ペイジュへ その10
朝食を大急ぎで平らげた私は、街の南門へ急いだ。
まだ日が昇り始めて間もないというのに、街の門には既にキャラバンの馬車が止まっている。
私も早めに出たつもりだけど、商人ってほんと早起きだなぁ。
「おはよう」
私は商人達に指示出しをしているロフマンの姿を見つけると、近づいて声をかけた。
いつもロフマンと一緒にいる細身の男の姿が見えないけれど、きっと出発前の準備に奔走しているんだろう。
「おう、早いな。出発まではもう少しだけ待ってくれ」
「それはわかったけど。なあに? 顔を曇らせたりして」
「あんたはいつも以上に元気そうだ。そういえばやることがあるって言ってたが、上手くいったのかい?」
ロフマンが笑う。
「えへへ~。まあね。それで、何かあったの?」
「あんたも関係のある話だ。実は昨日、ガメーツさんの所のキャラバンがザピスに着いたんだが」
「へぇ。いつの間にか追い抜いてたんだ?」
「そうらしい。だが俺達の足が速かったって訳じゃないぜ。どうやらオノデミからザピスへ向かう途中で、ガメーツさんのキャラバンは野盗の襲撃を受けたようなんだ。積み荷も半分以上持っていかれたって話だぜ」
「まさか黒薔薇盗賊団の残党? でも護衛は雇っていたんでしょう?」
「雇ったのはCランク冒険者6人だけだったようだ。キャラバンの規模としちゃ俺のとことそう変わらないはずだから、明らかな人手不足だぜ。ふぅ。こんな博打みたいな真似をして、奴も相当追い込まれていたらしいな……。まぁ荷物は兎も角としてだ。護衛の冒険者に怪我人は出たようだが、死者が出なかったのがせめてもの幸いと言うべきだろうな」
「それで心配してたんだね」
「いいや、心配なんかしちゃいないぜ。俺達は必要な護衛の数を揃えているし、今回はあんたもいる事だしな。何も不安はない。だが……」
ロフマンが不快そうに視線を落とす。
「まだ何かあるの?」
「ああ。奪われた積み荷の中に、ガメーツさんがオノデミで引き上げた違法奴隷がいたらしいんだ。怪我をした護衛の冒険者達が、騙されて犯罪に加担させられたと冒険者ギルドに報告をしてきた事で発覚した」
「えっ!? ちょっと、なによそれぇ! だってシグマーが捕まって、違法な奴隷売買は出来なくなったはずでしょう!?」
「確かにオノデミにも通達や噂による触れ込みがあっただろう。いまなら兵士も動いているはずだ。だが世の中素直に聞く奴ばかりじゃないからなぁ。特に味を占めちまった奴らは往生際も悪くなるってもんだ。おおかた兵士達の手が回る前に、秘密の監禁部屋に奴隷達を移して隠してたんだろうぜ。あとはなんとかしてフレイディールまで運び入れちまえば、もう足もつかねえってな」
「そんなのって……!」
王様やシスタ、リガルの命を懸けた思いまで踏みにじられたような気分だ……!
「昨夜のうちに冒険者ギルドから商業ギルドに協力要請が出た。それで俺達他の商人にも知れ渡る事になったんだ。しかし前任者の処分も済んでいない内に新会長のこの不祥事だ。ムーンパレス商会もいよいよ終わりかもしれないな」
「ガメーツは捕まったの?」
「報告を受けた兵士達が身柄を押さえようと、急いでガメーツさんの宿を訪れたときには、既に荷物を積んだ馬車1台と共に姿を消していたそうだ」
「逃げられちゃったんだね……」
「ああ。だが商いで食っていくつもりなら俺達商人の目は避けられない。キューチェガルに居場所がなくなった以上、ガメーツさんの行き先は1つだ」
「ここから一番近いフレイディールへの亡命、かな?」
ロフマンが静かに頷く。
「フレイディールにはムーンパレス商会と深いパイプのある貴族がいるからな。おそらく間違いないだろう。商業ギルドからもフレイディールへ向かう商人には、かの国で得たガメーツさんに関する情報を提供するようにと要請が出ている」
そう言うとロフマンは、疲れたような顔で溜め息をついた。
「もしかして気が進まないの?」
「ガキだった頃から商人を目指してきた俺は、今や商会内の中堅の地位にまで登り詰めてキャラバンを任されるようにもなった。両手を縛られるような事こそしちゃいないが、そこに至るまでには灰色な事なら沢山やってきたんだ。そんな俺が犯罪者に身を落としたとは言え、かつては同じ商会で商いを競い合った男の情報を密告するってのは、どうにも口幅ったい気がしてなぁ」
「もしガメーツの居所を知ったらどうするの?」
ロフマンは答えずに口を噤んだ。
ひょっとしてギルドに報告しないで黙って見逃すつもり?
ガメーツが悪人なのは間違いない事だけど、ロフマンからしたらかつての仲間を売るような後ろめたさみたいなものがあるのかな……。
でもそれは誰のためにもならないような気がする。
それに少なからずこの問題に関わっている私としては、ロフマンにも知って欲しい。
ロフマンから視線を外した私は、馬車の車輪に寄りかかった。
「私はオノデミで廃墟になった孤児院を見たよ。窓から覗き見た部屋はまだ生活感が残っていて、私が育った孤児院と同じ匂いがしたっけ。それから黒薔薇盗賊団とひとりで戦おうとする女の子と出会って、元凶のシグマーをなんとかしようと苦悩する王様と会って、腐敗していく権力者達と戦うために立ち上がったリガルとも会って。それぞれと話をしたよ」
「王族と……リガルと会った……?」
「王家にしてもリガルにしても街の噂はいろいろと耳にしたけれど。実際に本人たちと話してみるとね。みんなこの国で起きている間違いを正すために、不正な奴隷売買をやめさせるために信念を持って行動していた事がわかったんだ」
「そいつは……まさかあんた……!」
「私は悔しいよ。みんな国の未来を守るために、理不尽に苦しめられる人達を無くすために、全てを懸ける覚悟で頑張っていたのに。いまも不正な奴隷売買をする商人がいて、それで苦しめられている人がいる事が。どうしてわからないんだろうって、そんなにお金が大事なの? って、悲しくなるよ」
もちろんお金は大事だ。
私は孤児院育ちだもん。それは身に染みてわかっているつもりだよ。
だけど一番じゃない。
シスタ達が守ろうとしていた物の方が、ずっとずっと大事で価値のあるものだよ。
私は車輪から離れると再びロフマンと目を合わせる。
「だから私は、もしフレイディールでガメーツを見かける事があったら、ちょっと追いかけて捕まえるくらいはしようと思う。兵士に突き出して、ちゃんと罰を受けてもらうんだ。悪い事をしたら先生に怒られるし、ごめんなさいした後には罰として1週間のトイレ掃除が待ってる。そんなの孤児院の子供でも知ってることだよ? ちゃんと叱られて間違いを正さないと、悪い大人になっちゃうんだから!」
ロフマンが目を丸くする。
「はは……悪い大人になっちまう、か。やれやれ耳が痛いぜ」
「まぁ私も大切な旅の目的があるからね。言うほど大したことはできないと思うけど。えへへ」
「ペイジュに着いたあとはどうするんだ?」
「街で情報と装備を整えて、ナザーユ雪山に登る予定だよ」
「おいおいおい、灼熱の砂漠の次は雪山か? あんたの旅も大概過酷だなあ」
「えへへ。まあね」
「普通ならこんな年端もいかない若い娘がと心配するところだが。あんたなんだろう? あのリガル・アランテを捕らえたっていう凄腕の冒険者は」
私は笑顔で応える。
「まったくあんたは、俺の想像を超えた大した奴だったんだな」
「ロフマンさん~! 出発の準備が整いましたよ。おや? あなたはここにいたんですか」
細身の男は私と目を合わせると微笑んだ。
「冒険者もこれで全員揃いました。いつでも出発できますよ」
「よおし! それじゃてめえら、フレイディールへ向けて出発だ!」
「「「おお~!!」」」
ロフマンの号令でキャラバンが動き出した。
「私達も行こう、タイガ」
馬サイズとなったタイガの背中に私は飛び乗る。
「いよいよフレイディールだよ。一体どんな国なんだろうね」
タイガが舌なめずりする。
「あ、いま食べ物の事を考えたでしょう?」
一瞬こちらに視線を投げたタイガが、鼻を鳴らして前を向く。
「あはは。でもそうだね。キューチェガルには食べた事のない辛い料理が沢山あったもんね。氷菓子も甘くて冷たくておいしかったなぁ。フレイディールにもきっとおいしいものがあるよ」
私もちょっと楽しみだ。




