神器『砂漠の蜃気楼』の伝承 その2
「そうだよ。人界も魔界も天界もぜーんぶね。比喩じゃなく本当に瞬きほどの一瞬で、あなたは世界を消滅させるんだ。そこにはあなた以外、空間すら残らない。フフッ、それにしてもセオス・ジラディーノったらまるで神様みたいな存在なのに、人間と一緒で死ぬのが怖いなんて可笑しいよね!」
――馬鹿な事を言わないで! 私には世界を滅ぼしたい理由なんてないし、そもそもそんな力なんて持ってないよ!
「あるよ。今は気づいていなくても理由も力も、ね。あなたはまだ自分が持っている力の本質と使い方を自覚していないだけなんだ。だけど力は順調に目覚めつつある。夢の中とはいえ、私と会話ができるようになったことがその証拠だよ」
――何を言っているのか全然わからないよ。……本当は世界を滅ぼすのは私じゃなくて、あなたなんじゃないの?
「私が? あっはははっ。私は何もしないよ。する必要もないもん。だって真実を知ったあなたは必ず世界を滅ぼすんだから。私はそれを知ってるんだよ。だって私はあなたなんだからね。だから私はただあなたが世界を滅ぼす力に目覚めるのを待っているだけ。こんな苦痛と悲しみに彩られた世界が終わる瞬間を、じっと待ち望んでいるだけなんだ」
なんて顔をするんだろう……。
半笑いに背筋が寒くなったのは生まれて初めてだよ。
彼女の瞳に宿る、見るもの全てを焼き尽くしそうな憎悪。
だけどどうしてかな。
まるで血の涙を流しているような悲痛が伝わってくる。
これが私だっていうの?
ううん、こんなの違う!
「それに言ったでしょう? 私が何をしたところで結局意味はないんだってば」
――あなたは本当は何者なの?
「私はティア。あなただよ」
少女の姿が薄れていく。
――っ、待って! まだ話は終わってない!
「七大魔王タイガ・ガルドノスの魔力は切っ掛けに過ぎないんだ。完全復活した魔界最強の大魔王の微小な魔力なら、あなたの持つ広大な力の海にもう少し大きな波紋を広げる事ができるはず」
――待ってよ! 聞きたい事がまだっ。私のお父さんとお母さんの話を……!
「全ての答えが知りたければ旅を続けるんだね。そしてあなたが真実を知り、自分の力の全貌を知覚した時、その時こそが……フフ……フフフフ……!」
「待って!!!!」
彼女を掴もうと伸ばした右手が空を切った。
暗闇が晴れて、知らない天井が視界に飛び込んでくる。
「あ……れ?」
背中に押しあたるやわらかい感触と鼻と突く消毒液の独特の臭い。
私はベッドに横たわっていた。
開け放たれた窓から差し込む光が、いまは日中だということを教えてくれる。
「ようやくお目覚めですね」
白いメイド服を着た若い女性が近寄ってくると、私の顔を覗き込んだ。
目覚め? ……私は夢を見ていた?
「どれどれ……ふぅむ。熱は大分下がってきているみたいですね。意識も戻ったし、もう大丈夫でしょう」
「あの、あなたは……それにここは?」
「ここは王宮にある医療所です。私は先生の助手のようなものですね。あなたはここへ運び込まれてからまる2日寝ていたんですよ」
「王宮……うッ!」
ベッドから起き上がろうとしたら脇腹から胸にかけて激痛が走った。
「まだ起きるのは無理ですよ。命を落としていてもおかしくないくらいの深手だったのですから。先生も驚いていましたよ。普通ならここへ運び込まれる前に失血死していたはずだって」
胸にそっと手を当ててみると、ザラついた包帯の感触に触れた。
「私の服は?」
「ここにありますよ」
女性はベッド横の小さな机の上に置いてあった籠から私のワンピースを持ち上げた。
机の傍には杖と鞄も置いてある。
「血ってなかなか落ちないものですが、水で流しただけなのに不思議な布ですね」
いつも通りの真っ白な私のワンピースが風に揺れる。
あれ? 斬られたはずなのに服に傷が1つもついてない。
「そうか……お母さんが私を守ってくれたんだ」
リガルの剣が斬り上がったあの時、私は体を両断されると覚悟した。
でもこのワンピースがギリギリのところで命を繋いでくれたんだね。
「それと……言いにくいことですが、先生は完治しても傷は一生残ってしまうと言っていました」
やけに深刻な表情で女性は言った。
私が女の子だから気を遣ってくれているのかな。
「えへへ、大丈夫だよ。傷痕なんて残らないくらい綺麗に治っちゃうから」
女性が悲しそうな顔で首を横に振る。
「本当だよ? だって私、小さい頃何度も死にかけるくらいの大きな怪我を……あれ?」
そうだったっけ……?
「いまは体を休めることに専念しましょう。幸い内臓に損傷はなかったようですが、かなり大きな切創なんですから」
「うん……あっ、そういえばシスタ……シエスター王女とリガルはどうなったの?」
「2人共元気ですよ。治療を受けてそれぞれの場所で休んでいます」
「そっか。よかった」
きっとタイガが守ってくれたんだね。
私は感謝の気持ちを込めて、長い髪を手で撫でた。
シスタは自室だろうけど、リガルは地下牢にでもいるのかな?
少しでいいから話がしたいな。
――翌日。
立てるくらいに回復した私はワンピースを身に着けると杖を手に取った。
肩掛け鞄を下げるのは傷に響くので、ここに置いていくことにする。
私は先生と看護の女性がいないことを確認すると、杖で体を支えながらこっそりと病室を抜け出した。
「ふぅ。見つかると力づくで止められそうだからね。さて、まずはシスタに会いにいこうかな」
もちろん一度行ったことがあるというだけで、医務室からの道なんてわからない。
でも王宮は防御が目的の城部分と違って複雑じゃない。
適当に歩いていれば、以前に通ったことのある廊下へ出るだろうと高を括っての行動だ。
それに入り組んだ未知の場所を歩くというのは、ダンジョン攻略に似ていてちょっと心躍る。
だからすれ違う宮廷魔術師にも、あえて道は尋ねずに勘だけを頼りに進んでいく。
尤もここは王宮だから魔物なんて出てこないし、見つけた宝箱を開けたら泥棒になっちゃうけどね。
でも退屈な時間を潰すには丁度いい刺激だ。
「何をひとりで笑っておるのじゃ」
声をかけてきたのは魔術師団長のおじいちゃんだった。
「驚いたのう、もう歩けるのか。宮廷医師の話では2週間は絶対安静という話じゃったが」
「私は普通の人よりも怪我の治りが早いみたい」
「そういう次元を超えているように思えるがのう」
魔術師団長の目が言っている。
やっぱり私は人間じゃないのかな。
「ところで魔法の羅針盤じゃがのう」
「あ、うん。もう直った?」
私がリガルを捕まえに行っている間に、宮廷魔術師達が直してくれる事になったんだよね。
「残念じゃが修復は不可能じゃった」
「そう……もしかして押収品から見つからなかった?」
魔術師団長が小さく頷く。
「ムーンパレス商会の長によれば、3世代前の先祖が外国へ売ってしまったという話じゃ。もはや行方は追えぬ」
「そっか……」
また振り出しか。
ううん、もう他に手はないとはっきりしたと言うべきかな。
こうなったら手持ちの地図を頼りに、見つかるまで砂漠を探し回るしかない……か。
「おぬしに見せたいものがある。ついてまいれ」
「え? ちょっと」
魔術師団長はすたすたと歩いて行ってしまう。
もしかして魔法の羅針盤に代わる何かがあるとか?
私は期待を胸に老人の後を追った。




