常連さんもできました。
店のすぐ近くに大きなお茶工場があった。私が子供の頃よりずっと前から。 毎日香ばしい香りが町中に広がる。 今日は麦茶だとか、今日は玄米茶だとか、香りを楽しんでいた。その工場の隣に町の広い駐車場があって、町なかの家に車庫がない人や工場の従業員が停めたり、いわばフリーな場所があり、店に来た客もそこに停めて来店してくれた。 お茶工場には沢山の従業員がいて、みんなにかわいがってもらったが、その中でも毎日お昼休憩に来てくれる人達がいた。一度機械を動かすと止められないので、時間差で休憩をする。 最初に来る人は30才くらいの人。無口で、少し近寄り難い人。誕生日を聞くと、散々苦しんで死ぬ!という。 『何?それ」と、聞くと、昭和33年9月4日なのだそうだ。彼なりの自虐ネタだ。コーヒーはブラックで酒は飲まないが、コーヒーを一口含めばタバコも吸う、くらいヘビーで、大人だけどなんとなく社会に反抗してる感が、作業服のえりを立てている所で感じられた。 次に来る人は、30才前。高校卒業後自衛隊に入隊。除隊後実家に帰って、勤めている。車の免許は、自衛隊内の教習所で取得したのだが、いきなり大型のトラックから乗らされたらしい。大型が運転できたら普通車もできるからだとか。かなり怖かったらしい。 わりと、カッコイイ人なのに、なかなか見合いがうまくいかない。なので、出雲大社で祈祷してもらったら、その人の亡くなった祖母の骨壷に水がたまっているからそれをとりのぞきなさい。との事で、見てみると本当にキレイな水が貯まっていたので捨ててキレイにした。するとその後のお見合いで結婚ができた。 骨壷には雨水は、貯まってるもんだよ。と言う人もいるけど、んじゃ見てみるか、って所でもないし、まぁめでたしだった。この人は砂糖とフレッシュを一杯ずつ入れる人だった。 次に来る人は、30才ちょい。シブい感じの人。砂糖とフレッシュは、ミリ単位で入れる人。 「変わらないでしょう?そんな量じゃあ」と、私が言うと 「いやぁ、ちょっと違うよ。ブラックじゃあ苦いし、これがいんだ。」と照れながら言っていた。 学生時代はケンカばかりして、汽車の中で目があったと、高校へ行く前、途中下車して、相手を殴り、殴られたやつがホームにあった水道のパイプに当たり壊してしまった。殴った自分に責任があると弁償してから、学校へ行ったとか。若い頃はスゴくモテて、女をふりほどくくらいだったのが、25才を過ぎたらクモの子を散らすように、逃げてしまい婚期を逃したが、少ししてお見合い結婚した。その後も何人か来てくれたが、みんなコーヒーの飲み方が違っていた。2時を過ぎると5時まで暇だった。5時を過ぎると今度は建設会社の人達で賑わった。 私が、パイナップルが好きで、よくカウンターに飾っていて。今日はないじゃないかと、わざわざスーパーで買って来てくれる人も。 私は、印刷屋で自分がデザインしたコーヒーチケットを作って、売る事にした。11枚綴りで一杯300円のコーヒーを3000円で。一杯サービスで付くという特典で、よく売れた。 そんなある日、近くの食料品店で買い出しをしていたら、店のおばさんから 「くるみちゃんのお店のマッチ代の請求書をNから預かっている。」というのだ。Nとは、その店の息子で、東京で歌手活動してましたと、いう人。世良公則風の人。 怖い。怖い。世間知らずのかわいい、かわいいで育った18の娘だと思っているんだろうけど、人を見みたらどろぼうと思えの英才教育を、受けている私には通用しないよ。 私はやんわり、「マッチはuccから買ってるから、ここで買ってないよ。領収書見せようか?」と言ってやった。おばさんは慌てて請求書を引っ込めた。請求書は2万いくらでちゃんと1円単位まで書いてあってリアルな金額だった。
おばさんは 「なんでNはこんな事したんだろう、ごめんね゙」と、少し顔がひきつっていた。商売人として最低。してはならない行為。 Nさんは、店は両親や奥さんに任せて自分はライブ活動していたみたい。どこで歌ってるかは全然知らないけど。 店の開店前、上がって来て、こんなデザイン考えたんだけど、と見せられた。誰も頼んでないのに。それは店名のWhiteAvenue、略して White Ave
に、二等辺三角形を横に重ねた絵だった。三角は黄色で。店の雰囲気に黄色は合わない。「最悪。いらないわ。」と、心で叫んだ。何かに使ってほしいと懇願されて、箸袋に印刷してあげた。きっと頼まれてこれオレがデザインしたんだ。とみんなに言ってそう。
マッチはuccの営業の人が仲介してくれた。相場を教えてくれたり、値引き交渉から、私がどうしても火が付く所を黒にしたかった時も黒は単価が高いからと助言してくれて、逆に白で軸を黒にしたり。私がケーキを入れるガラス張りライト付きの冷蔵庫が、ほしいと言えば、uccが買った事にしてくれて、13万を10万に、しかも毎月1万円の支払いにしてくれたり、今の時代ではまずないホントにいい時代だった。




