ペイジュへ その8
街を出た私は、馬サイズになったタイガの背中に飛び乗った。
「今回は乱獲するつもりはないけれど、念のために街から少し離れたところで魔物を探そう」
走り出したタイガが、うれしそうにぐんぐんと速度を上げていく。
ずっとキャラバンの歩調に合わせてきたから、ストレスが溜まっていたんだろうね。
私を乗せたタイガは、広大な平地のど真ん中を駆けていく。
この辺りの景色は荒野に近いものの、オノデミ周辺よりも緑がちらほらと散見している。
景色が遠くて、ゆっくりと流れていく。
だけど私の全身を吹き抜けていく気持ちのいい風が、タイガの疾走を感じさせてくれる。
砂漠のような暑さもなくて過ごしやすい気温は、故郷のブリトールに近いかもしれない。
遠く東の方を眺めれば、地平線にナザーユ雪山らしき山影が薄っすらと見えた。
ザピスはオノデミから南南東に位置する街で、フレイディールとの国境に最も近い街だ。
ここから国境の砦までは4日ほどで辿り着ける。
そこからペイジュまでは3日もかからない距離だ。
もうすぐ小国フレイディールへ着くんだね。
残り2つとなったタイガの躯体の封印がある国に――。
「いたぜ。どうするんだ?」
意識を現実へ戻した私は前を見た。
タイガが向かう先にはCランクの魔物、デザートリザードの群れがいる。
数は5匹か。ちょっと多いけど魔物のランク的にはテストに丁度いい相手だ。
「そのまま突っ込んで」
私は魔導書をベルトから外すと左手に持った。
続いて腰のベルトに新たに付けた小さなポーチから、ちょっと大きめの魔核を1つ取り出す。
これはBランク級の魔物の魔核にタイガの魔力を注いだものだ。
「さて、まずは」
私は魔核の中の魔力を使って、指先で魔力図を構築する。
それはとてもシンプルで、それ自体は意味をなさない不完全な魔力図。
その魔力図を、開いた魔導書の扉に描かれた魔力図へ繋いだ。
「これで準備はおっけー」
私は魔法を発動させた。
繋がっている扉に描かれた魔力図も連動して光り輝く。
私の左手の手の平の上で、バタバタと音を鳴らしながら魔導書のページがすごい勢いでめくられ始めた。
目的のスクロールのページが開かれるたびに、魔導書から飛び出した魔力図が私の眼前に展開していく。
あっという間に、複数のキャンバスから成る中級の風魔法の魔力図が完成した。
あとは発動に必要な魔力を注いで魔法を発動させるだけだ。
……と、その前に。
魔導書の扉に繋いだ部分を忘れずに断ち切っておかないと。
魔導書に繋いだままだと杖で増幅させた魔力が使えないからね。
魔力のインクの、魔核の副作用で魔力が安定させられてしまう。
私は魔核から取り出した魔力を杖に通して増幅させると、目の前に展開する魔力図に注ぎ込んだ。
「いっくよ~!」
複数のキャンバスから成る魔力図が発動の光を放つ。
次の瞬間、射出口から飛び出した3つの風の刃が、3匹のデザートリザードの胴体を切り裂いた。
倒しきれなかった他2匹は、タイガがすれ違い様に爪で倒す。
「うん、思った通りのいい感じだよ!」
私はタイガの背中から降りると、絶命したデザートリザードを確認する。
「あんなふざけた魔力図でどうなってる? 構築も速ぇ」
喜ぶ私とは対照的に、タイガは首を傾げている。
使ったのはタイガの魔力だから、タイガにも私と同じものが観えていたからだろう。
「えっへへ~。それには私が考えたちょっとした工夫があるんだよ」
タイガに説明するためにも、実際に1匹調理してみせよう。
私は1匹のデザートリザードの前に立った。
「ここから手作業なしで魔法だけでローストミートを作るには、まずは食材の魔物を空中に固定する魔法。次に血抜きの魔法。皮を剥ぐ魔法。お腹を裂いて内臓を取り外す魔法。部位ごとにお肉を切り離す魔法。お肉に調味料をふりかける魔法。石の棘を刺して地面に固定する魔法。火を起こしてお肉を焼く魔法と。ざっくり言うとそんな手順で沢山の魔法を使わないといけないんだけど、これを普通に1つの魔法でやろうとすると魔力図はすごく大きくなっちゃうよね」
「だろーな」
「でもこの魔導書を使えば、こんなに小さくて簡単な魔力図でいいんだよ」
私はこれらの行程を魔法によって全自動で行う、”全自動ローストミート調理魔法”が描かれたページの番号を使って魔力図を構築した。
それを魔導書の扉に描かれた魔力図へ接続する。
最後に魔力図に十分な魔力を注いだあと魔法を発動させた。
魔導書のページがバタバタとめくられて、目的の魔力図を探し始める。
目的のスクロールはすぐに見つかった。
魔導書から”全自動ローストミート調理魔法”の魔力図が飛び出すと、呼び出し元の魔力図の前に展開した。
その魔力図もまた、それ自体はなんら意味を成さない魔力図で、私が最初に描いた魔力図のようにスクロールのページ番号とパラメータ設定から成るとてもシンプルな魔力図だ。
そして私が最初に構築した魔力図の中の、ページ番号を記した部分と繋がっている。
つまり呼び出し元の魔法図形とキャンバス同士を繋ぐ魔法図形を介して適切に繋がっている。
「私の料理用クラスライブラリは、細分化することでスクロール1枚当たりの魔力図が小さくなって汎用性をあげる事ができた。でも本に出来るくらい枚数が増えて、目的のスクロールを見つけるのが大変になっちゃったんだよね」
”全自動ローストミート調理魔法”のスクロールに描かれた魔力図に従って、最初の手順”食材を空中に固定する魔法”の魔力図が同じように魔導書から飛び出した。
この魔力図もまた、それ自体は意味を成さない魔力図だ。
”食材を空中に固定する魔法”の魔力図のスクロールのページ番号が描かれた部分が、同じように魔導書の中の指定されたページから必要な魔力図の欠片を集め始める。
まるで樹木が枝を伸ばすように、複数のキャンバスから成る魔力図が広がっていく。
「スクロールの束を纏めて目次でもつければ探しやすくはなるけれど、これだけの魔法を行使するとなると何十回もスクロールを参照することになるからね。ページをめくるだけで大変だよ。それを適切に繋ぎ合わせて魔力図を構築するのは、見ての通りもっと大変!」
「だろーな」
必要とする全ての魔力図の欠片を魔導書から取り出し、構築を終えた”食材を空中に固定する魔法”の魔力図が、呼び出し元の魔法効果によって射出される。
それはデザートリザードの体に展開すると、発動の光を放った。
魔法の効果を受けてふわりと浮かび上がったデザートリザードが空中に縫い留められる。
続いて”血抜きの魔法”が魔導書から飛び出すと、同様にして参照先の魔力図を魔導書から取り出して構築を終えるとデザートリザードに展開して発動した。
「だから私はその大変を解決するために、指示したページのスクロールに描かれた魔力図を複写して、呼び出し元の魔力図に自動で連結させる魔法を挟むことにしたんだよ!」
私はどや顔で、本の扉に描かれた魔力図をタイガに見せた。
そこに描かれた魔力図には、以前レンジが見せた魔力図を複写させる魔法も組み込まれている。
「これは魔導書を使った『魔力図を構築する魔法』なんだ! スクロールに描かれた魔力図を魔法で複写して使うことで、魔法発動時の魔力のインクへの負荷を最小限に抑える事にも成功した優れものだよ? 私が創ったこのオリジナルの魔法に名前を付けるなら……そうだね、魔導書の索引ってところかな。えへへ」
「ふむ。つまりどーいうことだ?」
あれ? タイガの反応が、私が想像していたよりも大分薄い。
魔法で魔力図を自動で構築するんだよ? すごくない?




