その話には続きがあって
私が通っていた小学校は変わった設計でした。一階の校舎がいくつもありあみだくじのように屋根付きの渡り廊下で繋がっていた。高学年になるほどずっと奥の校舎に移動していた。ほとんどその校舎に行く事のなかった私にはあこがれの「遠い教室」だった。その近くには「交通教室」と呼ばれるゾーンがある。三年生になるとそこで自転車の免許の実技試験をうけて試験に合格しないと自転車に乗れないのだ。まさに自動車教習所のように踏切があり遮断機 少しばかりの線路もひいてあり信号広めの交差点と本格的に作り上げていた。そして回りには天然芝を敷き詰め試験のない時はオシャレな公園といった所で児童達の遊び場だった。三年生になると子供達はざわつく。自転車の試験を受けるかいなか。自信のある子はさっさと受け合格するとみんなから一目置かれる。当たり前だが勉強のできる子達ばかりである。この自転車の試験は小さな子供達には大きなプレッシャーになっていた。上に兄弟がいる子は教えてもらえるが私のようにいない子はひたすら試験を見学して習得するしかないのだ。落ちるとみんなの前なので恥ずかしい。親からもまだ取れないのかの催促もあるとゆう厄介なシステムだった。信号もないすごい田舎に必要なのか今ならそー感じるしかし取得しなければ自転車は乗ってはいけないのだ。三年生になって免許の試験を待ち望んでいたのが私の大の仲良し「Nちゃん」だった。Nちゃん
肌は色が少し黒くぽっちゃりとしたボーイッシュな女の子だった。自分から「私は色黒だけどお兄ちゃんはもっと黒くて色黒大会で優勝したんだから」が口癖だった。(そんな大会どこであったんだろう)と思っていたが追及する事はなかった。Nちゃん
とはすべてが気があっていた。ホラー超常現象がすき。漫画、アニメ、声優、動物、スポーツ、アウトドア。嫌いな物は「カエル」二人ともヘビよりカエルが嫌いだった。ある時溝で遊んでいてNちゃんが岩に手を突っ込んで何かを握り、「これ!フナ!絶対フナ!」といって高々とあげた握りこぶしにはしっかり殿様ガエルがなぎられていて、二人で叫びながら田んぼの水路の脇を綱渡りのように逃げた事もあった。そんなNちゃんが三年生になってすぐ、「うち!自転車の免許とる」Nちゃんんちと私の家は少し離れていて歩いてくると遊ぶ時間も少しなのだ私達はいつもお互いが見えなくなるまで外で遊んでいた。時間をおしみながら。だから自転車で来れるとなれば遊ぶ時間も増えるのだ。だからNちゃんは頑張って自転車の免許を取得した。私は自分の事のように喜んだし、まだ自分は受ける勇気さえなかったので、Nちゃんを誇らしく思った。その後私も自転車の免許をとり二人の行動範囲も広くなり、学年が大きくなっても遊んでいた。ある日五年生になった私達はまた遊ぶ約束をしていた。私がNちゃんちに行くと、Nちゃんが「T君も遊ぼうって言ってるけどいい?」T君はNちゃんちの近所でひとつ上の学年だった。「いいよ」初めて遊ぶけど学校でもおとなしいし、まぁいいかと私は思った。すると今度はT君が「Fもいい?」と、言ってきた。F君はT君と同級生で身長は低いけど
わんぱくで少し乱暴な印象のだったが四人で遊ぶ事にした。とりあえず空き地に行きかくれんぼをする事になり男の子のどちらかが鬼になって私とNちゃんは隠れた。「もーいいよ」とみんなが言って少しすると「ギャー」とNちゃんの叫び声がした。みんなNちゃんの側に行くと興奮気味に「くるみちゃんにシロツメクサの花で王冠を作ってあげてたら足にヘビが絡み付いていた」と、言った。それを聞いた私も「えー!」と驚いていた。すると今度は「やめろー」とT君の叫び声が、Nちゃんと走って行くとF君がそのヘビを地面に叩きつけていたのだ。何度も何度も「やめてー!」私とNちゃんも叫んだ。と、同時に宙に舞うヘビを見た私は走ってその場を離れた。ひどいひどすぎる。なにもそこまでしなくても。私はF君と遊んだ事を後悔していた。見たくもない光景をみてしまったからだ。落ち込んでいるとNちゃんが呼んで来た。ヘビのお墓を作ったからお参りしてほしいと、そして私へと作った王冠をヘビにお供えしていいか、と。私は快諾して手を合わせた。T君と三人で。するとT君が言った。「こんな悪い事をしたFは一年後に死にますように」と、私はハッとした。次にNちゃんが同じ事を言った。私は怖かったけど私も言わないといけない雰囲気だったので「死にますように」とだけつぶやいた。F君はふてくされていた。その日は雲ひとつない五月晴れの日だった。それからこの四人で遊ぶ事はなく、それぞれ新しい学年になった。男の子二人は中学生。私とNちゃんは六年生に。新学期が始まり落ち着いた時だった、家に電話がかかって来た。母が誰かとしゃべったあと、私に教えてくれた。あのF君が中学の屋上の立ち入り禁止内にある高電圧版にさわり感電死したとゆうのです。「えっ!」私はびっくりとゆうより恐怖を感じた。知っている人の「死」とゆうものにまだあまり経験がなかったからだ。しかしわんぱくだったF君に関してみな誰も否定しなかった。誰もが「彼ならやりかねない」そう思ったからだ。それ以上の話は出てこなくその時の状況はあまり表にでて来なかった。ただ昼休みで食べた給食が喉に詰まった為保健の先生が手を口に突っ込んでかきだした事と、足の裏に焦げた網目模様があった事だけ私達の耳に入っていた。その日も雲ひとつない五月晴れの日だった。少なからず私達世代の子供達にはショッキングな出来事だったが、時が立つにつれみんな興味は薄れていた。そんな私も高校生になり隣のクラスだが気の合う友達がいた。K子はバイト先のレストランでナンパされた私と同じ中学出身のひとつ上の男の子と付き合っていた。そんなある日K子が私の所にきて「大変な事を聞いたわ!」と、彼氏の中学時代の同級生と酒を呑んでいてその男の子がすごく酔っぱらって「中学の時屋上でF君が感電死したのは俺が後ろから押したからだ」と言ったのだ。私はまた衝撃を受けた。




