そのお金はどこから?
小学校に入学してすぐ、学校が早く終わる事もあって、私と幼なじみのSちゃんは、同級生のUちゃんの家に遊びに行く事にした。
Uちゃんはおばあさんと2人暮らし。
人からの話では、お母さんは精神的な病気で、ずっと入院しているとか。
お父さんはいるのか、いないのか。
小学校6年間で1度くらいお母さんが参観日に来ていた記憶があるくらい。
おばあさんが亡くなった後は、近所のおじさんに引き取られて高校まで地元にいた。
Uちゃんんちは、私達の家から遠くて2人にとって道のりは冒険だった。
「着いたら何して遊ぶ?」とか
「あと、少しだから頑張ろう」とか
初めて行く友達の家にウキウキしていた。
家は知らなかったけど、道路沿いで、
Uちゃんは家の前で待っていてくれた。
家に着くなりUちゃんがこう言った。
「おばあさんが2人と遊んだらダメだって」
Uちゃんはニヤニヤして言った。
「なんで?」
「なんでも」ずっとニヤニヤしながら
私は納得がいがず、しつこく聞いた。
「2人と遊んだらダメだって。」
「ちょっと!」と、私がいいかけると
「くるみちゃん、帰ろう」
Sちゃんが静かに言った。
納得が行かない。今来たばかりの道のりを私はカンカンになって歩いが、
Sちゃんは黙ったままだった。
Sちゃんは知っていた。
私達2人と遊んではいけない理由を。
幼い頃から、親に教えてられていた。
自分が住んでいる場所で差別される側だと、ゆうことを。
私が生まれて初めて受けた差別の洗礼だった。
昔々、何かのきっかけで、ここの地域は差別されていた。
その救済として、国から保護を受けるようになった。
それは金銭面での保護だった。
みんな(同盟)と、ゆうものに加入した。
父が都会に、出ていた時にできたらしく、地元に帰った父は激怒してすぐに一番に脱退した。
その次に父の叔父が脱退したのだが
ほとんどの人は、その恩恵を受けていた。
まず、どこの地域にもない立派な浴場と、隣に集会所のような鉄鋼2階建てができた。
集会所には、1階に事務所と立派な調理場、2階は和室と卓球が遊べる会議室。浴場ともに水洗トイレ。
今から50年も前。
まだ地元の小学校でも水洗トイレではなかったのに。
事務所には管理人として近所のお姉さんがいた。何もしなくてマンガばかり読んでいた。
地元で仕切っているおじさんの親戚の娘さんだ。
子供会にも、もちろん恩恵はあった。
夏には、バスを借りて日帰りで海に行った。もちろん私も行けると思っていた私にまさかの父のダメ出し。
「どうして、行ったらダメなの?」
「海なら、お父ちゃんが連れて行ってやるから、子供会では行かないでくれ」
「いやだ。近所の子供たちはみんな行くのに」
うち以外は、3人以上の兄弟ばかりの家が多く、1人だけ行けないのは、嫌だった。
すると、かわいそうに思った父はバスの運転手をかってでた。結局、父が嫌がっていた事も私なりにわかっていたので1、2回参加しただけだった。
私が小学校1年か、2年の頃、国立大学の教育学部の学生男女5人ほど研修として、一週間ほどあの集会所に宿泊させ、私達の勉強を見たり、レクリエーションをする事になった。
あの仕切っているおじさんの提案だった。
午前中は子供たちの勉強を見てくれて、昼からは、工作をした。影絵の工作で、作ったあとみんなで劇をした。
楽しかった。すごく。
さすが先生を目指す人達だ。
お別れ前には、子供広場でキャンプ。
みんなでカレーライスを作り、夜は外で肝だめし。
女性の叫び声、本格的な音響にタイミングよく出てくるお化け達。
私は本当に怖くて、Cちゃんに連れられて家にかえってしまった。すぐ近くなのに。
来ていた大学生のお姉さんを追っかける近所の変なお兄さんがいて、いつもカメラを持ってお姉さんをパシャリ。隠し撮りから至近距離まで。
お姉さんの大ファンだった、Cちゃんはお兄さんの邪魔をするのに必死で、お姉さんの顔をいつも自分の手で隠していた。Cちゃんはそのお姉さんにべったりでいつも一人占めしていた。お姉さんにとって一番ウザイのはCちゃんなんじゃないかなと、私は遠目に見ていた。
援助は子供達ばかりでなく、大人達も日帰り旅行とかしていた。
近年もカニを食べに行ったらしい。
父の私が高校の時お酒を飲むといつも言っていた。
「俺は、自分の金で高校に行かせてる、お前らとは違う」相変わらずの一人言。
当時は何言ってんだコイツ、くらいに思っていた。
教習所に行くと
「誰の援助も受けていない」
「そりゃ、そうだろ」
私が大人になるにつれ、徐々に耳に入る。
実は、学費の面でも補助を受けている者もいた。
どうりで、4人兄弟でお父さんがいない家庭でもお兄さんが私立大学に行けてるんだ。
学費だけではなく、家の増築などほとんど利息もない。中には支払いも全然してない者もいるとか。
噂では、会計を握ったとたん、派手な生活になった者もいる。
私も実際妊娠中に役場から、保健師がきて
「出産にさいし、国からの補助金以外にも、他にも申請できるの」と、書類を出された。
私は書類を読む間もなく
「うちは、入ってないから」と。
すると、保健師は真っ青な顔して、書類をかき集め、
「知らなかったんです。すいません。すいません。」と。
補助金は11万円だった。
「11万円はかなり魅力的だね」
当時出産にさいし、国からの補助金は24万円だった。
私は出産に30万円かかったので、それをもらうと
純利益が出てしまう。
だから、みんなはお金欲しさに、脱退できないんだ。
いったい、どこから出てくるお金だ。
国の予算のなんと言う名目で算出されるのか。
それ以外にも、恩恵を受けられる事があると、父の兄
おじさんから、怪しい誘いがあった。
おじさんは車で服を売っていた。田舎だし、お店がない山間部では、よく売れていたそうだ。
お互い自営業だから、所得税は少なく納めたい。
おじさんは、そういった事業者を相手にしている、会計士がいるとか。バックに組織がついていて、少々の脱税なら国税局も手が出せないと。
去年その人にしてもらって少なく税を納められたからと、父をしつこく誘ってきた。
「俺は、そういうのは嫌いなんだ」
何度も何度も断った。
しかし、おじさんからしつこく言われ、1度だけ付き合った。そこへ書類を持って行くのに私もついて行かされた。
「兄貴の顔は立てた。もう二度と行かない。」と言った。
しかし国税局も手が出せない、ってどんな組織だ。
「ほんまかいな?」といいたくなる。
総理大臣でも捕まるだろ。どんな権利だ。
この事を書こうと、思っていた時、読売新聞で小さな記事を見た。
部落解放同盟の代表をしている男性で、アンケートをとったら、結婚相手の出身が気になると、言うものだ。
結果16パーセントの人が気になると回答。
もう、辞めようよ、もうそんなアピールいらないだろ。 知らない人や対して興味がない人でも気にするようになるんじゃないかな。
結婚相手の国籍も気にならない時代になりつつある今、日本人です。だけで十分だと私は思っている。
もう、この事は消え去るべきだと私は思う。




