初めてのお酒
「う……う~ん……」
私は寝ぼけ眼のまま上体を起こそうと肩を動かした。
頭が揺れた瞬間、ズキリとコメカミに激痛が走る。
「い……ったぁい~」
頭に触れて指先を見ると血のりはついていない。
この痛みはどうやら私の頭の中で起こっているらしい。
「うぅ。動かすと余計ズキズキする」
私はコメカミを包むように手の平で抑えた。
「やっと起きたか」
黒猫のタイガがベッドに飛び乗ると、ぽすぽすと枕元に歩いてくる。
「ここ何処?」
横たわったままタイガごしに部屋を見る。
狭くて、あまり生活感を感じない質素な部屋だ。
「街の宿屋? 私はどうやってここまで来たんだろう」
「覚えてねーのか?」
「えーっと……確か夕方頃にペイジュに着いて……みんなから今日でお別れだろって言われて……」
そうだ。最後の晩御飯をみんなと一緒に食べる事になって……。
ロフマンがペイジュに来た時には必ず寄るっていう、お勧めのお店にみんなで行ったんだ。それから……。
あ。なんかだんだん思い出してきた。
そこは料理とお酒を出してるお店で、みんな当然のようにお酒を飲み始めて――。
「みんなうまそうに飲んでるだろ?」
酔ってたのしそうにしているみんなを眺めていると、ロフマンが自慢気に言った。
ロフマンは少し酔いが回り始めたのか、ほんのり頬を赤く染めている。
「そうだね」
「なんてったってフレイディールと言えばワインだからな。この国の気候が上質なワインを作るためのブドウの栽培に適してるんだ。キューチェガルの王族や貴族が嗜む高級ワインも、フレイディールで造られたものがほとんどなんだぜ? そうそう、あんたの国、ロンブルク王国にも輸出されてる」
「ふうん。お酒なんて、そんなにおいしいものかねぇ」
匂いを嗅いだだけで、うッ! ってなるのに。
「そういやあんた、酒は飲んだことがないって言ってたな。ふうむ。よし、せっかくだ。この機会に1杯試してみねえか?」
そう言ってロフマンが新しいグラスにほんの少しだけワインを注いだ。
「えっ、いいよ! 別に試さなくても!」
「そうかい? ま。無理強いをするつもりはないがね」
ロフマンがグラスを引いてくれたのを見てほっとしていると、同じテーブルについていたBランク冒険者の男が言った。
「あんたAランク冒険者だろ? 酒も飲めねえってマジかよ」
「む。いいでしょ。別に」
飲むのも飲まないのも私の勝手だもん。
「そうじゃねえって。あんたしばらくフレイディールで活動すんだろ? 王都にも行く予定があるって言ってたよな」
「うん。でもそれがどうかしたの?」
「さっきロフマンさんも言ってただろ。この国でワインは特別なんだ。貴族の間じゃ、誰が今年で一番うまいワインを産出したかって、水面下じゃバチバチに競い合ってる。過去には土壌の良い領地を巡って貴族同士で争いも起きたなんて話もあるくらいだぜ」
「なんかすごそうだね」
領地の奪い合いはやり過ぎだけど、そうやって競争することで、より質の良いワインが造れるようになったのかな。
「わかってねえってツラだなァ。いいかぁ? あんたがこの国で何をしようとしてんのかは知らねーけどよ。Aランク冒険者はBランク冒険者よりも、ぐっと王族や貴族社会に近い立ち位置だろ。俺なら自分の利益のためにも、飲めるようになる練習くらいはしておくね」
Bランク冒険者の男は、私に見せつけるように大きくグラスを傾けるとお酒をあおった。
「まぁ彼の言う事には一理ある。実際、年に一度だけ行われるワイン品評会には、この国の貴族達は例外なく注目してるからな。俺達商人も毎年のワインの出来に関しては注意深く情報収集してるくらいだ」
商品価値を見定めるためかな?
「この国の貴族はみんなワインが大好きなんだね」
Bランク冒険者の男が鼻で笑った。
「ククッ、そりゃどうかね。確かに好きな奴もいるだろうが、好きとか嫌いとか関係なく手段としか思ってない奴も多そうだがな」
「どういうこと?」
「品評会で賞を獲った上位3種のワインは、法王様へ直接献上することが許されるんだ。貴族にとってこれほど名誉な事はないし、社交界での影響力にも大きく関わってくる大事でもある。だから貴族達はみな注目するし、時に行き過ぎた争いが起きる事もあるという訳だ」
Bランク冒険者の男に代わってロフマンが言った。
「そーいうことだ。さあて、さてさて。これにて授業は終了だ。次はテストと行こうじゃねえか」
突然椅子から立ち上がったBランク冒険者の男は、私のために少しだけワインが注がれたグラスを手に取った。
「あんたは今、あんたがどうしても欲しい情報を持ってる貴族、つまり俺を訪ねて来た!」
「へ?」
「俺はと言うと、久々の出来の良いワインに喜んでいて、賞を狙えるくらい美味いこのワインを誰かに自慢したいと思っていた」
タン! と、グラスを私の前に置くと、Bランク冒険者の男はワインを注ぎ始める。
「そんなときに現れた来客があんただ。俺は貴族ではないあんたの忌憚のない感想が聞きたくて、美味いと喜ぶ顔が見たくて、心血を注いで造り上げたこのすばらしい出来のワインを振舞うことにした」
Bランク冒険者の男が、なみなみとワインが注がれたグラスをぐぐいっと私に押し寄せる。
「さぁ、あんたはどうする?」
「う……っ」
「断ってもいいぜ? ただ振舞ったワイン以上のものまで断られたと感じた俺は、無下にされた期待と共に情報を提供する気も消え失せちまうかもしれないなぁ」
ロフマンを見ると苦笑いを返してきた。
そうか。私は勘違いしていた。
ロフマンが言っていた注意深く情報収集って、貴族との交渉のためだったんだ。
そんな事態は私の身には絶対に起きない! とは、残念ながら言い切れないんだよなぁ。
なんせ最後のタイガの封印はこの国の王都の中にあるっぽいし……。
もしかすると魔法学園の迷宮のように、権力者の協力が必要にならないとも限らないんだよね。
「むぅ~……。わ、わかったよ。飲めばいいんでしょう? 飲めば……うぅ」
私はグラスを手に取る。
グラスの中で揺れる赤い液体との睨み合いもほどほどに、大きく2度3度、息を吸って吐いて覚悟を決める。
エンリのためならお酒の1杯や2杯……!
「よ、よぉし!」
固く両目を瞑ると、一気にグラスを傾けた。
「ごくっ……ごくっ……」
うぅ、留飲するたびに喉が焼けるみたいだ。
液体なのにすごく飲み込み辛い。
なにやら2人が焦ったように何かを叫んでいる声がするけれど、ここで止めたら手が完全に止まってしまう気がする。
このまま一気にいくしかない。
やられる前にやれ、だ!
「ごくっ……ごくっ……っはぁ~~~っ」
飲み干したグラスをテーブルに叩きつける。
「おいおいおいっ! なんて無茶な飲み方をするんだ!」
「かーっ、まさかここまで酒の飲み方がわかってねえとは……! つうか初めてならもっと警戒してちびっとからいくだろ普通? いきなり一気にいくか!? おいっ! 大丈夫か!?」
「あえ~……?」
なんだろぉ。かおぜんたいがほのおにつつまれてるみたいにあつい。
私を覗き込む2人の顔が、世界ごとゆらゆらと揺れている。
「こりゃいかんな……。止めなかった俺も悪いが、あんたが無理に飲ませるように仕向けるからだぜ」
「わりぃ。あんまりにもクソ真面目な嬢ちゃんだからよ。最後にちょっとからかってやろうと思っただけなんだ……」
なんかふたりがもめてるぅ~?
あはは。なんでもいいかぁ~。
「えっへへ~」
ふわふわしてきもちいい。




