Aランク昇級試験 その4
「あ……あの。お話がまとまったのでしたら、そろそろ昇級試験を始めてもらってもよろしいでしょうか? この辺りは魔物が出るそうですし、日が落ちる前に帰りたいんです」
周囲を警戒しながら、少し怯えた様子で受付嬢が言った。
見晴らしの良い砂地にぽつんと立ち尽くす彼女の周りには、他のギルド関係者の姿はない。
「ギルマスは来てないの? 確かAランク昇級試験ってギルマスが立ち合う決まりだったよね?」
「はい。本来ならそうなんですが……。マスター曰く、『僕は事務畑の人間だよ? ペンより重い物を持ったことがないのに、模擬戦闘なんて見たってわからないよ。ハハハ。ということで急ですまないけど君が代わりに立ち会って来てくれ。え? 評価ができない? そんなものは対戦相手の冒険者に任せればいいさ。素人の僕らが判断するより間違いないだろう? 兎に角万事君にヨロシク頼んだから。は~忙しい!』だそうです……」
じわじわと声のトーンを落としていった受付嬢は、最後に消え入りそうなか細い声で「すみません」と呟いた。
「なによそれぇ……」
いい加減なギルマスだなぁ。
こんなところまで護衛もつけてもらえずに出張らされた受付嬢も気の毒に。
「何もクソも、要するにてめぇの昇級は俺達が握ってるってことだぜ」
ガッシュが挑発的な笑みを浮かべる。
「なるほどね。それじゃ試験のルールは?」
「単純だ。魔物が出る場所で臨機応変の実戦形式! 相手を倒すか、降参させるかだぜ!」
「分かり易くていいね」
「だろ?」
ガッシュとレグランが剣を抜いた。
「得物を取りな。受付嬢が暗くなる前に帰りたいってからよお。早速始めようぜ!」
私も杖をホルダーから引き抜く。
「合図はどうするの?」
「こいつは実戦形式の試験だぜ? んなもんねえよ!」
ガッシュが一足飛びに間合いを詰める。
「魔法は脅威だがソロの魔法使いなんてよ。簡単な相手だぜ。要は魔力図を構築する暇を与えなければいいんだからなァ!」
ガッシュが鋭い剣撃を放つ。
連続して放たれるその剣撃を、私は身をひるがえして躱していく。
「ちっ。思ったより動けるじゃねえか。だが相手は俺だけじゃないぜ?」
レグランが私の背後に回り込む。
放たれた横なぎ一閃を、気配を読んで身を屈めて躱した。
「何っ!?」
レグランが目を見開く。
「その勘の良さと身のこなし。お前は本当に魔法使いか?」
「確かに魔力感知能力がない人にとって、発動するまで目視すら出来ない魔法は卑怯なくらいに脅威だよね」
2人がかりの剣撃の雨を、私は平然と躱し続ける。
「だから魔法使いが相手の場合、魔法に集中させないのは定石中の定石なんだろうけれど」
「野郎ッ、涼しい顔してちょこまかと!」
「やはりこの娘はただ者ではない。頭を冷やせガッシュ! ティアズは俺達2人を相手に、まだ杖を使ってすらいないんだぞ!」
「んなこた言われなくてもわかってんだよ。この俺をコケにしやがって……だから余計ムカつくんだろうが!」
リガルの双剣には劣るとはいえ、2人の剣撃もなかなかに鋭い。
元々パーティを組んでいるというだけあって息の合った連携も取れている。
けど彼等の剣が鋭い程に、連携に隙がない程に、不思議と私には刃の流れが手に取るようにわかってしまう。
エルガンやリガルといった剣の達人と、極限の状態で杖を交えてきたせいかな。
それに空腹のせいでいつもより感覚が研ぎ澄まされている気がする。
剣を握る腕、視線、足運び、息遣い、そして気配から一寸先の未来の剣筋が見えるようだ。
熟練の剣士ほど、余程の実力差がない限り相手を一撃で倒そうなどとは考えない。
自分の身を守れる距離で数手から数十手にも及ぶ虚実を交えた剣撃の組み立てによって相手を崩し、追い込んで仕留めにかかる。
私は実戦の中で、放たれる1刀1刀に必ず意味がある事を学んだんだ。
だからガッシュもレグランも、こちらの動きの先を見越して剣撃を放っているのが理解できる。
そこには彼等の経験が活きてるんだよね。
剣技にはあまり興味がなかった私だけど、ひょっとしたらこれが剣術の楽しさなのかな?
ご飯も食べたいけれど、もっと彼等の剣技の引き出しを見てみたくなってくる。
「でもさ。もし私が本当に魔法使いだったなら、戦闘が始まる前に必要な魔力図の構築を終えていると思うよ。少なくとも私がこれまで出会ったベテランの魔法使いは全員そうだったからね。そして彼女も」
私はカリーナに視線を投げた。
「やるじゃない。ガッシュ達の剣に反撃して隙を見せるのを待ってたんだけどさ。やっぱ気づいてたかー」
「そりゃね。中級魔法レベルの魔力図じゃ嫌でも気づくよ」
あれじゃ身体を盾にしたって隠せやしない。
それにしても面白い魔力図の構成だ。
ベースは中級の土の射出魔法だけど、射出する棘の大きさと威力を後から調整できるように組まれている。
「ちっ、遠慮はいらねぇ! 全力で撃っちまえ、カリーナ!」
「全力ってホンキ? 当たったらこの子、間違いなく死んじゃうよ?」
「いいからやれ!」
「はぁ。もしもの時はガッシュが責任とってよね?」
魔力図に描かれた射出口が大きく広がる。
ガッシュとレグランが私から離れるのと同時に、私を狙うカリーナの中級の射出魔法が発動の光を放った。
魔力図に描かれた大きな射出口から、私の身長にも届きそうな大きな岩の棘が高速で射出される。
私は放たれた魔法に杖を向けると『威力を消す超つるつるの魔法』で受け止めた。
コツリと私の杖に接触した岩の棘が、その瞬間推進力を完全に失ってドスンと地面に落ちる。
「うっそぉ……!」
「回転もしてないし、棘の先端が丸いのは峰打ちのつもりだったのかな? でもこの質量じゃあまり意味がないね」
「信じられん……いや、初めから防御魔法の構築を終えていたのか?」
「ちっ! 魔法の防御壁だって無敵じゃねえ。魔法には魔法だぜ。砕けるまで撃ち続けろカリーナ!」
慌ててカリーナが輝きを失った魔力図に魔力を注ぎ始める。
後衛の彼女を守るように前衛のガッシュとレグランが再び距離を詰めて来る。
「おらぁ!」
「その連携はもう見たやつじゃない?」
私はガッシュの上段振り下ろしを杖で横に弾いた。
軌道を逸らされたガッシュの剣が、私が避けると先読みして放たれていたレグランの剣と激突する。
「野……郎ォ!」
崩れた体勢のまま、ガッシュが無理やり剣を斬り上げる。
「そんな風に無理に剣を振ったら危ないよ?」
私の『つるつるの魔法』を受けたガッシュが、剣撃を空振って転倒した。
「おおおおッ!」
ガッシュを庇う様にレグランが出鱈目に連撃を放ち始める。
1撃、2撃、3撃と下がりながら身を躱した私は、4撃目を杖で受け止めるとレグランの足に『つるつるの魔法』を放った。
「なっ!?」
そのまま剣を押しのけるように大きく円を描いて、レグランを逆さまにひっくり返す。
一瞬、中空で身動きのとれなくなったレグランに、私は後ろ廻し蹴りを放った。
「うごッ!」
体をくの字に折ってレグランが吹っ飛ぶ。
「伏せて!」
射出口を絞ってカリーナが魔法を放った。




