リガル・アランテの真意 その10
「うああああああああーーーーッ!!」
この……声……。
……シス……タ?
「その子を、ティアを放しなさい!」
「お前は最近幹部へ昇格した……そうか。潜り込んだネズミだったというわけか」
リガルが私に向けていた剣先を変えた。
その先には、抜き身のファルシオンを手にしたシスタがまっすぐこちらへ向かって駆けてきている。
「岩陰に隠れて不意打ちするつもりだったのか? だがそれなら声を上げるべきではなかったな。どのみちこの娘は助からん。ならばせめてこの犠牲を無にしないためにも役目に徹するべきだった」
リガルがシスタへ向かって歩き出す。
「ま……って……!」
ここでシスタが殺されてしまったら、私は一体なんのために!
震えて力の入らない膝を無理やり立てた。
「うッ!!」
焼かれ続けているような痛みの中で、大きく脈打つように傷口に激痛が走る。
意識が飛びそうになった。
全身の筋肉が拒絶するように硬直する。
スカートの中で太ももを通って血が滴り落ちた。
「はぁ……はぁ……」
これ以上血を失ったら、意識を保つどころか命が持たない。
なんとかしなくちゃ……。
そうだ……傷口から零れ落ちる血を本来流れていくはずだった血管へ送られるように、指向性のある『つるつるの魔法』で制御すれば……?
いや、無理だ。
集中できない今の状況では、そんな繊細な魔法の制御はできない。
でもせめて血が外へ零れてしまわないように、傷口の上に留まらせることくらいなら。
「はぁ……はぁ……うぅ、くっ!」
上手くて来ているかはわからないけれど、ほんの少しだけ血色と力が戻って来たような気がする。
「く……っ、うぅッ!」
拒絶する体と耐えがたい痛みに逆う。
また意識が……飛びそうだ……でも駄目! ここで気を失ったら全部終わってしまう!
「う……うああぁっ」
なんとか立ち上がれた。
「はぁ……はぁッ……うっ」
激痛と貧血でひどい眩暈だ。
ここは砂漠の国だというのに、頬から首筋にかけて妙な涼しさを感じる。
手足の先の感覚も鈍い。
痙攣する指の隙間からシスタを見ると、リガルの二刀流に翻弄されていた。
ファルシオンを両手で握るシスタは、リガルの左のファルシオン1本に軽々と体勢を崩されている。
技術もそうだけど腕力に差がありすぎるんだ。
このままだとシスタはやられる。
勝負に出たのか、シスタがファルシオンの峰を支えながら両手でリガルの剣撃を受け止めた。
「だめ……シスタ……!」
リガルの剣を正面から受け止めては!
一瞬足を止めたシスタに、リガルがもう一方のファルシオンを突き出した。
シスタが身をよじって避ける。
「あぅっ!」
刃をかすめたシスタの左肩が赤く染まりだす。
「うっ、うわあああああッ!!」
痛みに後退したシスタが、決死の表情で再び前へ踏み込む。
シスタの剣撃をリガルが余裕の表情で躱した。
「その程度の実力なら不意打ちでも結果は同じだったな」
すれ違い様にリガルが反撃の一撃を放つ。
「まに……あって……!」
私はシスタの両足に『つるつるの魔法』をかけた。
シスタの首を狙っていた刃が彼女の頭上をかすめる。
切断されたシスタのローブのフードが弾け飛ぶのと同時に、つんざくような耳鳴りに似た音が鳴り響いた。
「今の音は……? まぁいい。偶然足を滑らせて避けたようだが、次は無……」
振り向いたリガルが、シスタの顔を見て硬直する。
「……シエスター王女。そうか、『砂漠の蜃気楼』か。だが何故あなたがここにいる?」
「そんなの決まってるわ。あなたを殺すためよ!」
立ち上がったシスタがリガルにファルシオンを振るう。
「無駄だ。5年前より腕は上がっているが、あなたに殺される俺ではない」
「見くびらないで! 私はもうあなたが知っている小娘ではないわ!」
シスタが構築を終えた魔力図をリガルの足元に展開すると魔法を発動させた。
輝く魔力図から3本の棘のツタが伸びる。
あれは相手に絡みついた後で鋼鉄化する中級の拘束魔法だ。
けれどリガルは既に魔法の効果範囲から逃れていた。
「魔法学園に通っていたと聞いたが、学園では実戦的な魔法の使い方は教えていないのか? 過剰に込められた魔力に、魔法の意図がバレバレな展開位置。お粗末だな。熟練の魔法使いならもっと上手く魔法を隠す」
「その嫌味な言い方! 久しぶりだけどやっぱり腹が立つわ!」
シスタが手数の差を補うように射出魔法を織り交ぜながらリガルに食らいつく。
筋力強化の魔法も維持しながら、これだけ魔法を多用できるなんてすごい集中力だけど……そろそろシスタの表情が辛そうになってきた。
対してリガルは明らかに手を抜いている。
彼の実力ならもう何度もシスタを殺せているはずだ。
王様が言っていた通り、リガルにシスタを殺す気はない?
「はぁッ、はぁッ、やっぱり強いわね」
「引け、王女よ。王位簒奪の後、俺は王家と私欲にまみれた貴族共を全員処刑する。だが同じ死ぬにしても1日でも長く生きたいだろう?」
「王位の簒奪をこうも堂々と宣言されて、この私が黙って引き下がると思うのかしら?」
「そうか……ならば仕方ない」
腰を落としてリガルが回転する。
流れるように放たれた連撃が、シスタの剣撃を弾き、射出された石の棘を全て切り落とした。
そしてリガルがシスタの懐に深く飛び込む――。
ゾブリと音が聞こえたような気がした。
シスタの脇腹にリガルのファルシオンが深々と突き刺さっている。
「シスタっ、うぅッ!!」
「はッ……は……ッ」
剣を手放したシスタが、リガルにもたれる様に抱き着く。
「王もすぐに送る。先に行って待っているがいい」
リガルは頭を垂れるとシスタの耳元で囁いた。
「はぁ……はぁ……えぇ……待っているわ……あなたを……」
シスタはリガルに唇を重ねると、微笑んだ後で崩れるように倒れた。
刃が抜けたシスタの脇腹から大量の血が流れ出す。
広がっていく血の絨毯に横たわるシスタを、リガルは悲しそうな目で見下ろしていた。
「はぁ……はぁ……どうして……殺した……の?」
「まだ殺してはいない。急所は外してある。すぐに手当すれば助かるだろう」
そうか……そうだったんだ。
ようやくわかったよ、リガルの真意が。
だったら尚更リガルを止めなくては……!
私は両足に力を込めると、体重を預けていた杖を持ち上げて構えた。
「なんの真似だ?」
「あなたを……はぁ……はぁ……王様の元へは……行かせない!」
「そんな満身創痍でか? 何故お前はそこまでする。死ぬのが怖いのではなかったのか?」
「怖いよ……」
何故ならそれは”生きたい”からだ。
「だから……あなたとは……違う……!」
死を願っているあなたとは!




