ナザーユ雪山 その3
街に入ってすぐ、イヴィは慣れた足取りでまっすぐ馬屋に向かうと乗って来た馬を預けた。
私達がこの街に寄った目的は2つ。
イヴィの馬を預ける事と、雪山登山へ向けて数週間分に相当する保存食の補給だ。
黒猫の姿になったタイガと3人で、さっそく街を探索する。
「随分賑わってるけど、裾野の近くなだけあって冒険者っぽい人が多いね」
兵士以外にも、見かける人の大半が武装している。
服装や雰囲気からたぶん同業者だ。
「そのために作られたような街だからねぇ」
こうして歩いているだけでも、民家よりも宿屋や食堂、酒場が目立つ。
遠くで煙突から煙が上がっている辺りは鍛冶街かな?
あっちの方は武器屋や道具屋が固まっているのかもしれない。
街の規模はペイジュと比べると随分小さいようだけど、冒険者にとっての利便性は引けを取らなそうだ。
「リエットがこんな所だって知ってたら、こっちで準備してもよかったかなぁ」
私は腰に差した剣の柄に触れた。
ペイジュの武器屋を何軒か回ってみたけれど、丁度いいのがなかったんだよね。
私の杖と同じ長さの物となると短槍に錫杖や棍、もしくは両手持ちの大剣あたりしか売ってなかった。
でも私は槍は素人だし、私の杖の使い方とも噛み合わない。
錫杖や棍は持ち手の材質上、耐久力がなさすぎて使用に耐えなかった。
そもそも錫杖は戦闘向けじゃないとお店の人も言ってたし。
大剣は一見よさそうだけど、はっきり言って問題だらけで却下だった。
重くて長旅には向いてない事を置いておいたとしても、小柄な私が腰に差して持ち歩くには斜めにしないとならなくて。
まぁそこは私の杖でも同じなんだけど、こっちは刃だからね。
周囲への配慮を考えると鞘に入れないと危ない。
だけど腰に差した鞘から大剣を抜くのってすっごく大変で、慣れてないこともあるけれどかなり微妙だったんだよね。
いつも杖を抜く時のように、刃を手で掴んで少しずつ引き抜いていくなんて事をしたら手を怪我しかねない。
そして鞘に納めるときはもっと面倒くさい!
一旦腰のホルダーから鞘を取り外さないと、見えない背中で延々と切っ先と鞘のすれ違いを続けることになる。
全部鋼鉄で出来た杖か棍があったら理想だったのになぁ。
ぽつりとぼやいたら、店主から呆れ顔で「需要がない」と言われてしまった。
むぅ、私ってそんなに少数派?
そりゃ本格的な殴りを想定した杖なんて、どこにも売ってないことくらいはわかってるけどさ。
持ち手も鉄製ならとメイスをお勧めされたんだけど、手にしてみると思ったよりも短いし、先端についた棘の生えた球体やいっぱいついた刃だったりが重くて、そのせいで振り抜いた時に引っ張られ感が残るしで、なんとも手に合わなかったんだよね。
手垢の付いた武器は替えがきかないって言うけれど、ほんとその通りだ。
今回の武器探しで改めて実感した。
結局、鞘からの抜きやすさと刃の強度から通常の片手剣よりは少し短いものの厚みのある刃を持つ、グラディウスで妥協したんだよね。
「品揃えなんかこっちとペイジュじゃ変わらないよ。大体お前は探す店を間違えてるんだ。お前が足を運ぶべきは武器屋じゃなくて建材屋さね」
「なによそれぇ」
丸太でも使えって言うの?
「岩を殴っても折れたり曲がったりしない、丈夫な棒状の物をお前は探してたんだろう? だったら鉄パイプでいいじゃないか。クックック」
鉄パイプだって?
むむ。先端にコーナー用のL字の奴をくっ付ければ……パイプには太さもいろいろあるだろうし、長さの調節も自由だ。
中が空洞な分多少は軽くなるだろうし、むしろ筒状って折れにくいイメージがある。
武器の特注は時間的な問題で諦めていたけれど、つまり私の手に合うものをお手軽に作れるってことじゃない?
鞘もいらないし、先端が重すぎる事もない。
私の杖の使い方にも噛み合う気がする。
あれ? すごくいいんじゃない!?
「この街でも売ってるかな? 鉄パイプ」
「……売ってはいるだろうがねぇ」
ちょっと? イヴィったら自分で言っておいて、どうしてそんな残念そうな顔をするのかな!?
「お前がそれでいいなら止めないがね。剣の代わりに鉄パイプを持ち歩いてる冒険者がいたら、さぞかし愉快なふたつ名がつくだろうねぇ」
「む。それは絶対嫌!」
これ以上、変なふたつ名は要らない!
そんな私にイヴィが微笑む。
「そろそろ昼時だねぇ。買い出しの前に腹ごしらえするかい?」
「そうだね。混み出す前に食べちゃおう」
私達は食堂に入った。
テーブルについて適当に7人分の食事を注文する。
多めに頼んだ4人分は、タイガのおかわりの分だ。
サラダにスープにパンと、次々と運ばれてきた料理でテーブルが埋め尽くされていく。
最後に大皿に盛り付けられた山盛りの骨付き肉がやってきた。
「はぁ~、香ばしくていい匂い! いただきまーす!」
私は骨付き肉を1つ手に取るとかぶりついた。
パリっとした歯ごたえの後、弾力のあるやわらかいお肉が断ち切れる。
じゅわりと肉汁が溢れ出てきて、少し濃いめに付けられたスパイスと混ざりあって口いっぱいに広がった。
「もぐもぐ……ごくん。ん~っ、おいしい! やっぱり街の食事はスパイスが違うね」
私は焼きたてのパンを1つ手に取ると、ひと口大に千切って口に放り込んだ。
もぐもぐと咀嚼しながらタイガを見ると、タイガもお肉に夢中になっている。
味の感想は聞くまでもないね。
イヴィはというと、なんだか少し深刻そうな顔でひと口ひと口噛み締めるように食べている。
私の視線に気づいてイヴィが顔を上げた。
「山に入ったらしばらくはこんな食事はできないからねぇ。いまのうちによおく味わっときたいのさ」
「野営でもお肉の味はスパイスがあれば近づけるけど、ふっくら焼きたてパンは雪山じゃ作るのが難しいもんね」
手間の問題もあるけれど、あまりにも寒すぎるとパン生地の発酵が上手くいかない。
特にパンをふっくらと焼き上げるために必要な二次発酵は、少し暖かいくらいの温度で行わないと駄目だからね。
あ。でも魔法なら可能かな?
今度試してみて上手くいきそうなら、魔導書に『パンを作る魔法』を追加するのもいいかもしれない。
「そういやお前の故郷、ブリトールは麦の産地だったねぇ」
「うん。孤児院でパンは毎日のように焼いてたよ。小麦と塩と水だけの、ちょっと味気ないパンだけどね。はむっ」
小麦の香りの中に淡い甘味とバターの風味がするこのお店のパンとはまるで別物だ。
「でもお姉ちゃん達と一緒に生地を捏ねて、先生と兄弟達とみんなで食べる焼きたてのパンは、あれはあれですごくおいしかったなぁ。えへへ」
「ふっ、そうかい」
険しかったイヴィの表情が和らいだ?
「ここから裾野までは乗合馬車を使うんだよね? あむっ、もぐもぐ」
「ああ。今日の夕刻の便に乗れば、明日の昼過ぎには登山道入口に着けるさね」
ロンブルク王国でも王都と遺跡のダンジョンの間で乗合馬車が出てたけど、冒険者の狩場までの送迎馬車を出すなんて、どこの国でも商人は商魂たくましいなぁ。




