母の家出
お店をするにあたり、きちんと分担や役割を話ていなかったのか、母はダンプを売って、店を買って自分が店をしたら父が昼間働いてくれると思っていたのか、父に毎日働くように言った。しかし夜になると、それなりに送迎もすれば、どこかで酒を呑んだり、呑んでいても帰ってきて送迎したり、閉店後は店から車で三分ほどの家に母やホステスを送ったりしていたのだから昼間は働けないと思う。たちまち自分も起きてお弁当を作れるはずもないのに母は闇雲に働くよう父に言っていた。それが気にくわない父は誰のお陰で店が持てているのだ。といい、そのあたりがケンカの原因のひとつでもあっ
た。母はケンカをすると、私をつれて家出をする。いつも夜、店を閉めた後、ちゃんとが飲み歩いている間に、隣町からタクシーを呼んで。家に一人いる私に電話がかかり、道路まで出なさいと、そして私も乗って行く。行き先は母の次男夫婦の借家。車で二十分ほどの所でした。そこで二日もしたら
父が迎えに来て帰る。それがだいたいのパターンだった。次男夫婦の子供は長女、長男、次女といました。長女と長男は年子でしたが、365日離れていなかったのです。たまにそんな人を聞きます。出産後二ヶ月空かずに妊娠する人が、しかし昔の事なので、適当に一学年あけてくれたそうです。出生届けの日にちを改ざんするのです。次女は私より三才下だった。ほんとのお姉さんより年が近かったたので、私の事をほんとの姉のようにしたっていた。ある日その子から「くーちゃん、泊まりに来て」といわれ私は行った。行くと何やら不穏な空気。小さないとこは「お父ちゃんらとお姉ちゃんがケンカしとる」怖かったから私を呼んだのか。お姉ちゃんは高校生。私達はお姉ちゃんと同じ部屋に入れられお姉ちゃんの見張りをするよう言われた。ソワソワしていたお姉ちゃんが「くるみお金持っとる?」「うん」「500円貸して!」と言って窓から逃げた。高校生でありながら不倫をし、その男と駅まで逃げるタクシー代だった。その後お姉さんからは何年も連絡がなかった。父は母の次男を嫌っていた。まず母の兄弟の中で一人自分との結婚を反対した事を(何様だ!)とか他にもいも気に入らなったらしい。そのひとつは夫婦でパチンコをする事も、生活も楽でもないのに。父は賭け事がキライだった。「あれで儲かるんだったら、とっくにわしがやっとる!」とか「あれだけの設備を維持するのにどれだけ金がいるか、その金はどこからでるのか」などと、私に唱えていた。ある日珍しく次男夫婦がうちにやって来た。父の留守中に、母は米を持たせた。その時父が帰って来た!「米を隠せ!」すると、おばさんがうちのくみとり式のトイレにザーっと流し落とした。そこを父は見た。二人は逃げ帰った。父の酒を呑む時の愚痴がひとつ増えた。一部始終を見た私はおそろしいほどの身震いを感じた。おばさんは50才くらいで亡くなった。おじさんは80才前で亡くなったが、ずっと病気だった。三人の子供からは見放され、保護を受けて一生を終えた。しかし父はおばさんが亡くなった時に、仏壇や墓の購入、おじさんにの生活にも、いろいろ面倒をみてあげていました。




