Aランク昇級試験 その5
小指ほどの小さな石の棘が、放たれた瞬間に空気の壁を突き破る。
私は慌てて杖を盾にして身を守った。
連続して放たれた10発の小さな棘が、私の杖に激突して粉々に砕け散る。
「あっぶな……っ!」
全力だと魔力の充填が間に合わないと判断して、極限まで質量を落とす代わりに射出強度を上げたってところかな?
速すぎて『威力を消す超つるつるの魔法』を使う暇もなかったよ。
でも射出の威力に材質が追いついてない感じだね。
鉄みたいな硬度と質量が高いものだったら、ちょっとやばかったかも。
「ちょっとお~! これも防ぐの!?」
「私、目は良い方なんだよね。えへへ」
「嘘でしょぉ……見えたって反応できるもんじゃないんだけどなー」
カリーナが疲れたように言う。
まぁその通りだね。
実を言うと流石に速すぎて私も目で追い切れてなかった。
私が注視していたのは彼女の魔力図――その中で移動する小さな射出口の軌道と発動の光だ。
私はタイミングを合わせて、予測された射線上に杖を先置きしていったに過ぎない。
でも観えていてもやっぱり魔法は厄介だね。
ガッシュ達を巻き込まないようにカリーナが声を出してくれたおかげで対処出来たけど、暗黙の連携に取り入れて不意打ちで撃たれたら今度は防げるかわからない。
ここはやっぱり、カリーナから行動不能にさせるべきだね。
私は狙いを彼女に定めた。
駆け出した私の前にガッシュが立ちふさがる。
「させっかよ!」
私は突き出された剣の切っ先を半身で躱すと、伸び切ったガッシュの腕を取った。
そのまま手首を捻って投げ飛ばす。
「ぐはぁッ」
「そんなんじゃ私は止められないよ?」
足に『すべらない魔法』をかけて一気にカリーナの眼前へ迫る。
「ちょちょちょちょ!」
「えへへ。悪いけどちょっと寝てもらうよ」
私はカリーナの顎の先を目掛けて杖を振り抜いた。
硬い手応えに杖の先端が弾かれる。
「ひぇ~っ、ま、間に合ったぁ!」
いつの間にか彼女の首元に魔力図が展開している。
「物理防御壁の魔法!?」
「はああぁぁッ!」
レグランが私達の間に割って入る。
バックステップで身を躱す中、カリーナの顎を守った魔力図が、魔法を停止して彼女のローブの中へと引っ込むのが観えた。
あぁ、ローブの下に魔力図を隠してたのか。
でも”天使の目”を持たない普通の人にはあまり意味がないような?
「随分回りくどいことするんだね、カリーナ」
「うー、やっぱこのレベルの相手になると1回見せただけで見破るかぁ。ティアズさんみたいな魔力感知能力の高い人への対策だったんだけどなー」
ということは、あのローブには魔力図が発する魔力を抑えるような効果があるのかな?
「カリーナ、付与を頼む!」
「任せて!」
レグランの肩口から魔法発動の光が伸びる。
カリーナが彼の背中になんらかの魔力図を展開させた?
「行くぞ、ティアズ!」
レグランが瞬く間に距離を詰める。
さっきまでとは比べ物にもならない速度で剣が振り抜かれる。
私はギリギリの所でその刃から逃れた。
僅かに斬られた前髪が剣風に舞う。
レグランの身体能力が明らかに上がってる。
「筋力強化の魔法か」
「カリーナ!」
ガッシュがカリーナと合流して背中を預ける。
彼にも筋力強化の魔法をかけるつもりかも。
でもその系統の魔法は、付与魔法として使うにはあまりにもデメリットが多いから普通はしないんだけどな。
するとしたら短期決戦狙いの最終手段くらいしか思いつかないけど……。
あれ? だったらこれを凌げば試験は終わり?
「うおおおおお!!」
レグランの激しい連撃を杖で受け流す。
「ぬぅっ! 魔法で身体を強化してさえ、俺の剣が易々と受け流されるというのか……!」
レグランの実力は本物だ。
防御に回れば剣撃を捌く余裕はあるけれど、あまり油断は出来ない。
また1週間ベッドで寝込むなんてごめんだ。
「1つ聞かせてくれ。お前はこれ程の近接戦闘能力を持っていながら、何故剣ではなく杖なんだ? 相手を油断させるためか?」
「違うよ。別に騙すつもりなんてない。私はこの杖が気に入ってるの。ただそれだけだよ」
初めは弟妹達の気持ちがうれしくて使っていたものだけど、今となってはこれ以上手に馴染む武器もない。
「おかしな奴だな。だがこれほどの実力者は始めてだ。ティアズ!」
レグランがにやりと笑う。
と同時に、剣撃の激しさが増した。
「そお? じゃあもう私の実力は測れたんじゃない? 試験は合格で……」
「そいつは駄目だなァ!!」
ガッシュが参戦する。
「今度は魔法で底上げされてっからよぉ、さっきのようにはいかねえぜ!」
筋力強化された2人の、息の合った連撃が襲い掛かる。
「むぅ……!」
正面に立つひとりが囮になって、背後に回ったもうひとりが死角から攻撃してくる。
流石に受け切れない……!
要所要所で『威力を消す超つるつるの魔法』を挟んで対処する。
そろそろレグランにかけられた魔法の魔力が尽きてもいい頃なんだけどなぁ。
「妙な手応えだ。ガッシュは感じたか?」
「あぁ、まるで両腕の筋肉が消えたみたいな嫌な感じだぜ」
何かおかしいな。
「気にしたって仕方がねえ。ちっと気持ち悪ぃが、それだけだ。このまま畳み込むぞ、レグラン!」
「ああ!」
「く……ッ!」
筋力強化や防御魔法と言った類の魔法は、術者が必要に応じて魔力を制御するからこそ一定のコスパを維持できる。
でも付与魔法にすると強弱の制御はおろか、魔法の維持に必要な魔力の追加注入もできない。
言ってみれば最初に魔力図に注がれた限られた分量の魔力を、魔法効果に見合うだけの大穴から流し続けているようなものだ。
だから魔力のコスパは最低だし、高い効果を望めばそれだけ維持できる時間が極端に短くなるはずなんだけど……。
術者の魔力有効範囲内に留まっているなら魔力の制御と注入が可能だけど、カリーナは10mは優に離れた場所にいる。
私の知る常識で言えば、ちょっとありえない距離だ。
仮にそんな桁外れに広い魔力有効範囲を持っているとしたら、魔力図を直接相手の背後に展開することも可能ということになる。
それって前衛が相手なら無敵に近い能力だし、魔物が相手の場合でも戦略の幅が大きく広がってくる。
もうBランク冒険者のレベルを越えてる、やっぱりありえない。
「く……っ! それだけ強力な筋力強化なのに、なんであんた達の付与魔法は切れないの? カリーナの魔力はそこまで大きくないでしょう?」
「ハッ! わざわざ教えてやるかよ! オラァ!」
まぁそりゃそうだね。
素直に教えてくれるとは私も思ってない。
それにしても……。
改めて注視してみると、2人の背中に展開して発動の光を放つ魔力図からは魔力の衰えがまるで伺えない。
やっぱり魔力の追加注入を受けているとしか思えない。
でも術者の魔力有効範囲外から効率よく魔力を注入する方法なんて?
……そうだ。事前準備が必要だけど、1つだけ方法がある。
「もしかしてあんた達、カリーナの魔力を注いだ魔核を使ってるんじゃないでしょうね?」
「へっ、早速バレちまったか!」
「むー、やっぱり! そんな道具まで準備してくるなんて、ちょっとズルいんじゃないの?」
「はあ? 最初に言ったはずだぜ。この試験は実戦形式だってよ。実戦で使ったら駄目な手なんかあるのかよ?」
「それはそうだけど……っ」
けど言ってもこれ、本当の実戦じゃなくて私の実力を測るための試験だよね?
いくらなんでもそこまでする?
「つかよぉ。てめぇは魔物相手にもズルだの卑怯だのって言い訳すんのか? ああん?」
ガッシュが小馬鹿にしたように笑う。
むっかぁ。
こっちは空腹でただでさえ気が短くなっているというのに。
「ふうん……。よおくわかったよ」
私の目を見て、嘲っていたガッシュの笑顔が引きつる。
そっちがその気ならいいよ?
だったらこっちも、もう手加減しないんだからね……!




