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酔っぱなティアが大暴れ?

「――と。ここから先はもう全然、まったく、ぷっつりと途絶えたように何も覚えてない。ねぇタイガ、私ったらその後どうやってここまで来たの?」


 口を開きかけたタイガは、ふいにドアの方を向いた。


 反射的にタイガの視線を追った私は、耳を研ぎ澄ませる。


 ゆっくりとした足取りで足音が部屋の前まで近づいて来ると、おもむろにドアが開かれた。


「おやおや、大分つらそうだねぇ」


 捻じれたように曲がった杖をついて、ローブに身を包んだ初老の女が部屋の中に入ってくる。


 私は優しそうな笑顔のその初老の女をひと目見て、タイガが警戒心を露わにした理由を理解した。


 初老の女の周りには防御魔法に補助魔法、そして攻撃魔法も少しと、いくつもの魔力図が発動手前の状態で保たれている。


 私が知る限り、普段からこれほどの魔力図を身に纏っている者といえば、レンジにルーンゲルド、そしてラウゼルの、大魔導士と呼ばれる3人だけだ。


「うぅ、いたい……」


 上体を起こそうとしたら、またズキリとコメカミに激痛が走った。


 でも見知らぬ人の前で横になっているわけにもいかない。


 私は頭を押さえながら体を起こした。


 初老の女は微笑むと、その手に握っていた折りたたまれた小さな紙包みを私に差し出して言った。


「二日酔いに効く薬だよ。これを飲めばすぐに楽になるさね」


「あ……ありがとう」


 私は紙包みを受け取った。


 傾けると紙の中でサラサラと何かが流れる。


 どうやら粉薬らしい。


「毒なんかじゃないから安心おし」


「そんなこと思ってないよ」


 この人が私をどうこうするつもりなら、そんな物に頼らなくても他にいくらでも手段があるし、そもそも姿を見せる必要がないしね。


「ふ。お前の使い魔、それとも従者と呼ぶべきかい? こいつはそうは思っていないようだがねぇ」


 初老の女が、先程から静かに彼女を警戒しているタイガを見つめる。


「ふん」


 私はベッドの脇に置かれていた肩掛け鞄から水が入った革袋を取り出すと、もらった粉薬を飲んだ。


 気持ちの問題もあるのかもしれないけれど、少し頭痛が和らいだような気がする。


「それは仕方がないよ。タイガは魔力には敏感だからね」


 この初老の女が、魔力を知覚できるタイガの瞳にどう映っているのかは大体の想像がつく。


 見た目通りのひ弱な老女だなんてありえない。


「いまタイガと言ったね。その名はお前が付けたものなのかい?」


「違うよ。ところでそろそろ教えてくれないかな。あなたは一体何者なの?」


 初老の女がぽかんとする。


「呆れた娘だねぇ。酔いつぶれたお前を運んで宿代まで払ってやった相手に、何者とは随分な物言いじゃないか」


「え……」


「なんだい。覚えてないのかい?」


「……覚えてない」


 初老の女が大きなため息をつく。


「お前は店内で大暴れした後……」


「まっ……て? 私が大……暴れ?」


 確認するように私がタイガを見ると、タイガは「ふん」と鼻を鳴らして顔を背けた。


 その態度で察した。


 ああ、血の気が引いていく音ってこんな感じなんだね。


 あ、あはは……。


「あれはいま思い出してもおかしな光景だったねぇ。お前はただヘラヘラと楽しそうに笑っているだけなのに、殴りかかっていった男達が次々と逆さまになって滑っていくんだ。ご丁寧に椅子やテーブルを避けてねぇ」


「うぅ……」


 全然覚えてない。


 でも私の魔法だ。私の仕業で間違いない。


「その人達、怪我とか大丈夫だったかな」


「何度も何度もお前に殴りかかっては転がされてたがね。最後はピンピンしたまま捨て台詞を吐いて店を出て行ったよ。まぁお前が気にすることはないさね。お前に絡んでいた奴らは街で有名なならず者だからねぇ。他の客たちも大いに盛り上がっていたよ。良い物見せてもらったと、お前に1杯奢らせてくれと進み出る者が数人いたくらいだ。店主も追い出してくれて助かったって言ってたよ。むしろ感心してたくらいさ。あれだけの大立ち回りがあったってのに、椅子どころか皿の1枚も割らずに追い出しちまったんだからねぇ」


 酔っ払いの私、ちゃんと手加減出来てたんだね。


「ほっ……。そっかぁ。被害がなかったのならよかったよぉ」


 私ったらとんでもないことをやらかしてしまったのかと思って、すっごい焦ったぁ。


「まぁ奴らが出て行ったあとも、お前に近づく者はお前のツレも含めて全員逆さまにされていたがね。クックック!」


「……え゛」


「手に負えないお前に、お前のツレがあんまりにも困っている様子だったからねぇ。お節介にも私はちょっと手を貸すことにしたのさ。その結果がこのザマさ」


 初老の女がねじ曲がった杖を持ち上げて私に見せる。


 これが私の仕業?


「滑らせたのは私で間違いないけど、私にはそんなことは出来ないよ?」


「そうかい? だがおかしいねぇ。お前の従者の仕業なら、私が魔物の魔力を見逃すはずがないんだがね」


 この人ほどの魔法の使い手が言うならそうなんだろうね。


「どういう状況でそうなっちゃったの?」


「お前を眠らせようと杖の先に睡眠魔法を構築した時さ。お前に睨まれた瞬間、螺旋を描くように魔力図が突然ねじ切れた。魔力図と魔力で繋がっていた杖はその余波を受けたようだねぇ。反魔法(アンチマジック)は数あれど、こんな魔法の破られ方は初めてだよ」


 手で触れずに魔力図を破壊する……?


 そういえばたった1度だけ、私はそれをやったことがある。


「やっぱりもしかすると私のせいかも……」


「ふむ。おかしな事を言う娘だよ。魔法は魔力図を描かなくては行使できないんだからねぇ。知らない魔法を無自覚に使うなどありえん話だ。お前も魔法使いならわかってる事だと思うがね?」


 初老の女が訝し気な顔をする。


 まぁ無理もないよね。


 『つるつるの魔法』限定とはいえ、魔力図なしで感覚的に魔法効果を即時発動できる私の魔法は、何もかもが普通じゃない(・・・・・・)


「正直に言うと、私にもよくわかってないんだ。それよりも杖を壊しちゃってごめんなさい。あと宿に連れて来てくれたこともありがとう。あっ、あと薬も! すっごく楽になったよ。えへへ」


「ふっ。なあに、年寄りの気まぐれさね。礼など不要だよ」


 初老の女が静かに微笑む。


「あの、壊しちゃった杖の代わりと言ってはなんだけど、よかったらこれから一緒に新しい杖を買いに……もちろんお金は私が払うから」


「その必要はないよ。この杖はあそこで役目を終える運命だったのさ。そして私にはもう新しい杖は必要ないんだからねぇ」


 もう必要ないって……どういう意味だろう?


「そういえばあなたの名前はなんていうの?」


「おやおや。最近の若い者は礼儀がなってないねぇ。人に名を訪ねる時は、まず自分の名を明かすものだと親から教わらなかったのかい?」


「う。ごめん……。そうだね。私はティアズ・S・オピカトーラ。冒険者だよ」


 初老の女の目が見開かれる。


 でもそれはほんの一瞬の事で、すぐに何かを悟ったような寂しそうな顔へと変わった。


「予感はしてたが、やはりそうだったのかい。とうとう運命(さだめ)の時が来たんだねぇ……」


「さだめ?」


 声が小さ過ぎてよく聞き取れなかった。


「こっちの話さ。私はイヴィ・フレグランズ。しがない魔法使いだよ」


「しがない、ね。あなたがしがない(・・・・)魔法使いなら、世の中にいるほぼ全ての人が、魔法使いを名乗ることすらできなくなると思うけど……って、あれ?」


 イヴィ・フレグランズ?

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