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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第三巻
48/51

とある魔剣の変身事情

 唐突、且つ凄惨な幕切れに俺たちが放心状態に陥り、それから再び行動を起こせるようになるまでには幾分かの時間が必要だった。

 意外な事に、俺たちの中で逸早く立ち直ったのは、ユーリエである。

「あなた、いつまでもこうしている訳にはいきません。どこか休めるところを探さないと」

 そう話しかけられ、俺は我に返る。慌てて彼女に向き直りつつ頷いた。

「そ、それもそうだな。しかしこんな時間では新たな宿を探すのは無理だろう。子供達に野宿させるのも可愛そうだ。リアに頼んで、一旦メセルブルグの街に戻るとするか」

 俺はこの時、『転移テレポート』を使用するには『魔剣』が邪魔だなと考えた。後から考えればその場を離れれば済む事なのだが、危険極まりないそれを放置することも躊躇われ、どこか人の手の届かない所へ封印するか廃棄した方が良いという思考が、家族を避難させる為には『魔剣』が邪魔であるという思考と交じり合った結果、俺に思いがけない行動を取らせる。つまりは魔剣を回収し、廃棄しようと拾い上げたのだ。

 もしかすると、それは魔剣が仕掛けた巧妙なる罠なのかもしれなかった。

 だが気が付けば俺は魔剣を拾い上げ、握りしめ、納める為の鞘を探していた。

「ウート様!!!」

 どこか遠くにアマーリアの声を聴いた気がしたが、俺はその時すでに、手にした『魔剣』から押し寄せる膨大な思念に浸食されつつあった。

 恨み、妬み、憎しみ、悲しみ、絶望、ありとあらゆる負の感情に溢れた思念が、誰もが心に抱えているであろう心のトラウマに入り込み、えぐり、掻き乱し、あらゆる劣等感コンプレックスを想起させ、人の心を破壊し飲み込もうとする。

 俺は自分を心の強い人間だと信じているが、それは必ずしも負の感情を持たないことを意味しない。むしろ、人一倍大きい心のトラウマ劣等感コンプレックスを抱えているし、負の感情を人一倍強く持っていると思っている。

だが、それらにこだわり、囚われ、取り込まれないように、しなやかで強靭な心を持てるように自己制御セルフコントロールし、自らを正しいと信じる方向へ進ませるように意識付けして生きている。俺にとってそれこそが、強い心を持つという事だと信じているからだ。

人間の心は弱く、多くの過ちを犯す。自己を正統化し、他者を貶める事を厭わない。だが、それに気付き、自己を戒め、過ちを正していく事で得られるものがある。

負の奔流に飲み込まれそうになる中で、俺は全ての負の感情をことごとく否定し、論破し、振り払う事で辛うじて自己を保とうとしていた。

それは永遠のように長く、瞬くほど刹那の間に起きた出来事でもあった。

やがて、その方法では俺を支配できないと理解したかのようにそれは止み、まるで負の感情を凝縮させたような闇が、人型となって俺の意識の中に現れる。

「いよぉ、兄弟。なんでそんなに抵抗する。受け入れて楽になろうぜ」

 それは到底人の放つ声には聞こえない、耳障りなノイズのような声で、馴れ馴れしい口を利いてきた。

「俺と一緒にさあ、この世のすべての美男子ハンサムとイケメンをぶち殺そうぜ、嫌いだろうお前もさあ」

 その言葉に、俺は思わず大きく頷いてしまう。それは、粉うことなき俺の本音だからだ。

「そうだろう? 気持ちがいいぜえ、奴らをぶっ殺すのはさあ。さっきも見てたろ? 美男子ハンサム野郎の顔が無茶苦茶になるのをさあ」

 そう言われて、ラシーヴが自らの顔を切り刻んだ挙句、自らの首を切り落とした場面を思い返す。つまりこの『魔剣』は、俺が発した美男子ハンサムの言葉に反応し、自らの持ち主を拒否したという事だろうか。

「大体さあ、美男子ハンサム野郎が俺を使おうだなんて一万年早いのよ、その点お前ならぴったりだぜぇ、俺を受け入れれば無敵の力が手に入る。どんな美男子ハンサム野郎もイケメン野郎もみなごろしに出来るんだぜ、サイコーだろ?」

 その言葉は、俺の自己制御セルフコントロールが効いているはずの心の隙間にスルスルと入り込み、俺の心を震わせる。

(そうだ、美男子ハンサムやイケメンなんて滅んでしまえ!)

 それは手ごたえを感じたのだろう、負の感情を凝縮したような闇の人型であるにもかかわらず、ニヤリと笑った気配が感じられた。

「それが済んだら今度は女共だ、美女だろうが、そうでなかろうが女共はみなごろしにするんだ」

 それは、愉悦を噛みしめるように、それを語る。だが、俺の中では釈然としない思いが溢れ、その解を求めて暴れ出し、問いかけとなって放出された。

「なんで女達まで殺そうとする?」

「なんでだと? 当然じゃないか! 女こそ、人を見た目で判断し、差別し、区別する元凶じゃないか!!! 俺が、俺達がどれだけの苦汁を舐めさせられたか、お前なら解ってくれるだろう?」

 確かに解らなくもない。判らなくはないのだが・・・・・・、それ以上に釈然としない思いの方が強いのだ。それは多分、そいつと俺の違いを明確に線引きするものであり、決して譲る事の出来ない大切な人たちを守りたいという気持ちのおかげだろう。

それと同時に、俺は別の事にも気づいてしまう。俺とそいつを明確に隔てる大きな違いだ。そしてそれは、同類と思われるのは嫌だという拒絶の感情を産み、それと同時にそいつに対する哀れみと優越感で、俺は瞬く間に自分を取り戻した。

そして俺は、そいつの核心を突く台詞と共に攻勢に打って出る事にした。

「おまえ・・・・・・。童貞だろ」

 俺はボソッと爆弾を落とした。

 その瞬間、闇の人影が大きく膨張し、左右に揺らいだかと思うと、動揺した答えが返ってくる。

「な、な、な、何を言ってやがる。そんな事、い、今は関係ねぇだろ!」

 どうやら某かの精神が直接的な人型をとっているため、感情を隠すのは苦手らしい。動揺しているのが丸解りで、俺は自分の考えに確信を持つ。そのことによりさらなる余裕が生まれ、俺はますます優位に立つ事が出来る。

「フッ、女の良さを知らずに殺せとか、ゲイじゃなければ童貞しかない。それともそっち系か?」

 俺の挑発に闇の人影は大きく膨張し、怒りの思念がほとばしる。それは強烈なものだが、精神的に優位に立った俺には音と光が凄いだけの、遠くで光る稲妻に等しかった。

「どうやら違うのか、それならなぜ女まで殺そうとする。やっぱ、童貞なんじゃないか?」

 闇の人影は童貞じゃなければゲイと言う、ある意味男にとって究極の二択を突き付けられ、より忌避感の強い方を避けるあまり俺の術中にはまる。両方を否定すればいいのだが、片方が真実である場合否定しきるのは難しい。特にこいつの場合は精神的動揺が目に見えるだけに特にそうだ。

「ど、童貞の何が悪いって言うんだよぉ。そんなの関係ねぇだろう。俺はさあ、女なんて低俗なものには興味ねぇんだ。奴らは人を見かけで判断し、地位と財産で値踏みして選別して人を排除しやがるんだ。そんなくだらねぇ女なんてもんは、この世界から消えちまえばいいんだよぉぉぉ」

 この『魔剣』がかたどった、闇の人型であるこいつがどういった経緯で形成されたのかは不明であるが、女性に対してかなり屈折した感情を抱いているのは間違いなかった。

「お、お前なら解ってくれるだろう? 女のくだらなさを、醜悪な性根を、お前とは分かり合えそうな気がするんだ、いい相棒になれそうだなって。だってお前の心に触れた時に感じたんだ、女に対する屈折した思いを、俺たちゃ同類だろう?」

 そういわれて思わずカッとなるのは、確かにこいつの言うとおり、そこにかつての自分の姿を垣間見ているからなのかもしれない。だが、今の俺は違うのだ。こいつとは決定的に違うものになっているのだ。

「だからよぉ、そこにいる女共をぶっ殺そうぜ、気持ちいいんだぜぇ。女の柔肉を切り裂くのは女とヤルより気持ちいんだって、俺が保証するよぉぉぉ」

 そう言って、再び俺を支配しようとするが、俺はそれを頑として拒む。相容れない絶対的な価値観の違いが際立った今、どんな精神的攻勢も俺の前では無意味となった。

「ククク、童貞野郎が何を保証するって? 笑わせんなよ小僧。いいぜぇ、お前に教えてやろうじゃないか、女を知るって事の本当の意味をよぉ」

 俺と『魔剣』は今、接触に伴う精神的な繋がりにより思念を交わしている。自身の持つイメージが、ダイレクトに相手に伝わると理解して貰えばいい。これはこの世界で魔法を使うに当たり、散々やって来た事でもあるし、元々妄想は俺の得意分野だ。

 俺は自身の中に蓄えられたありとあらゆるエロ知識――AV、エロゲ、エロ漫画、官能小説、実体験――を駆使して、ありったけのイメージを叩きつけてやった。

 それは、一番初めに『魔剣』が負の感情をぶつけてきたことを相手にやり返したと言っていい。但しこちらの内容はピンク色に染まっているが・・・・・・。

 『魔剣』が姿を変えた闇の人型も、押し寄せるイメージに必死に抵抗しようとはしたようだ。だが、負の感情に耐性を持つ俺とは違い、童貞には悲しい事にエロに対する免疫力がなかったのだ。瞬く間に浸食され、ピンク色に染め上げられていく。

「なんだこれぇ、何なんだよこれぇぇぇぇ」

 闇の人型は、揺さぶられ次々と形を変えていく。

「ああ、これは闇だ、ピンク色の闇だ。お、俺の世界が染め上げられていく、ピンク色の闇の世界にぃ・・・・・・」

 俺の目の前で、闇の人型はピンク色の妄想を取り込み、どんどんと巨大化し膨れ上がっていく。

「何て事だ、これが女、これが女体・・・・・・。ああ、女体サイコー・・・・・・」

 ついに飽和を迎えた闇の人型は弾け飛び、その姿に内包していた多くの怨念を開放する。それは一様に幸福そうな表情を浮かべ、天へと帰っていく。俺の妄想で、文字通り昇天したらしい。

(終わったのか・・・・・・)

 俺は昇天する男達を見送りながら、彼らの来世に幸福が訪れることを祈っていた。もし運命が少しでも変わっていたら、俺がユーリエに出会えていなかったら、きっと俺もあの連中の仲間入りをしていた事だろう。勝敗を分けたのは、実に紙一重の差なのであった。

 俺が感慨に浸っていると、闇の人影が弾け飛んだ辺りに青白い火の玉がフラフラと浮かび、ふよふよと漂っている。

「マスター、マイマスター!」

 突然、火の玉は目の前でクルクルと回り出し、俺に語りかけてくる。

 火の玉に語りかけられるというシュールな情景に、俺は耐え切れずに無視を決め込もうとした。

「ちょっとちょっと、無視しないで下さいったらマスター! 儀式を完了しないといつまでもこの世界から出られませんよ!!!」

 火の玉がより一層クルクルと激しく回り出し、焦りの感情を伝えてくる。俺はやむなく応じることにした。火の玉が語っていたこの世界というのは、どうやら『魔剣』と対話していた精神世界の事らしい。

 俺の意識では体はちゃんとあるし、それを感じることもできるのだが、体を動かすことが出来ないまま『魔剣』を持って固まっていた。

「お前はなんだ、さっさと元に戻せ」

 俺は火の玉に向かってぞんざいに命じる。もうこの騒動にはうんざりしているのだ。

「ですから、ちゃんと儀式をしていただかないと無理なんですって、私の話を聞いて下さいよマスター」

 火の玉の分際で俺をマスター呼ばわりするくせに、そこには一欠けらの敬意も込められていない。

「お前は何者で、儀式とはなんだ。とっとと話せ!」

 俺も火の玉に払う敬意など無いから、乱暴に話を先に進めようとする。

「よくぞ聞いて下さいました。我こそはラシュケミが魔剣の一振りであるサートの精霊でございます。サートとは名前ではなく七番目の意味でしてそこはお間違え無きようにお願いしたいと思いますが、便宜上私の事はサートとお呼び下されば答えない事も御座いません。そもそも、ラシュケミが魔剣とは偉大なる神代の鍛冶師であるラシュケミ様がお打ちになられた十三本の魔剣で――」

「サート、とか言ったっけ? その話は長くなるのか?」

 延々と続きそうな自己紹介を、怒気を込めた問いかけでぶった切り制止する。こうでもしなければ延々と話し続けそうな気配を感じたからだ。

「ううう、酷い、酷いよ。また、こんなマスターなの? 私が何をしたっていうのさ。二千五百年ぶりにやっと新しいマスターを得られたと思ったら自己紹介もさせてくれないなんて酷過ぎる。ムキーーーーーー」

 サートと名乗った火の玉は、抗議するかのように明滅しながら回転速度を上げていく、大変うっとうしい奴だった。

 俺はしびれを切らして火の玉を左手で、むんずっと掴み取った。

 今は精神世界にいるので、相手も自分も実体を持っているわけではない。ならばイメージすればできない事は無いと言うのが、先ほどの争いの中で得た感触であった。だからそれに従い、火の玉を掴み取ることはさほど難しくは無かった。

「な、何をするんですかマスター!」

 火の玉が左手から逃れようとウネウネしているが、俺は左手に力を込めるイメージを強める。

「もう、説明する気がないならお前を消し飛ばした方が早いかなと思っただけだが? 『魔剣』の精霊というからにはお前が核なわけだろ? お前を消せば『魔剣』も消滅するし、俺もここを出られて一石二鳥じゃないか?」

「一石二鳥って、ちょっとー! 『魔剣』ですよ『魔剣』!? その価値は一つの国をも上回り、神様だってバッサバッサと切り倒せちゃうんですよ? それを破壊ってありえないでしょ~!???」

「いやだって、俺は剣士じゃなくて魔術師だし、お前いると魔法使えなくて邪魔だし、使えないどころか存在自体が有害以外の何物でもない訳だが・・・・・・、やっぱり消しておくか」

 俺はさらに左手に力を込め、火の玉を消し去るイメージを強めようとする。

「うえ~ん、マスター私が悪うございました~。心を入れ替え改めますから消し去るのだけはご勘弁を~、うっうっうぇ~ん」

 俺の本気を感じ取ったのか、魔剣の精霊サートは泣き落としにかかってくる。さすがにこうなってくると、下手に出る相手を消し去るのは躊躇われる。精神世界でのやり取りなので、相手に嘘がないことも解ってしまうからだ。

「じゃあ、さっさと俺を開放しやがれ」

 俺はサートから手を放して、要求を突き付ける。サートは弱々しくふよふよと漂いながら、告げてくる。

「それには儀式が必要なんです~。私とマスターの正式な『魔剣継承』の儀式が完了しないと私もうまく力を使えないんですよ」

「『魔剣継承』? なんだそれは、手短に説明しろ」

「もう、マスターは短気すぎますよう。要はマスターが前マスターの支配から私を解き放ったおかげで、私は次のマスターを登録するまで初期状態に置かれているんです。この状態だと私には会話する能力しか与えられていないんです」

 俺は理解した事のしるしに頷きを返し、サートに先を促した。

「私達ラシュケミが魔剣は、マスターの影響を強く受けるんです。マスターの願う姿を形取り、望む力を振るうのです。ですが、マスターが代替わりする時、元のマスターの思念の方が強いと逆にその思念に乗っ取られてしまうんですよ。私の場合、前代マスターがあんな人でしてね、いや~苦労しました。あの人も契約した時は純朴な少年だったんですけどねぇ。いえ、ごほん」

 話がそれたことを自覚したのか、さすがに俺が指摘する前に軌道修正を図る。余程先の事が答えているのだろう。

「それで、前マスターの支配を上回った場合、『魔剣』は初期化されて新たなマスターが望む形を取り、新たな“銘”を頂いて、そのマスターにお仕えすることになるのです。儀式とはその事を差していまして、私に新たな形状と“銘”を頂ければ完了です」

「どうすればいいんだ?」

「先ずはお好きな剣の形状を想像して下さい。私の方でそれを汲み取って、最適な形に変化します。そしてその後、私に“銘”を告げて下さい」

 それでやっと説明が終わったらしい、だが、いきなり剣の形状をと言われても、普通は思いつかないだろう。

 少し迷った末に、俺は昔の思い出を引っ張り出す。骨董好きの祖父に連れられて行った骨董屋や博物館、刀剣を趣味としていた祖父の友人宅で間近に見た、完成された美しい姿を脳裏に描く。

 俺がイメージした形に沿って、手にした刀剣は急速に形を変えて行く。

 刀身は長くなり、七十センチ弱に達する。幅は狭く、全体的に反りを打ち、片刃で、美しい刃紋が浮かんでいる。

 握っていた柄もいつの間にか伸び、見た目には本物にしか見えない鮫皮に、絹の手触りがする紫色の柄巻きが美しく巻かれている。

 俺が気付いた時には、正真正銘の日本刀としか呼べない刀剣がその手にあり、俺はその美しい刀身に魅入られるように見入っていた。

「おお、マスター! 生まれ出でてから二千五百年、こんな形状の剣を見たのは初めてです。ですが私も『魔剣』の端くれ、この姿がとてつもない機能美に溢れている事は解ります。イヤー、素晴らしい! 流石はマスター、私もこんな美しい姿になれて幸せ者です!!!」

 このウザ過ぎる魔剣の精霊は、俺の神経を逆撫でするのが余程得意らしい。美術鑑賞をおべんちゃらで台無しにされた気分で、俺はイラッとしていた。

「さあさあ、マスター、この美しい姿に見合った華麗で格好良い“銘”を下さい。さあ、さあ、さあ!」

 気が付けば、鞘まで変形した姿で左手に収まっていた。俺は慣れない手付きで刀身を鞘に納めていく。

「待って? 待って! 待って!!! マスター“銘”を忘れてますよ!? “銘”がなきゃ儀式は完了しませんからね!」

 サートが慌てた様に叫ぶが、俺はすでに“銘”を決めていた。だが、それを告げた後に起こるであろう騒音を最小限に収める為に、先に鞘に納める準備をしていただけだ。

「では、お前に“銘”を与える。お前の新しい“銘”は“童貞丸”だ」

「・・・・・・は? “童貞丸”? ちょっとマスター! そんな“銘”なんて許しませんからね! マス」

 俺は予想通りの反応に閉口し、素早く『魔剣』“童貞丸”を鞘に収めた。チンという甲高く美しい音と共に『魔剣』が鞘に収まると、その瞬間にサートの声は聞こえなくなり、同時に精神世界からの復帰を果たす。その手には、しっかりと鞘に収められた『魔剣』“童貞丸”が握られていた。

(これでも昇天した奴らにあやかって付けた名前だ。良い名前だと思うがなあ)

 俺はそんな風に考えたりもしたが、本音の所では魔剣の精霊サートへの嫌がらせの面が大きいかもしれない。

 現実世界に復帰した事を再度確認し、歩き出そうとして失敗する。強烈な目眩に似た症状が突如襲い、俺は膝から崩れ落ちてしまう。なんとか『魔剣』を杖代わりにする事で、辛うじて転倒は免れた。

「あなた!」

「ウート様!」

「ご主人様~!」

 次々に俺を呼び、駆け寄ってくる気配を感じて振り返る。アマーリアでさえ顔面を蒼白にし、駆け寄ってくる姿が見えた。

「すまん、ちょっと油断したがもう大丈夫だと思う。心配掛けて済まなかった」

 俺は『魔剣』に寄りかかって座っている事すら辛くなり、思い切って地面に横たわる。首無し死体も側に横たわる劣悪な環境だが、体調の悪さはすぐには戻りそうに無かったので仕方が無い。

「なんだか知らないが、目眩がする」

 アマーリアが、横たわる俺の頭をそっと持ち上げて膝の上に乗せてくれる。所謂いわゆる膝枕という状態である。こうすると、眩しい胸の膨らみが眼前に迫り、特に露出した右半分が気になって仕方が無いが、今は抵抗するどころか、ちょっかいをかける気力すら湧かない。大変残念なシチュエーションである。

「確証はありませんが、精神疲労マインドダウンかも知れませんね、随分と消耗しておられるようですから」

 俺の額に手を当てながら、アマーリアが優しく額の汗を拭ってくれた。

「『転移テレポート』は使えるようになったか?」

「はい。先程から魔法に対する妨害が無くなりました。『魔剣』の形状も変化したようですが、何が起こったのでしょうか?」

「俺にも詳しくは解らないが、どうやら俺がこいつの新しいマスターになったらしい。形状はマスターの好きに変えられるんだとさ」

 俺は傍らに転がした『魔剣』の鞘を軽く叩き、軽い調子で説明した。

「『魔剣』のマスター・・・・・・、ですか!?」

 アマーリアにしては珍しく、やや呆れたような声音で言った。

「なにかまずい事でもあるのか?」

 彼女にしては珍しいその言い様に、俺は何となく不安を感じて問いただした。

「いいえ、ただ、・・・・・・驚いているだけです。私の知る限り、『魔剣』という存在は容易く支配できるようなものではありませんし、大抵は自らを切り刻んだラシーヴのように、乗っ取られて操られる運命が待っていると聞いていたものですから・・・・・・」

(つまり、アマーリアであっても、魔剣というものは無視できない存在という事か。まあ、魔法に対するあれほどの支配力を見せつけられては無理もない。魔法を扱う者マジックユーザーにとっては天敵どころの話じゃ、無かったしなあ)

 俺はアマーリアの拘りが、『魔剣』という存在に対する驚きであると思い、ほっとしていた。俺自身が呆れられたのでなければそれでいいのだった。

 それに俺としては、『魔剣』を支配するに至る経緯を他人に話すことも出来なかった。まさかエロ妄想に弱い相手だったんですとは、だれが信じてくれると言うのか。

(なまじ信じて貰えたとしても、それはそれでなんか嫌だし・・・・・・。呆れられて軽蔑される羽目になりそうじゃないか。もし人に聞かれたら、俺の偉大なカリスマによって支配したと答えることにするか)

 俺は自分の沽券を守るために、今回の真相を墓まで持っていく事に決めたのだった。

「リア、一旦街に帰ろう。せっかくの休暇が台無しだが、いつまでもここにいるわけにはいかない」

 アマーリアの膝枕は捨てがたい魅力があったのだが、さすがに凄惨なこの現場に、いつまでも家族を置いておきたくなかった。

「解りました」

 アマーリアは当然の如く返事をすると、俺の頭を大事そうにそっと地面に横たえ、立ち上がった。その時スカートの縁が顔に掛かり、美しい生足とその奥が見えそうなアングルを得たが、幸いな事に暗くてその奥は見えなかった。

 幸いというのは、その事をばっちりとアマーリアに気付かれたからだ。アマーリアが目で「見えました?」と問うてくるので、慌てて首を振る。本当に見えていたら誤魔化しきれなかったと思うので、見えなかったのは幸いなのだった。――何故かアマーリアは残念そうなそぶりを見せた気がしたが、気のせいだろう。

「メンバーは俺と、ハルすまないが一緒に残ってくれ。先にそれ以外のメンバーを頼む」

 ハルケートが頷いたのを確認し、アマーリアにお願いする。『転移テレポート』は

一度に六人しか運べないので、二人余る計算になるのだ。ハルケートを残したのは最年長の男子であるからに他ならない。男は進んで割を食うべき生き物なのだ。

 アマーリアが他の五人を連れて『転移テレポート』した後、ハルケートがじっと『魔剣』を眺めているのに気が付いた。

 俺は視線の行先を確認するように『魔剣』を取り上げ、右手で柄を掴み左手で鞘を掴んで軽く濃い口を切る。ハルケートはその様子を食い入る様に見ているが、ここで問題が発生した。

 濃口を切った途端に『魔剣』の精霊サートが暴れ出し、涙ながらの抗議をぶつけて来たのだ。その勢いは、壊れたラジオの騒音ノイズの如しであり、俺を閉口させる。

(サート、今すぐ辞めないと重りをつけて海底に沈めてやるぞ)

 俺は本気の念を込めて、『魔剣』に思念を送り込む。俺の本気が伝わったのか、途端に静かになった。

(本当にしょうがない奴だ)

 俺は静かになった『魔剣』“童貞丸”を鞘から完全に抜き、ハルケートに見せつけた。

 日本刀の素晴らしいところは、刀身それ自体が刃をイメージさせるところだと俺は思う。美しい反りと、刃に浮かぶ刃紋が斬ることに特化したイメージを増幅させる。

 これに比べると西洋の剣は、斬るだけではなく、叩いたり押しつぶしたりするイメージがどうしても付きまとうし、中東などそれ以外の地域の剣も、日本刀程には刃を前面に打ち出していないように思えた。

 そんな斬るイメージに溢れた日本刀を、ハルケートは息をのんで見つめている。

(やはり男の子だな。戦いを好むか好まないかは関係なく、興味を持ってしまうんだよなあ)

 俺は、ハルケートのその様子を確認してから『魔剣』を鞘に納めた。

「欲しいのか?」

 俺はハルケートに尋ねてみた。

いつも俺の仕事を手伝い、兄弟たちの面倒を見ているハルケートからは感じ取れない、彼自身の欲求に興味を持ったのだ。正直に言えば、普段は忙しすぎてあまり構ってやれていない事も気にかかっていた。

「いえ、そういうわけでは・・・・・・。ただ、」

「ただ、なんだ?」

 言い難そうにしているハルケートの言葉尻を捉えて、先を促す。

「今日みたいな事があった時に、家族を守ることが出来ない自分が悔しくて、情けなくて、武器があれば僕も戦えたんじゃないかって・・・・・・」

「そうか・・・・・・」

 俺は思いがけないハルケートの言葉に、なんと返すべきか戸惑ってしまう。普通の親ならこういう時に何と諭すべきなんだろうか?

(暴力なんてダメだって言うべきなのか? それは、危険な目に遇っても無抵抗でいろって事じゃないのか、俺自身だって自衛の手段を行使するのは当然だと思っているのにか? あまつさえ目の前で大暴れしたばかりでは、説得力が無いにも程がある。それに、この世界は“元の世界”より遥かに警察力が弱い。だから同じような理屈で考えてはだめなんじゃないだろうか? ある程度の自衛手段を持たなければ、悪意に蹂躙される可能性があるのだし、それを悔しく思うのは男なら当然じゃないか)

 俺とハルケートが初めて出会った時、ハルケートは家族を守るために俺に立ち向かって来た。それが勘違いから来る行動だったとしても、そこから逃げることを選ばなかった。守るための力を欲するハルケートに、その機会を与えるべきだと結論を出すのに、そう時間はかからなかった。

「帰ったら、ボルクさん達に手解きをお願いしてみるか? 武器はその結果次第だな」

「いいんですか?」

 俺の言葉に、ハルケートは意外感を滲ませた表情を見せる。俺はそこに引っ掛かりを感じて聞いてみた。

「いいけど・・・・・・。なんだ、反対されるとでも思っていたのか?」

 俺の問いに、ハルケートは顔を伏せながら答える。

「旦那は、俺に酒場を継いで欲しいんだと思っていました」

「そうか、誤解させたのなら悪かったが、俺にはそんなつもりはないな。そもそもあの酒場は俺の物ですらないしな。まあ、勝手しまくってるから説得力はないかもしれないが・・・・・・」

 俺はハルケートを見つめ、ニヤリと笑って見せた。自分でも、やりたい放題やりすぎているんじゃないかと自省していたりもするのだ。周わりから見れば尚更そう見えるだろう。

「俺にとって酒場の仕事は面白いし、金も稼げる。だけどそれをお前や、ヨハイムにまで押し付けようとは思わないな。どちらかと言えば、男なら自分がやりたい事を自分で見つけて欲しいと思ってる」

 これは俺の偽らざる本心であり、ある意味信念でもある。矛盾するようだが、俺には職業に対する拘りは全くない。俺にあるのは金を稼ぐために働き、一人の人間として自立して生きるという目標であり、それこそがやりたい事だからだ。

 一つの職業に拘り、それが叶えられないからと言って挫折したかのように振る舞うのは愚か者としか言いようがないと思っているし、この仕事は自分に合わないと愚痴る行為も同様である。

 そもそも、その人間に遇った職業が世の中に存在しない可能性だってあるのだし、存在していたとしても能力的に適性がない場合だって有るのである。だから、多くの人は自身の望みと仕事に折り合いをつけ、納得して生きているのだ。

 そして、納得して生きるためにどうしても必要な事は、それを自分自身で決めたかどうかではないだろうか? 納得できない職業が、自身で決めたものでは無かった場合、その事が一つの逃げ道となり覚悟を決めることが出来ないのだ。

 覚悟が決まらなければ人は惑い、悩み、挫折する。そうなれば後は不幸な結末か、偶然の幸運による救済しか残されていない。

 俺はハルケート達に、そんな風にはなって欲しくないし、自由に自身の望みを叶える事こそが、俺がハルケート達に望む事だと言っていい。

そもそも、沢山の親が子供に熱心に教育を施すのは、子供が望みを抱いたその時に叶えうるだけの選択肢をより多く持っていられるようにと願うからなのだ。

 もし、その事を履き違えている親がいるとしたならば、その子供の多くは不幸な人生を歩まされることになるだろう。子供は親の望みを叶えるための道具ではないのだ。

 俺は俺の信念を持って、ハルケートが望むならそれを叶えてやるつもりだった。

「だから遠慮しなくていい、やりたい事があったら素直に言ってくれ。お前だけじゃなくて弟妹達にしてもそうだぞ。な~に、お前たちが立派になってたくさん稼げるようになったらしっかりと元は取らせて貰うから、安心していい」

 俺は起き上がり、ハルケートの頭を強引に撫でた。

「あら、楽しそうですわね」

 丁度その時戻って来たアマーリアが、その様子を見て急に声をかけてくる。俺達は驚き振り返ってその姿を視界にとらえた。

「何を話していたんですか?」

「それは言えんな。男同士の他愛無い話さ。な、ハル」

「はい!」

 絶妙の連帯感を見せてハルが答え、アマーリアはちょっと拗ねたような顔をするが、結局それ以上の追及はせず、俺とハルを連れてメセルブルグの街へ戻るために『転移テレポート』したのであった。


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