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神器『砂漠の蜃気楼』の伝承 その3

 王宮内をしばらく歩き続けた魔術師団長は、見張りのいる扉をくぐって地下へと降り始めた。


 私の知らない場所だ。


 だから目的地が地下牢じゃないことだけは確かだけど、一体どこへ私を連れて行こうというんだろう?


 階段を降りると細い通路を進んでいく。


 灯りのない通路は、魔術師団長が使った光の魔法がなければ進めないところだ。


 長い通路の突き当りにあった両開きの扉の前で、魔術師団長が足を止めた。


 重量感のある扉だ。鉄製かな。


 さらに施錠の魔力図が発動の光を放っている。


 随分と厳重に閉ざされているけれど、もしかして宝物庫?


 魔術師団長が開錠の魔力図を構築すると、魔法を発動させて扉を開いた。


「ここじゃ」


 促されて中へ入る。


 そこはカビと埃の臭いが充満する大部屋だった。


 だけど私が想像していた宝物の山などはなく、絨毯が敷かれた床には埃が積もっているだけだ。


 宝箱の1つも見当たらない。


「何もないようだけど、見せたいものって?」


「下ではない。上じゃ」


 魔術師団長が光の玉を動かして奥の壁を照らす。


 そこには1枚の大きな肖像画が飾られていた。


 描かれているのは2人の男女だ。


 椅子に座っている女性は、まだ頭皮の産毛も生え変わっていないような赤ちゃんを抱いていて、男はその傍らに立っている。


 そんな幸せそうな家族の絵だ。


 2人共、歳のほどは30前後くらいだろうか。


 着ている服装は質素な感じで貴族というよりは平民に近いものだけど、この国のものともロンブルク王国とも違う。


 おそらく異国の人なんだろう。


 ただ肖像画に残されるくらいだから、それなりの地位の人なのかもしれない。


 男は短髪で黒髪だ。


 広い肩幅に盛り上がった肩と腕、服の上からでもわかる厚みのある胸板からは、男が屈強な戦士であることが伝わってくる。


 反して女性の方は小柄で細身の、やわらかい感じだ。


 どうしてかな……。


 ダークブラウンのセミロングの髪とエメラルドグリーンの瞳をしたこの女性を見ていると、なんだか胸の奥がざわざわしてくる。


 抱かれている赤ちゃんは描きかけなのか、何度も描き直したような痕跡が残っているものの顔がなかった。


 描かれている人物は全員知らないし、会った事のない人なのは間違いない。


 この絵がいつ描かれた物かはわからないけれど、額縁やそこに溜まった埃を見れば随分古い物だと想像できる。


 だけど私は、少し私に似ているこの女性の顔をどこかで見ているような気がした。


「これは……誰の絵なの?」


「おぬしにはわからぬのか?」


「わからないよ。私に見せたかったのってこれ?」


 魔術師団長は頷くと言った。


「男の名はダスティン・エルカード。女は妻のアーティじゃ」


「えっ! それって勇者ダスティンのダスティン!?」


「そうじゃ」


 だとすれば、少なくとも描かれたのは1500年も前になる。


 それにしても名前はダスティンがアーティエルを呼ぶときの愛称だとしても、天使のはずの彼女には翼がないし金髪でもない。


 タイガから聞いた実物の天使の特徴が1つもないんだよね。


 それにシグマーが言っていた目の色も、青じゃなくてどちらかというと緑だ。


 どうみても普通の人間にしかみえない。


「なんだぁ。物語のダスティンは天使と結ばれていたけれど、あれは脚色だったんだね」


 ちょっぴり夢が壊れた気分だ。


 こんなのエンリにもカブトにいちゃんにも話せないね。


「アーティの名は、天界を追放されたアーティエルが人界で暮らす際に改名したものじゃ。彼女は紛れもなく天族じゃよ」


 随分と言い切った物言いをする。


「何か確証でもあるの?」


「証拠はこの絵じゃ。記録によればシャンダサーラがまだ緑豊かだった頃、2人は流れ着いたこの地で暮らしていたと言う。そして遷都が進み、シャンダサーラが新たな王都となって落ち着き始めた頃にアーティは最初の子を生んだのじゃ。この絵は当時の王が異世界人である勇者と天界の天使の間に生まれた赤ん坊を祝福し、宮廷画家に描かせたものとされておる」


「へぇ。2人はこの街に住んでたんだ。でもそれならどうして主役の赤ちゃんだけが描きかけなの?」


「記録にはない。じゃが痕跡から推察するにおそらく納得のいく物が描けなかったんじゃろう。そうこうしている間に絵どころではなくなったんじゃ」


 天魔大戦か。


 確かに絵を描いてる場合じゃない。


「記録の全てが正しいとはわしも思っておらん。こと天族に関しては真偽が歪みがちじゃからの」


「私も天使や天使の使う魔法について魔法学園の図書館で調べた事があるよ。でも物語にはよく登場する天使なのに、歴史の本では一切出てこないんだよね」


「それは天族の存在を証明する物は、全て秘匿されなければならんからじゃ。彼等が使う我々とは異なる魔法に関しては特にの。古き時代に天族と交わされたこの誓約は、人族の長い歴史の中で一定以上の地位にある者の間で不変に語り継がれ、国家間に於いても相互に監視し合って守られてきた。この絵が上級貴族でなければ近づくことも許されぬ場所に保管されている事こそが、彼女が天族であることのなによりの証しじゃ」


「相互に監視……?」


「そうじゃ。ひとたび戦場に天族が降臨すれば、多くの兵士がその姿を目にすることになる。じゃが戦いが終われば、兵士達は我々人界と魔界との戦争に命懸けで助力してくれた天族を敬い、命があること家族の元へ帰れる事に感謝し、彼等との誓約を厳守するじゃろう。しかし人の口に戸は立てられぬ。中には吹聴して回る愚か者もおる」


「そりゃそうだろうねぇ」


 何百人、何千人……もしかすると何万人もの兵士が天使を目撃するかもしれないんだもんね。


 彼等の全員が全員、約束を守る人とは限らない。


 感謝の気持ちがあるからこそ、誰かにそれを伝えて知ってもらいたいと思うかもしれない。


「そこで信義に厚い者の中から厳選し、天族に関わる一部の知識を供することにしたのじゃ。彼等の使命は各地にて風説を監視する事と噂を吹聴して回っている者への口止め、そして流されてしまった噂を操作し、天族の存在を有耶無耶にすることじゃ。勇者ダスティンの物語然り、空想上の天使の存在は都合が良かったのじゃよ」


 物語を読んで夢でも見たんだろう的な感じかな?


 でもやっぱり監視者ってルイズが言っていた有資格者のことだ。


 それを知っているこの老人は、当然金色の魔法についても知ってるってことだよね。


「その誓約って破ったらどうなるの?」


「天族の助力を永久に得られなくなる。すなわち再び天魔大戦級の魔族の侵攻を受けた場合、人族は敗れ、人界は魔族が支配する世界へと変わるということじゃ」


 魔界は力が正義の弱肉強食の世界だ。


 人界が魔界に飲み込まれたら、人族は全滅だろうね。


 少しくらいは生き延びられる人がいるかもしれないけれど、生まれてくる赤ちゃんはいつか魔人になる。


 種としては絶滅だ。


 なるほど。誓約が破られた結果がわかるのは何百年後かもしれない、か。


 それはつまり、次の大規模な天魔戦争までのことなんだ。


「ルイズが言っていた人界が滅びるって……そういうことだったんだね」


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