入院
私は小さい時から扁桃腺が腫れて熱が出ては学校をよく休んでいた。喉を見ると南高梅の大きいサイズみたいなのが両脇にあった。高熱が出ては、病院に行っていた。病院へは基本父が連れて行ってくれていた。その度に結構な買い物をして帰っていた。ある日はブーツ膝下まであり編み上げのオシャレなデザインだった。またある日は何故か大きな地球儀。またある日は銀座のマダムが着そうなワインレッドのナイトガウンこの値段は覚えている。小学五年生の時二万円だった。ワコールの専門店で買った。平均より背の高い私でしたが、ずっしりと重かった。何か買って帰る度父は母にしかられていた。ガウンに関しては私も困っていた。肩から風邪をひくからと、ガウンを着て寝るよう父に言われていたからだ。窮屈で眠れなかった。扁桃腺にいたっては、市内の病院を制覇していた。どこにいっても腫れた所に薬を塗るか、飲み薬をもらうか、なのだ。民間療法もさせられた。指の爪を針で刺すとゆう拷問だった。泣くほど痛かった。針を刺すじーさんが「泣くな!」と、偉そうに言っていたが、おたく何様?と思った。もちろんよくなる訳もなく、結局西洋医学にたよるしかなかく、私は手術する事になった。少し離れた大きな街で。耳鼻科専門の入院できるわりと大きな病院だった。10日ほどの入院で、母も病院内で一緒に過ごす事になった。入院当日、母が手続きをしている間、部屋に荷物を持って行くよう言われた。四人部屋だがおばさんが一人だけいるからと。部屋に入ると私のベッドらしき横で寝ているみたいだった。布団が膨らんでいたからだ。(しんどいのかな)静かに荷物を置いた。すると後ろから「また私のベッドで寝てる!」と怒った声がした。振り向くと、メガネをかけたおばさんが立っていた。と、同時におばさんのベッドから若いお兄さんが布団からガバッと起きてあわてて逃げたのだ。(び、びっくりした)するとおばさんが「あの子隣の部屋に入院してる子で私におばさん好きだ。おばさん好きだ。って言い寄ってくるのよ」(好きな人におばさんて)私は黙ったままだった。「私二人子供がいるのよぉ」とおばさんと言っても三十代前半だったと思う。そしてベッドに潜り込んでいた男の人は18才だとか。地元の自衛隊にいると。おばさんがいないすきを狙って布団に潜り込んで困ると言っていた。「あの子今日香水ふって来てる!この前臭いっていったからだわ!」どのみち臭いらしい。彼も一応気を使っている。始めての入院でドキドキしてるのに、結構なハプニングだった。隣の部屋には若いお兄さん達がいた。ベッドの頭の所にすごく大きなラジカセを置いていた、少し格好つけた人、この人も自衛隊の人。20才くらい。あと松田優作みたいなカーリーヘアでブラウンのメガネをかけ少しぽっちゃりした人。25才くらい。「ぼくの事くまさんて呼んで。ニックネームなんだ」笑うと八重歯が一本見える。あと変態さん、彼とはしゃべった事がなかった。さて、手術の日。私の場合は歯医者みたいに座っての手術だった。座ると目隠しのタオルが目の前に来た。「子供は怖がるから目隠しするんだ」と先生がいった。口を開け局部麻酔をした。「うっ!」強烈に痛い。「頼む!こらえてくれ」と先生が言うので私は両足を踏ん張った。手術中は咳も出れば、嘔吐もする。喉をつつかれるからだ。手術も終わり目隠しをはずされた時にはもー先生の姿はなく、「顔が血だらけだぁ」と言いながら、メガネを外して顔を洗っていた。歩いて病室に帰ると、父や父のお兄さん私のおじさんもいた。唾を飲み込めないので、横向きに寝て受け皿によだれとゆうか、血をだらだら出していた。おじさんが何度も口を拭いてくれた。私は(手術耐えたぞ)と思う達成感と共に痛みに耐えていた。




