車、買ってもらいました。
ある日の夕方。1人店でテレビを見ていると、ローカルの情報番組で新しく発売された車が紹介されていた。 一目見て「かわいい」と、思った私は車の名前を忘れそうなので、誰かに伝えたくてとりあえず彼氏のポケベルを鳴らした。その当時彼氏は車屋に入り浸りで、車屋の事務所から電話をくれた。「テレビでかわいい車紹介してるユーノスロードスターだって」それを言っただけで電話を切った。20才の秋から冬になる時だった。 それを言っただけで、一週間後彼氏と車屋の営業マンはうちの茶の間に座っていた。 父が「さすが、オレの娘。オープンカーを選ぶとわな、それで何がいんだ?」と、父に言われハッとした。 私車買うの?青と赤とグレーと白とあった。消去法で赤になった。 私は始まって20行ほどで車を買ってもらう事となった。自分が一番驚いた。本物も見ないで、パンフレット1枚で買う物なのか? さて、注文してみると人気ですぐの納車が無理だと言うのだ。店に出入りしていたダスキンの営業マンも、納車に半年かかる、それでは通勤が出来ないだから諦めた。私の友達もやはりいつの納車か未定と言われたとか。 実は、私の知らない所でバトルが繰り広げられていた。私の車も、いざ注文となると、すぐに用意出来ない。車がないと言う返答に、彼氏と車屋がごねた。車を売る販売店に売って下さいと、パンフレットを置きながらいざ注文すると、ない。売る気があるのか!
それは詐欺じゃないか!と因縁をつけたり、ありとあらゆる言葉を使い、言わば脅しくらい言ったのではないかと思う。そして、なんとか用意してもらえる事となった。今になって旦那は否定するのだが、たしかに東京モーターショーに展示していた車だと言い、赤と黄色が1台ずつ展示されていて、今なら選べると、黄色は純正で世界に1台だからプレミアがつく、黄色にしろと強く言われたから私は覚えている。しかし旦那は今になって違うと言うのだ。かといってどこから持って来たかな?なのだ。 とりあえず黄色の車なんてイヤ 私は赤を選んだ。 そしてロードスターはやって来た。 家の近くの広場で、台車に乗せられてやって来た。初めて見る本物。 (可愛くて、カッコいい) ゆっくりと台車から降りた、ロードスターに父が近づき、サッと運転席に乗り込みアクセルをふかして何処かへ行った。「一番、オヤジさんが嬉しんじゃない?」車屋が言った。少しして帰った父は興奮気味に「スゴイスピードがでるぞ、セカンド(2番目のギア)で120キロ出たぞ!」と興奮気味に言った。 平成元年12月29日納車。私はこの日を一生忘れない。 何故なら次の日、私には大事なミッションがあった。それは関西方面に就職している幼馴染のSちゃんを、朝早く3つ隣の駅に迎えに行くというミッションだ。彼女は干支が酉だからなのか朝が早い。高校時代友達のWと飲み明かしても6時には起きて窓を開けてくれる。一番にゲロを吐くから、二日酔いもなし。そんな彼女が、始発の新幹線に乗って帰り、迎えに行く駅には朝の9時に着くというのだ。 次の朝は、とても冷えていた。 雪は降っていなかったが、道路はキンキンに凍っている感じだった。 実は、当時私は冬には冬用タイヤを交換するという知識がなく、そのアイスバーンをノーマルで走っていた。 て、言うか冬の納車なのだからその時点で交換していてくれてもよかったのにと今なら思う所だが、多分誰も、私が次の日に車で、出掛けるとは思ってなかったのかも知れない。 私は、初めて乗る車という事もあって慎重に運転していた。5分ほど走ると、車が1台田んぼに落ちていた。 「あー、スリップしたんだ、私も気をつけよう」 それから、5分ほど走るとまた、車が田んぼに落ちていた。こりゃ大変だ。 また少し走ると、前の車が停止していたので、私も停止した。どうもずっと前まで車が停まっている。渋滞? 停まっている車から人々がでて前方を見ていた。私も車から降りて前をみた。前方にいた男性が、後方にいる私達に、事故があって、運転手を救出していると、大声で教えてくれた。 Sちゃんの迎え間に合うかな。15分くらいで前の車が、徐々に動き出した。私もゆっくり車を前に進めた。 パトカーや救急車や事故車など、物々しい現場かなと、ドキドキしながら運転していたが、何もいなかった。ほんと事故だったんだろうか。 なんとかSちゃんの迎えに間に合い、彼女を家に送り、私は店に出た。 すると、客から事故の話を聞いた。 事故を起こしたのは、私より1才下の男の子だとわかった。それと同時にもう助からないという事も。 身体中包帯で巻かれていて、心臓だけが動いている。脳死なのだと。 彼がいる病院は、あのフグ毒で脳死判定した病院。だが今回は、本当のようだ。私はショックだった。彼は2週間ほど前に、同級生達と店に来てくれていて話もしたからだ。彼のお姉さんは、私と同級生で、あの給食時間にアメの花束で告白されていた子だ。 「お姉さん、どうしてる?」の私の問に、「もうすぐ臨月」と、はにかんで教えてくれた。お姉さんは私の同級生の中で一番に結婚していた。 この前話したばかりのNくん。 頭が真っ白に。危篤。手のほどこしようがない。脳死。それと同時に臓器提供の話まで出ていた。こんな田舎で19才の若者の事故という事案でもかなりショックなのに、臓器提供。聞き慣れない、非現実的な。人々は悪く言った。「生きてる所にメスをいれて臓器を取り出すのよ」 「親は、大金を貰うらしいよ」しかし、当時の私達はそれを否定できるほど知識はなかった。 そんな、ひどいこと。 どうして、Nくんがこんなひどい目にあわなくちゃいけないの。シートベルトが義務化だったら。エアバッグがあったら。今なら助かってたかも。私は思ってしまう。どうか助かってほしいと願う事さえできないなんて。 そして、年明けにNくんは亡くなってしまい、彼の腎臓は、誰かの命になった。本当に信じられない事なのだが、Nくんの臓器提供は当時の全国新聞のローカル版の一面に彼の遺影の写真が載った。紙面一面に大きく。 そして次には、ローカルニュースに特集も組まれた。彼のお母さんがインタビューを受けていた。生前友達とカラオケに行った時カセットテープに、歌声を吹き込んでいたらしく、お母さんが歌声を流していた。私はそれ以上テレビを見る事はできなかった。




