Aランク昇級試験 その8
「なんて魔法だ。一撃であの巨体をひっくり返すとは……! 目を疑う光景だ!」
レグランが驚愕する。
杖で殴ったんだけど、流石に魔法ってわかるよね。
まぁ筋力だけで同じ事が出来てしまいそうな人物に、たったひとりだけ心当たりがなくもないけれど、あの男は完全に規格外だ。
「漆黒の……虎? あんな魔物、見た事も聞いたこともないよ」
カリーナが怯えた様子で呟いた。
一瞬何を怯えてるのかと思ったけれど、この姿のタイガは傍から見れば脅威の魔物でしかなかったね。
また一段と大きくなったタイガの体だけど、外見の変化はそれだけじゃない。
頭には根元付近で折れている2本の角が生えている。
尻尾はまだ虎のそれだけど、強靭な四肢と魔力を帯びて青白く光る鋭い爪や牙、そして全身を包む黒い炎のような体毛から発せられる強者の風格は、魔法学園の図書館で見つけたあの絵に大分近づいてきている。
「あの虎こっちには目もくれずに、5倍以上の体格差があるキングデスストーカーの方を襲ってやがる。魔物同士、さしずめ俺達という獲物の奪い合いってとこか?」
「だろうな。しかし虎の方が優勢のようだ。油断するなよ、ガッシュ。情報の無い未知の魔物の方が場合によっては厄介だ」
「ああ。だがこいつはチャンスだ。奴らが殺し合ってるうちに撤退するとしようぜ。おいっ、てめぇも早くしろ!」
馬車に向かって駆け出したガッシュが私に叫ぶ。
「私はいいよ」
「はあ? いいからさっさとしろって! 置いてっちまうぞ!」
「あの虎は私の使い魔なんだ。キングデスストーカーはタイガがひとりで倒すよ。だから私はここで見守ってるよ」
私が手を貸すまでもなく、更に力を取り戻したタイガが一度戦って勝ってるキングデスストーカーに負ける要素はない。
何よりタイガから流れてくる歓喜の感情を思うと、ここは思う存分暴れさせてあげたくなる。
取り戻した力の程を測るのに、この再戦はまさにうってつけだもんね。
「てめぇ、なに言って……」
長い尻尾を使ってキングデスストーカーが起き上がった。
体格の劣るタイガが振り落とされる。
キングデスストーカーが間髪を入れずにタイガに向かって左の鋏を伸ばした。
大きな鋏は全開まで開かれている。
挟むつもりかな? 私にはしてこなかった攻撃だ。
小さな私と違って大きなタイガなら掴みやすいし、刻み甲斐があるということかな。
身を転がせて四つ足で立ち上がったタイガが、しなやかな動きで跳躍して鋏を躱す。
そのままステップを踏むようにタイガがキングデスストーカーの側面へ回り込むと、3本の青い光の軌道が走った。
同時に硬い金属が無理やりねじ切られたような、形容し難い音が重なって響く。
「くっ……! なんて音を鳴らしやがる!」
私の隣に来たガッシュが耳を押さえる。
タイガの牙と爪の連撃を受けたキングデスストーカーの左鋏が、根元で切断されて地に落ちた。
ズンと重たい音と共に、地響きがこちらまで響いてくる。
「信じられねぇ……。あの馬鹿デケェ腕を一撃で斬り落としやがった……!」
「3撃だね。上手く関節の間に切り込んだみたい」
キングデスストーカーは腹部の無数の裂傷と2本の鋏の損壊。
対してタイガの状態は無傷で絶好調だ。
まだ毒針の尻尾と牙が脅威として残っているけれど、勝敗はほとんど決したも同然かな。
「それにしても……あの鋏1本だけでも、食べきれない量のお肉が獲れそうだねぇ」
キングデスストーカーの少し透き通ったお肉は、生でも甘味があっておいしいらしい。
塩茹でにすると白くなって更に旨味が増すとか。
う、想像したらよだれが……。
「てめぇ。こんな時に食いモンかよ」
私はこれでも真剣なのに、ガッシュが呆れた視線を送ってくる。
「なによぉ。だって3日も寝込んでたのに、ちょっとしかご飯食べる暇がなかったんだもん。もうずっとお腹ぺこぺこだよ。はぁ~……」
擦った私のお腹が、同意というより抗議するように大きくぐぅ~と鳴いた。
「ったく、緊張感ねえなァ。これじゃ目まぐるしい展開に慌ててるこっちが馬鹿みたいだぜ」
「むー! しょうがないでしょ、生理現象なんだから!」
恥ずかしさで頬が熱くなる。
「……あっ。ガッシュ下がって」
私は片手で杖を構えた。
「あ? おわ!」
かっ飛んできたキングデスストーカーの巨大な毒針を、私は指向性のある『威力を受け流す超つるつるの魔法』を使って杖で受け止めた。
推進力を失った毒針が、どすんと地面に落ちる。
”毒針飛ばし”はキングデスストーカーが使う技――と魔物図鑑には書かれていたけれど、実際は尻尾の先の毒針を射出する魔法だったみたいだ。
針を失った尻尾の先に展開するまだ発動中の魔力図を観ると、射出の後で次の針を造成し直すという、通常の射出魔法とは順序が逆の構成になっている。
その狙いは構築から射出までの時短のためだろうけれど、キングデスストーカーの尾についた巨大な針は造成魔法によって作られていたという新事実が興味深い。
「ちっ、流れ弾か」
「だね。飛んでいったのが馬車の方じゃなくて良かったよ。てゆか邪魔だね、これ」
岩のように大きな毒針が視界の妨げになって、これじゃタイガの戦闘が観づらい。
あっちに捨てとこう。
私は毒針に『つるつるの魔法』をかけてから、杖で針の側面をコツンと叩くと衝撃を返した。
巨大な毒針が遠くへつるりと滑って行く。
うん。これで良く観える。
視線を感じてガッシュを見ると、真剣な顔をして私を見つめていた。
「えへへ。おわ! って、ガッシュったら気を抜きすぎだよ」
私が微笑むとガッシュがバツが悪そうな顔をして言った。
「俺だってそこまで気ィ抜いちゃいなかったぜ。……なぁ? てめぇはマジでリガルに勝ったのか?」
「確かに私はリガルを止めるために彼と戦ったよ。手強い相手だったけど、なんとか捕まえる事が出来た。そういう意味では目的を果たせた私の勝利ではあるけどね。でも私は1対1の戦闘でリガルに勝ったとは思ってないよ。バッサリ斬られてあやうく死にかけたしね。その後もリガルが本気なら私はたぶん殺されてたし、周りの助けがなかったら生きてこうしていられなかったもん」
「……止めるってのは、どういう意味なんだ? 国から賞金がかけられてる相手だぜ。殺すってのが正しい表現なんじゃねえのか?」
「リガルはこの国のためにあえて悪役を演じてたんだよ。そして彼は、用が済んだ後も止まれなくなってしまった自分と組織を、誰かに止めて欲しかったんだと思う……。他にも理由はいろいろあるけれど、まぁだから私は彼を殺すんじゃなくて止めたかったんだよ」
「それをてめぇがやったってのか……?」
私は返事の代わりにガッシュに微笑んだ。
キングデスストーカーの尻尾を斬り飛ばしたタイガが、風魔法と爪の連携技を放つ。
度重なるダメージにひしゃげ始めていたキングデスストーカーの頭部が、その連撃を受けていよいよ耐えきれずに大きく砕けた。
脱力したようにキングデスストーカーが8つの膝を折って地に伏せる。
断末魔の代わりに天まで響きそうな轟音と大きな地揺れが辺りに広がった。
タイガの勝利だ。
堂々とした歩みで無傷のタイガがこちらに歩いてくる。
「楽しかった?」
「ふん。まぁまぁだな」
タイガは口ではそんな事を言ってるけど、流れてくる感情から満足していることはバレバレだ。
「本当に倒しちまいやがった。てめぇはこんな強力な魔物も従えてるってのか……」
まぁ使い魔っていうのは便宜上の話だけどね。
「そんな事より試験の続きをしようよ。レグランは気絶させたしカリーナは降参したんだから、あとはあんたを倒せば合格だよね?」
「それには及ばねえよ。てめぇは……いや、あんたの実力は本物だったぜ」
「じゃあ?」
「ああ。ギルマスの代理として試験官の俺達が、あんたのAランク昇級を認めるぜ!」
「やっっったあぁ~~~~!!」
「へっ、その若さでAランクか。Sランクって例外を除けば、冒険者としちゃ最高ランクだぜ。そりゃ感極まるよなァ」
「く~っ、これでやっとご飯が食べられるぅ~~~っ!!」
「……そっちかよ」




