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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第三巻
47/51

とある喧嘩の決着事情

 家族が宿泊するために借りたロッジの庭で、急拵えの竈を作り、俺は夕食の為にカチュアの街から仕入れてきた海産物をメセルブルグで用意してきた鉄串に刺し、せっせと海鮮バーベキューを量産していた。

 ロッジの庭には、大きな丸太でできた野外用のテーブルが設置されており、家族全員が食卓に着いていた。家長席にはカチュアの街で観光客向けの美容健康マッサージフルコース――マッサージを主体にした、所謂エステみたいなものらしい――を堪能してきたハンナが座っている。

 すでに子供たちを始めとする全員が料理に舌鼓を打ち、初めて味わう海鮮料理に歓声を上げ、夢中になって味わっている。

 俺はその様子を見て嬉しくなり、様々な魚や貝、烏賊や海老等を次々に焼き、全員の旺盛な食欲をせっせと満たしていた。

 実は昼間の出来事でショックを受けたりしていないかと、心配していたりしたのだが、見たところそんな様子はなく、ほっと胸を撫でおろしていた。

 特に直接的な暴力を振るわれたクラリッサの事を心配していたのだが、意外に立ち直りが早く、ラシーヴの事を盛大に罵った後、アマーリアに感謝されてご満悦の様子である。

 最近は口を開けば「私、アマーリアお姉さまになる」――多分、アマーリアの様な女性になるの意――と言っているだけに、相当な憧れを抱いているのだろうが、そのアマーリアから喜ばれ感謝されることで、憧れの存在に近づけたような幸福感を味わっているらしい。その高揚感が、暴力に対する恐怖を上回った格好だった。

 さっきの事を思い出すと俺の腸も煮えくり返りそうになるが、一度矛を収めた以上は蒸し返す訳にもいかず、家族の楽しげな夕食の風景を見てやっと溜飲を下げたところだった。

 仕入れてきた海産物を粗方焼き終わり、俺も食卓の輪に加わる。すかさずクラリッサが寄って来て、俺の膝の上に乗ってくる。さすがに昼の事があるので邪険にしづらく、それを見透かしたように海鮮櫛を差し出してくる。

「ご主人様クラリッサが食べさせてあげる」

「いや、余計に食べづらいよ」

「だーめ、今日はクラリッサのお願い聞いて」

「・・・・・・しょうが無いなあ」

 俺はクラリッサが差しだしてくれる鉄串から、貝柱を囓り取りモグモグと咀嚼する。この貝は、シャコ貝に似た形状で貝柱が旨いと勧められたので買ったのだが、確かに甘くて歯ごたえが有り、非常に美味しい。

「ご主人様美味しい?」

「ああ」

「良かった、じゃあ次はこれね」

 楽しそうなクラリッサに水を差すのはどうかと思い、俺は進められるがままに魚介を味わっていった。ハッキリ言って、クラリッサとのやり取りはあちこちこそばゆくなるのだが、年齢を考えればまだ甘えたい盛りであろうクラリッサの事を考えると、この程度のお遊びなら付き合うのはやぶさかでない。

「ありがとう、もうお腹いっぱいになったよ」

「ご主人様美味しかった?」

「ああ、クラリッサのおかげで旨かったよ」

「えへへ、どういたしまして」

 俺はクラリッサに断って食事を終了して礼を言うと、クラリッサははにかむ様にして嬉しそうに笑っていた。

 そろそろ太陽が沈みきり、周囲は闇に包まれ始めている。最後まで食事をしていた俺が食べ終わった事で、俺達は手早く後片付けに掛かり、それを済ませるとロッジに引き上げる。

 こうして、楽しげに夕食を囲んでいた俺達だったが、その日あった事を完全に払拭できていたわけでは無い。正直に言えば、思い出すのも不快すぎて忘却の彼方に押しやろうと必死、と言うのが真相であった。

 それでも、俺達が平然と夕食を取れる状態で争いが収まったのは、ある意味運が良かったと言えるかも知れない。もし、あのまま大量殺戮なんて事になれば、さすがにこうしてのんびり夕食を囲む事など出来なかったであろう。

(まあ、後味の悪さは残っているが、ムカつく美男子ハンサム野郎を駆逐して、正しく世直ししたとでも思って忘れる事にしよう)

 俺は、あの後起こった出来事を振り返って、そう結論付ける事にした。



「お待ちなさい!!!」

 そう言って、強い声で俺達を制止したのは、禿頭に真っ赤な衣を纏ったこの国の神官であった。しかも、ただの神官では無く、自称次期国王だというラシーヴの後見人で有り、お目付役でもある人物であった。

 この南方大陸においては、メセルブルグがある北方大陸とは異なる政治形態がとられているのだが、そこで重要な役割を担っているのがラーマーヤナ教という多神教の宗教である。

このラーマーヤナ教という多神教の宗教は、南方大陸一円に広く根付いており、民衆にも厚く信仰されている。そして、その神々に使える神官も民衆から絶大な尊敬と信頼を勝ち得るに至っている。

 一方で、ラーマーヤナ教の教義では、神官は“民衆と広く交わり共に歩む者”とされているため、自ら統治を行う事には消極的であった。

 しかし、多くの人間が共同で暮らしを営む為には、その地域と人に合わせた固有のルールや警察組織といった統治機構が欠かせないものである。

その必要性から生まれ、民衆から選ばれたのがクシャートと呼ばれる戦士階級の人々である。

当初は自警団的な組織として誕生し、所属する集落の警備や諍いの仲裁等をしていたが、やがて水源を巡る争いといった外部との衝突の際にも力を発揮するようになった。

彼らはラーマーヤナ教の神官達の後ろ盾という間接的な民衆の支持を得て、徐々に民衆に対する支配力を強めて行く事になった。

やがて多くの民衆を束ねる者の中から、王と呼ばれる存在が生まれた。

 王の権威が拡大するにつれ民衆に対する支配も強まり、税の増加や労役の拡大、はては私欲による戦争行為への徴兵等、様々な問題が発生してしまうのは何処の世界でも変わらないらしい。

 だが、そのような事態が起こると、民衆はラーマーヤナ教の神官を頼り激しい抵抗を起こした。ラーマーヤナ教の神官は常に民衆の側に立ち、時に争い、時に融和しながら王の支配に対抗して来たのが、南方大陸の歴史である。

 王権は、民衆の支持とそれによってもたらされるラーマーヤナ教の信任によって成り立ち、その事によってある程度バランスの取れた統治をもたらしている。

 また、強大な権力の支配が持続し難いと言う政治情勢もあってか、南方大陸には巨大な国家が存在しておらず、地域ごとに小国が並び立ち、それをラーマーヤナ教が緩やかに繋いでいると言った社会体制であった。

 あの時俺達を止めたのは、そんなラーマーヤナ教に連なる神官であった。

 この国の神官の証である、真っ赤な法衣――後から聞いたところによれば、この法衣は大きく長い一枚の布を纏っているとの事で、ラーマーヤナ教においてこの布は、世界そのものを表し、自身が世界に包まれ、守られ、生かされている事を表している。なお、男達が頭に巻いた布も同様の意味を持つ――を隙無く纏い、禿頭を太陽に眩しく光らせている。

 年の頃は六十歳前後に見え、わずかに衰えが始まっている様子だが、それにしてもその歳にしては鍛えられた体をしている。顔には多くの皺が刻まれ、表情を読むことを難しくしているが、双眸に浮かぶ理知的な光はしっかりとこちらを見据え、ぶれる事無く見返してくる。

 自称、次期国王のラシーヴや、その取り巻きである兵士達にブチ切れてはいても、第三者に対してまで迂闊な攻撃を仕掛けるわけにはいかない。その位の分別は、かろうじて残っていたので、俺は警戒を解かずに相手の出方を伺う事に決めた。

 禿頭の神官は、真直ぐにラシーヴの元に向かい姿勢を正してお辞儀をすると、先ほどと同じよく通る落ち着いた声で問い掛け始めた。その姿には、威厳と相手に対する媚びを含まない凛とした姿勢が見られ、ラシーヴに対する一定の敬意はあれど、気後れや遠慮した様子は見られない。

「ラシーヴ王子、これは一体どうした事です?」

 禿頭の神官の問いに対し、ラシーヴは答えに詰まり明らかに狼狽した様子を見せている。俺としては、この自己中心的で尊大な若者がどのように言い逃れするつもりなのか、俄然興味が湧いてくる。

 どう考えてもここは、謝罪以外の選択肢など無い場面なのであるが、一方でラシーヴからは謝罪をするようなイメージが全く湧かない事もあり、どう折り合いをつけてこの場を凌いで自尊心を保つのか、俺は悪趣味な興味を持って見つめていた。

「こ、これは、その、あれだ、ひ、人助けだ! そう、人助けなのだ!!!」

 ラシーヴは動転するあまり、訳の分からない事を喚き始めた。少なくとも俺にはそう感じられた。

だが、ラシーヴは口から先に生まれて来たような性質たちなのか、喋るほど調子を取り戻し、その言説は止め処なく収拾が着かなくなるようであり、唖然とする周囲を置き去りにして彼の独演会が開始される。

「見よ、この邪悪な姿と禍々しい力を、奴はこの力で人々を襲い、美しい娘をかどわかしているに違いないのだ。でなければ彼女のような美しい女性が、このような邪でみすぼらしい男と行動を共にしているはずがない。私はこのような非道を見過ごす訳にはいかなかったのだ」

 喋り続ける内に、自説の正しさを信じ込んでいるのかのように自信を取り戻して行き、最後には堂々たる姿で主張するに至る。

そんなラシーヴの高揚する姿とは反比例するかのように、周囲は気力を萎えさせていく。特に、先程迄は決死の覚悟を決め、俺に挑みかからんとしていた兵士達の瞳からはどんどんと力が失われ、死んだ魚の目のように虚ろになっていった。

「さあ! 我らには神々の加護が付いているぞ、我が兵士達よ、躊躇う事なくその者の首を刎ねよ!」

 すでに精も根も尽き果て、死への覚悟はもちろん絶対の忠誠心すら消え去っているのだろうが、それでも鍛えられた兵士にとって上位者からの命令は絶対の効力を発揮する。彼らは虚ろな表情のまま、剣を上げ、俺の方に向かおうとし始めた。

「おだまりなさい。黙って聞いていれば訳の分からない事を、“我が夫”への無礼の数々、許しませんよ」

 その兵士達の動きを止めたのは、アマーリアのラシーヴを糾弾する一撃であった。

 その場にいる全員が、アマーリアを見て、俺を見て、再度アマーリアを見て、俺を見る。交互に繰り返すその度に、彼らの顔には驚愕の表情が浮かんでいく。それは魚の死んだような眼をしていた兵士達すら例外ではなかった。

(ああ、いっそひと思いに、みなごろしに出来たら気持ちが良さそうだ・・・・・・)

 俺はその表情に込められた意味を察し、もう少しで禁断の選択を行ってしまいそうになった。だが、そんな殺伐とした俺の心を救ってくれたのは、温かい家族の言葉だった。

「あなたのような、相手を自らのおもちゃのようにしか考えられない人に、私の夫の価値は永遠に解りません」

「そうよ、そうよ、ご主人様は強くて、かっこよくて、優しくて、あなたなんかより全然素敵なんだから。あなたなんか、ご主人様と比べたらゴブリン以下よ、ゴブリン以下」

「あ~う~きゃっきゃ!」

 ユーリエに続き、クラリッサからも褒め殺しに遇い、最後にはミリィからも謎の声援らしきものを貰った。俺は胸が熱くなり、誇らしい気持ちで一杯になる。今なら、多少のことでは動じないだけの精神的余裕がある。

「お、おのれおのれぇぇぇぇぇ! 不敬罪、不敬罪だ! こいつらをみなごろしにせよ!!!」

 だが、その事に従う兵士はもはや残されていなかった。兵士達は次々と手に持った剣を砂浜に投げ捨て、禿頭の神官の元に集まり、跪き、祈りを捧げ始めた。

「ラシーヴ・クシャード・スチャーダ=ラパー王子殿下、お目付け役として長らく殿下の後見人を務めてまいりましたが、此度の行状、いえ、これまでの行状目に余り申す。本日只今をもって後見人の任を下ろさせていただく。それに此度の事は、国王陛下に直接ご報告させていただく。御免!」

 禿頭の神官は、そう言い放つなりラシーヴの前から踵を返し、歩み去って行く。剣を投げ捨てた兵士達もその後に続き、離れて様子を見ていた侍女達もばらばらに散って我先にといなくなった。その場には、ラシーヴ一人が残された格好となる。

「なぜだ! 女達までだと、あれほど良くしてやったのに恩知らずめが、私が王になった暁には必ず報いを受けさせてやるぞ」

 ラシーヴは大声でわめき散らし、イライラと歩き回って醜態を晒している。俺としては、最早殺す価値さえ見いだせない屑男でしか無い、放っておいてサッサと立ち去るに限る。

 俺は出現させていた『魔法の矢マジックミサイル』を、全て遙か上空へ打ち上げ、互いに衝突させる事で打ち消す。大きな魔力を充填させていたので、周囲に被害の出ないように処理するのに気を使ったのだ。

 それから家族全員を促して、その場を離れるべく動き出した。

 だが、俺のその行動を見て、ラシーヴが何を血迷ったのか解らないが、突如落ちていた剣を拾い上げると、俺達に襲いかかってきた。しかも何を思ったのか、標的はクラリッサという屑っぷりを発揮している。

「キャアアア!」

 俺は咄嗟に間に割り込み、振り下ろされた剣を左腕で受け止めたが、さすがに魔法障壁を持ってしても真剣を受けきる事は出来ず、剣が左腕に食い込んで鮮血が飛び散る。

「クッ! おらああ!!!」

 二度目の一撃も何とか耐えて、魔力の放出でラシーヴを弾き飛ばし、何とか距離を取る事に成功する。更なる攻撃に身構えるが、魔力の放出に驚いたのかラシーヴは背中を向けて這々の体で走り出していた。

その背中に攻撃をしなかったのは、自らの手を汚す価値を見いだせなかったからに他ならない。楽に殺してやる義理すら無いし、奴は王には成れないだろう。王に成れない残りの人生を屈辱にまみれて過ごす方が、奴への報いとしては相応しい気がしたのだった。

「ィッツ~」

 盾にした左腕を降ろしたときに、痛みを堪えきれずに声を上げてしまう。クラリッサに心配掛けまいとしたのだが、失敗してしまった。案の定、クラリッサは半泣きで、俺の様子を窺っている。

「平気だ平気、心配しなくて良いから。リア、頼む」

 アマーリアは心得た様子で『治癒ヒール』を唱え、俺の傷は瞬く間に治療される。俺は思いっきり手を振ってクラリッサに見せ、ニヤリと笑って安心するようにアピールした。それを見て、クラリッサは安心したように笑顔を見せる。

「全く、飛んだ目に遭った。何だったんだ? あの馬鹿男は。いいかクラリッサ、大きくなってもあんな見てくれだけの男に騙されないように注意しなくちゃ駄目だぞ?」

「何を仰っているんですかご主人様は。クラリッサは大きくなったら絶対にご主人様の妻になるのですからまったく何の心配もいりませんよ?」

 クラリッサに正面から堂々と告白されたが如くのその宣言に、俺は嬉しいやら恥ずかしいやらで絶句してしまう。まあ、そのうちもっと好きな男が現れたら目が覚めるのだろうが、それまでは俺が、蝶よ花よと育てあげればいい事だ。特に半端な美男子ハンサム野郎やいけ好かないイケメン野郎に引っかかる事だけはあってはならない。まあ、そんな有象無象の男達など、俺が端から排除するつもりではあったが・・・・・・。

 俺はせめてもの照れ隠しに、血のついていない右手でクラリッサの頭を強引に撫でると、全員を促してその場を後にしたのだった。



 夕食後に酒が入っていた事も有り、俺はいつの間にかウトウトと寝入っていたようだった。寛いでいた長椅子にはいつの間にかクッションが差し込まれ、いつもの俺ならそのまま朝までグッスリ寝入っていた事だろう。

しかしどういう訳か目が覚めてしまったらしい。しかも再び寝る事が出来そうに無い程目が冴えている。俺は、中途半端な睡眠に舌打ちをしつつ、それでも自分の部屋に戻り寝なおそうかと考えた。

「ウート様、至急皆さんを起こして集まって下さい」

 扉を出ようとしたところで、いきなり行き会ったアマーリアが緊迫した表情で警告を告げてくる。

後ろには、相部屋だったハンナとクラリッサが従がっており、俺はユーリエとミリィが居る自分の部屋へ、アマーリア達はハルケートとヨハイムが寝ている部屋へ向かう。アマーリアの様子から、問答する時間さえ惜しいとの思いが感じられたので、俺は急ぎ足で部屋の中に入った。

 部屋の中に入ると、ベッドで眠るユーリエの元に歩み寄り、ベッドの上に膝立ちになってそっとユーリエを揺さぶる。

「ユーリエ、ユーリエ起きて、どうやら何かあったらしい」

 横向きに眠るユーリエの柔らかな二の腕を揺さぶり、耳元で名を囁きながら起こす。ユーリエは一瞬、寝起きの混乱を見せたが、俺の姿を確認すると安心したかのように俺の声に従って動き出した。

 ユーリエは素早く身支度を調え、寝ていたミリィをそっと抱き上げる。

 俺も自分の荷物からポーチを腰に装着し、中から『片眼鏡モノクル』を取りだして装着する。

 そのまま、ユーリエを守るように肩を抱きながら廊下に出ると、全員が揃って俺達を持っていた。

「アマーリアどうする?」

「出来れば『転移テレポート』で脱出したかったのですが、どうやら間に合わなかったようです。魔法を阻害する力が近づいています」

「なんだと」

 俺は試しに得意の『魔法の矢マジックミサイル』を唱えようとするが、魔術フレームは完成するが、完成した魔力フレームに自然充填されるはずの魔力が充填されず、魔法が発動待機状態にならない。

「本当だ、何が起こっている?」

「私達の魔力支配より強大な力を持つモノが、辺りの魔力を支配下に置いているのです。私も低級法術なら辛うじて問題ありませんが、魔術は完全に封じられています」

 アマーリアの言葉に俺は顔を顰める。事態は思ったよりも深刻なようだ。

「不味い事態だな、取り敢えず何が起こっているかだけでも把握したいところだが」

 だが、起こっている事態を把握しきれないうちに、どんどん状況は悪化していく。状況の変化は、焦げ臭い香りと真っ黒な煙という形で俺達の前に姿を現した。

「火事か!」

「いえ、何者かが火を放ったようです。このまま全員で中庭に出ましょう」

 アマーリアの指示に従い、俺を先頭にして中庭へと続く扉を開く。だが、俺達はそこで待ち伏せに遭った事を知る。

「くっくっく、ゴミ虫共が燻り出されてきたわ」

 中庭で俺達を待ち構えていたのは、もう二度と会う事は無いと思っていたラシーヴの姿である。格好は殆ど変わっていないが、煌びやかであった衣装は所々黒ずんでおり、薄汚れた印象を受ける。何より変わったのはその表情で、全体的に何かに取り憑かれたようにやつれ、目は血走り、周りには隈が出来て落ち窪んでいるように見えた。

 初めて会ったときのような美男子ハンサムにはとても見えず、数時間で二十歳以上も歳を取ったようにすら見えた。

 そんなラシーヴは、禍々しい魔力の波動を放つ、反りの入った幅広の剣を鞘ごと左手で掴んでいる。柄も鞘も、赤と黒を基調とした禍々しい印象を見るものに与える物で、その波動はドクッドクッと鼓動を刻むように放たれ、周囲を圧している。

 さらに周囲には、如何にも街のはぐれ者といった風体の、様々な得物を手にした連中がラシーヴに従って俺達を囲んでいた。

「っち、しつこい男だな。そんなんだから部下や女達に見捨てられて逃げられるんだよ」

 俺は内心では焦っていたが、表面上はそんな素振りを見せずにラシーヴを煽る。取り敢えず打開策を探る間は、舌戦で勝負したかったのだ。ラシーヴはそんな思惑にあっさり乗ってきたように見えた。

「あのクソ女共や、クソ兵士共ならとっくにあの世に送ってやったぜ。もちろんあのクソ坊主もなあ。この俺様に逆らって、ただで済ませる訳が無いだろう。残りはお前達だけなんだよぉ」

 ラシーヴは愉悦に顔を歪めながらとんでもない事を告白し、俺達を戦慄させる。言われてみれば、ラシーヴの服の汚れも返り血のように思われた。

「厄介なお前の魔法も、こいつがあれば無効化出来る」

 ラシーヴは、見せつけるように手にした赤い剣を上に掲げ、残忍さと欲望がない交ぜになった表情を浮かべる。

「手に入れるのに苦労したんだぜ、坊主共が邪魔しやがってよぉ。まあ、ついでにみなごろしにしてやったら清々したけどなぁ。後はよぉ、お前の前で女を犯し、ガキ共の手足を一本ずつ落としてやれば少しは俺の気も晴れるだろうぜ。特にそこに居るメスガキはこの俺様をゴブリン以下呼ばわりしやがったからなあ、少しずつ少しずつ切り刻んでやるぜぇ。せいぜい派手に泣き喚いてくれよなぁ」

 ラシーヴの言葉に、周囲の男達も下卑た笑いを浮かべ、追従する事で答えている。奴らの視線は俺の後ろに居るユーリエやアマーリアに注がれ、奴らが何を期待しているかは一目瞭然である。

(くそ、絶対に皆を守らないと。だがどうする? 武器も無いし、魔法は封じられているんだぞ)

 流石に俺は焦りの色を濃くしていた。

 このままでは、全てがラシーヴの言葉通りに推移してしまう気がしてならない。そんな事は断じて許す訳には行かないが、それを防ぐ為に手に入れた力を封じられては、正直為す術が無い。

俺が躊躇している間にも、火を付けられたロッジに本格的に火が回り出したらしく、周囲を明るく照らし出し、強い熱と煙が背後から押しよせてくる。

 さらに周囲を囲む破落戸ごろつき達の包囲の輪が、ジリジリと狭まってくる。どの顔も殺戮と快楽の予感に酔った、吐き気を催すほどの醜悪な表情を浮かべている。

(落ち着け、落ち着くんだ。魔術の発動を封じられても知覚増幅は起こっている。これならそうそう後れを取る事も無い。後は奴らから武器を奪って、何とか皆を守り切るんだ)

 そうやって自分を奮い立たせるが、幾ら知覚の増幅があっても全員を一人で相手にするのには無理がある。誰かを人質にでもされたら終わりで、その可能性は十分に有った。

「ウート様、大丈夫です。左半分は私が受け持ちますから、右半分をお願いしますね」

 俺の焦りを知ってか知らずか、アマーリアはそう言って、いつもどこから出してくるのか解らない錫杖を構え、俺の方に微笑みかける。

(つまりアマーリアは、俺にそれが出来ると信じてくれているんだな。まったく、買いかぶるにも程が有るが、今はそれを信じて最善を尽くすしか無い)

 俺も自分を奮い立たせ、右側ににじり寄る男達を睨み付ける。

 普段顔が怖いと言われたりする事もある俺なのだが、普段そんな顔ばかりを眺めている破落戸ごろつきには全く通用しないようで、どんどんと距離を詰められる。

 そして一番近くに居た太い棍棒を持った男が、いきなり距離を詰めて俺に殴り掛かってくる。

(おっと、危ない)

 俺は何とかそれを避けると、得物を振り下ろした破落戸ごろつきの顔に掌底をお見舞いし、同時に魔力を放出して相手を吹き飛ばす。

 魔術は封じられていても、自身で放出する魔力が封じられている訳では無い。魔術とは違う純粋な魔力であるそれは制御する事が難しく、手加減する事が出来ない代物である。それをぶつけられた男は三メートル以上も吹き飛ばされ、背中から地面に落下して身動きしなくなった。

 俺自身にしても驚くほどの威力だったが、この力は万能では無い。純粋な自身の魔力を放出する為、使いすぎれば魔力が切れてしまう恐れがあるのだった。

 それでもこの場では、これを切り札に戦うしか術が無い。俺の魔力が枯渇する前に決着を付ける必要が有った。

 一瞬、俺の攻撃に怯んだ様子を見せた男達だったが、諦めるつもりはないらしい。俺に攻撃される恐怖よりも、得られる利益と快楽への欲望が勝っているのだ。彼らはお互いに合図を送り合うと、複数で同時に攻撃を仕掛けてくる。

 所詮は多勢に無勢と言うべきだったのか、俺は徐々に劣勢に立たされていく。俺が一人の攻撃をなんとか躱し、その相手に攻撃しようとしても、別の一人に攻撃されただけでそれを阻まれてしまう。

 相手の攻撃を瞬時に知覚し、先んじて避ける事は出来るが、問題は攻撃の方である。結局の所、俺の身体能力が上がった訳ではないので、こちらが攻撃しようとすると相手もそれに対応して攻撃する事は可能なのだ。

 そして、相手が増えることで先読みだけではどうしても躱せない攻撃も出てくる。致命傷にこそならないものの、徐々にかすり傷が増えていく。それでも、俺は粘り強く闘い、不用意に踏み込んだ相手の隙を見逃さずに吹き飛ばし、その相手がさらにもう一人を巻き込んで倒れ込む。一撃で二人、所謂いわゆる一石二鳥をやってのける。

(行ける、このまま全員ぶっ飛ばす)

「危ないお姉様!」

「リアさん!!!」

 思わぬ戦果に気分を高揚させ、新たな敵を求めて周囲を見渡したと同時だっただろうか、クラリッサとユーリエの切羽詰まった悲鳴に、アマーリアの方へ振り返る。

 見れば、アマーリアの右胸の下辺りが切り裂かれ、美しい胸の下半球が半ば露出している。そしてそればかりか、美しい肌には一筋の切り傷が出来ており、うっすらと血を滲ませていた。

(・・・・・・は? 傷、だと? アマーリアの美しい体に、至高の芸術に、しかもその中でも最高の魅惑的部位である胸に傷を付ける・・・・・・。だと?)

「こんのおおおぉぉぉ、クソ外道共がああぁぁぁ!!! 死ね! 死ね! 死ね! 死にくされぇ!」

 ブチ切れた俺の口からは、少々上品で無い罵倒の言葉が迸る。

 それだけで無く、怒りの余りに放出した魔力で、周囲がえぐられ、クレーターが形成される。魔力が逆打ち、鬼の形相となった俺に恐れを成して全員が数歩下がって距離を取るが、その時の俺は既にアマーリアを傷つけた槍使いに向かって飛びかかっていた。

 その槍使いは、必死に槍を構えて俺を押し留めようとしたが、槍を左手で強引に払いのけると、そのまま体をぶつけるようにのし掛かり、押し倒して強引にマウントポジションを取る。

 そのまま怒りにまかせて顔面にパンチ、パンチ、パンチ、怒濤の勢いで殴っていく。

 血しぶきが飛び、折れた歯がこぼれ落ちる。鼻が曲がり、唇が腫れ上がる。最終的には顔面が元の形を留めぬ位に殴りつけた。

 そして、ゆっくりと、擬音で例えるならば「ユラ~」と立ち上がり、周囲を見据える。

「この、イ○ポ野郎共が! 世界最高の至宝である女性の胸を傷つけるとは、神が許しても俺が赦さん! 纏めてぶっ殺してやる!!!」

 俺は盛大に気炎を上げると、一番手近な男に向けて魔力を叩き付ける。

 ゴバァーン

 怒りに任せているせいか、手加減もへったくれも無い威力の魔力が、周辺の土塊ごと勢いよくその男を吹き飛ばす。続いてもう一撃、同じように又一人が吹き飛んだ。

 その力を見て、周囲の男達は完全に浮き足立ち、ジリジリと後ろに下がり始める。もう一押しすれば、総崩れになる。俺はそう確信し、その最後の一手としてラシーヴに魔力を叩き付けた。

 そこには、俺が今放てる渾身の魔力が込められていたが、ラシーヴは左手の剣を上に掲げただけで、簡単に阻んでしまう。その余波で、二人ほど吹き飛んで倒せたから無駄にはならなかったが、ラシーヴを倒せなかった以上、当てが外れた格好となる。

 当のラシーヴも忌々しげに俺を睨み付け、吐き捨てるように言い放った。

「所詮は破落戸ごろつきに過ぎんか、役立たず共め。いいだろう、貴様は俺が直々に葬ってくれるわ」

 ベタな悪役の台詞を言い放ち、ラシーヴは左手の剣を正面に持ち上げ、おもむろに鞘から抜き放ち、鞘を足下に投げ捨てた。

 ラシーヴの抜きはなった剣は、刀身が流麗な曲線を描いて反り返り、肉厚の刀身は真っ黒に見えて、所々炎のような赤い模様が揺らめくように現れている。刃は鈍色だが不思議と光って見え、紛う事なき切れ味を連想させる。何よりその存在感は圧倒的で、俺に危機感を抱かせるには十分であった。

「ククク、見よ、この美しい輝きを。こ、これで、お、お、おま、お前、を、をぉぉぉ」

 ラシーヴは突然呂律が回らなくなったかと思うと、右手に持った剣で側に居た味方であるはずの破落戸ごろつきの一人をバッサリと切り捨てた。その行為にも驚いたが、その切れ味には戦慄するしか無かった。人体を殆どバターのように切り裂いたのだ。

「ラシーヴの旦那、そいつは味方です・・・・・・ぜ」

 別の破落戸ごろつきが言い切る前に、ラシーヴの剣はその男を切り捨てていた。恐慌に陥った破落戸ごろつき達は、我先にと逃げ始める。それをさらに追って、幾人かを切り捨てた。

「なんだ、一体何が起こっている?」

 その光景に我を失いかけ、思わず口走っていた。

「乗っ取られたのでしょう、あの『魔剣』に」

「『魔剣』? アレがそうなのか・・・・・・」

 俺はアマーリアが漏らした単語を聞きとがめ、噂に伝え聞く『魔剣』と言う存在を思い出していた。

 その殆どは、出自の解らないほど昔に製造された曰く付きの刀剣である。

 神々が創造し、人に与えた物だとも、魔神が神を殺す為に作り出した物だとも、人の身で神に至った鍛冶師の作だとも言われていた。

 一つだけ確かな事は、存在する『魔剣』と呼ばれる物がどれもこれもとんでもない代物だと言う事だった。

 だが、俺にはそんな『魔剣』以上に気に掛かる事がある。いや、寧ろ『魔剣』など、所詮はこの世界に何本もある物に過ぎず、比較対象にすらならない。

「リア、傷は平気なのか?」

 俺は一刻も早く確認しようと、アマーリアに抱きつきそうになりながら問いかけた。

「ええ、ご心配おかけしましたが元々かすり傷ですわ」

 アマーリアは、半ばはみ出している右胸を左手でヒョイッと持ち上げ、俺に見せつけるように胸を突き出す。

 そこには、至高の形、極上の柔らかさ、男を虜にする魅惑の果実が目前に迫る。思わず今の状況を忘れて、むしゃぶりつきたい欲望に駆られる。

 だが、どこまで間が悪い男なのだろうか、ラシーヴがフラフラと戻って来た事で、俺は正気に戻らざるを得なかった。

「グゲゲ、ゴロズ、ゴロジデヤル、ゴゴゴ、ゴロ・・・・・・」

 ラシーヴは、意味不明の言葉を闇雲に話し、理性の欠片も感じられない顔つきで、完全に『魔剣』に正気を奪われているようだ。あの切れ味を思えば、正気を失っていたとしても脅威である事には変わらないし、何より魔法が効かないという特性が厄介すぎる。

「っち、腐った美男子ハンサム野郎は、死ぬほど質が悪いな。とっとと、一人で死にやがれ」

 俺は思わずそう毒突き、ラシーヴを睨み付ける。すぐに倒す手は浮かばないが、奴を引きつける事が出来れば包囲の無くなった今、ユーリエ達を逃がす隙が見つかるかも知れなかった。問題は、『魔剣』に支配された奴に挑発が通じるかどうかであった。

 俺がその作戦を皆に伝えようとしたとき、ラシーヴの態度に変化が現れる。突如右手に持った剣を持ち上げ、刃を自身へと向ける。左手はその手を押し留め様としており、端から見ると一人芝居でもしているように見える。だが、利き腕である右手の力の方が強いのか、左手は徐々に押され、やがて刃がラシーヴの顔面に届く。

 ザシュッ

 切り裂かれる音共に、足下に転がった物がある。暗闇でよく見えないと思ったが、今だに盛大な炎を吹き上げているロッジの炎で照らされたラシーヴの顔を見て、おおよその見当が付く。何故ならその顔からは、高い鼻がゴッソリと切り落とされていたからだ。

 それだけに止まらず、ラシーヴが右手に持った魔剣は何度も何度も自らの顔を切りつけ、顔のパーツをこそぎ取るかのように振るわれた。

(狂ってやがる)

 俺はそれを見て、おぞましさと吐き気に襲われたが、縛り付けられたかのように視線を逸らす事が出来なかった。

 やがてラシーヴを支配した『魔剣』は、自らの依り代である筈のラシーヴの首筋に刃を当てると、そのまま横に滑らせるようにして切り落とした。

 ゴトンと音を立てて、ラシーヴの最早原形を留めない顔をした首が地面に落ち、切り口からは盛大な血が吹き上がったかと思うと、その体は仰向けに倒れ込んだ。

 その拍子に『魔剣』も右手から離れ、地面に転がる硬質な音が響いた。

 後には、ロッジが燃えさかる音がするのみで、壮絶な結末に俺達は言葉も無く立ち尽くしていた。


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