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ナザーユ雪山 その1

「あーっ! もしかしてあなたはカリーナのお師匠さま!?」


「なんだい。カリーナを知ってるのかい?」


「知ってるも何も、私はカリーナから話を聞いてあなたに会いに来たんだよ!」


 私は肩掛け鞄から手紙を取り出すとイヴィに手渡した。


 しばらく手紙を黙読していたイヴィは、読み終えると顔を上げた。


「なるほどねぇ。お前の用件はわかったよ」


「何か知らないかな。どんな些細な事でもいいの!」


「……心当たりならなくはない」


「っ、本当!? お願い、その場所を教えて!」


「悪いが教えるのは無理だねぇ」


「どう……して? 何か条件があるなら言ってみてくれないかな。情報料ならそれなりの額を出せると思うし、私に出来ることなら何でも……!」


「お前はナザーユ雪山の事をどれくらい知っている?」


「雪山という以外、詳しい事はあんまり……。この街で情報収集と雪山登山用の装備を整えるつもりだったんだけど、私は昨夜着いたばかりなんだ」


 そういえばこの人は私と同じ、現役のAランク冒険者なんだっけ。


 ちょっと言い訳っぽく聞こえちゃったかな。


「ならば少し話してやろう。そうすれば無理と言った意味が理解できるだろうからねぇ」


 イヴィがベッドに腰掛けたので、私もその隣に座った。


「ナザーユ雪山は、フレイディールを囲むグァーゼ山脈に連なる高山の1つさ。森と野原が広がる裾野にはCランク以下の魔物しかいない。多くの冒険者が魔物を求めて足を運ぶ狩場さね」


 頻繁に人が通ってるなら、そこまでは登山道みたいなものがありそうだね。


「だがそれは裾野に限った話だ。中腹からは比較にならないほど危険度が増す」


「Bランク以上の魔物が出るようになる?」


 イヴィは首を横に振って否定した。


「魔物の脅威ももちろんあるがね。それよりももっと怖ろしい自然の脅威が待っているのさ。雪が降り始めて、登るほど厚みを増していく積雪が体力と体温を奪い続けてくる。一層険しくなっていく山肌には、当たり前だが道らしい道なんかない。等高線が引かれた精度の高い地図とコンパス、それに高度計がなければ目的地へ辿り着くどころか、あっという間に現在地を見失って遭難さね」


「山の詳細な地図ねぇ……。雑貨屋さんに置いてあるかな?」


「やめときな。街で手に入る地図じゃ中腹でも下層までしか描かれちゃいないよ。銭の無駄さね」


「そうなの?」


「中腹の中層から上は雪と氷の世界だからねぇ。魔物以外にも気まぐれな天候に雪崩や雪庇(せっぴ)、クレバスといった雪山特有の天然のトラップが待ってる危険地帯だよ。その上、突然のホワイトアウトに来た道どころか視界の全てを奪われるような場所に、わざわざ足を踏み入れるような奇特な測量士がいると思うかい?」


 雪崩は知ってるけど、せっぴ? くればす?


 ほわいとあうと? もよくわからないけれど、そんな場所で視界を完全に奪われる怖さは想像できる。


「確かに厳しいかもね。ねぇ、その言い方だと、あなたの心当たりの場所はその先、もっと山の上の方にあるってこと?」


 イヴィが頷く。


「ナザーユ雪山の中腹でも上部。1年中雪に覆われている氷雪地帯には、切り立った氷壁が続く絶壁地帯があるんだがね。私の心当たりとは、その氷の絶壁の中に見つけた大きな洞穴のことさ」


 ペイジュに着いた時にも遠目に見たけれど、ナザーユ雪山は雲よりも高い、とても大きな山だ。


 その頂上近くかぁ。


 頂上なら目標として分かり易いけれど、その手前というのが何とも言い難い所だね。


「はぁ……。よくわかったよ。そんな長い道のり、口では説明しきれないし、地図だって人に伝わるようには描けないよね」


 それにナザーユ雪山の登山は、私が想像していたよりずっと準備も実行も大変だって事もわかった。


 とにかく私の雪山に対する知識が乏しすぎる。


 これはしっかり予習しないと。


 そういえばカリーナの話によれば、イヴィは実際には山には入らずに遠くから観察していただけって事だったけど。


「ねぇ、だったらその洞穴を見つけたときの観測場所を教えてもらえないかな?」


「自分の目で場所を確認するつもりかい?」


「うん。だって伝えるのが難しいなら、実際に見てみるしかないじゃない?」


「ふむ。教えてやってもいいが、あの標高はほぼ1年中吹雪いてるからねぇ。洞穴が見えるほど雲が晴れるのは、半年に1度あるかないかさ。運が悪けりゃ私のように何年もかかるかもしれないが、お前は四六時中張り付いて待てるのかい?」


「流石にそれは……」


 そんなことしてる時間がない。


 予測では次の天魔戦争まで残り10ヵ月をとっくに切ってる。


 それでなくても最初の目標だった”天魔戦争が始まる()に魔界へ行って大魔王達と交渉する”は、間に合わないと思い始めてるくらいだ。


 魔界の門を使わずに魔界へ行く方法だって、ミューゼ・ケフストラトの手記という当てがあるだけで、まだ掴んだわけじゃないんだもの……。


 もちろん諦めたということじゃない。


 ただ間に合わなかった時の事を考える様になったんだ。


 そして思いついたのが時間稼ぎの最終手段『タイガに頼んで魔族へ「帰れ!」と命令してもらう』というもの。


 魔族達には人界で被害を出される前に大魔王のひと言にてお引き取りいただいて、ついでに私達も一緒に魔界の門を通って魔界へ渡り、他の大魔王達との直接交渉に臨むという作戦だ。


 要するに天魔戦争が始まった()で大魔王達と交渉する。


 尤もタイガが大魔王としての力を完全に取り戻していなければ、魔族達に認められず命令にも従わないかもしれない。


 仮にタイガが完全であっても、先に下された他の大魔王の命令は上書きできない可能性もある。


 一か八かの、不安の残るやり方だ。


 でも間に合わないならもう、これしかないと思ってる。


 いずれにしても残りあと2つの封印解除を間に合わせない事には、エンリを救えるチャンスすら得られない。


 だというのに……。


 運に任せて氷壁にかかる雲が晴れるのを待つ?


 それとも別の情報を探す?


 イヴィの言う洞穴にタイガの躯体の封印があるという保証はない。


 私はどうすれば……。


「もう1つ。別の方法がなくはないがね」


 イヴィは俯く私に言った。


「聞かせて」


「簡単な話さね。私が案内役としてお前に同行する」


「ほん……っ! ううん、それは願ってもないことだけど。でもどうして? 昨夜初めて会ったばかりなのに、わざわざそんな危険な場所に同行する理由も意味も、あなたにはないはずでしょう?」


 酔いつぶれた他人の私に親切にしてくれた。


 イヴィは良い人だと思う。


 でもこれがただの登山じゃないことは、私よりもこの人の方がよく分かってるはずだよね?


 いくら高ランクの現役冒険者だからって、人助けや気まぐれで出来るようなことじゃない。


「理由ならある。お前は私の待ち人なんだからねぇ。そして意味もある。お前に同行することが、私がこの世界に生まれた意味だからさ」

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