてくる。
荷台が全部空っぽなのは、街への折り返し時に冒険者の戦利品を運ぶためだろうね。
「あのまま置いてきちゃったけど大丈夫かな?」
ホロを閉じた私は、向かいに腰掛けるイヴィに言った。
「なあに。一晩野宿した程度でどうこうなるくらいなら、いっそ置いて行かれた方が奴らのためさね」
それもそうか。
少なくとも街の中なら魔物に襲われることはないもんね。
「そういえばイヴィって、タイガがしゃべってるところを見ても驚いたりしなかったよね」
「かなり珍しいのは確かだがねぇ。人語を話す魔物は、別にこれが初めてじゃないのさ」
タイガ以外にも言葉をしゃべる魔物がいる?
私は私の膝の上で丸くなっている黒猫のタイガを見る。
ちょっと、いやかなり興味を惹かれる話題だ。
「その話、詳しく聞きたいな」
「大した話じゃあないよ。フレイディールで生まれ育ったなら、大抵の者が知ってる話さね」
「どういうこと?」
「それってあれですか? グァーゼ山脈の伝説!」
私の隣に座る女性冒険者が言った。
「あれはお伽噺だろう?」
イヴィの隣に座る男性冒険者が苦笑する。
「お伽噺なんかじゃないよ。グァーゼ山脈を統べる古龍。極雷竜ライティング・デフューザーは実在する」
「まるで見て来たみたいな言い方だな?」
男性冒険者が眉をひそめる。
「みたいじゃなく、この目で見たのさ」




