何もでなくなると、こうなります。
私の妊娠 入院 退院は周りをザワつかせた。
電話をかけて来る人 家に来る人
どした!どした!って感じで
そしてみんな好き勝手な都市伝説を説いてくれた。
妊娠中トイレをキレイにするとキレイな子が生まれる
妊娠中怠けてばかりいると胎児が大きくなり難産になる
母乳がでるように好きキライせずに食事をする 粉ミルクで育った子はアトピーになる
あれこれと言ってきてほんとに人と会うのが嫌になっていた 入院した辺りから
妊娠中怠けていたら胎児が大きくなり難産になると言った人は4キロ超えの赤ちゃんを2人産んでいた 全く人間不信に陥る。
退院して1日、2日はこんな人達を相手にしていた。
退院3日目に母が体調のいい日には店を手伝うよう言ってきた
当時店のカラオケはレーザーディスクだった。
大きいレコードみたいな物でA面B面裏表に13曲ずつ入っていて、その中ではそこそこヒットした曲は1曲くらいしかなくその1曲ほしさに1枚2万円のディスクを買うのだ。
ディスクを収納するケースも高く30枚収納できる物が6万くらいしていた
客から曲のリクエストがあると紙に曲を書いて歌本をみてさがすディスク番号50のA面の7とか
次々とリクエストがあればその作業をする人が1人必要だった。
1人ホステスのおばさんがいたが操作ができないと言って触ろうとしなかった。
例え体調のいい日があっても店に着て行く服がない。
私はまだ妊娠7週目だというのにみぞおち辺りからボッコリお腹がでていた。
これは5週目からそんな感じだった。
スカートのファスナーは1センチたりとも上がらなかった。
しかし6月末頃には夏服が着れるようになり1枚だけショッキングピンクのワンピースが着れたのでそれを着て店に出てみた。
客と話をしょうにも「うっ!」込み上げてくる
そのあたりは耐えれたがお腹の張りを感じた。
それを毎日のように電話をしてくる母の姉、叔母に言うと、お腹の張りは気を付けないと流産の恐れがあると言われた。
私はハッとした。
そうなんだ。すっかり忘れていた。
まだ赤ちゃんがいると実感がない為
その心配があった事に気づかなかった。
母にもその事を伝えても
「臨月まで働いてる人もいるのよ!」
でもそんな時、たまたま呑みに来ていた私より1歳年下の男の人が仕事が終わってから店にバイトに来ていいと言ってくれた
彼はおしゃべり好きでお酒も好き
カウンターでカラオケを入れながら客からビールをご馳走になる、バイト代も入る
彼が結婚するまで10年近く通ってくれた。
これで店に出なくてよくなった私は
ひたすら9週目になるのを待っていた
入院中も
「妊娠しているらしい」が枕言葉になっていて まだ本当の妊娠じゃないのにつわりだなんて みたいな目で見られているような気がずっとしていたからだ。
退院してから毎日毎日カレンダーを見ては後何日、後何日。とその日を心待ちにしていた。
よいよ、9週目になった。
私は、父の車に乗って病院に行った。
シートを倒し、寝ている状態で
まだまだ車に乗るだけでも嘔吐がはげしくなる
病院まで1時間は私にとって苦行。
病院に着いて診察台でお腹にエコーをあてた
先生が何度もお腹にあてる
「おかしい。何もない、中は空洞だ」
尿を30倍に薄めても妊娠反応がでる
しかし、子宮の中何もない。 先生は頭をかしげる。
中で胎児が死んでいる?
「もう、1週間待ってみよう その時胎児がいなかったら堕胎しますので朝ごはんを食べて来ないように」 と、言われた。
すると、先生の後ろに立っていた看護師(多分助産師)が
「先生、今日はいくらですか?」と聞いた。
「3000円」と、先生が言うと私は椅子に座ったまま先生にお金を渡す
先生は机の引き出しから手書きの領収証を書いて私に渡す。
ここのシステムはちょっと変わっていた。
なんかちょっと笑える。
一応、玄関右側に受付とは書いているけれど事務的な物もないし閑散としているし人もいない。
家に帰ると叔母から電話があった
そんな小さい病院、大丈夫なのか
自分の家の近くの大きい病院に来るようしつこく言ってきた
私は友達からもあの先生は名医だと聞いてしたし2回しか会ってないけど何故かあの先生を信頼していた。
後、1週間待てばいいわけだし先生に任せよう。
そしてまた辛抱の1週間が過ぎた。
元々不眠症だったが、結婚して生活リズムも変わり、なかなか寝れていなかった。
寝不足なうえ、空腹。
普段でも、食べてもむかつく
空腹でもむかつく
常に「ウッ」吐きそうなのだ。
私はこの妊娠からずっと口にティッシュをあてていた。
車に乗りシートを寝かす
口に沢山のティッシュをあてる 車が動き出す、ちょっとしたカーブでも頭がクラッとする。
行く間の1時間ずっと激しい嘔吐が襲ってきた。
嘔吐するたびに胃がギュッと縮む感じがする。
苦しい。
私は病院に着いたとたん
「もう、ダメ!」
と、言って車のドアを開けた、
ちょうど小さな溝だった、私はその溝に顔を近づけた。
「ゲボっ!」
なんか出た、オロナミンC色の液体。
私は自分で立ち上がる事ができなくて父に抱えられながら
もうろうとした意識の中で
(あの黄色のどこから出たんだろ)と考えていた。
倒れ込むように病院に入った私のスカートのファスナーはもちろん下がったままで、だらしなくブラウスはスカートの外にでたまま。
「おっ!いたぞ。よかった。」
先生が、嬉しそうに言ってくれた。
それから20年以上後で店の客2人から聞いた。
「うちの嫁はつわりが我慢できなくて子供を堕ろした」と。
そんな選択をする人がいるんだ。
考えた事もなかった。




