神器『砂漠の蜃気楼』の伝承 その1
まるで自分の体が鋼鉄のつっかえ棒にでもなったような、あの時の肘打ちの再現はどうすればできるのか?
結局思いつけなかった。
だけどクレイジーエレファントとの戦闘経験が私に別の方法を示してくれた。
雷撃も衝撃も体を震わせる波のようなものだよね。
だったら『つるつるの魔法』で制御できると思ったんだ。
『威力を受け流す超つるつるの魔法』を使って受け流した衝撃を、体表に纏わせるように螺旋の軌道で絡めとる。
実際にやってみたら上手く出来た。
でも折角のエネルギーを、ただ大地へ流して捨ててしまうのは勿体ない。
だから私は衝撃を地表に留めて溜めることにしたんだ。
『指向性のある威力を受け流す超つるつるの魔法』によって制御された衝撃は、リガルの剣撃を受けるたびに私達を包囲するように地表に正円を描きながら膨れ上がっていった。
『超つるつるの魔法』は物理現象としての質量と摩擦を無くす魔法だ。
”衝撃”は物体に作用して初めて視認できる。
だから私の魔法で捕まえた衝撃の波は、積もり積もって大きな荒波へと変貌を遂げていてもリガルは気づけない。
ただ強力過ぎてはリガルを殺してしまう。
余剰分は大地へ流して威力を調整する。
準備は整った。
機を見た私はリガルの剣撃を潜り抜けた。
伸ばした左手の平がリガルの胸に触れた瞬間、私はリガルの両足に指向性のある『つるつるの魔法』を放った。
同時に私達の周囲に溜め込まれた全ての衝撃を、この左手に一点集中して放出する!
「えっへへ……全部返すね」
「なに?」
足を滑らせて仰ぎ気味になったリガルに衝撃が走る。
ほとんど真下へと弾き飛ばされたリガルが、次の瞬間背中を大地に減り込ませた。
「がっはぁ……ッ!?」
大地からの反動を受けてリガルが大きく跳ねあがる。
手放された2本のファルシオンが空を舞った。
「はぁ……ッ、はぁ……ッ、やった?」
「ぐ……、うぐっ、がはッぐふっ! な、何が……ッ、かはッ、何が起こったッ!」
仰向けに倒れたままで、リガルは苦悶の表情で叫んだ。
まずいね……リガルは私の想像以上に屈強な男だったみたいだ。
気絶させるつもりだったのに、死なせないようにと威力を落とし過ぎた。
「私が受けたあなたの剣撃の威力を……はぁ……っ、はぁ……っ、まとめて返しただけだよ。どお? まだ……やる? はぁ……はぁ……」
もしこれでリガルが起き上がってくるようなら、もう私に手はない。
だからもう立たないで……!
「ぐ……っ、あばらが数本いかれたか。それに背骨にもヒビが入ったようだ。ぐぐっ、だがッ、これしきで止められるほど俺の覚悟は、犯した罪は軽くないッ!!」
リガルが肘をついて起き上がろうとする。
やっぱり駄目か。
こっちはもう、『超つるつるの魔法』を使えるほどの集中力も残っていないのに。
それどころか眩暈で視界がどんどん狭く……。
私は倒れそうになった体を膝と手をついて踏み留めた。
「はぁ……ッ、はぁ……ッ」
やばい。もう意識が保てない。
太ももを一筋、何かが流れ落ちた。
傷口の血を止めている『つるつるの魔法』すら覚束なくなってきているせいだ。
「ぬああああッ!!」
決死の形相でリガルが立ち上がった。
「はぁッ、はぁッ、俺の剣はどこだ? ぐぅッ、まあいい……。はぁッ、はぁッ、死にぞこないのお前など、この拳で十分だッ」
リガルが左手で私の胸倉を掴みあげる。
「く……っ!」
リガルの左拳が胸に当たった瞬間、全身に激痛が走った。
飛びかけていたズタズタの意識に塩を塗られた気分だ。
肉体的な痛みよりも精神的な苦痛が耐えがたい。
「お前の負けだ」
リガルが右の拳を掲げ上げる。
「やれるものなら……やってみな……さい。私はまだ……負けてない。あなたを絶対……止めてみせる!!」
殴られる直前にワンピースに『つるつるの魔法』をかけて掴んでるこの手を外す。
そしたらあとは倒れながらリガルの折れたあばらに頭突きしてやる……!
「ぬぅ……ッ!」
私の目を見つめたまま、リガルが硬直する。
「どう……したの? やらな……いの?」
「く……っ」
私から視線を外したリガルは、ゆっくりと拳を下ろすとワンピースから手を離した。
「……俺の負けだ」
「え?」
「さっき叩きつけられた時に肩甲骨もやられている。ぐぅ……ッ、右腕はあげるだけで精一杯だ。くっ、剣を握るどろこか拳も放てる状態じゃない。だがお前の目は死んでいない。ここからまだ何かやらかすつもりだろう? 仮にお前を倒せたところで、キングデスストーカーを倒すような未知の魔物が次に控えていては、どっちにしても先が見えている」
リガルは私の背後を見上げてそう言うと、苦しそうにその場に座り込んだ。
振り返ると牙を剥き出しにした像サイズのタイガが立っていた。
タイガがキングデスストーカーと死闘を繰り広げてきたことは、傷だらけの全身を見れば明らかだ。
ただその瞳は鎮まらない闘志の高ぶりか、それともリガルへ向けた殺意のどちらかはわからないけれど、より激しく深紅に燃えていた。
「タイガ……」
「ガルルルル……ッ」
タイガがリガルを睨んで唸る。
「勝ったんだ……ね」
Aランクの魔物に勝つなんて、すごいよ。
「1つ聞きたい事がある。そのペンダントは何だ?」
リガルが私のペンダントを指さして言った。
「これは神器……だよ」
「まさか……神の一滴の涙か!?」
「そう……だけど。知ってる……の?」
リガルがシスタを一瞥する。
「そうか。お前は『砂漠の蜃気楼』の使い手に導かれし者だったのか」
導く?
うぅ、いまはもうなんでもいいや。
「タイガ……リガルを逃がさないで……殺したら……駄目……だよ……」
もう……限界。
後はお願い……タイガ。
私は張り詰めていた糸を手放して、意識が暗闇へ落ちていくままに任せた――。
「――フフ。今回は私の出番はなかったみたいね」
暗闇の中で声だけが聞こえてくる。
でもこの声、随分と馴染みのある声のような……?
――誰?
「私は私。ティアだよ」
――ティア? 私と同じ名前なんだね。
「違うよ。私はあなた。仮称ティアズ・S・オピカトーラ。そしてあなたは私」
暗闇にショートボブのひとりの少女の姿が浮かび上がる。
――っ!? どういう……事?
少女の両目は猫のような縦長の瞳孔で、眼球は血のような深紅に染まっている。
そう、まるで魔族の、タイガの目みたい。
身に着けているワンピースは似たようなデザインだけど漆黒だ。
そのせいで体は暗闇の中に溶け込んでいるみたいに見える。
でも違いはそれくらいで、その姿は紛れもなく私だ。
「ほんと無自覚だね。でもそれも仕方がないか。私が経験した事をあなたは何も覚えていないんだもんね」
――何の話をしてるの?
「私は本当のお父さんとお母さんの顔を知っている」
――え?
「あなたが心を寄せている相手がどんなモノかも知ってる。つまりあなたが何も知らないって話だよ」
――私が心を寄せている人……? それに私の本当の両親の事を知ってるの!?
「知ってるよ。名前も、声も。天から私を授かった2人が、私の誕生をどれだけ喜んでくれていたかも。そしてどうして私は2人と離れ離れにならなければならなかったのかも、ね」
――それはどういう……ううん、そんなことより2人の名前は? いま何処に住んでるの!? お願いっ、知っているのなら教えて!
「フフ。教えてあげてもいいけれど……。う~ん、やっぱりやめておくよ。私の目的のためにも運命を大きく変えることは避けたいしね。尤も私の考えとは無関係に世界はそれを許さないだろうから、ここで私が教えることに結局意味はないんだよ。えへへ」
――世界が……セオス・ジラディーノが許さない? 意味がないって一体どういうこと!?
「さぁね。ただ1つ言えるのは、セオス・ジラディーノは私をこの世界から排除したがっているってことかな」
――なんで……私が世界から排除されないといけないの?
「フフ。それはいずれあなたがこの世界を滅ぼすからだよ」
――私が世界を……滅ぼす?




