Aランク昇級試験 その7
「あわわわ……」
カリーナが腰を抜かしてヘタり込む。
私との模擬戦闘で構築済みの魔力図は使い果たしてるし、残存魔力も心もとない状況だもんね。
純粋な魔法使いとしては、手足を縛られて前衛に立たされているようなものか。
仕方がないなぁ。
「こんなところに座り込んでたらまっさきに殺されちゃうよ」
「ひゃ!」
私はカリーナの襟首を掴むと『つるつるの魔法』をかけて後ろへ引きずり投げた。
私の頭上にキングデスストーカーの巨大な鋏が落ちてくる。
『威力を消す超つるつるの魔法』は、ざっくり言えば相手の身体に対して指向性のある『超つるつるの魔法』を無数に作用させることで力を奪う魔法だ。
でもキングデスストーカーの全身は大きすぎて私の魔法の有効範囲を軽く超えている。
私は『指向性のある威力を受け流す超つるつるの魔法』を使って両手持ちの杖で鋏を受け止めた。
受け流した重い衝撃が私の周囲に螺旋を描きながら走り出す。
「なんとか最初の衝撃は殺せたけれど……」
キングデスストーカーが鋏に力を籠めてくる。
「くっ……うぅ、重い……っ!」
「ティアズさん!」
『威力を受け流す超つるつるの魔法』は、激突の瞬間に合わせて魔法効果を最大化させる魔法だ。
常に最高威力で発揮していたら、私の神力はすぐに尽きてしまう。
だから押し潰されるのだけは苦手なんだよね。
私は両足に指向性のある『つるつるの魔法』をかけると、続いて鋏を支えている杖の先端に魔法をかけた。
大地と鋏の間に挟まれていた私の身体が、押し出されるように一気に弾き飛ばされる。
直後、私という支えを失った巨大な鋏は、地響きを立てて砂地に突き刺さった。
「ふぅ。ねえガッシュ。この場合、私の試験はどうなるのかな? まさかキングデスストーカーとみつどもえの戦闘をやるだなんて言わないよね?」
ガッシュは私を見つめたまま呆けたように立ち尽くしている。
私は降って来たもう1つの鋏を、同じように『指向性のある威力を受け流す超つるつるの魔法』を使って受け止めると身を躱した。
「ちょっと聞いてるの? ガッシュ!」
「あ……っ! 当たり前だ! Aランク級の魔物相手に、んなことする余裕があるかよ。一か八か俺達全員で追い払うしかねえ。だからてめぇも協力しろ。カリーナ、レグランを起こして魔法の準備だ! 俺とこいつで時間を稼ぐ!」
「わかった!」
レグランの元へ向かうカリーナと入れ替わって、ガッシュが前へ走ってくる。
「つまり共闘ってことでいいんだね? だったらあんた達は下がってて」
「なんだと? まさかてめぇひとりで勝てるってのか!?」
「……勝つのはちょっと難しいかもね」
簡単に負けるつもりはないけれど、何の対策も準備もしてないこの状況じゃね。
キングデスストーカーの全身をほぼ隙間なく覆う硬い外殻は、かなり厄介だ。
正直、私の杖じゃ砕ける気がしない。
なにより一番の理由は、少し動いたせいで空腹が大分つらくなってきた事だ。
長期戦なんて考えたくもない。
「だったら協力するべきだろ!」
「ガッシュはキングデスストーカーの攻撃を防げるの?」
私は4度目の鋏攻撃を受け流した。
私の周囲を走る『指向性のある威力を受け流す超つるつるの魔法』によって制御された衝撃が、またひと回り大きく膨れ上がる。
「チッ。確かに俺はてめぇと違って直撃すれば下手すりゃ即死かもな。けどよ。だからっててめぇひとり犠牲になんかできるわけがねえだろうが!」
「えへへ。その気持ちは素直に受け取っておくけどさ。やっぱり下がってて欲しいな。私は私の昇級試験の依頼を受けてくれたあんた達に、ここで怪我して欲しくないんだよ。それに……私達が勝たなくても、たぶんなんとかなるはずだから」
「あ? そりゃどういう……?」
「当てがあるってことだよ」
私のその返事は、キングデスストーカーが咆哮にかき消された。
なかなか押し潰せない小さな獲物に、苛立ちが爆発したってところかな?
キングデスストーカーが”押し潰し”から”叩き潰し”へと攻撃方法を変えてきた。
絶え間なく連続して振り下ろされる2本の鋏を、逃げながら魔法で受け流していく。
「大きいくせに、随分小回りが利くんだね!」
キングデスストーカーの8本の足は、巨体の安定を保ったまま最小限の動きで素早く向きを変えてくる。
鋏の届かないお腹は、背中側と比べれば外殻が薄い。
押し潰される危険はあるけれど、反撃の一撃を放つためにもお腹の下に潜り込みたいところなんだけど……。
なかなか近づかせてもらえない。
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
キツイ……!
キングデスストーカーは頭部を下げてサソリらしい威嚇の姿勢を取ると、鋏だけでなく先端に巨大な毒針がついた尻尾まで使い始めた。
上から降り注いでいた鋏の軌道が水平に近づく。
加速距離が増えた分、打撃の威力が明らかに上がっている。
その強烈な1撃1撃を防ぐたびに、神力と共に気力が一気に目減りしていくようだ。
それにお腹が空きすぎて、走る膝に力が入らなくなってきた。
反面、私の周囲を回る衝撃の波は、溜まりに溜まって嵐のように激しく荒ぶっている。
この衝撃の全てを一点集中でお腹にぶつけられたら……!
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
魔法のトラップを敷いて、潜り込むための隙を作る?
無理だ。8本もある巨大な足のうち、1本や2本を滑らせたからって意味はない。
最低でも片側4本全部を一度に滑らせるくらいじゃないと。
どうする? あまり考えてる時間はない。
流石に神力も元気も底をつきそうだ。
いっそ口の中へ飛び込んで中から頭部の破壊を試してみようか?
いや、そんな危険な賭けをする必要はない。
「何!? あれ!」
空を見上げてカリーナが叫んだ。
ブラッドベアーほどの漆黒の巨体が、こちらへ向かって落ちてくる。
「クソッ、新手か!」
ガッシュ達が慌てる中、私はほっと息をついた。
「遅いよ。もうっ」
尻尾の毒針を大きくステップで躱した私は、追撃の鋏に狙いをつけた。
「今までやってくれた分、全部返すよ!」
周囲で荒れ狂う衝撃の波を全て私の元に引き寄せる。
集めに集めた膨大な衝撃にささやかながら私の小さな力も加えて――!
「はあああああああああッ!!!!」
向かってきた巨大な鋏を杖で打ち上げた!
打撃の瞬間、ベキャリと音を鳴らして杖で叩いた所を中心にキングデスストーカーの右の鋏に大きな無数のヒビが広がるのが見えた。
圧縮された上級の爆裂魔法を受けたかのように、瞬時に弾かれたキングデスストーカーの右の鋏が、関節の部分をバキリと折りながら巨体をぐらりと浮き上がらせる。
「やって! タイガ!!」
私の反撃で仰向けにひっくり返されたキングデスストーカーの上に、巨大な漆黒の塊――ブラッドベアーサイズのタイガが降り立つ。
「ガルルァ!!」
2本足で立ち上がったタイガが咆哮をあげる。
そして魔力の青い光を帯びた爪を振り下ろすと、キングデスストーカーの腹部を切り裂いた!




