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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第三巻
50/51

とある奴隷の売買事情

 正体不明の破落戸どもを痛めつけた後、俺は大急ぎで宿屋に帰った。

 色々あって遅くなってしまった事もあって、アマーリアは既に部屋で待機していた。

「お帰りなさいませ、ウート様。おや? その子は・・・・・・」

「アマーリア、済まないがこの子を診てやってくれないか。全身に傷があって、衰弱しているんだ」

 俺は部屋に帰るなりその子をベッドに寝かせ、アマーリアに頼み込んだ。

 アマーリアは頷き、ベッドの傍らに歩み寄ってその子の頭をポフっと撫でたかと思うと、『治癒ヒール』を唱えて傷を癒やしてくれる。

 流石に、すぐに毛は生えてこないので傷跡は残っていたが、あちこちに負っていた傷が塞がるのが見えて一安心する。

「大丈夫かな?」

「傷は塞がりましたが、容態まではちょっと・・・・・・」

「そ、そうだよな、すまない。気が動転しているようだ」

 俺はベッドに横たわったその姿を心配そうに見守りながら、その愛らしい姿を再度確認していく。

 まず特徴を挙げるとするなら、その三角の耳だろう。薄く柔らかで、産毛の触り心地も最高である。ずっと触っていたいくらいだ。

そして次に特徴的なのが、長くて細い尻尾である。今は力なく横たわっているが、時折ビクッと動いて、悪い夢と連動しているかのような動きを見せる。

そしてしなやかな全身は真っ黒な短い毛に覆われ、天鵞絨のような光沢を放っている。

細い手足にはぷにぷにとした肉球が付き、いつまでもぷにぷにしたい衝動に駆られる。

そして顔にはピンとした髭が生え、小さな逆三角形の鼻を時折ヒクヒクさせて寝入っている。今は閉じられているが、瞼を開けば美しく特徴的な瞳を見る事が出来るに違いない。

(うん、何処からどう見ても完璧な子猫だ。それもとびっきりの美猫だ。それをこんなに傷つけやがって、あんなやつら人間じゃねえ。ゴブリン以下だ、ゴブリン以下)

 俺は憤りがぶり返し、奴らを心の底から罵った。

 正直に言って猫は、この世で最も愛らしく美しい動物だと思う。

匹敵しうる存在なんて数えるほどしか存在しない。

もしこの世界一愛らしい生物を好まない人間がいるとすれば、それは人格が破綻しているか人間を止めているかのどちらかであると、俺は断言しても良い。

(まったく、あの程度で済ませるんじゃなかったな。せめて半殺しにはしておくんだったぜ)

 俺は幼気な子猫の寝姿を見ながら、どうしても抑えきれない怒りを、拳を握りしめながら耐えていた。

「ウート様、これから如何なさいますか?」

「そうだな、動かして問題無ければこの子を連れてメセルブルグの街に戻りたい。その前に、寒い場所に戻るから暖かくする必要が有るな。何かあったかな」

 俺は自分の荷物を漁ろうとするが、その前にアマーリアがショールを手渡してくれる。薄い生地で作られているが、大きい布なので何重にも巻けそうだ。

「いいのか?」

「ええ、構いません。」

 アマーリアの好意に礼を言ってショールを受け取り、早速子猫を包み込もうとしたそのとき、遠慮がちにドアがノックされる音がして俺はその動きを止めた。

 俺がドアに歩み寄ろうとすると、アマーリアは俺を制して代わりに応対に向かった。

 俺はその間にせっせと子猫をショールでくるみ、モコモコにする。これで何時でも帰る事が出来ると満足していると、応対に出たアマーリアが怪訝な顔で歩み寄ってきた。

「ウート様にお客様だそうです」

「俺に客? 今、ここでか? 碌に知り合いもいないというのに?」

 俺は困惑して首をかしげる。言ったように、全然心当たりが無いからだ。

「ええ、下でお待ちしていると宿の女将さんが伝えに来られました。正確には宿帳を書かれたゴードン様を呼びに来られたようですが、どうも様子が変でした」

「変とは、どんな風に?」

「切羽詰まっておられるような、誰かに怯えているような感じでしょうか」

「つまりは、誰かに脅されている。そんなところか」

「ええ、そう思いますわ」

 俺はなんとなく察しが付いて、ショールでモコモコにした状態で抱いた子猫を見た。この街で、宿の女将が怯えるような相手との関わり合いと言えば、この子絡み以外に心当たりは無かった。

「後でもつけられたかな、そんな気配はしなかったんだが」

「ゴードン様を呼びに来たのは、相手にはウート様の正体がわかっておらず、この部屋の借り主であるゴードン様のお名前を調べたと言う事でしょう」

 アマーリアの推測に、俺も同意する。この部屋を借りたのはゴードンで、俺達は宿帳に記入すらしていないからそれで間違えられた可能性が高い。

 俺達は元々泊まるつもりなど無かったので、この後宿屋を精算してからメセルブルグの街に帰るつもりだったのだが・・・・・・。

「どうも不味い気配がする。誤解を解かないとゴードンに迷惑を掛ける羽目になりそうだし、話を聞いて来る方が良いだろう」

「私は、如何致しましょうか?」

「そうだな・・・・・・」

(もし、相手の目的がこの子なら、俺を部屋から離した隙にこの部屋に忍び込むつもりかもしれないし、アマーリアに任せれば平気なんだろうけど、わざわざ危険な方法を取る必要も無いか)

 俺はそう判断し、アマーリアに指示を出す。

「悪いけど、一足先にこの子を連れて戻ってくれないか?」

「しかし、ウート様お一人で残していくのは心配です」

 アマーリアが真剣な顔で心配してくれるので、俺は思わず赤面してしまう。何とか誤魔化す手段を考え、咄嗟に思いついたのは手に入れたばかりの『魔剣』を呼び出す事だった。

「大丈夫だ。来い! “童貞丸”!!!」

 何も無い空間に手を翳し、メセルブルグにある自分の部屋の片隅に放置している『魔剣』を呼び出す。『魔剣』の使い手は、いついかなる時でも所持する『魔剣』を手元によびよせる事が出来るのだ。

 ドヤ顔で待つ俺の手元に、どういう訳か『魔剣』は現れなかった。

(クソ、サートてめぇ、無視するつもりか!)

 思念の繋がる『魔剣』に怒りの意思を飛ばすと、予想外の答えが返ってきた。

(ブウウウウウ! マスター横暴だ! パワハラだ! 『魔剣』差別だ! 差別主義者レイシストだ! 変な銘を付けて部屋の片隅に寂しく放置するなんて、これでもワタクシは由緒正しい『魔剣』なんですからね! 待遇改善を要求しますぅ)

 等という、完全にふて腐れた態度である。

どうやら『魔剣』を前代のマスターから解放したときに使用した様々な知識を、こいつは色々と取り込んだあげく人格すら変貌させている気がしてならない。元は男口調だった気がするが、今はどちらかというと女性っぽい。まさか『魔剣』解放のショックでトランスジェンダーを起こしてしまったとでもいうのだろうか?

(違いますよマスター! 何てこと考えているんですか、サートは元々こんななんです! 前の時はちょっと、前代マスターに乗っ取られ気味だったというか、元のマスターだけじゃなくて、次々に変わるマスターが何故か皆同じような童貞で、女嫌いでイケメン嫌いの人ばかりで、いつの間にかあんな風になっていただけですよ)

 まあ、世の中充実したイケメンより童貞変態醜男探す方が楽だからな、単なる確率論と類友と言う奴だろう。つまりはこいつも類に入るに違いない。

(また失礼な事考えてますね? マスターは私に冷たすぎますよ、意地悪ですよ、酷すぎですよ。と言う訳でワタクシしばらく職務放棄ストライキさせて頂きますので)

 そう言って事もあろうに思念を切ろうとしやがるが、そうは問屋が卸さない。

(ほう、そっちがそのつもりならこっちにも考えがある。溶岩の海に放り込むか、おもりを付けて深海に沈めるか、バラバラにして馬の蹄鉄に変えるか。やはり資源を有効利用するなら、この案が良いか・・・・・・)

(ハイ! マスター喜んで参ります! サートはマスターの忠実なる下僕でございますですよ!!!)

 言い終わるやいなや、俺の手の中には『魔剣』が握られている。因みに、思念でのやり取りなので俺が呼んでからサートが現れるまで一秒も掛かっていない。呼び寄せに成功し俺はホッと腕を下ろした。

「“ドウてぃまる”と言うんですね、どう言う意味があるのでしょう」

「えっと・・・・・・」

(・・・・・・)

 アマーリアの質問に俺は言いよどみ、サートがふて腐れたような沈黙の反応を返す。俺は自分で付けた『魔剣』の銘を、日本語のままで発音していた為、アマーリアにとっては聞き慣れない日本語の音の響きのまま聞こえたらしい。

「ああ、“童貞丸”だ。俺の昔居たところではこの型の剣、日本刀と言うんだが、名前を付けるときには特定の様式美があるんだ。つまり末尾に“丸”を付けるんだが、真の意味は前半に込められている」

「“ドウてぃ”にはどんな意味が込められているのですか?」

(・・・・・・・・・・・・)

「“童貞”とはつまりあれだ」

 ひっきりなしに送られてくるサートからのプレッシャーに、やや辟易しながらもアマーリアが納得するような意味を考える。

「“童貞”とは、聖なる戦士を表す称号なんだ。長年の厳しい禁欲に耐え、修行にその生涯を捧げて偉大なる頂に至る。こいつの元のマスターは、その称号に相応しい人物だった。それに敬意を払って付けた銘だよ」

「まあ、そうなのですね。素敵ですわ」

(そんな馬鹿なああ!!!)

 サートがなにやら叫んでいたが、アマーリアに熱く見つめられて悪い気はしない。それに別段嘘は言っていない、童貞も極めれば大賢者に至ると聞いている。

「『魔剣』があるなら、確かに安心ですわね。それを振るわれたら私でも太刀打ちできませんから、この街にウート様を傷つけることができる者などいないでしょう」

 アマーリアは、多少畏怖の籠もった熱っぽい視線で俺を見た。

「惚れたか?」

「いいえ」

 あっさりと否定されて、俺は内心の動揺を抑えきれなかった。しかしどこかで納得する自分がいる事も自覚している。

(ですよね~、ははは・・・・・・)

 動揺を抑えるために内心で道化を演じようとするが、上手くいかない。想像以上にショックを受けているようだ。きっと、顔も引き攣っている事だろう。だが、アマーリアは満面の笑顔を浮かべ、続きの言葉を紡いできた。

「惚れ“直し”ました」

 不意を突かれた俺は、先ほど以上に顔を真っ赤に火照らせて動揺し、まるで初心うぶな少年のように顔を赤らめ、顔の火照りを誤魔化すように手で風を送る。情けない話だが、恋愛経験に乏しすぎ、褒められたり好意を示されているのに慣れていないのだ。

 そんな俺の様子に、アマーリアはクスクスと笑い声を上げている。まったく、いつの間にこんな駆け引きを覚えたというのか油断も隙もない。

 俺は、照れを隠すために強引に話を進めるしかなかった。

「じゃあ、その子を連れて一度街に戻ってくれ。俺は客とやらに会ってくるよ」

「かしこまりました」

 アマーリアが子猫を抱えて『転移テレポート』するのを見届けてから、俺は『魔剣』“童貞丸”を手に部屋を出て、客が待つというこの宿の一階に向かう。

 この宿の一階は簡単な食事が取れる食堂になっており、二階の部屋から廊下を通って階段を降りようとすると、階段は直接その食堂に繋がっているため、降りている途中でフロアの様子を見て取る事が出来る。

 通常であれば四人程度が座れる丸いテーブルが四つほど並べられている室内に、今は中央に一つだけ丸テーブルが置かれ、それ以外は隅に片付けられている。

 丸テーブルには向かい合わせに椅子がセットされ、それ以外はテーブルと同様に隅に片付けられているようだ。

 テーブルの向こう側には十人程の男達が立ち、ゆっくり降りてくる俺を見て険呑な視線を投げかけてくる。よく見ればその中の数人は俺と路地でやり合った破落戸達であり、体中のあちらこちらに巻いた包帯から血をにじませている。

 さっきは居なかったメンバーもおり、その中でも中心に立つがっちりとした体格の目つきの鋭い男が、ふてぶてしい面構えで俺の方を値踏みするように見ていた。

 そんな男達の中にあって、一人違った空気を纏う男が少し離れた位置から冷静な表情で俺の様子を伺っている。

 漂わせる空気は優秀な実務官僚といった風情で、見るからに仕事が出来そうな男である。やや神経質そうに眉間に皺を寄せ、俺の様子から有利な情報を引き出そうとでもいうかのようにこちらを観察している。

(不思議な組み合わせだが、いったいどういう関係なんだ?)

 俺はそんな感想を抱きながら恐れる様子もなく、階段を降りきり、フロアに足を踏み入れる。男達の内、傷を負った者は後ずさり、それ以外の男達がいきり立つように前に出ようとするのを中心に立つ男が手を上げて制した。

 俺はゆっくりと一同を睨め付け、中心人物と見られる二人の内どちらが交渉相手になるのか確認する必要を感じた。

「やれやれ、こんな時間に訪ねて来るとは礼儀を知らない方達だ。それでいったい何のようかな?」

 俺は特段挑発するでもなく、淡々と、しかしそれでいてはっきりとわかる困惑を滲ませ、用件を問うた。しかし相手にしてみれば、その姿はとぼけた態度に見えたのだろう、怒りを滲ませつつ怒鳴り声を上げた。

「てんめぇ、しらを切るつもりか!? さっさと俺達から奪った商品モノを返しやがれ!」

 声を上げたのは、路地で俺に返り討ちに遭った時も先頭に立って絡んできた男だった。あれだけの目に遭いながら向かってこられるとは、なかなか根性の座った男である。

だが、中心に立つリーダー格の男は、勝手に騒いだその男の事が気に入らなかったらしく、低い声で凄むように「黙れ」と言って、その男を制した。

 そして、ジロっと俺を睨み付けてから、もう一人の官僚風の男に視線を送り、促すように顎をしゃくった。

 それを受けて官僚風の男が前に歩み出て、逆にその他の男達は促されて壁際に下がる。どうやら交渉相手はこの男が務めるらしい。

「初めまして、ゴードンさん。私はマーレーガ商人組合マーチャントギルドで世話役のような事をやっております、ラマナ・マーハルジと申します。どうかお見知りおき下さい」

 ラマナと名乗ったその男は、丁寧に腰を折って自己紹介をしてくる。その物腰は丁寧で好感の持てるものであったが、こちらの名前を勘違いしているのが致命的である。さらに、俺としては名乗ってもいないのに名前を決めつけられるのは、まるで「お前の正体は調査済みだ」と脅しているつもりなのかと疑いたくなる気持ちになる。

 だが、ゴードン名が知られてしまっている以上、最初から力尽くでの解決を図るのは憚られた。そして、相手が交渉による解決を図ろうとしてきた以上、その意図を確認しておきたい気持ちもあり、俺はラマナと名乗った男に向き直った。

「ご丁寧にどうも、まず訂正しておきたいんだが俺の名はゴードンじゃあ無い。ウート・ヴォージオンだ」

 俺の言葉にラマナは怪訝な顔をして真意を確認するように俺の表情を読もうとするが、俺には特段相手をたばかるような意思はなく、その瞳を平然と見返してやった。

「これは失礼いたしました。失礼ですが宿のご主人よりお部屋の借り主のお名前を伺っておりまして、勘違い致しておりました」

「ああ、ゴードンは友人でな、先に部屋を押さえて貰ったんだ。連れが後から来る事は伝えているはずだから、確認して貰っていい」

 俺の言葉を確認するためだろう、後ろに控えていた男達の内の一人が奥へと消える。

「それで? マーレーガ商人組合マーチャントギルドが俺に何の用だ? あまり柄の良くないお友達も一緒のようだが」

「お騒がせして申し訳ない。ですが、彼らから商品を強奪されたと訴えがありましたので、なにか誤解が生じているのかもしれませんし、出来ましたら少しお話をさせていただきたいのです」

 ラマナと名乗った男はあくまで丁寧な物腰を崩さず、事を荒立てるつもりはないようだった。

「こんなに大勢を引き連れて来てお話・・・・・・か、殴り込みの間違いじゃないのか?」

「彼らはあくまでも立会人とお考え下さい。お話の結果がどうあれ、私の目の前で手を出す事はさせません。もしそんな事を許したらマーレーガ商人組合マーチャントギルドの信用に関わる問題となりますから、彼らにはこの街から消えて貰う事になります」

 物腰は丁寧だが、内容は辛辣であり気負ったところもない。ただ事実を淡々と告げただけ、そういった口調だった。そして言われた方の柄の悪い男達は、リーダー格の男を除き居心地が悪そうに身じろぎした。どうやらその言葉に偽りがないだけの実力をマーレーガ商人組合マーチャントギルドは秘めているようだ。

「どうか、お座り下さい」

 ラマナは正面の椅子を俺に指し示し、自らは反対の席に着くつもりのようだ。

俺はこの時点でラマナの話を聞く気になっており、示された椅子に向かう。手に持った“童貞丸” をテーブルに立てかけ、椅子を引いて腰掛けた。

 俺が立てかけた“童貞丸”が気になるのか、じっと視線を注いでいたラマナだったが、結局口に出しては何も言わず、俺が席に着くのを見届けてからラマナも腰を下ろし、俺達はテーブルを挟んで向かい合う事になった。

「時間も時間ですし、あまり長くお時間を取らせても申し訳ありませんので単刀直入にお聞きしたいのですが、彼らからあなたに商品を奪われた。との訴えが当方にありまして、確認のためにお伺いした次第です。お心当たりはございませんか?」

「さてねえ、俺は暗がりで弱っていた幼気な小動物を保護しただけで、商品を奪ったと言われてもさっぱり心当たりはないな」

「その幼気な小動物が彼らの言う商品なのです。どうでしょうウートさん、ここは穏便にご返却いただけないでしょうか? ウートさんも事情を知らずにやった事でしょうし、ここでご返却いただけるなら、特段問題となるような事にはならないかと思うのですが」

 ラマナは俺を説得するために、丁寧な口調で懇願するように語りかけてくる。だが俺とて易々と引き下がるわけにはいかないのだ。一度保護した以上、それなりの責任というものがある。ここで見捨てるなど、捨て猫を拾っておきながら再び捨てに行くような行為ではないか。

「なるほど、では問いたいのだが何をもって俺が保護した小動物が彼らのものだと証明するつもりなんだ? あんな柄の悪い連中の言葉を、素直に信用しろと言うつもりではないだろうな。口では何とでも言う事が出来る、旅行者を集団で騙す手口ではないとどう証明するつもりなんだ?」

 俺の辛辣とも言える言葉にも、ラマナは特段顔色を変えたりせずに応対している。この質問も、予め予期していたと言わんばかりの余裕の表情である。

「それならば問題なく証明する方法があります。彼らが言うにはその商品には、自力では絶対に外せない魔法の首輪を掛けているとの事です。我々の前に連れて来ていただければ、それを目前で外してご覧に入れます。どうかそれで我々を信用していただきたい」

「ふむ、それなら確かに証明になるかもしれないな。もう少し詳しく教えてくれないか、それはどんなアイテムなんだ?」

 俺はそれがどんなアイテムなのか大凡の所を理解していたが、交渉の糸口を掴むために相手の口から情報を引き出そうと試みた。

「申し訳ありませんが、その点については私も概要しか聞かされておりませんので、先ほど話した情報以外は詳しくお話しする事が出来ません」

「話せない、ね。本当は何かを隠しているんじゃないのか? 信用を得たいのなら、包み隠さず話すべきではないかと思うのだが」

「そんなつもりは無いのですが・・・・・・、誤解を生じさせたままでは信用していただけないというのは解ります」

 ラマナは少し思案している様子だったが、すぐにこちらを真っ直ぐ見つめて言葉を発し始めた。

「それではその点については、詳しい者に話をさせたいと思います。それでご納得いただけたなら、その商品をご返却いただきたい」

 ラマナはそう言って後ろを振り返り、背後に控えるふてぶてしい面構えをしてこちらを睨み付けているリーダー格の男に声を掛けた。

「バグワンさん、聞いていたとおりだ。君たちが商品に付けた目印となる首輪の特徴を説明していただきたい」

 バグワンと呼ばれた男は、下がっていた壁際からラマナの少し後ろまで歩み寄り、ふてぶてしい面構えのまま、懐から赤銅色をした紐のような物を取り出す。よく見るとそれは細い鎖で、垂れ下がった先には尖った分銅のような物がついている。

「コイツは『従属の鎖』つぅ魔法の道具マジックアイテムだ。俺達の商品モノに付けた『隷属の首輪』つぅ魔法の道具マジックアイテムと対になってる。俺達は大事な商品モノを逃がさないために、高額でやりとりされる可能性がある奴にゃあコイツを使うのよ。『隷属の首輪』を付けられた相手が、対になるコイツから離れようとすると、自動的に拘束魔法が発動して対象を縛り付ける優れものさ。しかもその時には、懲罰として地獄の苦しみを味わう事になるらしいぜ。しかも、『隷属の首輪』は自分じゃ絶対に外せねぇ、外すにもコイツが必要なんでな。だから俺達から逃げようとしたり、連れ出そうとしたって無駄に苦しませるだけなんだよ」

 男は自信たっぷりに語り、トドメとばかりにニヤリと笑って宣言する。

「コイツには他にも使い道があるんだよ」

「使い道?」

「ああ、逃げた奴隷をすぐに見つけ出すため、対になる『隷属の首輪』を見つけ出すって使い道がよぉ。すぐにお前が言い逃れできないだけの証拠を見せつけてやるぜ、『鎖よ探せ(ファインド・チェイン)』」

 男は突如鎖を眼前に高く掲げ、呪文のようなものを唱える。鎖はそれに答えて全体から魔法の光をうっすらと発したかと思うと、まるで生き物のように尖った分銅の部分が持ち上がり、フラフラと切っ先を振るわせ何かを探すかのように不気味に震え蠢いた。

見ている内に、それは何かを確信したかのようなハッキリとした動きに代わり、鎖がピンと伸びたかと思うと、一直線に俺を指し示した。正確には俺の腰に付けていたポーチを、である。

(あんなアイテムがあったのか、どうりで奴らがこんなに早くここを見つけ出せたはずだ。幸い、首輪は俺のポーチの中だからあの子猫を特定する手段には使えないが、俺がこれを持っているとなると知らぬ存ぜぬで言い逃れるのは難しいか・・・・・・。っち、とっとと捨てておけば良かったぜ。拾ったという事にしてもいいが、あまりにも不自然すぎるし疑われるだろうな。どうしたものか)

 事態が余りに唐突すぎたせいで、咄嗟に妙案は浮かばない。

 この場を力尽くで乗り切る手も無くは無いが、いくら何でも相手を殺すわけにはいかないし、自分の名前だけならまだしもゴードンの名前まで知られているとあっては、手段としては最悪の部類に入るだろう。それに、今後の事を考えるとこの街で悪名を響かせるわけにはいかないと言う思いもある。

特に、仲介に入っているラマナに悪印象を与える事は、今後の事業に多大な悪影響を与える可能性がある。信頼を築くためには多大な時間を要するが、信頼さえ無い内に不信を植え付けるなど愚の骨頂と言わねばならない。

 俺がすべきことはこの場を円満に納め、加えてラマナに好印象を与える事、それが無理でも不信を抱かせないように立ち回る事であろう。

「これでどこに隠していても一目瞭然だぜ。おめえが知らねぇって言うなら、コイツでこの宿を調べても文句は言わねぇよなあ?」

 バグワンはニヤリと不敵に笑い、勝ち誇ったようなドヤ顔をかましているが、その鎖の分銅が俺を指し示している事の意味を理解してはいないようだった。

 俺は様々な理由からシラを切るのを諦め、正攻法の交渉で切り抜ける事を目指す事にした。簡単に言えば、金銭的解決を目指す事に決めた。

「いいや、そんな無駄な事につきあう気は無いね」

 俺は言い捨てると、ポーチを漁って放り込んでおいた『隷属の首輪』を取り出す。それを掴むと無造作にテーブルの上に放り投げた。

 それに反応してバグワンの持つ『従属の鎖』は、分銅の尖った先端を机の上に放り投げられた首輪にぴたりと向けた。誰がどう見ても、それの意味するところは明確だ。

「な・・・・・・んだと、いったいどうやってコイツを・・・・・・」

 バグワンは驚くが、俺は説明を省くために部屋にいくつもの魔法の光を発生させ部屋を光で埋め尽くした後、すぐにそれを打ち消した。

「魔術師・・・・・・。だと!?」

 バグワン達はそれを見て一瞬で気づいたらしい、全員が俺と距離を置くように身じろぎした。

「一度痛い目に遭わせているはずだが、気がつかなかったのか?」

 俺は肩を竦めつつ、威圧するような視線を向けた。後ろに立つ男達の内、傷を負った男達が思い出したかのようにさらに一歩遠ざかる。

「怖がらなくても平気だ。急に“蛙”に変えるような事はしないさ」

 俺は出来るだけあっさりと、何でも無い事のように告げる。そこには、言外に「簡単に出来る」という意味を滲ませ、彼らを威圧する意思が込められている。

 実のところを言うと、魔術にそんな便利な魔法は無い。少なくとも俺は知らなかった。だが、その言葉が持つ意味を反芻した男達がそれを知っているかと言えばそうでは無い。彼らは今にも逃げしそうなほど顔面を蒼白にさせ、壁際ギリギリまで下がってしまった。もしきっかけさえ与えれば、一目散に逃走してしまうのは誰の目にも明らかだった。

 しかし、対面に座るラマナは真偽の程を見抜いているのか、俺の言葉に動じる様子も無くこちらを観察している。俺は悪戯を見抜かれた子供のように恥ずかしくなった。

「あなたは不思議な人だ。剣を持って現れ、剣士なのかと思いきや魔術を使う。いったい何者なのです?」

 ラマナは理解し難いと言う風に額に皺を寄せ、答えを求めて俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。俺としてもこの男の信頼を勝ち取る必要を感じており、真っ直ぐに向き直って見つめ返す。

「実を言うと、魔術師も本職じゃあ無いんだ。言うなれば俺の護身を兼ねた趣味みたいなもので、この剣も偶然手に入れた護身用だな。なんせ物騒な世の中だ、この間もどこかの馬鹿王子に絡まれて死ぬような目に遭ったばかりだ」

 俺は何気なく話題にしただけだったが、ラマナは一瞬驚いたような顔を見せて咳払いと共にそれを誤魔化し、先を促してくる。俺は何に驚いたのか気になったが、とりあえず話を先に進める事にした。

「俺の本業は、酒場の親父なんだ。それに関連して商売なんかもやっていたりするが、この街に来たのも商売のための下調べのつもりで来ただけでね。そろそろ帰ろうとしていたんだが、ガラの悪い連中につき纏われて往生しているって訳だ」

「とてもそうは見えませんが・・・・・・」

 ラマナとしては、俺の言っている事が何処まで真実なのか見極めきれないのか、眉間に皺を作りながら俺の話を聞いている。

「俺としてはこれ以上、事を荒立てるつもりは無い。だが、知らぬ事とは言え奴らの言う商品に手を出してしまったのは間違いないようだ。ただ、奴らにあの子を返すような真似はしたくない、扱いが酷すぎるからな。そこでだ、俺としてはあの子を買い取りたいと思うんだが、仲介を頼めないだろうか?」

「仲介、ですか?」

 ラマナは俺の提案に腕を組んで考え込む様子を見せ、俺の提案を吟味しているようだった。しかしそれを横で聞いていたバグワンはその提案が気に入らなかったのか、歯をむき出しにして強い口調で横やりを入れてくる。

「商品を返さずに買い取らせろなんて無茶な要求が罷り通って堪るもんか、駄目に決まってんだろうが」

「バグワンさん、それはもう交渉しないという事で良ろしいか? それなら私はここで帰らせていただくが」

 ラマナはバグワンの横やりが気に入らなかったのか顔を顰め、目を細め口調は丁寧ながら突き放つ様に言った。

「なんだと! コイツは俺達の商品モノを持ち去った盗人だぞ、そいつを取り戻すために交渉するのがてめぇの仕事だろうが」

「勘違いして貰っては困りますな。私の仕事はこの街で起こる商取引に関する揉め事の仲裁であって、盗人の逮捕や商品の奪還ではありません。ここにこうして出向いてきたのも、この街に商取引を求めて来られたゴードンさんが、無用な誤解でトラブルに巻き込まれるのを防ぎ、この街の商業の発展のために新たな取引相手となって欲しいとの思いからです。いくつかの誤解からその思惑は当たっておりませんでしたが、ウートさんが提案した交渉を拒絶すると言うのであれば仲介役としての私はもう不要でしょう。後は当人同士話し合うなり、衛士に訴えるなりして下さい。私共商人組合マーチャントギルドは一切関知いたしません。ただし、町中で争うような事をすれば、双方共に二度とこの街で商売は出来ないと心得ていただきましょう」

 そう言い切ったラマナは席を立ち歩み去ろうとする様子を見せたが、それはさすがに拙いとわかっているのか、バグワンは慌ててそれを止めにかかった。

「待て、悪かった、さっきの言葉は撤回する。だが、奴は商品モノを買い取るとか抜かしやがるが、到底奴に払える額とは思えねえ。不利な交渉を力で無理矢理押しつけられる可能性が高いじゃねえか、それを仲裁するのはてめぇらの仕事の領分だろう」

 流石にマーレーガの奴隷商人達をまとめているだけあって、バグワンは形勢不利と見るや理路整然とラマナを引き留めにかかる。俺が端から聞いていても、その主張は真っ当なもので、ラマナも立ち止まらざるを得なかった。

「そっちこそ、商品の値段を法外にふっかけるつもりじゃあるまいな? まともな値段なら払っても、そうで無いならお断りだぜ」

 俺としても、ラマナに去られてはまともな交渉になるとは思えないので、交渉を規定路線としつつも懸念事項を使ってバグワンをあおる。交渉による解決であれば仲裁せざるを得ないラマナは、やれやれといった表情をしつつも再び席に着いた。

「双方が金銭による解決に異存が無いのであれば、私としても仲介するのに異存はありません。バグワンさんも席についていただけますか」

 ラマナは自分の席を横へ移動し、俺の対面にもう一つ椅子を用意させると、そこにバグワンを座らせる。ラマナ自身は二人の中間地点に陣取り、文字通り交渉を仲裁するつもりのようだった。

「バグワンさん、あなた方の希望価格をその根拠と共に示して下さい。それが妥当な値段か協議し、それを元にウートさんが支払い可能か議論しましょう。もし折り合いが付かないようなら、我が商人組合は商品の所有権をバグワンさんにあると認めますので、ウートさんにも返還を求めます。もし、それらの条件を履行していただけないようなら、我々マーレーガ商人組合マーチャントギルドは以後、ウートさん並びにゴードンさんとの一切の商取引を行わない事を宣言します。また、我々とおつきあいのある全ての商人にもその旨を伝達いたしますので、そのおつもりで」

 ラマナが俺に告げてきた条件は、俺が思っていたものよりも厳しいものであった。交渉が纏まらなければ幼気なあの子を奴らに引き渡すか、さもなければ俺やゴードンとの取引を今後一切行わないばかりか、その旨を他の商人達にも広め俺達の信用を失墜させるという宣言である。

 俺だけで無くゴードンも含まれている辺りがえげつないというか、商人らしい強かさと言うべきだろうか、短時間でこちらの弱点を見抜かれている気がしてならなかった。

 今ここで交渉を取り止めたとしても、信用を失うという事実に変わりは無く、事態は好転しない。ここはなんとか交渉を取り纏め、全てを丸く収める必要があった。

「ああ、良いだろう。たかだか子猫一匹ぐらい余裕で買い取ってやるさ」

「たかだか子猫一匹だと? そうやってシラを切ったところで、俺達は値段を下げたりはしねぇぞ。大体あれはマテラッツィ商会を通じてカストラカーニ商会に売り捌く段取りが殆ど出来上がっていたんだぜ、それも金貨三十枚というとてつもない値段でだ。てめえにそれが払えるわきゃねぇんだよ」

 俺の余裕をせせら笑うように、虚勢を張っているのか獰猛に歯をむき出し掴み掛からん勢いで捲し立てるバグワンは、俺にとっても無視の出来ない二つの商会の名前を出し、さらに法外とも言える金額を持ち出してくる。

レーゼンハイム王国を牛耳る四大商会の名前を出せば俺が躊躇し、その金額に妥当性を感じるとでも考えたのだとしたら、それは浅はかというものである。

「金貨三十枚だと? 大ボラ吹くのもいい加減にしろよ。人間の奴隷でも高くて金貨十枚程度だと聞いているぞ、それの三倍とは吹っ掛けるにも程があるだろう」

「っち、白々しい真似を、てめえもアレが“ミケイア”だと知って掻っ攫ったんだろうが。払えねぇならサッサと引き渡しやがれ、なにもこっちはてめぇに買って貰おうなんざ思っていないんだからよぉ」

 バグワンはあくまで強気に言い切り、腕を組んで踏ん反り返る。

「ウートさん、値段に関して言えばバグワンの主張はもっともだと思われます。それどころか破格なほどに安い。なんと言っても“ミケイア”は神獣の末裔とされる種族ですからね、正真正銘の“ミケイア”なのであれば、過去の記録では金貨百枚を超える事すらあったと聞き及びますから」

 仲介と言いつつ完全に敵に回ってしまったのか、ラマナはバグワン寄りの発言を行い、俺は内心焦りを覚えていた。それでも交渉を有利に運ぶために、相手が主張する価値に対する疑問を呈した。

「つまりあれか、正真正銘の本物なら金貨百枚の値段が付くものが金貨三十枚でやりとりされているという事は、その正体に疑義が付く何かがあるという事なんだろう。簡単に言えば偽物とかな」

「だとしても、てめぇに売るために付けた値段じゃねえ。文句があるならとっとと返せ!」

 バグワンは拳をテーブルに叩きつけ、恫喝するように凄んで見せたが俺はそれを苦も無く受け流した。その態度が虚勢でしかない事は、俺が魔術師であることを知ったときの態度で明らかだ。こんな態度に出られるのも、第三者が絡んだ交渉の場で俺が手出しできない事を知っているからなのだろう。

 それよりも気になるのは、交渉において金額を吊り上げるような真似をせず一貫して返還を求めてくるその対応である。

多分、バグワンはそんな大金を俺が支払えるとは思っておらず、交渉するつもりもないのだろう。そして、金貨三十枚という金額はカストラカーニ商会と交渉していたリアルな金額で、目下失われようとしている損失の額というわけである。

 真偽の程はともかくとして、あの子猫が神獣の末裔“ミケイア”という種族として扱われており、バグワンだけではなくカストラカーニ商会も金貨三十枚を出すだけの価値を認めていたとなると、その金額を交渉で下げる事は不可能に近いと思わざるを得なかった。

 なぜなら先ほどからバグワンの態度が示している通り、彼らは俺から商品を取り返す事でそれだけの利益を得られると信じており、俺を交渉相手と思えない程、それを信じ込んでいるからである。

(これは話にならないな。払うか、払わないかの二択しかないわけか、返すなんて選択肢は端から選ぶつもりも無いしな)

 俺はこの時点で相手の要求する額を払うつもりになっていた、だが問題がある。さすがに金貨三十枚もの現金は持ち合わせていないのである。

(取って来るから待っててくれなんて、流石に通用しないよなあ。それに金貨三十枚ともなれば、俺の手持ち現金をほとんど吐き出すことになるし、そうなると色々と弊害がある。となると、あれを出すしかないわけだが、まだ南方大陸での流通状況を確認できていないのが問題だな)

 俺はチラリとラマナを見る。先ほどから、交渉ではバグワンの肩を持つ言動をしているように思えるが、それでもこの場で頼れるのはこの男しかいなかった。

「どうやら金額に変更の余地はないようだ。となると、あの子猫を手に入れるには金貨三十枚を支払うしかない訳だが、そこで一つ問題がある」

 俺が支払いを宣言したことにバグワンもラマナも驚きの表情を見せるが、バグワンはそれをハッタリだと思ったのだろう、露骨な嘲りの表情を浮かべて鼻を鳴らすしぐさを見せた。一方のラマナも続く言葉を計りかね、問いかけるような表情を見せた。

「さすがにラーマ金貨――南方大陸で主に流通する金貨――三十枚の手持ちが無いのでね、両替をお願いしたい」

「両替、ですか。しかしこの街では北方の金貨もそのまま使用する事は可能ですよ、交換比率はご存知ですか?」

「知ってはいるが、生憎と北方の金貨もそれだけの持ち合わせは無い。だからこれを両替してもらえないだろうか」

 俺はポーチから小さな皮袋を取り出し、斜め前に座るラマナの方へ置いて中を確認するように促した。

ラマナは小さな皮袋を困惑の表情で持ち上げると、口を縛っていた革紐を解いて中を一度確認する素振りを見せ、それからギョッとしたように目を凝らして再度中を確認する。それから恐る恐る手を皮袋の中に差し入れ、一枚を取り出した。

取り出された大きな金貨は表面に曇りひとつなく、作られたその時の状態を保って室内の明かりを反射し、見る者を魅了する黄金独自の輝きを放っている。

作られた時代は解らないが、本体に掛けられた“永続化”の魔法により永遠にその姿を保ち続けるこの世界の富の象徴とも呼べるような金貨である。

「まさかそんな・・・・・・。『誓約の金貨』なのですか、これ全部?」

 俺がラマナに渡した皮袋には、小分けした『マシュタップ大金貨』が五枚ほど入っている。こんな時のために所持している非常用の資金である。

 非常に価値の高い金貨だが、様々な理由から使いどころが難しい金貨であり、この世界で出回っている小金貨の価値が大体百万円とするならば、質量において小金貨の五倍の重さがあるため、少なくともそれが最低の価値基準となっている。

だが、流通量が非常に少なく商人達に重宝されている事情も相まって、俺が知る現在の交換レートは小金貨十枚から十二枚程度で推移しているようだ。

 この南方大陸でもその信用度は揺るぎ無いと聞いているが、交換レートまでは解らなかった。ただ、南方大陸で主に使用されているラーマ金貨は北方で使用される金貨より一回り小さく、両替する場合のレートは八掛けとなっているので、最低でも金貨六十枚から七十五枚の価値はあるはずであった。

「交換レートはどうなっている?」

「レート、そうレートはですね・・・・・・。金貨二十枚、ああ勿論ラーマ金貨で、ですが」

「ラーマ金貨でとは言え、二十枚は多すぎやしないか?」

 俺は、驚きに軽く目を見開いて問い返す。

「確かにそう思われるのも無理はありませんが、確実にそのレートで交換していただける相手がおりますので問題ないのですよ」

「そうか、まあそのレートに文句は無い。必要枚数を交換して貰えるかな?」

「ええ、勿論です」

 両替の交渉はトントン拍子に進んだが、それまで俺達のやりとりを黙って見ているだけだったバグワンが、ついに耐えきれなくなったというように急に立ち上がると、濁声でつばをまき散らしながら口を挟んできた。

「『誓約の金貨』だと! そんな馬鹿な、偽物じゃねえのか!!!」

「疑うなら確認して貰っても構わないが、どのみち両替するのはあんたじゃ無いだろう。決めるのはラマナさんだな」

「疑うなどとはとんでもない。ですが、滅多に無い機会ですのでよろしいでしょうか」

「ああ」

 俺の了承を得たラマナは金貨をテーブルの上に置くと、自分の腰から刃渡り五センチ程の小刀を取り出した。

 それから慎重に小刀を振りかざし、テーブルの上に置かれた金貨に素早く突き立てる。

 だが、金貨に当たった瞬間に小刀は弾かれて横に滑り、その際に小さな火花を生じさせる。そして先端をテーブルにめり込ませて止まり、ラマナは小刀を腰にしまってからテーブルの上の金貨を取り上げる。そこには元の通り、傷一つ無い金貨が残されていた。

「何度見ても素晴らしい。間違いなく本物ですね、バグワンへの支払いは金貨三十枚と言う事ですので二枚分、金貨四十枚ご用意させていただきます」

 俺は鷹揚に頷きつつ、一つの疑問をラマナにぶつけた。

「直ぐに交換可能か?」

「流石にこれほどの大金の持ち合わせはありません。一度組合の方に戻りませんと」

「そうだろうな・・・・・・。じゃあ、その二枚は預けておくのでバグワン殿へはそちらで支払いを済ませておいて欲しい。あと、この宿の支払いも頼む。お釣りは後日受け取りに伺うことにするよ、相談したい事もあるしな」

「・・・・・・わかりました」

 ラマナは革袋から『マシュタップ大金貨』二枚を取り出すと残りを俺の方へと返してきた。俺はそれを受け取るとポーチにしまって立ち上がる。

「今日はこれで失礼する」

「お発ちになるのですか?」

「ああ、迎えが来たのでな」

 俺がそう言うと同時に、二階からアマーリアが階段をゆっくりと降りてくる。

 清楚かつ光り輝くような美貌、優雅な仕草、そして何より抜群のプロポーションにその場の男達の視線が釘付けになる。

「ウート様、お迎えに上がりました」

「ああ、ありがとう。こちらも今、交渉が終了したところだ。街に帰るとしよう」

「かしこまりました」

 アマーリアは、階段を降りきると俺の傍らに立ち、優雅な仕草でその場に居た男達に会釈をする。それだけで、その場に居る男達の心を掌握してしまいそうな様子である。

 俺は、立て掛けていた“童貞丸”を手に持ち、アマーリアの側に寄り添うように近づいた。

 アマーリアは『転移テレポート』の詠唱を開始しており、俺は邪魔にならないように一同を振り返った。

「じゃあな」

 そう言って、俺がラマナ達に別れの言葉を告げたと同時に『転移テレポート』の詠唱は完了し、俺達は一瞬にしてその場から消え去ったのだった。


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