ペイジュへ その9
「要するに魔導書の索引のおかげで、私はページ番号とパラメータを指定するだけで、呼び出し元の魔力図の一部として魔導書内のスクロールに描かれた魔力図を目的に合わせて簡単に組み込めるようになったってことだよ」
「それがこの意味不明な魔力図か?」
「そう! すっごくシンプルでしょう? 実際の内容はスクロールに描かれた魔力図を複写してくるから、一から描くのと違って魔力図の構築が爆発的に速くなってるんだよ! でもこれの本当にすごいところはそこじゃなくて、魔力図を階層的に組めるようになった事なんだよ!!」
もはや魔物というよりは、お肉という食材の姿になり果てたデザートリザードに”部位ごとにお肉を切り離す魔法”が発動する。
放たれた風の刃が、少々大雑把だけどデザートリザードの四肢を切断して解体していく。
「一連の魔法を管理し易くなることもそうだけど、過去に創ったスクロールを別の魔法に簡単に組み込めて、更にそれを新しいスクロールにして魔導書に組み込めば、こんな風にまた別の魔法の一部として再利用する事ができるんだよ!」
部位毎にバラバラになったお肉に、新しく自動展開した”お肉に調味料をふりかける魔法”が発動する。
風魔法によって舞いあげられた調味料が、お肉に小さな竜巻となって纏わりつく。
「こうやって魔力図を階層化することで、複雑で大きな魔力図も本の枠の中に納める事が出来るし、魔力有効範囲を超えるような大きな魔力図だって大がかりな下準備をしなくても簡単に構築できるようになったんだよ!」
”石の棘を刺して地面に固定する魔法”が自動構築を終えて発動する。
射出された細長い石の棘がお肉を貫くと、砂が付かないようにお肉を地面へ突き立てていく。
最後に”お肉を焼く魔法”が発動して、円を描くように並んでいるお肉の真ん中に炎が立ち上がった。
その炎が風魔法で旋回運動を始めると、火力を増しながらお肉を直接あぶり出す。
「ね? すごいでしょう!!」
私はあふれだしそうな興奮に両腕を大きく広げると、満面の笑顔でタイガに言った。
「……知らん」
冷たい返事と共に、タイガからちょっと苛立ったような感情が流れてくる。
そうだった。タイガはまどろっこしい事が苦手だった。
「むー! なによぉ。ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃない。ぶー」
そりゃ完全体の大魔王が持っているだろう膨大な魔力があれば、こんな回りくどい事をしなくてもいいんだろうけどさ!
あ~ぁ。メディならこのすごさをすぐに分かってくれて、私の興奮にも同じように共感してくれただろうに。
なのにタイガったら、もう既に香ばしい匂いをたて始めたお肉の方に夢中だ。
「まったくもうっ。タイガの食いしん坊……!」
結構苦労して編み出した私の初めてのオリジナル魔法なのに、焼いたお肉に劣ってるみたいでなんか悔しい!
どうしたらタイガにこのすごさをわかってもらえるかなぁ。
「ねぇタイガはさ、1500年前の天魔大戦で実際に見たの?」
「何をだ?」
「勇者ダスティンが神器を使って放ったっていう、極大星魔法『星屑の涙』だよ」
「知らん」
「むぅ」
「だが星空から一斉に降り注ぐ、白い炎に包まれた無数の巨大な岩なら見たぜ」
「それだよ!」
物語で語られている通りだ。
炎の色は温度を表している。
白は6500度くらいの超高温だったっけかな?
王都ラザーニの闘技場でラウゼルとルーンゲルドが戦ったときに見せた炎よりも高温だ。
たぶん上級の火魔法と土魔法を合わせた魔法なのかも。
そんなものを空から降らせるには、一旦上空に向かって射出して軌道制御するか、射出口となる魔力図自体を天空に展開して落とすかだけど、一斉に降らせたというのならおそらく後者だ。
そしてこの”無数の”というところが実際には大問題となる。
落としたのが巨大な岩ってことは、単発でも射出口がそれなりに大きな魔力図になるはずだからね。
魔力有効範囲の関係で、普通のやり方では魔力図の構築自体がすぐに限界を迎えるはずだ。
「ねえタイガ。もしその魔法を、この魔導書を使えばさっき見せたくらいの簡単な魔力図で放つ事が出来るとしたらどうする?」
タイガが驚いたように私を見る。
「もちろん発動には相応の魔力を用意する必要があるよ。自前でも魔核でもいいけどね。それとこの魔導書で使っている魔力のインクだと、落とせる業火の岩も中級レベルまでしか出せないけどね」
それにダスティンが使った『星屑の涙』とは、効果は同じ様でもまったく違う魔力図になると思う。
なんせあっちは神器だ。
私が持っている『神の一滴の涙』も、エルガンが持っている『夜空ノ祈リ子』も、シスタが持っていた『砂漠の蜃気楼』も全部そうだった。
神器の魔法、つまり銀色の魔力図は、私達が使う魔力図よりも小さくて濃密だ。
おそらく古代の魔法図形が使われているんだと思う。
それに私の神力はエルガン曰く、魔力に換算すると『つるつるの魔法』にしてもまるで上級魔法のような大量の魔力に相当するらしい。
そういった事からも想像するに、もしかすると魔力図を複写するような小細工をしなくても、ダイレクトに天空を覆うような、規格外に超巨大な魔力図を展開できるのかもしれない。
私達の常識を覆すからこそ、神の器と呼ばれるんだしね。
だけどこの魔導書を使えば、同じような効果の魔法をシンプルな魔力図で手早く構築できる。
「どお? すごいと思わない?」
タイガの瞳孔が真っ赤に輝く。
「ふん。これだから人族はおもしれぇ」
ちょっとだけ興味を持ってもらえた、かな?
それから焼けたお肉を全部タイガに食べてもらった後、追加で3グループほど魔物の群れを相手に魔導書のテストを行ってから私達は宿に帰った。
就寝前にベッドに横たわって魔導書を掲げ上げた私は、にんまりとしてこの2ヵ月余りの成果を噛み締める。
私は想像していた以上の完成度と手応えに大満足していた。
この魔導書はあくまでも私が料理をするのに必要な魔法を纏めた物だけど、副産物として切ったり焼いたりする魔法が攻撃としても使えるようになった事もうれしい。
まぁAランク級の魔物が相手だと中級魔法じゃ役に立たないから、そっちの用途はあまり出番はなさそうだけど。
でも手段が増えた事は単純に良い事だ。
タイガに前借りした魔力を予め魔核に溜めておく必要はあるけれど、タイガが常に私の側にいなくても私にある程度の魔法が使えるようになったことは、私達の戦術の幅が広がったということだもんね。
それにこの魔導書は、まだ本当の意味での完成という訳じゃない。
また新しいアイデアや魔法を思いついたら、どんどん付け加えていってアップデートしていけるんだ。
その根底にあるのが、私が思いついた新しい魔法の理論――過去に創った魔力図を再利用して新たな魔力図を創り出す、『魔力図の階層化』という考え方だ。
例えるなら、風魔法に螺旋の軌道制御を付け加えることで旋風魔法へ変えるように。
旋風魔法をさらに、もう1つ上の階層で炎の属性を付け加えることで火災旋風魔法へと進化させるように。
同じ食材でも味付けや調理方法を変える事でまったく別の料理が作れるように、素材にした魔力図が持つ成長という可能性の枝葉を伸ばして新しい魔法を紡ぎ出す事が出来る。
そうして生まれた魔法の魔力図は、魔導書の新しい血肉となって別の新しい魔法を生み出すための糧の1つとなる。
この魔導書は、私次第でこれから先もずっと成長し続けるんだ。
もしかすると私が想像すらしてなかったものへと成長を遂げるかもしれない。
そう、例えばルーフィルド家に代々受け継がれてきたあの特級魔法を、術者の生命力を使わなくても発動できるように。なんて……。
私は魔導書を抱きしめると瞳を閉じた。
わかってる。そんなの夢物語に近い考えだって。
だから神頼みにも似た希望に縋るつもりはないし、私の目的はあくまでもこの旅の成功で揺るがない。
明日はいよいよフレイディールとの国境へ向かって出発だ。
あと少し、待っててね。エンリ。




