あっくんとのりちゃん
卒業式の次の日に、私は自動車教習所に入所する事になっていた。
父いわく、頭が柔らかいうちに、との事で1日でも空白を作ってはいけないという持論と、喫茶店の開店までに車の免許を取得させておきたいからだ。
喫茶店の内装も着々と進んでいた。
町内にはもう一軒喫茶店があった。
国鉄を早期退職した男性の奥さんと2人で経営していた。
そのマスターは私の喫茶店の開店前から、母の店に電話をかけては、コーヒー、一杯いくらで売るのかや、ゲーム機は置くのか、回りから若い女の子の店に客をとられるなど言われている。など、ひたすら私の店が気になっていたらしい。
そんな話しなど、大人の心配で、私はゲーム機も置かないし、そこみたいに賭けボートの券をうる仲介者みたいな事もしない、まったく興味もなく、どちらかと言えば、
「あなた方と違うから」
と、あくまで品よくオシャレな喫茶店にしたかった。
私が入所する教習所は隣の県だった。
隣といっても住んでいる所は県境で隣の県には毎年キャンプにも行っていたし、馴染みの県だった。
当時、教習所に入るには直接教習所に予約するのではなく、仲介者がいて近くの自転車屋のおじさんに父が頼んだ。
「あいつとは、ケンカ仲間。
後にも先にも、刃物を出してやりあったのは、あいつだけだ」
良かったね。死ななくて。
おじさんは
「任せろ!教習所で一番の教官をつけさせるから!」
と、父に言っていた。
さて、入所の日は朝早く、車で20分くらいの集合場所に集合してマイクロバスでそこから通いの生徒を拾って教習所に送迎するのだ。
父は私の免許取得に万全を尽くしてくれた。
それは、自分が京都で大型の免許を取る時、最終実技テストで、完璧だったにも関わらず、落とされた。
教官に理由を聞くと、左右確認不足と、
指摘された。
「クソ!はめられた!左右確認完璧だったのに」
次の試験では
「右よし!左よし!」
と、声に出してやって、合格となった。
だから、私には、そんな経験はさせたくないとの思いだ。
しかし、待てども送迎車が来ない。
集合時間も過ぎた。30分以上過ぎた。
「帰る!騙された!クソ!ケチがついた」
父は凄く怒った。私も気分が悪かったし、また朝早く起きないと、と思うと腹がたった。
「こういう事は、始めが肝心なんだ。
最初にこんなケチつけられて、縁起が悪い」
家に帰り、仲介者のおじさんに怒りをぶつけた。
おじさんもあわてて、教習所に問い合わせてみると、マイクロバスの運転手の教官が今日は送迎の生徒にいないからと普通に出勤したらしい。
そして次の日には、入所する事ができた。
始めは宿泊施設である旅館に荷物を置きに立ち寄った。
男子には教習所の寮があるのだが、女子は旅館での素泊まりだった。
部屋に案内されながら、旅館のおばさんから、同室に短大生2人いるけど近いうち卒業だから狭いけど我慢してとの事だった。
そこは古い旅館で目の前には湖があり、それ以外には何もない所だった。
6帖ひと間と窓側に向かいあった椅子と間にテーブルがあるだけだった。
ふすまにはアタック25でゆうと、5の所あたりにA4サイズのシブがき隊のポスターが貼られていた。
知らない人との、同室宿泊。女刑務所か。
金にならない客、そんな扱いだ。
詰め込んどけ、って感じだ。
そして教習所に行き、1日が終わりまたマイクロバスで旅館に帰った。
同じバスに乗っていた女の子2人と部屋に入り、改めて自己紹介した。
2人とも短大生。
1人はクラスに1人はいる、ぶりっ子タイプ。ブスでもなければ、綺麗な顔でもない。髪は肩にかかるくらい、身長も高からず低からず。自分の事を中より上くらいはかわいいと思っていて、教科書に蛍光ペンでアンダーラインを引き、きれいにノートに記入しているわりには、たいして成績は良くなく、将来の夢は公務員のお嫁さん。性根は悪いが人を落とし入れるほど、頭は良くない。だから、いい人でもなければ一目置かれる人間にもなれない。私は一瞬で彼女を分析した。
もう1人は少しぽっちゃりで髪も肩にかかるくらい。面倒みがよく、頼まれるとイヤと言えないタイプ。ぶりっ子に振り回されているけど彼女には私がいないと、と思っている。結構しっかり者。
将来の夢は優しいお母さん。
彼女はイヤな感じはしなかった。
「卒業試験、受かるといいですね」
心からの言葉だった。
社交辞令的に私が言うと、ぶりの顔がみるみる青ざめ、何もしゃべらずプイッとされた。
「ありがとう」
ぽちゃの方は少しさみしそうに私の社交辞令に社交辞令のお礼を返した。
変な事言ってないよな。まぁナーバスになっているんだろう。
その日は疲れた。3人で小さなテーブルを囲う気にもならず、さっさと布団をひいて、
「私朝早かったので、寝ます。」
と、言って布団に入ると、待ってましたと言わんばかりに2人の会話が始まった。忘れもしないこのセリフから。
「どうしよう、のりちぁあん」と、鼻声で喋りだしたぶり。すると
「しかたないよぉ、あっくぅん」だった。
ぶりがあっくんでぽちゃがのりちゃんらしい。
少しグチグチしゃべると、また
「どうしよう、のりちぁあん」
「しかたないよぉ、あっくぅん」
が、始まる。
何度も何度も。それは朝まで、拷問のように。
聞くな、と言われても私の背中での会話、どうやらそれは恋ばなだった。
教習所を卒業したら会えなくなる。
そんな悩みのようだった。
教習所2日目、旅館に帰ると、ぶりから夜、客が来ると、告げられた。
「いいですよ。私寝るんで。」
早々と、布団をひいて掛け布団に手を掛けようとした所に、部屋のふすまが開いて、客らしき人と目があった。
背が低い中年をおじさんだった。
「教習所の先生です。」
と、ぶりが、私に言った。
いやいや、いくら私でも教習所の先生がいるのに、しかも男の人。無視して布団にころべないよ。私をまたがないと部屋から出れないし。
私は寝るのをやめた。自然と小さいテーブルを大人4人で囲んでいた。
誰もしゃべらないので大人の教官が沈黙を破り話し出した。
ぶりとぽちゃがしゃべらないので私にばかり話かけてきた。
何処から来たのかだの、仲介者のおじさんを知ってるだの。
30分ほどで帰った。
私はその30分の中で気がついた。
ぶりはこのちんちくりな色黒七三ヘアオヤジが好きなんだ。と。
何しろ、緊張感が伝わり、それに同調しているぽちゃの緊張感と、ぶりへの顔色伺い。
教官が帰って、私が布団に潜ると、ぶりの怒りが爆発した。
「どうしてこの子とばかりしゃべるの!」
「この子に邪魔された!」
もうぽちゃもなだめるのに必死だったがあまりにも馬鹿馬鹿しいので、
反論する気にもならなかった。
(くだらねー、スチュワーデス物語か!)
次の日2人は無事に卒業したらしい、なぜなら旅館に帰って来なかったから。




