↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第三巻
45/51

とある夜会の開催事情

 朝から空にはどんよりとした雲が垂れ込めていたのだが、先程からとうとう雪がちらつき始めてしまった。

 その年も、残すところ三日となったその日、俺は外の天気を気にする余裕も無く、朝からずっと、夕食会で出す料理の準備に忙殺されていた。

 この一ヶ月、様々な料理の案をレイフル伯爵夫妻に提示し、実際に試食して貰って選び抜き、それらをコース料理のように順番に出す事に決定している。

 提供する料理は、なるべく上品な会食に向きそうなのを選んだつもりだが、最終的に選んだのはレイフル伯爵夫妻だから夕食会で提供しても問題無い物だと信じるしか無いし、何かあったときの責任も同罪である。

 それでも、これで大丈夫なのかと繰り返し不安な気持ちになる俺を顧みる事無く状況は推移し、さらにレイフル伯爵の料理への入れ込み様たるや止まる事を知らないものがある。

レイフル伯爵は、夕食会の料理を提供する為に厨房を改造することに決め、メルケル一家に発注してオーブンやコンロなどを発注してしまった。これにはどうやら、今後は自分達でも作れるようにとの狙いもあるようで、試食の為に調理する間も厨房に入り浸り、疑問点を逐一質問しては羊皮紙に書き留めていた。

その熱心さは、とても伯爵位を持つ貴族のものには見えなかったが、俺にとっては身構える必要なく付き合う事が出来て、逆に有難くもあったのである。

 俺は時間のかかる仕込みを、余裕をもって終えてホッと一息つく。今は大体午後四時位の時間だが、あと一時間ほどでフレデリカ第一王女が屋敷に到着する事になっており、夕食会は十八時からの予定である。

 厨房を支えているのは、俺の他にユーリエとヨランダさん、それにハルの四人だ。給仕はレイフル伯爵が手配してくれているし、相手はフレデリカ第一王女とその婚約者、王女の側近三人にレイフル伯爵一家の合計八人なので、料理はこれで何とかなる予定である。

 最初聞いたときは、人数が少なすぎるような気がしたが、夕食会は色々と段取りをしてくれたフレデリカ第一王女に対してのお礼の意味があり、舞踏会の前に寛いで頂く為に行う為、参加するのはフレデリカ第一王女と彼女が同席を希望した、極めて彼女に近しい人だけを招待するのだそうだ。

 その後の舞踏会では、本日がデビューとなるレイフル伯爵の一人娘であるカトリーンに近い年代の男女が集められ、総勢五十名規模の舞踏会となる予定である。

 いわばこれは、同年代の間でコネクションを構築する機会を得る為のもので、王都ではこの時期頻繁に同規模の会が開催されているそうである。また、社交が同年代中心で始まるのはコネクション構築の他に、将来の伴侶を選ぶ為のものでもあるからで、端的に言えば集団お見合いの場と言えなくもなかった。

 端から見ていると若者の夜遊びの場にしか見えないのだが、彼らにしてみれば一生の問題に成り兼ねない非常に重要な場となっているのであった。

 この他にも、今日の舞踏会にはカトリーンにとって重要な役割があったりする。それは、新年に王宮で開かれる大舞踏会の予行練習を兼ねているという事である。

前の年にデビューを果たした者達は、新年に王宮で開かれる大舞踏会で真っ先にダンスを踊ることになっており、それによって顔見せを済ませ、正式に社交界に認められることになると言って良い。

この大舞踏会は、王国中の貴族が一堂に会す大規模なもので、その中でも国王の挨拶の直後に実施されるデビュタント達によるオープニングダンスは目玉行事と言ってよく、国中の貴族達の視線が注がれるのだ。そこで失敗でもしようものなら、後々まで語り継がれる恥となるし、その反対に立派な姿を認められれば名誉となるのである。

その為にも、相性の良いパートナー探しは必須となっており、全員が目の色を変えて同時期の舞踏会に集まって来るのだった。

(貴族の社会ってのも、それはそれで大変なんだな。本来なら貴族なんて、政治的な能力や軍事的な能力に長けた人がやるべきだと思うんだけど、平和な世界だと軍事的能力なんて無用の長物になってしまうからなあ。まあ、社交界におけるコネクション作りに長けているって言うのは政治力が高いと言ってもいいのか、領地経営に失敗したりしても没落していくんだから、結局の処、貴族だから安泰と言うことでは無いんだな)

 俺は彼らの生活を垣間見ながら、そんな風に分析をしていた。それはつまり、自分の置かれた状況と彼らを比較する行為である。そして、結論として得たのは「全然羨ましくない」と言う、身も蓋もないものだった。

(結局の所、社会的な地位を得ると言うことは、その社会で課せられたルールにがんじがらめに縛られると言うことであるように俺の目には見える。勿論それに見合った報酬を得られるからやっているんだろうが、俺にしてみれば掛ける労力が見合っていない。俺のモットーは最低の労力で最高のリターンを得ることとだし、高い地位に見合う義務や責任はそういった意味で最低の労力たり得ない。ただまあ、そういった面倒なことを率先してやりたがる奴って言うのは、端からそんな面倒なルールを守る気なんて無いのかも知れないが・・・・・・。でも、ルールを守らない奴を許すほど、周囲が寛容であるはずも無い。結局は全て自分に跳ね返ってくるんだろうけどな)

 俺は貴族社会を自分なりに分析し、自分にとって魅力の無いものと結論づけると、仕込み中の料理の状態を確認するため、鍋に歩み寄るのだった。



 俺はその後もずっと厨房に籠もっていたので、客人達の様子や会話などを直接知る事は出来なかった。よって、その後起こったことについては、それを見聞きした人からの伝聞をつなぎ合わせて知った事だ。

 まず、フレデリカ第一王女とその取り巻きご一行は、予定通りの時間にレイフル伯爵の屋敷を訪れ、丁重に控え室に案内された。

 この時到着したのは、フレデリカ第一王女の他に、王女の婚約者でありオルトヴァーン侯爵家の嫡男であるバルテルス・フォン・オルトヴァーン。王女の側近であるレーゼンヘルト公爵家令嬢のエレオノーレ・フォン・レーゼンヘルト。同じく側近であるリボーリウス侯爵家の令嬢イングヒルト・フォン・リボーリウスと、その婚約者でフォルクマール伯爵家の嫡男であるキルシュシュタイン・フォン・フォルクマールの五人である。

 五人の内、男性陣を除く三名はカトリーンの部屋にセッティングした控え室に通され、男性陣は客間に通される。これは建前上、女性陣に化粧直しの時間を取る為と言うことになっているが、実際の所は鏡台ドレッサーのお披露目を行う為である。

 鏡台ドレッサーをわざと部屋の一番目立つ場所に配置し、代わる代わる化粧直しの為に座って貰うことになっていたのだが、一番始めに座ったフレデリカ第一王女は、すぐさま鏡の異質さに気が付いたらしい。

 普通の女性ならその美しいデザインや、精巧な鏡の持つ機能に夢中になるように思うのだが、流石というか何というかフレデリカ第一王女はそういった反応は示さなかったらしい。

 フレデリカ第一王女は、カトリーンに鏡台ドレッサーの製造元や値段、鏡の製法について質問をしたが、カトリーンはそれに対する情報を殆ど持っておらず、碌に答えられなかった。フレデリカ第一王女が鏡台ドレッサーの本質的な価値に気を取られている間、側近の二人は普通に――ある意味期待どおり――その鏡の性能や外観のデザインに夢中になっており、すぐに自分も欲しいと騒いでいたらしかった。

 結局、フレデリカ第一王女の質問に回答する為にフィリーネ夫人が呼ばれ、鏡台ドレッサーについてあらかじめ打ち合わせた内容を伝えていく。

その内容は、これが試作品の第一号であること、出入りの商人に無理を言って購入――値段が金貨百枚だった事も伝える――したこと、どうやらメセルブルグで製造されていること、製造法については解らないことなどだ。

フレデリカ第一王女は、フィリーネ夫人の説明を熱心に聞き入っていたとの事だった。

俺としては、この報告を聞いたときに釈然としない思いを抱いた。何故かその様子に、期待を裏切られた気持ちになったのだ。他の二人のように夢中になって、騒いでくれるものと思っていたのだろう。興味を持ったのは確かなようだが、それは自分の物欲を刺激されたのでは無く、新たな産物としての興味にすぎないだろう。これでは第一王女からの注文が来る望みは薄いであろうし、宣伝の効果にも影響するに違いなかった。

そんな感じで鏡台ドレッサーのお披露目は終了してしまい、夕食会となる。

この時の俺は、フレデリカ第一王女の鏡台ドレッサーへの反応を知らずに、料理を順調に出すことに心血を注いでいた。

前菜は、チーズと冬野菜をハムで巻き、リンゴ酢をベースにした酸味のあるソースを掛けて出す。続けて『ジルとハンナ』の定番料理である兎と野菜のスープを出した。料理自体は酒場で普通に食べられている物だが、盛る器や料理の見た目に気を使うだけで、普通に上品な料理に見えるから不思議と言う他ない。

普通のコース料理なら次に出すのは魚料理なのだろうが、王都においても新鮮な魚は手に入れることが出来なかった。そこで、王都の市場で見つけた乾物を使う事に決め、貝柱、干し烏賊、干し海老などを水で戻し、それを使ってシーフードのグラタンを作る。

肉料理は、鹿肉をハンバーグにし、この秋完成したばかりの特製味噌をベースにしたソースで煮込みハンバーグ風にしたものを用意する。その中にはチーズを仕込んでサプライズを演出する。

その次に、レイフル伯爵からリクエストのあった本式カルボナーラを出し、サラダは冬の野菜を細かく切りマヨネーズで和えて、コールスローサラダを作る。さらにそれを茹でたキャベツで巻いてカットし、平皿に切断面を上に乗せて彩りを重視したサラダとして出す。

それから、生クリームタップリのショートケーキとカットフルーツを出し、紅茶で占めた。

料理は概ね好評で、特に男性陣にはハンバーグと本式カルボナーラが、女性陣には、本式カルボナーラとショートケーキに人気が集まったようだ。

あのフレデリカ第一王女すら、ショートケーキには目を輝かせていたと言うから、女性陣のスイーツにかける思いが伝わってくると言うものだ。

何にせよ、その時の俺は夕食会が無事に完了したことにホッと胸をなで下ろし、肩の荷を降ろしていたのだった。

その後に開かれた舞踏会については、カトリーンのデビューをフレデリカ第一王女がサポートしたおかげもあって大成功を収めたらしい。嬉しいことに、引き続き控え室として使われていたカトリーンの部屋に置かれていた鏡台ドレッサーは、その噂が瞬く間に広がって見学者が絶えなかったそうだ。これを機会に、大きな話題となってくれれば当分は販売先に困ることは無いと思われ、今後に大きな期待が持てる結果である。

 しかしこの時の俺達はそんな結果を知らず、夕食会をやり遂げた達成感に浸りながら、ゴードンの家に帰還していたのだった。



 ゴードンの家に辿り着いた俺たちは、一息つき、それから夕食を取った。メニューは作り置きしていたカレースープと、夕食会でも出した鹿肉の煮込みハンバーグである。

 俺達は一仕事終えた充足感に浸りながら、和気藹々と食事をする。その日は、翌日にレイフル伯爵を訪ねる為、俺だけゴードンの家に泊めて貰うことになっていた。

「ウート、たまには王都の酒場事情を見ておくのもいいんじゃ無いか? 良かったら案内するぜ」

 やや唐突なゴードンの提案に面食らいながらも、俺はその言に一理ある事を認めた。

「そうだな、たまには客の視点で自分の仕事を見るのは大事かも知れないな」

 俺の言葉にゴードンも大きく頷き、ヨランダに声を掛ける。

「って事でヨランダ、ちょっとウートと飲んでくる。客人を送ったら先に寝ててくれ、鍵は持って行くから」

「ええ、解ったわ。いってらっしゃい」

 ゴードンの言葉に、ヨランダはにこやかな返事を返す。ユーリエとハルは、迎えに来たアマーリアと帰る支度をしていて、三人とも、特に気にする風でも無い。

 俺とゴードンは連れだって、夜の王都に繰り出した。

 雪こそ止んでいたものの、十二月も暮れの時期である。外は結構寒く、新調したばかりのコートの上からマントを羽織って、布に埋もれるようにして歩く。ゴードンも似たような格好をして、男二人で王都の南西地区にあるという繁華街を目指した。

「それにしても急にどうしたんだ? 前もって言っておいてくれれば良かったのに」

 俺は、ゴードンが急に俺を誘った理由を尋ねる。単なる思いつきかも知れないが、何となくタイミングを見計らっていたような気配を感じたからだ。

「そりゃあ、前もってヨランダにバレたら色々理由を付けて阻止されかねないからだよ。たまには男同士、息抜きもいいんじゃ無いかと思ってよ」

 俺は半ばゴードンの企みを見抜いて、少し焦りを覚えた。

「ちょっと待て、つまりはそういう店に向かってるのか? 話が違うじゃないか」

「まあまあ、そう言うなって、家族だって大切ではあるが、男の付き合いや羽を伸ばすことだって大事だろ?」

 そう言われた俺は反論を封じられた形になる。男の付き合いを出されては、簡単に否やと言う訳にはいかないからだ。

 ここで言う男の付き合いとは、つまりはどれだけ相手に腹を割って付き合えるのかと言う事である。ここで尻込みするような男は、大事な場面で信用出来る相手では無いと見なされるのだ。

女性には絶対に理解されないだろうが、男達が連れ立って夜の盛り場に繰り出すのは、犯罪では無くともちょっとした後ろめたさを共有し、ある種の連帯感を抱く為である。

大げさに言うならば、男達にとって盛り場を共にするのは戦場で共に戦うにも等しい行為なのであり、ここで逃げ出す事は敵前逃亡に等しい行為と見なされるのだ。

「まあ、それはそうだが、大丈夫なのか?」

「大丈夫さ、ヨランダが客に気を取られているタイミングを見計らったからな。お前も一緒なら疑ってもいないさ」

 ゴードンは自信満々に答え、さらに足を速めていく。その地区に近づくにつれて、段々と店を開けている比率が高くなっていく。あちこちに篝火も焚かれ、歩くのに全く支障を感じ無いので、自然と歩く足も軽快に進む。

 やがて、繁華街のメイン通りと覚しき場所に到着する。既に時間は夜の十時近くになっているが、その場所だけは時間など関係なさげに多くの人で賑わっている。

通りを歩く姿の大半は俺たちと同じ男だが、時折客引きらしい女性の姿も見られ、艶っぽい笑みを投げかけたり、通りすぎる男の腕に抱きついて引き留めたりしている。初めて来た場所なのだが、不思議と既視感を感じさせる光景である。

ゴードンは迷うこと無く通りに歩みを進め、俺もその横にぴったりと付いて足を進めた。どうやらゴードンには目当ての店がある様子である。

通りの中央にさしかかった頃、一軒の家の前でゴードンは足を止める。見たところ、看板も出ていないし、普通の民家と区別が付かない建物である。

だがゴードンは躊躇うこと無く扉の前に設けられた石段を上がり、扉をノックする。

コンコンコン コンコン ココン

リズミカルな音を立ててノックをすると、扉からスッと離れる。程なくして、扉は内側からそっと開かれ、手招きするゴードンに続いて俺も扉をくぐり、中に入った。

中は薄暗く、壁に据え付けられた燭台には、抑えめに蝋燭が灯されている。扉の内側には、扉を開ける役割と用心棒もかねているのか体格のいい青年が立っていて、俺たちに軽く頭を下げてから、マントとコートを預かってくれた。

入口から中に進むと、その部屋は小規模なホールのようになっており、二階へ続く階段と建物の両側へと続く廊下が見える。ホールの正面にはカウンターが設けられ、内側には一人の男性がキッチリとした姿勢で立っていた。その視線は、ゴードンを認めた後、さりげなさを装いながら俺のことを値踏みしていた。

 俺の方も、客の立場を最大限に利用して男性を値踏みする。男性は年齢が五十代後半ぐらいで、元がブラウンだったであろう髪の殆どは白く染まり、それをキッチリと後ろに撫で付けている。服装は、キッチリとした丈の短い黒いジャケットを羽織っており、見かけは貴族の家に仕える執事か、厳格な教師といった雰囲気だ。

 しかし、それ以上に油断無くこちらを窺う視線や、余裕綽々の態度からは、どこか堅気とは違う気配を感じさせる。そんな相手に、ゴードンは慣れ親しんだ様子で声を掛ける。

「よお、親父さん、景気はどうだい?」

「ゴードン様こそ随分とお久しぶりではありませんか、もう、お見限りかと思っていましたよ」

 ゴードンの軽口に答える、初老の男の返答は結構辛口だが、ゴードンは特に気にした気配は無い。参ったな、とでも言う感じで頭を掻いている。

「そう言うなって、俺だって昔ほど自由な身じゃ無いんだからさ。今日は親友連れて飲みに来たんだ、可愛い子回してくれよ」

「心配しなくとも、当店のキャスト達は全員がどこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘達ですよ、今、お部屋に御案内します」

 初老の男は手元から呼び鈴を取り上げると、二回ほど小さく鳴らす。その音を聞きつけて、奥から十四歳ぐらいの少年が姿を現すと、男の指示を聞いてから俺たちを案内する為に先に立って、一階の廊下に向かい歩き始めた。

 ゴードンがその後ろを追いかけ始めたので、俺も黙ってその後に従う。初めて来た俺にはこの店のシステムなんて解りっこないし、郷に入っては郷に従えの言葉通り、解っている人間に取り敢えず従うしかない。

 やがて少年は、廊下の途中にある扉の一つを開き、俺たちを中に通してくれる。部屋の中は思った以上に狭く、二人掛けのソファーと小さなローテーブルが置かれているだけだ。

照明はかなり押さえられており、ローテーブルに置かれた卓上キャンドルだけが、頼りない光で室内を照らし出していた。

 少年は俺たちに一礼すると、静かに扉を閉める。俺とゴードンは向かい合うようにソファーに座り、ローテーブルに用意されていた素焼きのポットから、ゴードンが葡萄酒をコップに注いで俺達は取り敢えず乾杯をして、葡萄酒を味わう。

「そう言えば、首尾良く葡萄酒二百樽手に入れてくれて助かったよ、早速蒸留を始めたんだ。これで、当座の量は確保出来そうだ」

「礼を言うのはこっちだぜ、かなり儲けさせて貰ったからな。相手からも感謝され通しだったし、農家の引抜も上手く行ったしな」

 俺とゴードンは、再び木製のコップを軽く合わせて乾杯し、中身を一気に呷る。このところの事業の発展は順調すぎて怖いくらいだ。しかも今度はこれに鏡台ドレッサーの売り上げが加わる見込みで、大きな利益が見込まれている。正に、順風満帆の未来が待っているように感じられた。

「メセルブルグへの移転はどうなっているんだ?」

「あれかぁ、今のところ保留するしか無いな。黒胡椒を別ルートで輸入するのに必要な船と、信用出来る船長が見つからなくてな。王国に入る船自体が既に大商会の息が掛かった商船ばかりで、目的に添う人物を見つけるにはあっち側の港であるマーレーガに行かないと無理のようだ。しかし、そうそうほいほい行ける場所でも無いからな。それに、大商会の息が掛かった船で渡ると足が付く。となると、ちょっと無理筋だったかなと思わないでは無いんだ」

 ゴードンは、そう渋い顔で語り終えると、葡萄酒を飲み干して首を振った。

「やめやめ、今日は辛気くさい話しは無しだ。せっかく儲かった祝いなんだから、楽しい酒にしようや」

「そうだな、そうしよう」

 ゴードンの提案にもっともだと頷いた俺は、ゴードンの空いたコップに葡萄酒を並々と注ぎ、自分のコップへも注ぎ入れる。しかし丁度空になったようで、直ぐに滴が滴るだけになった。

 コンコンコン

 追加を頼もうと思う間も無く、扉がノックされる。こちらが答える前に扉は開き、先程この部屋に案内してくれた少年が姿を見せ、その後ろから若い女性が二人続いて入室する。

「お待たせしました」

 少年が頭を下げ、女性二人に後を託して退出しようとするのを呼び止め、酒のおかわりを頼む。その間にも、入出した女性は俺とゴードンの横に遠慮なしに座る。それも、この店ではそれが普通なのか、ドキッとするほど距離が近い。

 俺は人に対する警戒心が強いタイプなので、極々近しい人以外は、パーソナルスペースを広く保つ傾向が強い。そうしないと落ち着かないからだ。だが、横に座った女性は、もはやしなだれ掛かる寸前のような距離で接して来るので、俺は直ぐに落ち着かない気持ちになった。

「こんばんは、初めましてカーリです」

 俺に付いた女性はカーリと名乗り、さらに密着しようとするのを、そっと腰をずらして躱し、自分の膝を間に入れることで若干のスペースを空けることに成功する。俺はさりげなさを装いながら最低限のパーソナルスペースを築くのに成功すると、少しだけ落ち着いて相手を観察する余裕が持てた。

 カーリと名乗った女性は、濃い目の白粉や真っ赤な口紅など、かなり厚めの化粧をしているが、どう見ても年齢は二十歳を超えているようには見えず、童顔の可能性はあるものの俺の目には十六歳前後に見えた。

顔つきは特に美人でも不美人でも無いが、何よりその厚化粧がちぐはぐな印象を与えている。端的に言うと似合っていないのだ。

 体は少し痩せすぎで、胸の膨らみは有るか無いか解らないほどしかなかった。かなり長い暗めの金髪を片側に纏めて編み込み、グレイの瞳で伏し目がちに俺を見ていた。

 カーリのことをそれだけ観察してから、チラッとゴードンの方を見るが、既に相手の女性とベッタリと腕を組み、やに下がった顔でなにやら会話を楽しんでいる。既に俺の方はアウトオブ眼中と言った様子で、楽しんでいるようだ。

(こりゃ当分は、つきあう羽目になりそうだな)

 俺がゴードンの様子を見てそう判断し、自分は自分でカーリとの会話を開始しようと向き直ったとき、突然扉の外で落下した陶器が割れる様なガチャンと言う音が響き、その後に少年らしき声の「困ります!」という、誰かと押し問答するような声が聞こえたかと思うと、唐突に廊下へと続く部屋の扉が開け放たれた。

「ゴードン! 今日という今日は、許さないから!!!」

 ツカツカツカと開け放たれた扉から入って来たのは、顔を真っ赤に紅潮させ、赤い髪を今にも天を衝こうかという勢いで怒らせたヨランダであった。

 あっけに取られている俺を尻目に、ヨランダはゴードンに歩み寄ると腕を組んでいた女性をひと睨みで引き剥がした。女性は「ヒッ」と喉を張り付かせるような悲鳴を上げて、部屋の片隅に待避した。

 ゴードンは顔面を蒼白にし、脂汗をだらだらと流しながら何とかヨランダを押し止めようとするかのように両手を前に出すが、ヨランダはものともせずにゴードンの襟首を掴んで自分に引き寄せた。

「覚悟は、出来ているんでしょうねえ?」

 ニッコリ笑いながら凄まれているのを見ると、俺の背筋からも冷や汗が滑り落ちる。

(もしかして、逃げるのなら今のうちかな)

 これはゴードン夫婦の、家庭の問題である。

俺は男の義理は果たしたのだから、後は巻き添えを喰わぬよう早々に退散すべきだと、生存本能が告げているように思った。

(許せ友よ! お前の犠牲は無駄にしない!!!)

 俺はその場をソッと離れる為、腰を浮かし掛けた。

 その瞬間、ガシッと右腕を掴まれ、むにゅっと柔らかいものが押し当てられる。

そして振り向く間もなく、耳元で超低温の声が響き渡った。

「どこ行くつもりなんですか? あ・な・た?」

 その声を聞いた瞬間、俺の心象風景には真っ白なブリザードが吹き荒れ、心がホワイトアウトし、体も凍り付いたように動かせない。

「ユ、ユ、ユ、ユーリエさん、どうしてここに?」

 俺は声を震わせないようにするのが精一杯で、凍り付いた体を無理矢理動かし、右腕に縋り付くユーリエの方へ首だけを向けた。

「帰ろうとしたらヨランダさんが、今日こそゴードンさんの浮気現場を押さえるからついて来てって言うのでついて来ただけです。だから別に、貴方が怯える必要は無いじゃありませんか?」

 そう言うユーリエの声は冷やかで、まるでコート無しで外に放り出されたようだ。

(ちょっと、待って、俺は特に責められるような事、まだ何にもしていないはずだよね? なのに何でこんな窮地に立たされたような雰囲気になっているんだ? この場の空気か、空気に流されているのか、駄目だ、今すぐ立て直さないと酷い目に遭う)

 俺は必死でユーリエを説得しようと、頭を回転させる。だが、いい案が浮かばず、ここは友情を犠牲にしてでもゴードンに全ての罪を被せる案しか浮かばない。俺が裏切りの決断を下そうとしたその時、唐突に反対の腕を掴まれユーリエに勝るとも劣らない最高の感触に左腕が包まれた。

「もう、ウート様ったら。私にはちっとも手を出して下さらないのに、まさか他の子には手を出そうなんて思っていませんよね」

 そう言って、アマーリアは俺の左腕を掴む手をギューッと掴み、頬を寄せてくる。のんびりとした口調だが、その言葉にプレッシャーを感じるのは後ろめたさ故だろうか。

 ソファーの上で、二人に挟まれて生きた心地もせずにゴードンを責めるヨランダを見ていると、このままではとんでもなく不味い事態に陥る予感がしている。

 しかし、しかし、しかし、男には、引く訳にはいかない、どうしても譲れない場面がある。そこを引いてしまえば、後は相手に蹂躙されるが儘になってしまうのだ。無理矢理にでも、こじつけでも、相手をねじ伏せてでも、我を通さねばならない場面があるのだ。

そして、正に今、この時こそがその場面である事は、もはや疑いようが無い。

「アマーリア、いい女ってのは男がやる事に一々目くじらを立てたりしないんだ。そうだよな、ユーリエ」

「そ、そうですね」

 俺がユーリエと知り合ってから半年以上が経過し、俺は彼女の性格をほぼ正確に把握しているのだが、ユーリエはハッキリ言って押しに弱い。意志が弱い訳では無く、相手の言葉を正面からしっかりと受け止めてしまう、素直な性格なのだ。

 その上、俺に若干の依存心を持っていて、それが彼女の従順さに繋がっているのだが、俺はその性格を利用して、急に話を振ることで言質を取る事に成功する。

 逆に、アマーリアの性格は把握するのが難しく、ユーリエのように思い通りに誘導することは出来ないのだが、彼女は俺に惚れていると言いながら、特に俺自身がやることに興味は無いのではないかと感じており、今回の事も別に嫉妬している訳では無いと予想出来た。

 彼女はただ、自分を忌避したり神聖視したりしない俺という人間に興味を持ち、そこに自分の希望を達成する役割を認め、思うが儘に俺を巻き込んで楽しんでいるのでは無いかと思えるのだ。

 だから俺はそんな彼女を、内心では“恋に恋する聖女様”だと思っており、俺以上の相手が現れてそれに気づく迄の付き合いだと認識するに至っている。もちろん、そんな相手が現れる補償も無ければ俺の理性が持つ補償も無いが、今のアマーリアは恋愛に関しては本当に“無垢”な状態で有り、ある意味父親が娘の情緒の発達を見守るような感覚で、娘に“私パパと結婚する”と言われても本気に出来る訳が無いから、俺はある意味ゴッコ遊びの様な彼女の戯れに答えているのだった。

 だからこの時、俺はユーリエから取った言質を利用し、男女の機微に疎い“無垢”なアマーリアに自分の正統性を刷り込む姑息な行為に打って出た。

もし、アマーリアが俺に嫉妬心を抱いていたのならこんな真似は通用するはずが無いが、俺の予想通りアマーリアは納得した様子を見せ、

「まあ、そうでしたのね、知りませんでした。私も、もっと精進していい女にならないと構って貰えないと言うことなのですね」

 そう言って、俺に笑顔を見せる。

(ん~やっぱりか、そうだろうとは思っていたけど、どう考えても俺が急にモテるとか有る訳無いよな・・・・・・)

 アマーリアが嫉妬を見せなかったことで、自分に対する思いの程度を確認し、どこかがっかりした自分がいるのも自覚する。自分で誘導しておきながら勝手な話だとは思うが、人間は所詮自分勝手な生き物なのだ。それを表に出すか出さないかの違いでしか無い。

 だが、取り敢えず俺はその場を切り抜けるのに、三人の女性陣の内二人を引き込むことに成功した。多分ヨランダさんは、この二人を自分の味方として連れてきたのだと思うが、俺にしてみれば人選ミスである。ユーリエはヨランダに言われて、押しの弱さから押し切られてついて来ただけだろうし、アマーリアに至っては本当にただついて来ただけだろう。

 今なら、この状況を利用してヨランダを説得する事が可能である。俺は、一度は見捨てようとした事などおくびにも出さず、親友へ助け船を出すことにした。

 ゴードンは、ヨランダに責められて蛇に睨まれた蛙状態になっている。俺はそんな二人に横から声を掛けた。

「ヨランダさん、すいません」

 ヨランダは、まだ責め足りないとでも言うように、ゴードンの襟首を掴んだ手はそのままに顔だけをこちらに向け、剣呑な視線を向けてくる。その目は邪魔するなと言外にその意思を伝えている。だが俺は、その視線に引くこと無く言葉を続けた。

「実はゴードンに、以前から秘密の商談に使える店を探しておいてくれるように頼んでいましてね、ここは確かに都合がいい店なんだ」

「都合がいい? それは仕事を理由に女遊びをするのに都合がいいという事かしら?」

 ヨランダは俺の言葉をにべもなく打ち払おうとするが、俺としてはその言葉を取っ掛かりにして、さらに説得を続ける。

「ヨランダさんが考えるように誰もが考えるなら、その事が丁度いい隠れ蓑になると思いませんか?」

「では、女遊びする意図は無かったと仰りたいんですか? 先程まで鼻の下をあんなに伸ばしていたのに、そんな言葉に私は騙されませんよ!」

「まあ、楽しんでいた事は否定しないが、それも含めて仕事の内だ。まさか内部を只で見せて貰う訳にもいかないし、お金を払った以上はこの店のサービスをしっかりと確認して帰る必要も有るだろう?」

 俺はあくまで仕事だと言い張り、詭弁に詭弁を重ねて無理矢理押し通そうとする。本来なら通るはずも無い話しだが、ユーリエとアマーリアが俺の言に反対しないことで、ヨランダは自分の孤立を悟ったようだ。ヨランダがチラッと視線を送ったとき、ユーリエは済まなそうに目を伏せ、アマーリアは楽しそうに微笑んでいた。

 ヨランダは悔しそうに唇を噛み、怒りの置き所を探すように辺りに視線を彷徨わせる。俺は、その怒りの置き所を提供することで、事態の収拾を図ることにした。

「今回は、俺の依頼だった事に免じて許してくれないか? その代わり、今後は一切この手の店には入らないようにする」

「そんなの、信用出来ません。今日みたいに目を盗んで通うつもりではないのですか?」

 そう言われると、前科が有るだけに中々反論しづらいものがあるので、俺は何とか説き伏せる方法は無いかと一瞬考え込んだ。だが、俺がその方法を思いつくより早く、俺の横で静かに座っていたアマーリアが、急に思いついたかのように両手を正面で打ち合わせると、ニッコリと笑って提案してきた。

「良い方法があります。お二人共すこし左のお手を、お貸し下さい」

 そう言って、アマーリアは自らの両手を、手のひらを上にして差し出し、二人にその上に乗せるように促した。

 アマーリアの言葉には、彼女の聖女としての力なのか抗い難い不思議な迫力があり、ゴードン夫妻は自然とそれに従って、手を差し出していた。

 アマーリアは差し出された左手を取ると、二人の手を重ね合わせるように移動して、自らは下と上からその二人の手を挟むようにして持つ。それから、素早く小さな声で呪文を唱え、最後に『約束プロミス』と呟いて法術を完成させる。

 魔法の光が三人の重ねた手に吸い込まれるようにして瞬き、やがてゆっくりと消え去るとアマーリアは二人から手を離した。

離された二人の左手の薬指にはまるで指輪のように金色に光る輪が出現しており、やがてそれは指に溶け込むようにして消え去る。説明を求めるような顔の二人に、アマーリアは微笑みながら告げた。

「今の法術は『約束プロミス』と言います。もし、ゴードン様が再びお約束をお破りになった場合は、ヨランダさんに直ぐ伝わるという単純な魔法です」

 その言葉を聞いて、ゴードンは絶句して青くなり、ヨランダは目を見張って喜色を表に出す。確かにこれなら約束を破りようが無く、約束が信じられないと言ったヨランダへの最高の解決策と言っていい。だが、他人事ながらゴードンには同情を禁じ得ない。これでは常時監視されているも同然の処置だ。

 俺が内心で他人事のようにゴードンに同情していると、アマーリアは俺とユーリエの目の前に両手のひらを差しだした。

(え? 俺もやるの? なんで?)

 俺が抵抗の言葉を吐くより早くユーリエは手を差しだし、俺の方を見つめている。ここで断るという事は、浮気をしますと宣言するも同然である。味方かと思ったゴードンさえも、無言のプレッシャーで俺を見つめて来て、その目は一人だけ逃がすものか、と訴えている。

 気が付けば、俺もゴードンと同じように『約束プロミス』を受けるしか無くなっていた。俺は怖ず怖ずと手を差し出しながら、内心で嘆息していた。

(上手く立ち回っていたつもりだったが、もしかして三人に嵌められたのだとしたら、とんだ道化の役回りだ。これが策士策に溺れるって奴か・・・・・・)

 俺は法術を受けながらガックリと肩を落とし、敗北感に包まれる事となったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。