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もうひとりの天使

「天族との誓約は、我々が考えているよりも遥かに古い。わしも仮説は持ち合わせておるが、()うたこともない他種族の、異文化の価値観が相手ではのう。どこまでいっても憶測や想像の域を出られぬ。知りたければ天族に直接問う以外に方法はあるまいて」


「そっか。そうだよね」


 考えてみれば天魔戦争の歴史と等しいくらいの、遠い遠い昔に交わされたのかもしれないわけだし。


「じゃがおぬしならいずれ、彼等と対面する事も叶うかもしれんのう」


「それもどこかの伝承?」


「まぁそんなところじゃ」


 魔術師団長が微笑を見せる。


「純血の天使か……。いつか天界へ行って会ってみたいね」


 私に天使の血が流れているというのなら、ひょっとしたら私の本当の両親へ繋がる新しい手がかりがそこにあるかもしれない。


 でもそれはエンリの件が終わってからだ。


 いまは砂漠のどこかにあるはずの、タイガの封印の場所をみつけなくっちゃね。


「怪我人を引っ張りまわして悪かったのう。そろそろ戻るかの」


「うん」


 部屋の入口へと引き返していく魔術師団長の背中を追いかける。


 前方を照らす光の玉が、入口の扉に近づくにつれてその周囲の壁を明るく照らしていく。


 なんとなしに壁に沿って目を泳がせていた私は、正面の壁に漆黒の布が垂れ下がっているのを見つけた。


 布……カーテン? は結構大きなものだけど、部屋に入った時はすぐに奥へ向かったから気づかなかったんだ。


 けどなんでこんなところにカーテン?


「ねぇ、ここって地下だよね。どうしてカーテンがついてるの?」


 私は指さして言った。


「そこにはもう1枚の絵がかけられておるのじゃ」


「ふぅん? あ、でもここにあるってことは、ひょっとして別の天使の絵? ねぇ、ちょっとだけ見てもいいかな?」


「……いいじゃろう」


 少し考えるそぶりをみせてから、魔術師団長は短くそう答えるとカーテンの横へと移動した。


 そして垂れ下がっていたロープを掴むと下へ引き始めた。


 カーテンの裾が、ロープが引かれるたびにゆっくりと吊り上げられていく。


 私は突然漏れ出た眩しい光に、片手をかざして目を細めた。


 指の隙間から零れる光に少し目を慣らしてから、改めて全開になったカーテンの向こうを見る。


 出窓のように凹んだ壁の窪みには、魔術師団長の言う通り1枚の大きな絵が飾られていた。


 描かれているのは真っ白な翼を持ったひとりの天使だ。


 黄金色に輝くロングヘアーと、おでこのところでピタリと揃えられた前髪。


 妖艶さを感じさせる碧眼(へきがん)の上がり目。


 身に着けている真っ白なドレスは、彼女の細い肢体と豊満すぎる胸部を十分過ぎるほどに引き立たせている。


 そんな魅惑的な女性の天使が、肩に掛けた1匹の大蛇を愛でている姿だ。


 そして驚いた事に、絵画を中心として重なるように金色の魔力図が発動の輝きを放っていた。


 私の目を眩ませた原因はそれだ。


 凹みを突き抜けて大きく展開している金色の魔力図は、タイガの躯体の封印で間違いない。


「この絵は一体……?」


「見ての通り天族の女性じゃが、この絵については問われても答えようがない。全てが謎に包まれておるのでな。例えばキャンバスに使われている羊皮紙は、我々の知る技法で作られた物とは少々異なっておるし、彩色材料もここ数千年の間美術界で使われてきたものとは明らかに違う別の物じゃ」


「それって天界の物かもしれないってこと?」


「どうかのう。上級魔法による解析でも絵が描かれた時期を狭めきれんかったことから、おそらく数万年以上前に描かれた物と推測されるのじゃが、じゃとすれば素材の作成技法が異なる理由は、単に失われた太古の時代の技術と解釈できなくもない。何者がどのような所以あって描いたものなのか、何故この1枚だけが残されておるのか? 子細を知る術はもうないじゃろう」


「数万年って……嘘でしょう? だってこんなにも綺麗に原型を留めているのに?」


 そんな気が遠くなるような時間を越えて来たなら、劣化が殆ど見られないのは不自然なような?


「確かにの。じゃが魔法は物理現象すら捻じ曲げる高次元の力じゃ。わしはこの絵画から、僅かながら不思議な力を感じずにはおれんのじゃよ」


 もしかすると封印魔法の副作用?


 でもタイガの封印は1500年前にかけられたものだ。


 それだけじゃ説明がつかない。


「おぬしの”天使の目”には、この絵はどう映っておる?」


「え? えーっと……どうだろう?」


 これからすることを考えたら、あまり余計な事は言わない方がいいよね。


「あの、もう少し近くで見ても?」


「好きにするがいい」


 私は天使の絵に手が届く距離まで近づいた。


「本当に綺麗な人だね」


 アーティエルも美しい顔立ちの天使だけど、彼女には愛嬌というか、かわいらしさがある。


 物語のイメージ通り精悍(せいかん)な見た目だった実物のダスティンは、現実でも彼女のそんなところに惹かれたのかな。


 なんて、エンリに教えてあげたら喜びそうだね。


 でもこっちの天使は、少し怖いくらいに美人だ。


 何よりこのお胸!


 なんだこれは……こんなにも細い腰回りなのに、狙った所にだけお肉が付くだなんて!


 こんなのアリなのか!?


 アーティエルのお胸も決して小さくは描かれていなかったけれど、これほどじゃない。


 どうやら天使も人間と同じで、顔立ちも体形もそれぞれらしい。


 まぁ当たり前といえば当たり前の話なんだけども。


 私もこんなナイスバディだったらなぁ……。


 うぅ、見比べたら悲しみが倍増した。


「うな垂れているようじゃが、何か見つけたのかの?」


「えっ! ううん、なんでもないよ。えへへ」


 それにしてもタイガの躯体が封印された絵がここにあるということは、この絵は天魔大戦の後で旧王都から運び込まれたということになるよね。


「変な事を聞くようだけど、この絵も遷都の際にここへ移されたの?」


「それがそうではないのじゃ。記録によればおよそ1050年前に、王命によって旧王都へ取りに戻ったとされておる。謁見の間でわしは、3つあった魔法の羅針盤のうち1つは破損したと言ったが、その帰路で魔物に襲われた事が原因じゃよ」


「はぁ……、なんていうか、壮大な”忘れ物”だね」


 むしろ450年も経ってから忘れ物に気づいたことの方に感心を覚えるよ。


「それに関しては不可解な点もあってのう。物の重要性を(かんが)みれば、遷都の際に天族を描いた肖像画を残してくるなど考えられぬことじゃ。そこでわしは旧王都時代の倉庫管理記録を洗い直したのじゃが、そこにはこの絵の保管記録は1行も記されておらんかった」


「え? それってどういう……」


「記録が正しければ、元々なかったという事じゃよ。じゃが旧王都から持ち帰った事も事実として記録されておるのじゃ」


「確かに不可解だね……」


 もしかしてこの絵は、大天使がタイガの躯体を封印した際に旧王都へ持ち込んだものだったとか?


 450年経ってからこっそり人界にやってきた天使が、当時の王様に絵を取りに行くように言ったとしたら。


 って、何のために?


 これじゃただの妄想だよ。


 はぁ……考えても仕方がないか。


 天使が絡んでいるとすれば、残された記録や書き記された歴史が必ずしも真実を客観的に語っているとは限らないという事を私は知っている。


 だけど疑いだせばキリがないし、事実を積み上げずに真実の高みに辿り着けるはずもない。


 真相は知りようもないけれど、大事なことはいま私の目の前にタイガの躯体の封印があるということだよね。


「ありがとう。もう十分だよ。上へ戻ろう」


 私がそう言うと、魔術師団長は小さく頷いて押さえていたロープを手放した。


 支えを失くしたカーテンがすとんと落ちて、辺りが一段暗くなる。


 扉へ向かう魔術師団長の後ろ姿を警戒しながら、私は暗がりの中でカーテンの下から手を入れた。


 そして手に触れた魔力図をしっかりと掴むと、歩き出した勢いを載せて引き千切った――。


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