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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第三巻
51/51

とある寝起きの騒動事情

 ジャリッ

 ザッザッザッザ

 ガギィン

 早朝の清々しい空気を孕んだ森の中に、時折激しく打ち合う剣戟の音が鳴り響き、周囲の木々に吸い込まれていく。

 剣戟を交わす二人の片方は女性で、スラリとした体型に漆黒に染めた革鎧レザーアーマーを被い、対峙する相手に対して左肩を前にした半身で構えると、利き腕である右手に持つ短剣を体で隠すようにして逆手に握っている。

 彼女と対峙しているのは顔付きに幼さが残る少年で、右手に握った短刀を突き出すように構え、相対する相手の隙を窺っている。

 少年の表情は真剣で、相手の一瞬の隙も見逃すまい、とでも言うように張り詰めて

いる。

 一方、対する女性の表情には真剣さの中にも余裕が感じられ、端から見ていれば二人の実力差は明らかであった。

「やぁ!」

 ジリジリとすり足で近寄り、自分の間合いに入ったと思った途端に少年が突きかかる。その動きは素早く鋭いもので、到底避ける事は出来無いかに思えた。

 だが、短刀の切っ先が相手に触れたと見えたときには、その場所に対象の姿は無く短刀はむなしく空を切る。

 対象を失って空を切り、そのまま宙を泳ぐようにして過ぎ去ろうとする短刀を持つ腕を黒装束の女性は掴み、そのまま引っ張り上げるように少年の体制を崩すと、盛大に足払いを掛けて転ばせた。

「参りました・・・・・・」

 短刀も取り上げられ、地面に這う事になった少年は悔しそうな声で負けを認め、そのまま大の字になって荒い息を吐いた。

 黒装束に身を包んだ女性は、取り上げた短刀の刃を自分の手に持ち、柄の方を少年に向けて短刀を返すと、余裕の表情で側を離れ二人の戦いを見守っていた仲間達と雇い主の下へ歩み寄ってきた。

「どうだレオーレ、ハルの奴はものになりそうか?」

 俺は戻ってきた黒装束の女性、レオーレに、手合わせした印象を尋ねた。

 レオーレは、未だに地面に横たわって荒い息を吐くハルケートをチラリと見やり、俺に向き直ってから答えを告げる。

「そうね、動きは素早いし思い切りもいい。基本から始めればある程度はものになるんじゃ無いかしら」

「ある程度は、か。俺としては本人が望んでいるし、やらせてみて自分で判断させたい。すまないが訓練を頼めるか?」

「ええ、お仕事をいただけるのは有難いですし、他ならぬウートさんの頼みですから引き受けさせていただきます」

「ありがとう、助かるよ」

 俺は上半身だけ起き上がり、不安そうにこちらを見ていたハルケートに指で丸を作ってみせる。その意図をくんだハルケートは、嬉しそうに破顔し、両手の拳を握りしめてガッツポーズを取っている。その姿は、普段は余り見せない子供っぽい仕草に見えた。

 ハルケートは勢いよく立ち上がると、ボルクやゲラドといった面々に立ち合いの感想を求めに行っている。彼らにしても弟分が出来たような感じで、彼らなりのアドバイスをしてくれている様子だ。

 俺はその様子を見守りながら、ハルケートとの約束を果たせた事に安堵し、年相応の様子を見て喜んでもいた。今まで気づいてやれなかったが、これで少しは保護者としての面目も立つと言うものである。

 ハルケートが今後どのように成長していくのかは解らないが、自分の力で生きていくために必要な技術を学ぶ機会を与えられたことに、俺は満足感を覚えていた。

「でも、本当に私なんかで良かったんですか? 剣士としての腕前ならボルクの方が上ですが」

 レオーレは淡々と事実を告げるような口調で、疑問とも、確認ともとれる問いを投げかけてくる。俺はその疑問に、ポリポリと横顔を掻きながら答えた。

「ボルクに相談したら、ハルはそっちの方が向いているだろうってさ。それにまだ大きな剣を扱える身体つきでもないから、基礎として短刀の扱い方や体の使い方を教える方が先だと言うんでな」

「そうですか、それならなるべく変な癖がつかないように基本から教える様に努力してみます」

「ありがとう、頼むよ」

 レオーレは俺に頷いてから、ハルケートの元へと歩み寄っていく。早速指導をしてくれる気なのだろう。

 やがてハルケートは、レオーレの教えに従い掛け声とともに踏み込みと突き刺す動作を何度も繰り返し始める。レオーレは、一動作毎におかしな点を指摘しながら、何度も繰り返させて体に染み込ませるつもりのようだ。

(意外とスパルタだな)

 俺はその光景に体育会系の部活動を思い出し、少し憂鬱な気分になる。元々オタク気質が強く、引きこもり系を自認する俺には、異質なノリである。

 それでもハルケートの邪魔をする気は無く、俺は彼らに任せて一休みする事にした。

 邪魔にならない様にボルクに合図を送り、広場の一角にある小屋へと向かう。

 この場所は、ハルケート達と初めて会った森の中にある開けた場所で、俺も魔術の訓練をするために使っていたりしたのだが、ボルク達がメセルブルグを拠点に活動する事になったとき適当な訓練場所が必要になったので、俺が「町会」を通して話をつけ、周辺の森ごと敷地を借り上げたのだった。

 そして、ハルケート達がねぐらにしていたボロボロの小屋も建て直し、休憩所兼道具置場として利用出来るように整備し、彼らにも自由に使ってもらっている。

 そんな、立て直したばかりで真新しい木の香りのする扉を開いた途端に、俺の気配を素早く感じ取った小さな黒い影が飛び出して来て、飛び掛かるようにして俺の体をよじ登り始める。

 慌てて左腕を曲げて胸の前にスペースを作ると、心得た様にその腕にチョコンと腰かけ、ゴロゴロと喉を鳴らしながらスリスリと頭をこすり付け、じゃれついて来る。

 全身を覆う黒い毛並、肉食獣を髣髴とさせるしなやかな体、ピンと尖った三角の耳、長く優雅な尻尾、明るさに合わせて形を変える美しい金色の瞳。

 その姿は、全ての愛玩要素を兼ね備え俺の琴線を震わせてやまず、思わず顔がにやけてしまいうほど可愛い存在だった。

それ故に、苦しむ姿を見たときに耐えがたい怒りに襲われ、思わず助け出さずにはいられなかった。その姿だけで俺にここまで思わせるなど、“猫”とは罪な生き物である。

 今ではすっかり元気になっているが、二週間前に俺が助け出した後、しばらくは衰弱して危険な状態を彷徨っていた。

だが、必死の看病の甲斐あって、すっかり回復してからは我が家の一員として可愛がられている。俺は心地よい毛皮の感触に頬を緩め、思わず頭を撫でて可愛がる。

「あ、ご主人様おかえりなさい。って、また先にご主人様とくっついて!」

 俺の姿に目聡く気付いたクラリッサが、挨拶と同時に怒りの声を上げて駆け寄ってくる。その気配を素早く察知して今度は俺の腕から肩に飛び上がり、得意げに下を見下ろす。そこまでくればクラリッサが、腕を伸ばしても飛び上がっても届かない事を熟知しているかのような動きである。

「ちょっと、下りてきなさいよ。来なさいったら!」

 クラリッサがピョンピョン飛び跳ねて触れようとするが、子猫の目論見通りそれは届かず、最後にはバランスを崩して倒れかかって来たのを俺が抱き抱える事となった。

「危ないよクラリッサ」

「う~、だってその子が~」

 そう言いながらもクラリッサは俺にもたれ掛り、体重を預けてくるので仕方なく俺はクラリッサを抱え上げる。子猫を抱くように軽々と、とは行かないが、それでも必死になるほどでもなく、悠々とクラリッサを抱き上げたまま小屋の中に入る。

 中には、ユーリエとミリィ、それにヨハイムがいて、クラリッサを抱きかかえて入って来た俺を、ユーリエはやれやれといった表情で出迎えた。

「ごめん、クラリッサもう無理」

 俺がギブアップを宣言すると、クラリッサは満足したように素直に従い俺の腕から滑り降りる。それに合わせるかのように黒猫も俺の肩の上から軽快に飛び降り、しなやかに移動してテーブルの上に飛び乗った。そしてさも当然と言う様子で自分用に用意された皿の前に座り、ミルクが注がれるのを待っている。

 俺はすぐ横の席に陣取ると、子猫の為にポットから皿の中にミルクを注いでやる。

「にゃーん」

 子猫は嬉しそうに鳴き声を上げると、皿に注がれたミルクを嬉しそうに舐め始める。その姿は殺人級に可愛らしく、俺の心臓を止めそうになる。ハッキリ言ってもうメロメロだ。

「そう言えば、その子の名前はお決めになられたのですか?」

 ユーリエが、朝食の給仕をしながら何気なく尋ねてくる。俺としても気になっている所ではあるのだが、いかんせん俺にはネーミングセンスなる物が皆無である。

 猫に名前を付けるとなると、定番の「ミケ」「タマ」「クロ」位しか思い浮かばないのである。だが、この子猫に付けるにはどれも不釣り合いに思えてならない。

(うう~ん、やっぱり黒いんだから「クロ」が有力かな? でもそれじゃあ単純すぎるような気もするし・・・・・・。同じ黒の意味を持つ「ノワール」とか? なんかどっかで聞いたような・・・・・・、あ~もう決まんねぇ)

 俺はグルグル回る思考に翻弄され、考えが纏まる気がしなかった。子猫の名付でこれなのだから、もし自分に子供が、それも女の子が生まれたら一体どうなる事だろう。ちなみに、男の子なら問題無い「太郎」とか「一郎」で十分だ。

「うん、考えてはいるんだが、いい案が浮かばなくてなあ。もう少し考えさせてくれ」

「はいはい。お早めにお願いしますね」

 ユーリエは諦め気味にそう言って自分も席に座り、ヨハイムに預けていたミリィを受け取って膝の上に乗せると離乳食を与え始めた。クラリッサやヨハイムも同様に席に着き、俺達は朝食を取り始める。

 この場所は狭いので、先に俺達が朝食を取った後でボルク達と交代する予定である。彼らはハルケートの相手だけではなく、自分の訓練も済ませてくるので時間的には十分な余裕がある。

 俺もパンに手を伸ばそうとしたが、気が付くと子猫は皿の中のミルクを舐め終え、俺の方をじっと見つめていた。

「お代わりするか?」

 俺は何気なく子猫に尋ねて見た。返事を期待してのものではなかったのだが、子猫の反応はまるでその事を予期していたかのように明確だった。

「にゃ~ん」

 嬉しそうに甘え声をあげ、期待し催促するかのように身構える。俺はすぐさまお代わりを注いでやった。

「不思議ですね。まるであなたの言葉が解るみたい」

「はは、まさか」

「違いますよ! その子が意地汚いだけです」

 クラリッサは、俺にべたべたと愛想を振りまいて纏わりつく子猫が疎ましいらしく、きつい口調で攻め立てる。子猫はピクッと耳をそばたてたものの、何処吹く風というふうにミルクを舐め続けていた。



 俺達が朝食を食べ終えて一息ついた丁度その頃、ボルク達が訓練を終えて引き揚げてきたので彼らに場所を譲り、俺達は途中市場に寄ってその日の仕入れを済ませてから酒場へと戻る事にした。

 季節は一月の終盤ともあってかなり肌寒く、雪こそ降っていないもののコートやマント無しで出歩くのはつらい季節である。

 俺達も全員がしっかりと着こんでいたが、一番暖かく過ごしていたのはくだんの子猫であろう。

 移動を始めると見るや用意していた専用の籠には入らず、俺の体をよじ登ったかと思うとコートの内側に入りこんでしがみ付き、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。その姿には、自分はこの暖かな場所を絶対に譲らないと言う意思が感じられ、邪魔な訳でもないので俺はそのまま移動しようとした。

だが、クラリッサが駄々をこね始めたので機嫌を取るために左手を繋いでやり、いつの間にか右手はユーリエに握られていたので、三人で仲良く手を繋いで市場までの道を歩く事になった。

 この歳で手を繋いで歩く等というのは、恥ずかしくて仕方が無いのだが、学生時代のフォークダンスの時ですらまともに女子と手を握れなかった経験を持つ俺にしてみれば、女性からの手を繋ぎたいという希望を拒否する理由は断じて無い。それを見て笑う奴は笑えばいいのである。俺はそいつを見て逆に笑い返し、心の中で思うだろう「勝ったな・・・・・・」と。

 さすがに市場についた後は荷物が増えたこともあり手を放したが、俺はその日一日を上機嫌で過ごすことが出来たのであった。



 酒場に戻った俺は、料理の仕込みを後回しにして帳簿付け等の書類作成に勤しんでいた。

 元の世界では、パソコンを駆使して事務処理を行っていた俺は、プリンター無しで行う事務作業の効率の悪さに辟易し、悪戦苦闘する日々が続いていた。

だが、ルーデンブルグの市場で購入した『魔法の自動筆記台オートマティズムテーブル』を解析し『片眼鏡モノクル』と併用することで、この状況を劇的に改善する事に成功する。

 『魔法の自動筆記台オートマティズムテーブル』は、魔力により稼働し口述筆記等を行う道具なのだが、道具の解析により稼働原理を把握した結果、出力結果をイメージとして魔力を介して送り込めば、口述を介しなくてもイメージした通りの書類を作成することが出来る事が解った。

 そして、難解複雑な魔術式すら簡単にイメージ化してしまう『片眼鏡モノクル』を使えば、作成する書類のイメージを作り上げて送り込むのは容易い事である。

 俺は、『片眼鏡モノクル』が与えてくれるイメージ補完機能を使い、パソコンで事務作業をするように、いや、それ以上の効率で事務作業をこなす事が出来るようになった。

 例えば、様々な売り上げメモを見ていくだけで表計算ソフトを使うようにリストを作成し、必要な金額の集計や原価率などの計算を瞬時に行い、並び替えやフィルターも自由自在に行う事が出来る。そればかりか、一度作成した書式を呼び出す事は勿論、過去に作成した書類の殆どを瞬時に呼び出す事まで出来てしまう。これ一つで、高性能なパソコンを遙かに凌駕する機能を俺に提供してくれているので、俺は事務作業を全く苦にする必要が無くなったのだ。

 なぜそんな事が出来るのかという疑問は尽きず、様々な仮説を建てたりもしているのだが、未だ結論には至っていない。

元々こんな使い方が想定されているとは思えないが、便利な事はこの上なく、俺はイメージを自在に操って事務作業を効率的に進める事が出るのだった。

 その日も、酒場の一週間分の帳簿を付け、売り上げを確認する。その数字は、儲けすぎず赤字でも無いという微妙なラインを維持している。

 それは俺の狙い通りの数字であったので、それを確認して満足する。これは、この店の女主人であるハンナの経営方針に沿った結果で有り、街の人々に信頼される店であるために必須の方針でもある。

 俺はそれ以外の事業についても、各事業を委託している部署から出された報告書の確認をしていく。パスタや調味料等の食料品の製造事業は順調に伸びているが、その分原料の調達や製造が間に合わなくなりつつ有り、目下の懸念事項である。

 これについては、これまでメセルブルグの食料調達を担って来た周辺の農家と調整をしつつ、栽培種目の転換や耕作面積の増加等で対応しているが、それだけでは街の外部へ販売する分を賄うには絶対量が足りなくなってきていた。

今後新たな周辺耕地の開拓や、原材料の輸入による調達を進める必要があり、メセルブルグが抱える位置的な問題と相まって、課題は山積していると言えた。

それでも、各事業とも売り上げは順調な伸びを示しており、大きな利益を上げつつある。課題解決さえ上手く行けば、メセルブルグの街が飛躍的に発展するだろう事は疑う余地が無く、これらの問題もメセルブルグの人口増加に伴う全体の食料調達と合わせて、徐々に解決を図っていくつもりであった。

 その他にも、メセルブルグを発展させるための事業の目玉である鏡台ドレッサーについて、嬉しい報告が入っていた。

 第一王女を筆頭に三台もの注文が入り、その他にも問い合わせが続いている状況となっているのだ。

鏡台ドレッサーは量産品では無いため、デザイン等の要望を聞いてから製造するのに三ヶ月以上は掛かってしまうが、利益率が申し分ないため完成すれば大きな利益を見込む事が出来る。受注状況としては、思っていた以上の順調な滑り出しと言える状況である。

 俺はその他にも様々な報告書に目を通し、必要な事項をまとめたり依頼書を作成したりする。そしてそれらを『魔法の自動筆記台オートマティズムテーブル』で紙に書き出すと、昼の営業をするために事務室を後にしたのであった。



「わ、コラ、暴れるな!!!」

 俺は、子猫をお風呂に入れようと思い立ち、気付かれないように慎重に事を運んだつもりだったが、お風呂場に連れ込んだ途端にその狙いは察知されてしまったようだった。

子猫は突然猛然と暴れだし、俺の手の中から逃れようと懸命になっている。

 可哀想には思ったが、さすがにこれ以上お風呂に入れないのは衛生的に不安があると、赤子を抱えるユーリエからお願いされている。

 その主張はもっともだったので、俺も逆らう訳には行かないのだ。

 本当は徐々に慣らして行かないとお風呂嫌いになってしまう懸念があったのだが、この様子では既に相当の拒否反応があるようだ。

 それでも俺は、暴れる子猫をタオルでくるんで身動きを封じ、子猫為に用意した専用の桶にぬるま湯を張ると、その中にゆっくりタオルごと子猫の体を付けて濡らしていく。

 子猫の体をくるんだタオルがゆっくりとお湯を吸っていき、重くなると同時に子猫の抵抗を封じていく。

そして、徐々に染みこんだお湯が子猫の毛皮にまで浸透し濡らして行くに従い、子猫の抵抗は徐々に弱々しくなっていく。

俺は、しばらくそのままの状態で子猫をお湯に付け様子を見守っていると、子猫は心なしか心地良さそうに身を委ねているように見える。

俺がゆっくりとタオルの戒めを解いても抵抗する様子を見せず、体を弛緩させるようにして俺の手にゆだねていた。

(もしかして、のぼせてる?)

 俺がそう思うほど子猫の様子はぐで~としており、俺は心配になる。だが、よくよく様子を見ていると、喉をゴロゴロ鳴らし鼻をピスピスさせながら寛いでいる様子なのがわかった。

 俺はその隙を捉えて、ユーリエ達が体を洗うのに使っているという様々なハーブを調合した香油を子猫の全体に塗りつけていく。

 ユーリエによれば、肌や髪を清潔に保つ効果と、肌をしっとり艶やかに保つ美肌効果があるそうで、泡立ちこそしないが石鹸のようなものだろう。

 俺が作った原始的な石鹸もあるが、髪を洗うとゴワゴワになるので女性陣には不評である。まあ、そっちは日々の手洗い用に活用しているからいいのであるが・・・・・・。

 香油をしばらく馴染ませてから洗い流し、桶のお湯を張り直して入れてやると子猫はもはや逃げようとはせず、桶の縁に手と顎を乗っけた姿勢でダラーっとお湯に浸かっていた。

 だが、さすがにそのままでは本格的にのぼせてしまいそうだったので、子猫を抱き上げると真新しいタオルに包み、ユーリエを呼んで受け渡した。

「まあ、なんだかすっかり綺麗になって、お風呂に入れて貰って良かったわね~」

「にゃ~ん。ゴロゴロゴロ」

 ユーリエにタオルごと受け渡され胸に抱かれた子猫は、上機嫌に喉を鳴らしている。どうやら初めてのお風呂は気に入って貰えたらしい。

 その様子に安心した俺は、自分もゆっくりと風呂に入りその日の疲れを洗い流す。

風呂に入っている時のこの時間は、心を空っぽにして体を弛緩させ、心ゆくまでゆっくりと過ごす。

 たっぷりと長風呂を楽しんだ俺は、パンツ一丁の親父スタイルで髪に滴る水滴をタオルでガシガシと拭きながら部屋に戻る。

 部屋の中は、俺がドワーフ達に頼んで作って貰った火鉢が置かれ、鍋に張ったお湯を湧かしているおかげで暖かい。

 部屋の中にはユーリエがベッドに腰掛けて待っており、その左横には専用の寝床にしている駕籠の中に子猫が寝かされていた。

 俺はユーリエの右隣に腰を下ろし、ユーリエを挟んで反対側に置かれた駕籠の中を覗き込む。子猫は丸い駕籠の中に敷かれた柔らかな布地の中で丸まり、ぐっすりと眠っていた。

「気持ちよさそうに眠っているな」

「ええ、終始ご機嫌の様子でしたわ」

「お風呂を嫌がる猫は多いから心配していたんだけど、この子は大丈夫そうで安心したよ。最初は手間取ったけどな」

「ふふふ、お疲れ様でした。これで安心してミリィと遊ばせてやれます」

「仲のいい遊び相手になるといいな」

「ええ」

 そう言って二人で子猫を眺めていたのだが、身を乗り出すようにしてユーリエの向こう側に置かれた駕籠を覗き込んでいたので、側に座ったユーリエと半身が触れあう事となり、その柔らかな肢体を嫌でも意識してしまう。

 我慢しきれなくなった俺は、ユーリエの腰を抱き寄せ唇を奪う事で自分の意思を示す。ユーリエも抵抗せずにそれに答え、しばらくの間口吻を交わす。

 いつもならそのままベッドに押し倒すところなのだが、生憎とベッドには俺達以外の存在がいるため、そういう訳にはいかなかった。

「もう、見られちゃいますよ」

「大丈夫だろ、外は寒いから部屋の隅に駕籠を移動しよう」

 俺は立ち上がると子猫を起こさないように神経を使いながら、ゆっくりと駕籠を部屋の隅に移動させた。

 なるべくそっと置いたつもりだったが、若干の衝撃が伝わったのか一瞬だけ子猫が身じろぎする。それでも起き出すつもりは無いようで、頭を後ろ足の間に埋める様にして丸くなっていた。

 その様子に安心した俺は、ベッドに取って返すと早速ユーリエの体を押し倒す。初めて出会ったころより少し伸びたアッシュグリーンの髪がベッドに広がり、風呂上がりの清々しい香りが俺の興奮を増加させる。

 再び唇を奪い、ベッドに全身を押し付ける様にして拘束し、全身の柔らかな感触を堪能しつつ服を剥ぎ取って行く。

 俺が求める行為に素直に応じるユーリエを愛おしく感じつつ、欲望の趣くが儘に堪能し、それと同時にユーリエの求めにも応じながら、二人で高まりあい、夢中になって行く。

 それは例えようも無いほどの一体感であり、充足感であり、幸福感である。

 よってこの時の俺達は完全に行為に没頭してしまっており、既に他の事に気を配る余裕を失くしていた。

 だからその時は気づかなかった。

小さな二つの目が、じっと俺達を見つめていた事を。



「あ~~~くふぅ」

 翌朝俺は大きな欠伸を連発し、もろに昨晩の影響を引きずっていた。

 何と言うか、いつも以上に背徳感というか没入感のようなものがあって、自分でもびっくりする位に行為にのめり込んでしまったのだ。

 おかげで寝たのは朝方で、睡眠時間は四時間を満たしていない。よって、体はだるくて思考は冴えず、挙げ句に欠伸を連発させていたのである。

 一方で、それはユーリエも同じ条件のはずであるが、やはり歳の違いという奴だろうか、全然そんなそぶりを見せていない。いつものとおりきびきびとした動きで朝食を給仕し、同時にミリィの世話を焼きながら、自分の朝食もしっかりと取っている。その姿からは、昨晩の行為を窺い知ることは不可能であろう。

(これが若さという奴か、それとも男女の違いか? いずれにしても、なんだか負けている事には変わりがない気がする。もう少し鍛えないと駄目かな)

 そう思いつつも止まらない欠伸を噛み殺していると、朝食の席だと言うのにそんな様子だから事情を察しているらしいハンナには呆れられ、クラリッサには心配される始末である。

 それでも俺は何とか眠気を噛み殺し、朝食を済ませるとその日の仕事に取り掛かる。

もう若くないことは自覚しているが、それでも老け込む歳でもない。何より、その程度でへたばったのでは男の沽券に係わるとの思いがあり、ユーリエに疲労を心配されるのも嫌なのだ。どうせなら、頼られる男に見られたいと言う単なる男の見栄であった。

だから表面上はいつも以上に張り切って仕事をこなしていたのだが、さすがに夜になる頃にはもうへとへとと言って良かった。

それでも何とか表には出さずに店を切り盛りしていたのだが、久々にやって来たギリドに、出来たばかりの蒸留酒(ブランデー)をやたらと進められ、ついつい応じている内に飲み比べる様にして飲んでしまい、気がついたときにはへべれけ状態になっていた。

睡眠不足と疲労に深酒とコンボを決めれば、よほどの酒豪であっても耐えきれる物では無い。ましてや俺は特に酒が強いわけでは無く、普通に飲める程度なのだ。

ユーリエにたしなめられ強制的に飲むのを止められる頃には、店仕舞いをする事も出来ない程の酩酊状態になっており、真っ直ぐ歩く事が出来ない有様だった。

だからその状態でなんとか部屋に戻り、靴と服を脱いでベッドへと倒れ込めたのは習慣の成せる技で、言うなれば完全に無意識の所行であり、俺自身、後で思い返そうとしても全く記憶に残っていないのであった。



(う!? 今、何時だ? っていうか、頭いてー)

 目覚めたとき真っ先に感じたのは、二日酔いがもたらした強烈な頭痛であった。

 酒というのは、飲んでいるときは至福に酔いしれていられるが、飲み過ぎれば翌日に苦しみが待っている。

(それでも止めようとは思わないんだから、この苦しみも十分に釣り合いが取れているのかもしれないが・・・・・・)

 そんな風に漠然と考えながら、俺は一刻も早く水分を補給してこの痛みを和らげる必要を感じ、起き上がろうとした。

 俺は枕を下にして顔を深く枕に埋めた俯せの状態で寝ていたようで、右腕は枕の下、左腕はダラリと足先に向けて伸ばされている。その左腕を、二日酔いがもたらす頭痛に耐えながらゆっくりと上へと移動させる。

 起き上がるための何気ない動作だったのだが、左手の指先はその過程で、敷き藁の上に厚い布地とシーツという、若干固めのベッドの感触とはまるで違う極上の感触を伝えてくる。

 その感触はさらりとなめらかで何処までも柔らかく、それでいて確かな弾力を返してくる。また、触れている内に触れた手と溶け合ってしまうような儚い頼りなさを感じさせると同時に、溶け合った事によって一つになれる安心感と心地良さを与えてもくれる。

 適度に保たれた温度が、自らの体温と合わさって増幅し、孤独を和らげ、安心感をもたらしてくれる。

その感触は、俺にとって世界で至高のものだと言っていい。

かつては手に入れる事が叶わず、絶望と諦めの彼方に追いやったものだ。

しかし今の俺には、望むままに与えてくれる最高の相手がいる。

(ユーリエが二日続けて忍んでくるなんて珍しいな。昨日だけじゃ満足させられなかったのか、それは拙いな)

俺は、傍らに眠る相手がユーリエだと疑わず、無意識に優しく体を撫でていった。

 手に触れた、太股らしきラインを上になぞり、下半身の際どいゾーンをかすめて、腹部に至る。

俺の手がなぞる度に、感じているのかビクッと反応が返って来て、俺は益々調子に乗って行く。

枕に顔を埋めたまま左手だけを使い、徐々に大胆に肌を撫でて行きながら、いよいよ大本命へと辿り着く。

そこには、俺が愛してやまないこの世の至宝が鎮座し、圧倒的なボリュームで俺の手を深々と埋めてくれるはずであった。

 ぷに、ぷに、ふにょん。

(あ、あれ? この期待外れの感触はなんだ? 位置を間違えたのか? そんな馬鹿な???)

(それにこの、指先に感じる少し堅い感触の先端や、緩やかな丸みと柔らかな感触は間違いなくそれのはずだ、と言う事は・・・・・・)

(なんてこったあ!!! 俺の大事なユーリエのおっぱいが縮んじまったあああ!!!!!)

 俺は、二日酔いであった事も忘れ、大慌てでベッドの上から跳ね起きた。

 その拍子に、手のひらに収まる小さな膨らみを強く握ってしまう。

「痛いですニャ~、もっと優しくさわって欲しいニャ」

強く握った拍子に痛みを与えてしまったのか、俺の傍らに添い寝するように寄り添っていた、俺がそれまでユーリエと信じて疑わなかった存在が初めて声を上げて反応を見せる。

 俺が枕からハッと顔を上げてまじまじと見つめるその先には、ユーリエとは似ても似つかないあどけない少女が横たわり、恥じらいに頬を染めながら身をよじっている。

(誰だ!?)

 俺は見知らぬ少女の姿に動揺し、完全に思考が停止しかけていた。

 ユーリエより一回り小さく、華奢な体。

 癖のある短めの黒髪が、緩やかなウエーブを描いて幾筋も額の上に流れ落ち、ややつり気味で気の強さと狡猾さを合わせたような、印象的で金色に光る大きな目が爛々と獲物を狙うように俺の姿を捉えている。

 だが、何より俺が驚いたのは、その容姿の幼さである。

どう見ても未成年、一見すると中学生と言うよりも小学生にすら見える。

 そんな少女が、一糸すらも纏わず、あられも無い姿で俺のベッドに同衾しているのだ。俺は混乱し、動揺の局地に陥った。

 ついつい目の前の存在を確認するかのように、唯一左手で触れている幼い胸を何度も揉みしだいた。

「あぁぁん、ダーリンちょっと痛いの、もっと優しくするニャ~」

 甲高い、容姿よりさらに幼さを感じさせる嬌声に、俺は思わず我に返り、自分の行為を自覚した。

「わぁぁ! ごめんって、おわああ」

 俺は驚いて飛び退り、ベッドの端から転げ落ちた。強かに背中を打ち、息が詰まる。

 悶絶していた俺に、更なる不幸な事態が襲いかかる。

「ご主人様、朝から大きな声を出してどうしたんですか?」

 自室に鍵が掛かっていない事を、これほど悔やんだ瞬間は無い。

 勢いよく部屋に飛び込んできたクラリッサは、ベッドの下に転げ落ちた俺を呆れたように見た後、キョトンとした顔でベッドの上に横たわる少女を見た。

 そのまま、ベッドの上の少女としばらくの間見つめ合い、場に沈黙の帳が降りる。

 だが、そんな状態が長く続くわけも無い。

「きゃああああああ! ご主人様、誰なんですこの女は! 何でご主人様のベッドの上に? 降りなさいよ、この泥棒猫!!!」

 クラリッサは一瞬青ざめたかと思うと、次の瞬間には真っ赤になり、ものすごい剣幕でベッドの上の少女に喰ってかかかる。

だが、その剣幕に反応したのはベッドの上の少女では無く、朝食の準備をしていたユーリエである。

「クラリッサ、どうしたの急に叫んだりして、泥棒猫とか何のことなの?」

 クラリッサに続いて部屋に入ってきたユーリエも、ベッドの上の少女を見た瞬間に立ち止まり、体を硬直させる。

 そして俺の部屋を、二度目の沈黙が支配する。

(終わった・・・・・・。終わっちまったよ、これどう考えても終わりだよ)

 俺は絶望に駆られ、顔面を蒼白にさせながらその様子を見ていた。

 深酔いし、幼気な少女を寝室に連れ込むなど、人として最低の行為であろう。

 実のところ全く記憶にないのだが、深く酒に酔っていたからと言い訳したところで、その責任から逃れられるわけではない。

 これまで苦労して築き上げた信用も、これで全て失ってしまうだろう。

 何よりユーリエに嫌われてしまうのは、悲しく切なかった。あの豊かな胸に顔を埋める機会は、もう二度とやって来ないのだと思うと、不覚にも涙腺が緩みそうになる。

 俺はこの時、自分の保身に囚われていたが、次の瞬間に事態はそれ以上に深刻であることを知る。

 何を思ったのか、ユーリエはベッドの傍に歩み寄り、思い切り毛布を引っ張って少女からそれを引き剥がす。

「何をするのニャ! 寒いニャ、返すニャ~」

 少女は毛布を取り上げられるのに抵抗しようとするが、ユーリエの思いがけなく素早い動きによってそれは果たせず、毛布によって覆われていた一糸纏わぬ裸身を、その場に曝してしまう。

そればかりか、今まで毛布に覆われて気づくことが出来なかった少女のスラリと細い両足の内側にこびり付く真っ赤な付着物をも白日の下に曝し、それがベッドを覆うシーツの表面にも染みを作り出している事を俺に知らしめた。

(これって、まさか、破瓜による出血なのか・・・・・・)

 明らかになった自分がしでかした事態に、さらなる絶望感が襲い掛かる。

(俺って奴は、何て事をしてしまったんだ。酒に酔っていたとは言え、女の子の初めてをこんな形で奪ってしまうなんて、どうやって償えばいいんだ・・・・・・)

 改めて必死で思い出そうとするが、昨夜の記憶は部屋に辿り着いたところで失われており、服を脱いだ記憶さえ定かではない。

 冷静に考えればその状態でどうやってこの少女を連れ込んだのかという疑問が生じる筈なのだが、その時の俺は目前の衝撃の大きさに動揺し現実を逃避するのが精一杯であった。

 そして動揺していたのは俺だけではなく、ユーリエもクラリッサも同様であるらしい。重苦しい沈黙が場を覆いかけたが、それを破ったのは当事者たるその少女であった。

「まったく、なんなのニャ? シャルとダーリンは、これから朝の甘いひと時を過ごすのニャ。邪魔者は出ていって欲しいニャ」

 少女は特に恥ずかしげもなく裸身のままベッドの縁までにじり寄ると、身軽な動きでベッドを下り立ち、こちらに背を向ける格好でユーリエとクラリッサの前に仁王立ちすると、両手を腰に当てて、ささやかな胸を誇示するかのようにふんぞり返った格好で宣言した。

 その堂々とした態度に、怖いもの知らずに思えるクラリッサすら気圧されたように数歩後ずさり、ユーリエも顔を引き攣らせている。その様子に自分の優位を感じたのか、少女は得意げに語り出した。

「昨日、シャルとダーリンは、それはそれは~、熱烈にラブラブな感じで愛し合ったのニャ~。シャルは~、初めてだったけど~、ダーリンに愛されて幸せだったのニャ~。これから二人の将来について語り合う予定なのニャ。だから邪魔しないで欲しいのニャ~、判ったらさっさと出てくニャ」

 少女は身振り手振りを交えながら語り終えると、最後には二人の背後を指さして退出を促した。

 クラリッサは顔を真っ赤にしながら何かを言い返そうとし、ユーリエは本気マジでお怒りなのか、顔から表情が消え始めている。

 壮絶な修羅場の予感が場を支配し、その矛先がいつ自分の方を向くか解らない。そんな緊張状態に置かれているはずの俺は、全力で現実逃避に走っていた。

 いや、自分ではそんなつもりはないのだったが、目の前に広がるありえない光景が、俺から現実感を奪っているのだ。

 しでかしてしまった事の罪悪感に苛まれ呆然と座り込む俺の目の前で、ユーリエ達と言い争うその少女は、平然と裸身を俺の目の前に曝している。

 少女の裸は、全体的に細身な上に肉付きが薄く女性としての成熟を感じさせることはない。

特に手足は細くスラリとしていて、全体的なシルエットなら少年に見えるほどだ。

 そして、俺の眼前に向けられた小さなお尻には、欲望を抱くにはとても足りない申し訳程度の肉付きしか無く、それだけであれば俺のショック状態を左右するほどのインパクトはないはずだった。

 しかし、その時の俺は思わず何度も見直して確認しなくてはならなかった。

(尻尾!? え? 尻尾???)

 何度確認しても、それは間違いなく尻尾としか呼びようのない物であった。

 少女のお尻の前上、尾骨の辺りからごく自然に生えてきており、自在に動かせるのか、ユーリエ達に対する発言の間にも、クネクネと得意げな感情を表すかのように連動して動いている。

 尻尾の位置は、丁度俺の眼の前で手を伸ばせばすぐに掴める位置にあり、まるで俺を誘うかのように動き回っている。例えるならば、猫の目の前に猫じゃらしをヒラつかせるようなものである。

 俺はとうとうそれが本物かどうか確かめる衝動を我慢しきれなくなり、目の前のそれを思わず掴み取ってしまっていた。

「フニャッ!!!」

 少女は奇妙な叫び声を上げると、勢いよく俺の方を振り向こうとする。

 だが、俺が手に掴んだ尻尾の感触を確認しようと、手を何度も握々(ニギニギ)させたためか、強い刺激を感じたかのように体を何度も跳ね上げながら、腰から砕け落ちるように座り込んだ。

「止め・・・・・・、フ、フニャ~。だ、ダーリン離してニャ! シャルの尻尾を、触っちゃ駄目なのニャ~!!!」

 だが、俺はそんな言葉より目の前の尻尾が本物かどうかを確認する作業を優先し、尻尾を握々(ニギニギ)とし続ける。

 尻尾は、俺が握る都度生き物特有の反射的な動きでビクビクとした反応を返して来るため、その反応が楽しくてついつい俺を益々夢中にさせる。

 少女が見せる反応は尻尾とダイレクトに繋がっており、俺はそれが本物であると確信せざるを得なかった。

 だが、俺は少々やり過ぎてしまったらしい。尻尾を握り回された少女は立っていられなくなり、息も絶え絶えの様子で最後に大きく体を振るわせた後、細身の体を大きく突っ張るようにして強く硬直させ、言葉にならないほど高い声を長々と上げてからクタリと気を失っって、倒れ込んだ。

「え? おい、大丈夫か?」

 俺はそんな反応にびっくりして慌てて少女の体を揺さぶり、意識を戻そうとするが少女は起きる気配を見せない。

 全裸の少女を介抱するのは、男の俺では限界が有り、俺は途方に暮れた目でユーリエを見た。

 ユーリエは何か言いたそうな目をしていたが、それでもなんとかそれを飲み込んだようだった。大きく一つため息をついて少女の傍らに膝をつき、介抱し始める。

 クラリッサに命じて、盥にくんだ水と清潔なタオル代わりの布を持ってこさせると、テキパキと体を清め始める。

一方、男の俺には出来る事など何も無く、部屋の隅に追い立てられ小さくなっているしか無い。様子が気になってチラチラと覗き込もうとするが、クラリッサがそれを遮るように俺と少女の間に立ち、俺を牽制するように時折威嚇してくるのでじっと見る事は叶わない。

それでも介抱は順調に進んでいるようで、上半身が済むと下半身に移る。そこは未だにべっとりと赤い液体がこびり付き、少女に身に起きた出来事を如実に表しているようだった。

 俺はそれを見て、より深い自己嫌悪に陥りそうになる。

だが、今更自らの所行を悔いたところで、時を遡る事は出来ない。この期に至っては、自らの犯した罪に見合うだけの償いを全身全霊で行うしか道は無いのだと、俺は苦い物を噛みしめながらもその光景を見ていた。

ユーリエも若干躊躇していた様子だったが、意を決して太股に付着している赤い液体を拭き取りに掛かる。

肉付きの薄い少女の内股に付着した破瓜の血とおぼしき赤い液体は、驚くような量が付着し、真っ白なタオル代わりの布を瞬く間に真っ赤に染め上げていく。

粘着質なそれをユーリエはテキパキと拭き取っていたが、突如として怪訝な顔をしてその手を止めた。

そして何を思ったのか、小指で赤い液体を直接すくい取ると、指先に付着したそれを親指と擦り合わせるようにして伸ばし、しばらくの間指先をジッと見つめたり臭いを嗅いだりしていたが、意を決したように指先を口に含んだ。

「な! ユーリエ何をして・・・・・・」

 俺は思わず狼狽気味に声を上げるが、ユーリエはそれを無視して再び赤い液体を人差し指でタップリと掬い取ると、それを今度はクラリッサの口の中に差し入れる。

 クラリッサは一瞬逃れようとしたが、何かに気付いたような表情でユーリエの指先に付いた液体を舐め取った。

「これって!」

「多分あなたがさっき探していたアレね、空瓶があるはずよ探してちょうだい」

 クラリッサはうなずくと、俺の部屋をあちこちと探し回り始める。

 その間にもユーリエは手当を続け、少女の全身を清め終えると毛布を掛けて全身を覆い隠した。その間にもクラリッサは、部屋のあちこちを覗き込んだり荷物をひっくり返したりして何かを探していたが、ベッドの下に目的の物を見つけたらしく、ゴソゴソと膝をついて潜り込んだ。

「在りましたわ!」

 頭に埃を纏わせながらベッドの下から這い出してきたクラリッサは、手にした物を高々と掲げて宣言する。その手には、最近出回り始めた少し厚めのガラスで出来た小瓶が握られていた。

 ユーリエはクラリッサが掲げたガラスの小瓶を受け取り、その中身を確認する様に臭いを嗅ぎ、指を中に差し込んで僅かに残る中身を掬い上げた。

 その指は、先ほど少女の内股に付着していた液体と同色の液体が付着しており、俺はその時点になって初めて事の次第を把握したのだった。

「それは、ジャムの小瓶か?」

「ええ、クラリッサが作ったラズベリージャムです。今朝、朝食の用意をしている時に見つからなくて探していたんです」

「さっき、その子に付着していたのはそれなのか?」

「ええ、そうです」

「良かった・・・・・・、一瞬、俺が酔っ払って襲っちゃったのかと本気で心配しちまったぜ、ははははは・・・・・・」

 俺は自分が決定的な間違いを犯したわけでは無いと知って、知らず知らずのうちに膝から力が抜け、その場にへたり込んだ。

 この世界に来て様々な危機を体験したが、今回程肝を冷やしたことは無かったかもしれない。何も持たない身一つの状態で襲いかかって来る危機より、いろいろな物を得た今の方が失う事への恐怖心は大きいのだろう。

 だが、安心するのはまだ早かったらしい。ユーリエはいつの間にか俺の目の前に立ち、目線を合わせる様に腰を曲げると、人差し指を突きつける様に俺に向けて追求を開始した。一見笑顔のようにも見えるが、目が笑っていない事は明らかだった。

「それはそうと、この子はいったい何処から連れ込んで来たんですか?」

「つ、連れ込んだなんて人聞きの悪い。気がついたら勝手にベッドで寝てたんだよ・・・・・・」

「へ~、朝起きたらベッドにこんな可愛い子が全裸で潜り込んでいるなんて、おもてになりますこと」

 ユーリエは体を起こし、両腕を胸の前に組んでその豊かな胸を両腕で支える様な姿勢で、上から俺に圧力をかける様にして言い放った。

その姿勢だと豊かな胸がより一層強調され、下から見上げると扇情的な光景となるのだが本人は気付いているのだろうか? 気がつくと、その横に立つクラリッサも同じ姿勢で俺を睨んでいる。どうやら今回ばかりは俺の味方にはなってくれないらしい。

追求されている俺は、言い分けも儘ならず背中からは冷や汗がダラダラと流れ落ちる有様だ。

「そ、それに、昨日はかなり酔っ払っていて、そんな余裕は全然なかったよ。ベッドにたどり着いたことさえまったく記憶に無いんだ」

 俺の言い分を聞いてユーリエとクラリッサは顔を見合わせ、素早くアイコンタクトを交わす。いつの間に、こんなに息の合った連携を見せる様になったのか知らないが、責められる方はたまった物では無い。逃げ出す隙が全く見いだせないのだ。

 言い逃れしようにも本当に昨夜の記憶は無く、完全に真っ黒な状況証拠だけが存在する。冤罪を訴えたところで、満員電車内で痴漢扱いされたときと同じで、状況証拠のみで有罪が確定しそうな状況である。

「それではお聞きしますが、この娘と何処でお知り合いになられたんです? 先ほどの様子を見れば、大層あなたに懐いているご様子でしたが」

「そ、それが、全く心当たりが無いんだ。完全に初対面のはずなんだが」

「まあ白々しい、どう見てもそんな風には見えませんでしたよ。正直に仰って下されば、こんな風に疑う必要もございませんのに」

 ユーリエの言うとおり、我ながら嘘っぽく聞こえてしまう。さっきの様子では、この娘は俺に好意を持っている様に見えたし、処女の破瓜を装うという事までして俺を嵌める様な真似をしている。そんな相手が初対面だと説明されて、納得する人間がいる方がおかしいのだ。

「正直に話していただかないと、逆に疚しいことがあるのでは無いかと勘ぐりたくなります」

「そんなこと言われても、本当に俺には心当たりが無いんだ」

 俺はみっともなくも頭を抱え込み、事態の打開策を考えようとしたが、二日酔いの頭はガンガンと痛んでまともな思考力を奪っている。おまけに精神的な動揺が拍車を掛け、殆ど頭の中は真っ白になりかけていた。

 もしこのまま責め続けられたら「私がやりました」等と、有りもしないことを口走り思わず罪を認めてしまいそうだ。痴漢冤罪とはそうやって作られていくのかもしれない。

 そんなネガティブ思考のスパイラルに陥りかけた俺を救ったのは、いつもより遅くなった朝食の準備にしびれを切らしてやってきたハンナであった。

「いったい何時になったら朝食の準備が終わるんだい? 早くしないと日が暮れちまうよ」

 ハンナは離れに入ってくるなり俺達を見つけて歩み寄り、腰に手を当てたまま呆れた様な声音を出して言った。

 俺達は、通常朝食を俺とユーリエの住む離れの方で一緒に取っているが、朝食はユーリエとクラリッサが中心になって用意し、準備が終わったところでハンナを呼びに行く事になっている。

 俺やハルは、その間に前日に残った洗い物や店の掃除をして分業しているが、今日は全くの手つかずであり、ハンナの言うとおりいろいろな段取りが後手に回っている。

「ハンナおばちゃん違うの、ご主人様がまた女の子を連れ込んだの!」

「おやまあ、またかい? 堅物かと思いきや、次から次へと良くやるもんだ」

 ハンナは少しの驚きと、呆れを交えた口調でそう言うと軽い感じで肩をすくめた。その答えを聞いてクラリッサは驚いた様にハンナに問うた。

「怒らないの?!」

「怒る? なんであたしが怒らなくちゃいけないんだい?」

「え、だって浮気だよ。私たちに断りも無く連れてきたのに・・・・・・」

「そんなの、ウートが自分でちゃんと責任を持って養っていくなら文句なんて無いさねぇ。大体、そんな事言ったらあんた達の事はどうするってんだい?」

 そう言われた二人は、グッと言葉に詰まったような表情を見せ、押し黙った。

「ところで、あんた達が言う連れ込んだ女の子ってのは何処に居るんだい?」

「え? 何処ってそこに寝かせていますけど」

 そう言ってユーリエが毛布の方を指さし、全員の視線がその場所に集まる。だが、さっきまで確かにいたはずの少女の姿が見えない。

「そこって何処なんだい?」

「さっきまで確かにそこに寝ていたんですが・・・・・・」

「何処行ったの~?」

 ユーリエとクラリッサは驚いて、毛布を持ち上げバタバタ振ったりしているが、少女の姿は忽然と消え去っていた。

「ウートならともかく、あんた達が寝ぼけるなんて珍しいねぇ。シャキッとしな、シャキッと」

 ハンナに叱られて二人はシュンとなっているが、俺から見れば二人が寝ぼけて等いない事は明白である。

 だが、これ以上責められるのは割に合わないと感じてもいたので、この際とばかりにその状況を利用する事にした。

「なんか朝から変な夢を見たらしい、顔を洗って目を覚まさないとな」

 俺はそう言うと、さっとその場から逃れて井戸へ向かう事に成功する。二人もハンナの手前何も言えず、朝食の準備を再開する為に先に部屋を出た。

 そんな風に俺達が部屋を出た後、ベッドの下から小さな影がハンナの足下へと歩み寄り、スリスリと足下にじゃれつき始めた。

 ハンナは屈み込んでその小さな影を抱き上げると、やれやれと言った様子で部屋を後にしたのだった。


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