とある教会の復活事情
アマーリアが、俺の同意も無く第二夫人の座に収まってから一か月が経過した。
彼女は周到で、次々と外堀を埋めていく事に成功している。
まず始めに彼女が行ったのは、閉鎖されていたメセルブルグの教会を再開する事だった。
メセルブルグの教会は、王都にある教会組織から完全に放置されている。その理由は第一王女と第三王女――正確には現王妃と第一王女の争いと言えるが――の王位継承権争いと距離を置くためで、教会は徹底的に中立の立場を貫いている。
一方の勢力から撤退しておいて中立なのかという疑問は生じるが、メセルブルグは遠すぎて中央部の教会組織の影響下から離脱しかねない恐れがあることを懸念しての事らしい。王都に於いては中立を宣言し、現王妃及び第一王女のどちらとも分け隔てなく付き合っているそうだ。
アマーリアは「自らの神官としての力を生かすため」と称して、封鎖されていた教会の建物を占有し『町会』とも図って建物を整備すると、そこの主に収まってしまった。彼女は、この国の現教会組織とは何の関係も持たないので、なんの柵も生じておらず、勝手に教会施設を再会しても咎められる筋合いも無いとの事らしい。
彼女が再開した教会は、彼女の圧倒的な美貌、聖女然とした慈愛に満ちた態度、それに圧倒的な神官としての実力もあって、瞬く間に大人気となった。
なにより、彼女の存在はまともな医療設備の無い地域に超高度医療設備を備えた病院が出来たようなもの、と言えば人々の彼女への依存心を説明できるだろうか、人々にそれほどの絶大な安心感と依存心をもたらしたのである。
彼女を取り巻く人々の様子は、すでに“信仰”と呼んでも差し支えないほどで、彼女の影響力のすさまじさに俺は戦慄を禁じ得なかった。
そして、驚くほどあっさりと絶対的な地位を簡単に確立したアマーリアは、自身が俺の第二夫人であることを公言しており、信者達は彼女の思いを忖度しつつ俺の今までの実績もあってか、概ね好意的にこれを受け入れている。だが、俺がもし彼女を粗雑に扱ったりすれば、非難の矛先は間違いなく俺の方に向き、今までの評判など消し飛んでしまうだろうとの確信的な予感がある。
俺が彼女の存在に戸惑っているうちに着々と事態は進行し、気が付いた時にはメセルブルグの街に、正体が死者の王な聖女神官が運営する教会と言う、突っ込みどころが満載過ぎてどこから突っ込んだらいいのか解らない究極の施設が誕生したのである。
「本当にいいんでしょうか?」
俺は弱気になってマルセロに尋ねるが、さすがに年の功なのかマルセロは泰然としていった。
「今さら言っても仕方があるまい。正体は死者の王という事だが、アウグスティアの嬢ちゃんの言う事にはあの『宣誓』の効力がある限り大丈夫だろうってこった。後はお前がしっかりと手綱を握れ、本気で怒らせたら・・・・・・、国が亡ぶらしいぞ」
(街じゃなくて国なのかよ!)
マルセロの言葉に、背筋がヒンヤリと凍りつく。なんでしがない酒場の親父が、核弾頭並みの危険を統御せねばならないのだろう・・・・・・。
肝心の俺との関係について言えば、彼女は付かず離れずの距離で俺の周りに出没している。
ユーリエとの間にどんな取引がなされたのか分からないが、二人はまるで旧知の仲だったように打ち解けて談笑したりしている。まさか洗脳されたのではと危惧したりもしたのだが、『片眼鏡』で確認した限り、その兆候は見つけられなかった。
ユーリエに聞いても頑として口を割らず、彼女との関係は俺の自由意思に任せるとまで言い出している。あまりの代わり様に、俺の焦りと混乱はピークに達し、俺は女々しくもユーリエに「もう、俺の事を愛していないのか!」と詰め寄ったのだが、笑顔でそんなことは無いと返された挙句「証拠を見せます」と言って、たっぷりと色々なサービスをしてくれた。――その内容については、夫婦の秘め事であるため黙秘権を行使する。
とりあえず今は、俺が男のプライドを守るだけの為に、アマーリアと距離を取っているのが現状である。――俺の意思を無視して決められた関係など、断固として認められないのである。
(大体おかしいじゃないか? なんでこんな強制ハーレムルートみたいな展開になる??? ぶっちゃけ、俺には似合わないだけでなくて荷が重いんだけど・・・・・・)
俺としては、奇跡と言っていい確率で嫁を得たのだ。大事にして、愛想を尽かされないようにしなければならない。これまでは概ね上手くいっていたのだ。それがここに来ての大きな波乱に、根が小心者の俺の胃はキリキリと痛んでいる。
何より俺を縛っているのは、元の世界で刻み込まれた倫理観なのかも知れない。一夫一婦制が当たり前の世界――住んでいた地域ではだが――で培われた倫理観は強固で、容易く一夫多妻制を受け入れるのは難しい。そもそも、一人の相手さえ見つけることが出来なかったのである、それ以上など考えるのもおこがましいではないか。
(エロゲでも、自分が選んだヒロイン以外は攻略すらしない一途系ロマンチスト男子――顔に似合わないとか放っておいて欲しい。俺学会の報告に寄ればオタク系男子の九十%以上はロマンチストの筈である――の俺が、なんで二人目の嫁を迎えることになるんだよ。どう考えても、死亡フラグのメインルートに突き進んでいる予感しかしないんですけど!?)
俺が今一番恐れている死亡フラグのメインルートは、アマーリアに手を出した途端俺も不死者にされてしまうのでは無いかと言うことである。
正直に言って、一昔前の俺なら考慮に値したかも知れない。内心では、超越者たる死者の王とか超格好良いとか考えて、中二病的な憧れを持っていた時期もある。だが、今では絶対にお断り申し上げたい理由があるのだ。
アマーリアにさり気なく探りを入れたところに寄れば、死者の王となった者は代償に例外なく肉体を失ってしまい、残るのは骨格だけとなるそうである。理由としてはハッキリしないのだが、強くなりすぎた霊体の影響に骨以外の肉体が耐えきれなくなり、腐れ落ちてしまうのだそうだ。
俺はそれを聞いた途端、恐怖に震え上がってしまった。
(体が腐れ落ちるって事は、つまりはあれだよな、大事なナニも腐れ落ちてしまうってことだよな!)
それを考えただけで、大事な部分が縮み上がる気がするのである。
アマーリアのように体を再生すれば良いじゃないかと思うかも知れないが、あの術式はアマーリアが編み出した法術の秘術であるらしく、法術の才能を持たない俺には使用することが出来ないのだ。
術式を簡単に説明して貰ったが、常時法術で回復魔法を掛けるかの如く肉体の再生を行っている状態なのだそうだ。だが、反対に不死者は回復魔法でダメージを受ける為、これを遮断する為に今度は霊体と肉体の橋渡し役である幽体の所で中和フィールドを形成して、それを防いでいるのだそうだ。
結局の所、肉体の維持には相当の負担がかかっており、彼女の能力は九割方その維持に回されているそうである。――残り一割の力でも、太刀打ち出来そうに無いのが恐ろしいのだったが。
(せっかく活躍の機会が出来たんだ、その途端に腐れ落ちるなんて悲しすぎる。前とは違って未練ありまくりだよ!)
これが俺の本心で、アマーリアに手を出さないで居る一番の理由であった。
一方アマーリアは、ちょくちょく傍にやってきては彼女のなりのアピールをしていくのだが、じっと熱く見つめてくるとか、手を繋ぎに来るとか、ただ側に寄りそうとかだ。
しかも、それだけのことでいちいち赤面して恥ずかしそうにしていたりするので、こちらもつられて赤面してしまったりする。端から見ていたら、幼稚園児のままごと並にしか見えないだろうが、アマーリア本人はそれで満足そうである。
そんなアマーリアを見て困惑している俺に、ユーリエは二人きりの時に囁いてきた。
「あなた、アマーリアさんは多分、全くそういう経験が無いんです。人を好きになって、一喜一憂する気持ちとか、恋する乙女の気持ちとかです。今はそれを楽しんでいるんですから、好きにさせて上げて下さい。もちろん、男性に抱かれた経験も無いんですから、乱暴に扱っちゃ駄目ですよ」
ユーリエは俺にそう言って釘を刺したのだったが、俺には全く別の意味に聞こえた。すなわち「あなたが手を出さなければ、アマーリアさんにはあれ以上のアピールなんて出来ないんだから、手を出したらすぐに解りますからね」と言うことでは無かろうか?
俺は顔を引きつらせて、頷くことしか出来ないのだった。
「よお、ウート、久し振りだな。新しい嫁を取ったらしいじゃねえか、冷やかしに来てやったぜ」
酒場に入ってくるなり、ゴードンはニヤニヤしながら嬉しそうに大きな声を上げた。だが、そのとき偶然酒場に居合わせたアマーリアが嬉しそうにゴードンの前に立つと、大きな口をポカンと開いて見とれている。
「お初にお目にかかります、ウート様の第二夫人アマーリア・ノイシュティアと申します。以後お見知りおき下さい」
「あ、ああ、ゴードンだ、よ、よろしく」
アマーリアの丁寧な挨拶を受けて、ゴードンはへどもどしながら答えるのがやっとだった。その後、よろよろと俺の傍にやってきて言った。
「な、なんだありゃ、女神様が降臨したかと、一瞬心臓が止まりかけたぜ」
ゴードンは、まんざら冗談にも聞こえない口調で、スツールに腰掛けながらぼやいている。まあ、そう思うのも仕方が無い。見慣れた俺ですら、そう思う気持ちを抑えきれなくなるときがあるのだ。
「まあ落ち着けって、そうそう、これ飲んでみてくれ」
俺は、グラスに少量の透明な液体を入れてから手渡す。ゴードンは何の躊躇もせずにそれを飲み込んだ。その途端に目を見開いて、ゴホゴホと大きくむせ返る。狙い通りの反応に俺は大笑いした。
「ゴホゴホ、なんだこりゃ? もしかして酒なのか?」
ゴードンは、俺が手渡したチェイサー代わりの水を飲んでから、グラスの底に残った液体の臭いを嗅いでいる。
「ああ、ブランデーだよ。これが俺の話していた火酒より強い酒だ。本当はこの後に樽につけ込んで熟成させるんだが、このままだと荒々しくてただのキツい酒だな。ただ、ドワーフの連中はこの荒々しさが気に入ってるらしくて店にもそのまま置いてるんだ。それと、大量注文を受けてるんだが原材料がもう切れててな、熟成用も残しておきたいからそれをお前に頼もうと思ってた所だったんだ」
「材料? おいおい、まさかこれ材料って例のクロードが押しつけられた葡萄酒なのか?」
流石にゴードンはピンと来たらしい、俺の方をマジマジと見つめながら問いただす。俺はニヤリと笑いながら頷いた。
「あの粗悪品みたいな葡萄酒でも、酒精を抜くだけなら問題無いんだ。雑味の大半もその過程で抜けるから、味も問題ない。それより問題になるのはコストだな、同量の葡萄酒の十倍は取らないと元が取れない。元々、余った葡萄酒の長期保存用に考えられた技術だから、普通に飲める葡萄酒を転用するのはコスト的にも勿体ないし、割高になるんだよ。なんかいい方法知らないか?」
俺はゴードンの商人としての知恵に期待し、相談を持ちかける。ゴードンは暫く思案してから答えた。
「当座、同じ物が二百樽なら用意出来ると思う。あれなら半額で手に入る」
「半額で二百樽!?」
「ああ、俺がメインに取引をしている酒蔵なんだが、仕込みに失敗した例の葡萄酒を大量に抱えてる。失敗と言ってもかなりイレギュラーな状況だったらしいがな。俺としても、あそこに潰れられたら困るからな、半額なら儲けは出ないが何とか持ち直せるだろう。どうする?」
「もちろん全部確保してくれ! えっと、仕入れ値半額という事はこちらの買値は銀貨三枚でいいか?」
「ああ、それでいいぜ」
「じゃあ、全部で銀貨6百枚、帰る前には用意するよ」
「わかったぜ、久々のデカい儲けだし、人助けにもなる」
俺とゴードンの取引は、お互いの信頼関係もあってトントン拍子で決まって行く。お互いにメリットのある話でもあるから、躊躇する理由など何も無いのである。
「もし今後も、似たような話があったら積極的に抑えてくれると助かる。まあ、いずれはこの地域でも葡萄酒の生産を始めるつもりなんだが、それまでは絶対的に量が足りないからな」
「オイオイオイ、聞き捨てならねーな。ここで葡萄酒作り始めたら、俺の商売あがったりじゃねえかよ」
ゴードンが、将来的な損失を嗅ぎ付けて身を乗り出して抗議してくるが、その程度は予想済みなので説得の方針は用意してある。
「心配しなくても本格的な葡萄酒とブランデーの生産には一枚噛んでもらうつもりだから安心しろ、それに、ブランデーは当分ここにしかない製品になるし、同じ量で十倍以上の価値が出るから輸送コストを考えればそっちにもメリットがあるじゃないか、ここで仕入れて王都で売りさばけばいい。何より絶対的な量が足りていないし、輸送費のコストを考えても近場に生産地が必要なんだよ」
「そんなに大量生産してどこに売るつもりなんだ?」
ゴードンは俺の話に耳を傾け、難しい表情を浮かべながら損得勘定を計算している様子だ。
「ドワーフ達だよ、彼らの欲しがる物産の筆頭が酒なんだ。彼らから鉱物を買い取りたいんだが、彼らは基本的には自給自足で賄っているからこの国の貨幣をあまり必要としていない。まさかタダ働きさせるわけにもいかないんで、どうしようかと考えていた時にブランデーの実験に成功した訳だ。彼らは今、こいつに夢中で評判はドワーフ全体に広がりつつある。これなら十分代価になりうるが、量が足りないと言う訳だ」
「ふ~む、という事は、だ。これから本格的なブドウ園と酒蔵を設立するつもりなんだな? 結構な時間がかかるぞ」
「それはまあ、仕方がないだろう。将来的に産業の一つに育てばいい」
ゴードンの言っている事は覚悟していた事だったので、俺は肩をすくめて答えた。
「そこでだ、ブドウ農家をまるごと引き抜いてくるのはどうだ?」
「心当たりがあるのか?」
「ああ、まあな」
ゴードンは俺の問いかけに頷くと、息をつくように出されていたエールを飲んだ。
「今回の不良ワインの原因なんだが、ブドウが呪われて、まあ病の類なんだろうが、とにかくブドウに原因があったらしい。そして、原因となったブドウ畑はすべて焼き払われた。他に病が広がらないようにな」
「徹底してるんだな」
「なにせ原因がハッキリしないからな。ただ、仕込みの時期から見てその畑で採れたブドウで仕込んだ葡萄酒だけが不良になっているんだ。仕込む前のブドウを見ればもしかして異変に気づけたのかもしれないが、今となっては手遅れだ。それにこういった事は、時たま起こるらしいからな」
ゴードンは、仕方がないとでもいう風に肩をすくめた。
「しかも、焼き払われた畑は数年間使用できない決まりらしくてな、酒蔵の主も嘆いていたよ。土地は貴族からの借り物だから、収穫がなくても借地料は無くならない。その上、畑が使えるまでの間は余剰の人員を抱えることになるってな。だから、どうせ余剰になる人員ならすぐに引き抜いて新たな耕作を始めるのはどうかと思ったんだ」
「なるほどな。よし、今夜早速『町会』に計ってみよう。ゴードンも立ち会ってくれ、それと手紙を送った件は何とかなりそうか?」
俺は、鏡台販売のための協力を依頼するために送った手紙の件を、ゴードンに尋ねた。手紙の趣旨は最初に売り込む相手の選定である。なんせ、今後の販売を左右する大事な取引になるのだ、半端な相手に売るつもりは無かった。
「あのなあ、いきなり家具を金貨百枚以上で買ってくれる相手を探せとか、お前も大概無茶を言うよなあ。大体俺の取引先にそんな大貴族なんていないぞ」
ゴードンは、呆れた様に俺を見てから頭をかいた。さすがに無茶振りかと思ったが、セリフの割にゴードンの顔に余裕があるのを見抜き、俺はニヤリと笑いつつ言い返した。
「そんなこと言って、顔に俺に任せろと書いてあるじゃないか。勿体ぶらずに早く話せよ」
そんな俺のセリフに、ゴードンはチッと舌打ちをしながら観念したように話し出した。
「簡単に見抜きやがって面白くない。まあ、俺の取引先では見つからなかったのは本当だよ。相手はヨランダの知り合いなんだ」
「ヨランダさんの?」
「ああ、仕事ってより、趣味繋がりでな。ちょっと変わった経歴を持ってるんだが、れっきとした貴族、それも伯爵様だな」
俺はゴードンの言葉に驚きを示し、次に疑問が湧き出てくる。伯爵と言えば、貴族の中でも高位に位置する貴族である。ゴードンは趣味繋がりとか言ったが、ヨランダと伯爵家の共通の趣味とは一体なんなのかという疑問である。
「ウートは知らないだろうから、ざっとレイフル伯爵の経歴を話そう」
「頼む。貴族様の事は興味がないこともあって、さっぱりなんだ」
「相変わらずだなお前の貴族嫌いも、これからはそういう訳にも行かないだろうに。まあいい、件のレイフル伯爵だが少し変わった経歴をお持ちでな、いわゆる新興貴族という奴で、伯爵になられてからまだ五年しかたってない」
「五年!?」
俺の驚く顔に、当然だよなと頷きを返しながら、ゴードンは先を続けた。
「元々、レイフル家は王都の北に位置する独立系の零細貴族だったらしいんだ。領地と言っても獣も住まないような岩山と、その周辺に広がる狭い平原だけで、しかも痩せた土地だから作物も満足に育たない所らしい。だから領民たちとほとんど変わらないような質素な生活をしていたらしいんだが、ある時、岩山から金鉱床が見つかったんだ」
「は? ・・・・・・マジかよ!!!」
「ああ、驚くだろ? だが、鉱山開発っていうのは、それ自体に莫大な予算が必要なんだ。当然レイフル伯爵にそんな金がある訳は無い。だから利権を目当てに沢山の融資の話や、共同開発の話が舞い込んで伯爵を混乱の底に陥れた。ここでその話に乗っていれば、多分身ぐるみ剥がされることになったんだろうが、そうはならなかった」
「へえ、懸命な人なのか」
俺は目先の欲に飛びつかなかった伯爵に、そういったイメージを抱く。降ってわいたような幸運に、踊らされないようにするのは中々に難しいはずだ。
「どちらかと言うと奥方が、だな。迷い惑っている旦那を心配して、岩山ごと王家に領地を返納するように勧めたらしい」
「そりゃまた豪気な、なかなかできない発想だぞ」
「だよなあ、でもこれが思わぬ幸運を呼ぶんだ。王家は当初、その話を受けてわずかな褒美で済ませようとしたらしいんだが、それを聞いた第一王女のフレデリカ様がお怒りになってな『莫大な見返りのある配下の領地を、わずかな褒美で取り上げるとは何事ですか、王家の信は何処にあるのです』とまあ王に直言してな。その後の采配は見事の一言に尽きる。返納された領地に変えて、王都の傍にある直轄領から変わりの領地を与え、さらに金貨百枚もの褒美と王都に屋敷まで用意し、挙句の果てには鉱山からの利益の一割と伯爵位迄授けたんだ」
「そりゃまた大盤振る舞いだな」
ゴードンも感心した口調で伝えているが、俺もこれには素直に感心した。第一王女フレデリカはその政治手腕が高く評価されていると聞いているが、この話を聞けばさもありなんという感想を抱く。
「確かに大盤振る舞いだが、見つかった金鉱床はかなり有望で、その開発利益だけで大きな利益を王家にもたらした。もしあのまま僅かな褒美で済ませていたら、例え王家と言えども非難を免れなかっただろうが、第一王女の見事な差配のおかげでこの取引は『王家に忠節を誓うレイフル伯爵と寛大な王家が産んだ奇跡的な幸運の話』と言う美談になったんだ」
「なるほど、フレデリカ第一王女の政治手腕は聞いていたが、それはこんな所にも表れているな。しかし、レイフル伯爵は棚ぼたというか、幸運だけで伯爵になったようなものだが、他の貴族からやっかみの対象にならないのか?」
「それは当然ある。あるんだが・・・・・・、表立っての批判はフレデリカ様への批判と取られかねないからなあ、あるとしても、余り仲間内の集まりに呼ばれないとか、無視されるとかその程度みたいだ。ご本人が社交界活動に乗り気で無いのもあって、すでに目立たない存在に成りつつあると言ったところだな」
ゴードンの説明で、レイフル伯爵の立ち位置がなんとなく解ったが、あまり社交界の中央にいない人だと宣伝効果的にはマイナスだとの懸念が生じる。個人的には社交界の中心で、ファッションリーダー的な人物がターゲット像に当て嵌まる。俺の狙いは、一つの製品を売って終わりでは無く、口コミでの連鎖が重要なのだ。
「レイフル伯爵の立場はなんとなく理解したが、宣伝効果が見込めるか不安がある。その点はどうする?」
「それなんだが、レイフル伯爵には娘が一人居て、カトリーン様と仰るんだが、今年十六歳になられたので、社交界にデビューなさるんだ。少し遅いぐらい何だが、どうもフレデリカ第一王女のお声掛かりらしい。ご自分で取り立てたレイフル家のご令嬢を、気に掛けておられるんだろうな。そんなこともあってか、かなり異例ではあるんだがカトリーン様のデビューはレイフル伯爵家にフレデリカ様が直々にお出ましになり、ご自分の取り巻きを連れての小規模だが特別な舞踏会で成されることになった。今の貴族社会であの方に逆らう物は居ないからな、いい箔付けになるだろう」
(なるほどね、そうやって自分の取り巻きをさらに増やしていくのか、実に王侯貴族の鏡みたいな人だな。全てが計算ずくなのか、ナチュラルな行動なのか解らないが、どちらにせよ用意周到で油断ならない人のようだ。敵にはしたくないタイプだ、グレーテル王妃陣営も大変だろうな)
「そこで、鏡台の売り込みなんだが、訪問される第一王女を筆頭に取り巻きの令嬢達は社交界の中心人物達だ、そこで第一王女の控え室に置いてはどうかと思ってな」
「なるほど!」
ゴードンのアイデアに、俺は大きく頷いた。確かにそれなら宣伝効果は抜群だと、確信出来るからだ。
「流石だな、戻ったら早速レイフル伯爵に交渉してくれ、もし売買交渉が纏まらなくてもレンタルだけでもしたいくらいだ」
「解ったよ、任せてくれ。ヨランダの機嫌も取れて一石二鳥だしな」
「そう言えば、ヨランダさんとレイフル伯爵夫人の共通の趣味って何なんだ?」
俺は、肝心の疑問が解消されていないことに気づいて聞いてみた。
「手芸というか、服飾作成全般だな。レイフル伯爵夫人は、家族の服を全部お一人で縫われるほどの腕前をお持ちだし、ヨランダも店を出すのが夢だからな。よく布地を取り合っていた仲らしい」
「布地を取りあう? なんだそれ」
「問屋に入った布地を、どちらが先に押さえるかでよくかち合ってたんだと。あまりにもかち合うんで、お互いの趣味が似ていることに気が付いて、意気投合したらしい。その時は商家のご婦人位に思っていたらしいが、それがレイフル伯爵夫人だった訳だよ。年は離れているが共通の趣味を持つ二人だからな、身分の差も向こうが全然気にしないらしくてヨランダも気にするのを止めたらしい。今回の話しも、ヨランダが色々と相談に乗っている過程で俺の耳に入ってきた訳だ」
「なるほどなあ。ヨランダさん様々だ、帰るときはお土産持ってってくれ」
俺は、ヨランダに持って行って貰う為のお土産リストを、脳内でリストアップさせる。主に喜ばれるのは食材や調味料であることは解っている。すぐに用意出来そうな物を中心に持って帰って貰うつもりだった。
「そうだそうだ思い出した! お土産と言えばレイフル伯爵は、ヨランダが作るここの食材を使った料理の大ファンなんだよ。今度の舞踏会の前に開催される夕食会でも、ヨランダに料理をいくつか依頼したいとまで言ってるぐらいでな、ヨランダが困っていてお前に相談して来てくれと言われてたんだった。危ない危ない、危うく忘れて帰ってどやされるところだったぜ」
ゴードンは、肝心なことを忘れるところだったという焦りを滲ませながら、思い出したことに安堵したかのように胸をなで下ろしている。しかし、相談すると言ってもまだ何も解決していない気がするのだが・・・・・・。俺はその事を、指摘する。
「相談と言っても、何をどうすればいいんだ? レシピでも考えて渡せばいいのか?」
「う、そうだよなあ・・・・・・。お前に王都まで来て貰うのが一番良いんだが、流石に無理だよな」
「おいおい、王都まで片道七日、往復十四日だぜ? そんなにここを開けられないよ」
俺は以前の反省も踏まえて、なるべく酒場を中心に活動する事に決めており、移動だけで半月も懸かる王都へ行こうとは思わない。何とかレシピと材料の提供で納得して貰おうと考えていた。
「あら? 王都へなら私がお連れしましょうか? 『転移』で一瞬ですわよ」
「へ?」
俺たちのやり取りに突如割り込んできたのは、いつの間にか近寄ってきていたアマーリアである。彼女はにこやかに微笑んでいるが、サラッととんでもないことを言っていた気がする。
「『転移』って、一瞬であっちこっちに移動出来るあれか? 王都まで一瞬?」
「はい、ここに来る前に三ヶ月で色々と見て回りましたから、王都の位置も把握済みです。私含みで六名迄ならお連れ出来ますよ。馬車などの大きな荷物は難しいのですけど」
アマーリアは事も無げに言っているが、『転移』は魔術師の魔法で上級相当の呪文である。つまり彼女は最上級の法術を操る神官であると同時に、上級魔術呪文を使いこなす魔術師でもあるわけだ。そういえば、|自らを不死者となす邪悪な魔法は法術では無く魔術だったことに今更ながら思い至る。ちなみに、俺が使用出来るのは、魔術師の下級呪文に中級の一部である。実力差は天地ほどに離れている。
(もう、本当に。俺の尺度で計り知れるスケールじゃ無いな、この聖女様は・・・・・・。完璧超人すぎる。でも、そんな女を自分の下に組み伏せるのも悪くない・・・・・・って、俺は何を考えているんだ!!!)
危うく暴走しそうになる思考を必死で建て直し、無理矢理ビジネスに向ける事で方向修正を図る。
(時間が懸から無いなら、王都に行くのは悪くない考えかもしれない。今後の事業を考えても、色々と自分で段取り出来るのは有難い)
俺はそう考え、アマーリアの提案を受け入れることを前提に計画を練っていく。
「アマーリア、今夜の打ち合わせ次第でお願いすることになるかも知れない。出来れば君も参加してくれないか?」
「畏まりました、ウート様。私はあなたの第二夫人になったのです。お命じ下されば、否やはございませんわ」
「・・・・・・じゃあ頼むよ」
俺は段々とアマーリアに押され始めている自分を感じるが、それはもはや仕方の無い事なのかも知れない。俺の中の効率を重視する心が、この提案に抗い難い魅力を感じているのだ。
(そう、それだけだ。使えるものは、親でも使えって言うじゃ無いか、それと同じさ)
俺はそう内心で嘯くが、それがどの程度本気なのか、段々と自分でも解らなくなってきているのであった。




