神器『砂漠の蜃気楼』の伝承 その4
「でも、それなら私がこの話を聞いちゃってもよかったの?」
「構わぬ。おぬしには知る資格がある」
「どういう……こと?」
「その前に神器『砂漠の蜃気楼』の伝承について語らねばならぬじゃろう」
シスタやリガルが口にしていたやつだね。
「それは私も少し興味があったんだ。どんな伝承なの?」
「『砂漠の大地が揺れし時、神の御使いが現れ、これを鎮めるだろう。その者は神の涙を冠する者也。その者は砂漠の蜃気楼を纏いし無知なる者によって導かれる者也。神の御使いが事を成した時、その者に所縁ありし勇者と天子の姿を伝えよ。この伝承を違えた時、世界は戻れぬ滅びの未来へと向かうであろう。ゆめゆめ伝承と侮るなかれ。決して断つ事無く子々孫々へ伝え繋ぎ、必ず之を成し遂げよ』じゃ」
私は首筋にうすら寒いものを感じた。
世界が滅ぶ未来という一文に、嫌でも一昨日見たあの夢を思い出す。
「伝承と謳ってはいるがの、内容は実質、予言と警告のようなものじゃ。国の情勢が悪化する中、わしもいつその時が訪れるものかと気を揉んでおったわい」
魔術師団長が私をまっすぐ見つめる。
「伝承は成った。この神の御使いとは、おぬしのことじゃよ」
「あ、あっははは。なによそれぇ。私が神様の使い? ないない。だって私は神様なんて信じてないもん」
胸の奥のざわつきを振り払うように、私は精一杯おちゃらけてみせた。
「この伝承は古くからキューチェガルの王宮に伝え残されてきたものじゃ。その起源は神託とされておる」
魔術師団長の真顔を前に、私の作り物の高揚が消沈する。
「神託……っていうと神様のお告げ的な?」
「まぁそうじゃ」
「ふぅん。なんか意外だね」
魔力進化論についてあれだけ語った人が、神様の存在を信じているなんてね。
「伝承を伝え繋いできた中で、当然その内容について調べた者は多い。わしもそのひとりじゃ。先人たちが他国にまで手を伸ばして集めた様々な伝承から、神の涙とは神器『神の一滴の涙』の事だと結論付けられた。そしておぬしに現物を見せてもらった時、より強い確信へと変わったのじゃ。神器の中に浮かぶおぬしの名、ティアズ・S・オピカトーラの文字。Sはセオス、神を意味する言葉じゃ」
何か勘違いしてるみたいだね。
「ただの偶然だよ。私がシスタと出会ったのも、この国の大事に関わったのも。孤児院の前に捨てられていた生まれたばかりの赤ちゃんだった私は、所持していた神器に浮かぶ文字を名前につけられたんだ。だから名前に関しては順番が逆なんだよ。そして私は神器『神の一滴の涙』の使い手じゃない。あなたが考えているものとは違うと思うよ」
「偶然とは、そこに意味を見出した瞬間に必然と言い換えられるものじゃ。おぬしは神を信じぬと言ったが、神の御使いとは神の信奉者のことではない。天族の事を指しておるのじゃよ。その事は神器『神の一滴の涙』の使い手である事とは別の話じゃ」
「私が天使だって言いたいの? 考えなかったわけじゃないけれど、でも私には天使らしい特徴なんて1つも……」
「確かに翼を持たぬ黒髪は、わしが得た知識に於いても天族として異例の特徴であることは認めるところじゃが、少なくともかつてこの国にひとりおったことは事実じゃ」
魔術師団長は描かれたアーティエルを見つめながら言った。
「そう……かもしれないけど」
「納得いかんか? 伝承にある天子とは天使のことじゃ。つまり”勇者と天子に所縁のある者”とは、すなわちおぬしが勇者ダスティンと天使アーティエルの血を引く者の末裔ということに他ならぬ。なれば翼がない事も黄金色の髪を持たぬことも必然じゃろうて」
確かにそうだとすれば色々と辻褄が合う気はする。
リガルに斬られても破けない不思議な服に、その服に展開された金色の魔力図――天使の魔法。
そして正体を隠していたんじゃないかと思われる私の本当の両親の不可解な行動。
まぁこれに関しては私の憶測ではあるけれど。
「でも私には上級魔法どころか、生活魔法すら扱えないくらい魔力がないんだよ? 天使は並外れた身体能力と高い魔力があるとされているでしょう?」
「天族と言えばかの天魔大戦にて、大魔王のひと柱に上級魔法を遥かに上回る超弩級魔法を喰らわせたという逸話もあるくらいじゃ。古代魔法図形を使いこなしていたとされる天族が、人外の魔力を持っていたことは間違いないじゃろう。じゃが1500年という時の流れは、天族の血を薄めるのに十分過ぎると思わぬか? 天魔大戦以降、天族は人界に降臨していないのじゃからな」
「う~ん、アーティエルの前に人界に住み着いていた天使がいた可能性は否定できないけれど……。でもまぁ圧倒的に人の数の方が多いんだから、血が薄まるって意味では同じことか」
出会えなければ結ばれるも何もないしね。
「もう1つ根拠を示すなら、わしがおぬしの中に天族の血が流れていることを疑ったのは、おぬしが”天使の目”を持っているからじゃ」
「天使の目? あぁ、この青い瞳のこと?」
「色の事ではない。おぬしがわしの施錠魔法に干渉してみせた事じゃ。それはわしが構築した魔力図を観察できていたことにほかならぬ」
魔術師団長が私に確認するような眼差しを向けてくる。
「否定はしないよ」
「他者の魔力図に干渉出来ることまでは、わしにも思いもよらぬことじゃったがの。じゃが、天族が互いの魔力を観察できることは、わしが魔法学園で古代魔法の研究をしていた頃に、偶然目にした禁書を切っ掛けに凡そ予想しておったのじゃ。おぬしは間違いなく伝承で語られる神の御使いで、紛れもなく勇者と天使の子孫の末裔じゃよ」
「そう……。さっきは否定的な事を並べたけれど、本当を言うとね。意外なほどすんなり受け入れられている自分がいるんだよね」
私はもう一度、描かれたアーティエルの顔を見る。
記憶の奥底をくすぐる彼女のやさしそうな顔を見ていると、不思議と何かつながりのようなものを感じずにはいられない。
「ただ漠然としたものじゃなくて、ちゃんと納得したかったんだ」
私は実在した勇者ダスティンと天使アーティエルの子孫の末裔。
すごいねエンリ。
エンリの予想は当たってたよ。
「あ。でもそれだと魔力と一緒に天使の力も失せたってことにならない?」
「生物の進化には先祖返りというものがあるのじゃ。おそらくおぬしはそれによって”天使の目”を取り戻したのじゃろう」
「ふぅん。そんなこともあるんだね。ねぇ、ひょっとして天使には幻影魔法が通じなかったりしたのかな?」
「そこまではわからぬ。おぬしには心当たりがあるのかの?」
「私、魔法で造られた幻影が見えないんだよね。海の生き物シリーズも見れなかったし……」
何度思い出しても悲しい。
「なるほどのう」
魔術師団長が納得した様子で頷く。
「……ねぇ、天使はどうして自分達の存在をこうまでひた隠しにしたがるのかな」




