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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第二巻
37/51

とある遺跡の探査事情

(見なれない景色だな)

最初に感じたのはそんな思いで、視界が自由に動かせない事に気がついたとき、それが夢かもしれないと思い立った。

俺は、普段夢を余り見ない。

いや、見ているのかもしれないが、覚えている事が滅多にないと言うべきだろうか。

だからそのときも、起きたら忘れているんだろうなと、気軽に考えていた。

見ている景色は森のなかを歩いているところで、色も音もなく淡々と進んでいく。時折パッと場面が進んだりして、出来の悪いサイレント映画を見ているような気分になる。

やがて鬱蒼とした森を抜け、森の中に沈んだ遺跡の前に出る。

遺跡は殆どが蔦におおわれ、敷地の至るところから木々が伸び、時折見える石の構造物だけがその存在を知る唯一の手掛かりだった。

そんな森に沈みかけた遺跡を、さらに木々を掻き分けながら視界は進み、やがて開けた場所へと辿り着いた。

その場所も森の浸食を受けてはいたが、草木は高くても膝の高さほどで、所々端整な石畳が覗いている。もとは丹念に建てられた施設のようで、そのお陰で長い年月を耐え抜き、森の浸食を耐え抜いているらしい。

そんな広場の中央には、白い大理石で建てられた小さな廟が立っており、その正面には台座が設けられている。そして、台座の上には元は見事だったに違いない女神の像が立てられていた。

見事だったと言うのは他でもなく、長い年月の為か、無惨にも崩れかけているからであり、特に上半身は左肩から右腰にかけて崩れ落ち、残っているのは左胸から腰にかけてのラインぐらいである。

ただ、その部分の造形は見事の一言につき、俺の持つ聖女アマーリア像に匹敵するのでは無いかと思わせるものである。

(匹敵すると言うか、もしかしてオリジナルなのか?)

ふとそんなことを思うが、場面は俺の思いなどお構いなしに進んでいった。

視界はどんどんと廟の中に進んでいき、やがて一枚の石壁が目の前に現れる。石壁の上部には、とある場面が見事な彫刻で浮かび上がるように彫られており、下の部分には扉の用に見える彫刻が彫られている。

(どうやら、聖女アマーリアに所縁ゆかりある場所みたいだな。壁のレリーフはリッチを打ち倒す場面か、これは見事なものだ)

 そう思いながらも、俺は別の疑念が頭を過ぎっている。

(これって、本当に夢なのか? 俺はこんな場所知らないはずだ。どういうことなんだ?)

 そう思っているのに、場面は止まること無く進み続ける。

 驚いた事に、彫刻だと思っていた壁の扉が奥にスライドした後、横にすべるように移動していく。

(開くのかよ!)

 壁の彫刻としか見えなかった扉が開いたとき、俺は驚きのあまり内心で突っ込んでしまった。その間にも場面はどんどん進んでいく。

 しばらく緩やかに下りの傾斜が続き、気が付くと周囲の作りが変わっている。壁面の形状が歪になり、そこに無理矢理石組みをして表面を覆っているようだ。

天井は剥き出しの岩となり、表の建物とは違って荒々しい作りになっている。表面も黒ずんでジミジミとしており、年代すら違うように思われた。

(元々あった洞窟に誰かが手を入れて、上の建物はそのさらに後に建てられたもののようだな。この映像自体が何時の時代ものかは解らないが、この洞窟が大分古いものであることは間違いなさそうだ)

 俺がそう思っている内にも場面は変わり続け、どんどん奥へと、それも地下深くに向かっていると思えた。

(地下迷宮(地下迷宮ダンジョン)探索ってこんな感じなのか。もしかして“迷宮狂メイズぐるい”の迷宮だったりするのかな?)

 俺がもう完全に映画を見るような気持ちで場面を眺めていると、大きな広間に到着したのか、先が見通せない広い空間に出る。

 どうも視界を照らす照明が松明の明かりだけのようで、それ程遠くまでは光が届かず、先を見通すことが出来ないようだった。

これまでは折れ曲がる通路や、小さな部屋が多くてそれ程気にならなかったが、広い空間に出たことで先を見通せない不安が発生し、未知の敵が潜んでいるかのような錯覚に襲われる。

 それでも場面は進行していき、正面に大きな両開き扉が見えてくる。

 材質は年代を経た樫だろうか、黒っぽく変色しているがくたびれた感じのしない重厚で立派な扉である。取手の部分は真鍮のようだが、手入れが行き届いているのか曇りなどは見られず、鈍い光を上品に反射していた。

(いよいよクライマックスみたいだな。如何にもボスが出現しそうな、これまでとは別格の感じがする部屋じゃないか、どんな凶悪なボスが出現するんだろう?)

 俺は夢を見ている気楽さで、そんなことを考えていた。

 そして、場面はいよいよその扉に近づこうと動き出す。

(ん? 闇が動い――)

 視界の端で、まるで闇そのものが動き出したように、突如としてそれは現れ、両手剣トゥーハンドソードを振り下ろしてきた。それは一瞬しか見えなかったが、忘れもしないワイトの姿であった。

 両手剣トゥーハンドソードが振り下ろされると同時に、場面は真っ黒になって途切れ、同時に恐怖に駆られた俺は飛び起きた。

(ちょっと、待って、どう言うことだこれ? なんでここにワイトが出てくる・・・・・・)

 荒い息を吐きながら、必死で考えを纏めようとする。全身は再び味わった死の恐怖に震え、冷や汗が吹き出している。汗が滴となって背中を滑り落ち、その感触がゾワゾワとさせて気色が悪かった。

 俺はベッドを降りると、部屋を出てリビングに向かう。地面を歩く感覚が現実を感じさせてくれ、次第に心が落ち着いていく。

 そのおかげで、リビングに辿り着いたときには何時もの平静さを幾分かは取り戻していた。

 部屋の中には、ギリドとゲラドの姿が有り、しかしゲラドはソファーに横たわって寝入っている。ギリドのみが起きて、どこか不味そうに紫煙を燻らせている。

「今どのくらい立った?」

 俺は傍らに立って、小声でギリドに声を掛けた。

「ウートか・・・・・・。もうすぐ明け方になる頃かの、みんなよく寝ておるわ」

「そうか、ギリドも休んでくれ。見張りは交代するから」

「気にせんでええ。どうせ眠れやせん。鍛え方が違うからのぉ、一晩や二晩、寝ずとも何とでもなるわ」

 ギリドは強がりを言うが、目の下には盛大な隈が出来ており、とても大丈夫そうには見えない。だが、眠れないのも本当だろうし、無理強いをする気も起きなかった。

 俺は話すことが思いつかず、つい先程見た夢の話をギリドにしてみた。

「なんだと! それは、聖女アマ―リアの聖壁ではないか! その奥の地下迷宮ダンジョンと言えば死者の王リッチが構築したと言われる地下迷宮ダンジョンのことだぞ。しかも、最後にワイトが出没したとは、今回の事件に関係があるとしか思えん夢ではないか」

 ギリドは驚き、大きく唸っている。

「その、聖女アマ―リアの聖壁とはなんですか?」

 俺は聞き慣れない固有名詞に反応し、教授を請うた。

「聖女アマ―リアの伝承はしっておるか?」

「ええ、この間、ルーデンブルグで観劇を見まして、大筋は知っています」

「その、聖女アマ―リアが最後に死者の王リッチと戦った地下迷宮ダンジョンがこの近くにある、その地下迷宮ダンジョンの上には聖女を讃える廟が建てられておって、地下迷宮ダンジョンの入口を塞ぐように作られているのが聖女アマ―リアの聖壁だ。しかし、あの地下迷宮ダンジョンは殆ど中が崩壊しておって、聖女最期の地として、人々の聖域として扱われておるはずなのだ。そんな場所にワイトが湧くなど到底信じられん」

 ギリドは忙しなく顎髭をしごき、眉根を寄せて深い溝を作っている。

「そんな場所があるんですか、なにやら長い間放置されている気配がしましたが」

「ふむ、三百年ほど前に聖女アマ―リアを祭る新たな聖廟が王都の傍に建立されてな、それ以来徐々に廃れて今は詣でる人もおらんのだ。人間の聖人だからな、我々ドワーフも敬意は持っておるが、立ち入らぬようにしておるのだ」

「なるほど、何故かは解りませんが、今回の発端はその辺りにあるのでしょうか。まさか死者の王リッチが復活したとかじゃありませんよね?」

 俺は自分で言っていて、その可能性に改めて思い至り戦慄を禁じ得ない。ワイトすらあれほどの強敵だったのだ、それを使役している死者の王リッチなんて出てきた日には、とんでもないことになる。

 俺を見るギリドの頬も、さすがに引きつっている。事態は思った以上に危険を孕んでいる事に、思い至ったのだろう。

「もし本当に死者の王リッチが復活したのだとしたら、どうなるでしょうか?」

「今の世で奴を倒せる者など、おらんやもしれん。もし人類と敵対することになれば、国の一つや二つ簡単に滅んでしまうであろうな」

「封じる方法とか、対処する方法とか無いんでしょうか?」

「少なくとも、儂は知らん。それに、対処することで敵対関係になったらと思うと目も当てられん」

 俺としても、ギリドの懸念は痛いほど解った。ワイトがこの村を襲ったのは、多分ドワーフの若者達が地下迷宮ダンジョンに侵入したためで、この村を敵対視したからでは無いか?

 俺たちはそんなワイトを倒し、不死者アンデッド軍団を殲滅してしまったことになる。つまり、完全なる敵対行動を取ってしまったことになるのでは無いか? そう思うと、足が震えて止まらなくなるのだ。

(今から逃げるか? どうやって? まさか部下をやられて、俺を狙ってたりしないよな? もしそうだとしたら、俺史上最大のピンチじゃないか、どうしてこう次から次へとトラブルが舞い込んでくるんだ・・・・・・)

 俺は頭を抱え込み何とか手は無いかと考えたが、そんな良案がほいほい浮かぶわけは無く、思考は堂々巡りを始めることになったのであった。



 悩んでも解決出来ない問題はある訳で、この問題においては情報もさることながら、相手の出方というものがあるので、尚更先を読むことが出来ない。

 俺が悩んでいる内に夜が明け、全員が起き出してきたので朝食を作り、それを食べていたときの事だった。

 ドンドンドン ドドーンドン ドンドンドン ドドーンドン

 なにやら威勢の良い打楽器の音が響き、ギリドを除いた俺たちは驚いて外に出る。

 その音はフロイツ山脈の方向から響いてきており、時が経つにつれより大きく響いてくる。

 やがて街道の先から、それはやってきた。

先頭は、真新しい鉄色に輝くフルプレートを着て、大きな盾を構えた重装歩兵が固めている。

 その後ろには、多くの鉾槍ハルバードの穂先が乱立し、多くの兵士が続いていることをうかがわせる。その後ろにも、音楽隊や石弩クロスボウらしきものを装備した一団も見える。

 かなりの数の武装した一団、それも、外見から判断するにドワーフの一団が、隊列を組んで行進しているのだと理解するのに、しばらくの時間が必要だった。あまりの光景に、あっけに取られたと言うのが大きい。

 先頭が広場の入口近くまでやってきて、俺たちの姿を認めて不審がっている。だが、俺たちを割ってギリドが姿を現すと、警戒を解いたのが解り、それから重装歩兵の一団を割って、小柄なドワーフが前に出てくる。

 かなりの高齢なのか髪も髭も白髪に覆われ、長い眉がせり出しているせいでこちら側からは瞳の色も見通せない。しかし、歩みはしっかりとしており、周囲の一団もこの老ドワーフに合わせて動いているようだった。

「ギリド、お主じゃったのか、緊急の狼煙を使うたのは、それよりこの村は不死者アンデッドに大挙して襲われたと聞いておるのじゃが、お主らどうやってここに入ったのじゃ?」

 老ドワーフはギリドの元に歩み寄ると、ガラガラに嗄れた声でギリドに問うた。

「ガンズ老自らお越しとは心強い。この広場の不死者アンデッドなら既に討伐済みです」

 ギリドの言葉に、ガンズ老と呼ばれた老ドワーフは、カッ! と目を見開いて俺たちを睨み付けた。

「討伐じゃと? 不死者アンデッドは総数で百体を超えとったと聞いておる。厄介なことにワイトまで確認されておったはずじゃ。それをこの人数で討伐したなどと馬鹿を言うでないわ。そんなこと出来る者がいるとしたら、それこそ伝説の英雄達だけじゃわい」

 ギリドも「改めて言われてみるとそうか」と言う顔を浮かべているが、正直言って、今はそんなことを気にしている場合では無いとの焦りが俺を支配している。

俺は直接会話に加わることにし、一行の前に進み出た。

「お初にお目にかかります。メセルブルグの街で、酒場に雇われておりますウート・ヴォージオンと申します。目下進行中のこの事態に関して、伺いたいことがございまして、少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 俺は目上の者に対する敬意を最大限に示し、自己紹介しつつ会話に割り込んだ。ガンズ老は表情の読めない顔で黙り込んでおり、俺は続けても良いか判断がつかずに黙り込んでしまう。

(表情が読めん、一帯何を考えているか全く解らん。いったい、どうしたらいいんだ?)

 俺が助けを求めてギリドに視線を送ろうとしたとき、ガンズ老は先程と同じようにカッ! と目を見開き、大きな声で叫んだ。

「思い出したわ! お主ジルのとこの小倅じゃな? 大きくなりおって、見違えたわ!」

「全然違います!」

 長い間を使ったあげくのこの台詞に、思わず反射的に反論してしまう。

「はて? では、何処の誰じゃったかのう、最近人の顔を思い出すのが難しくなってのう」

 いきなり何を言い出すかと思いきや、拍子抜けするほど的外れのことを言って俺をガックリとさせた。黙っていたのは記憶を探っていたかららしいが、もうそろそろ記憶力に期待するのは止めておいた方がよいお歳のようだ。

 ガックリと肩を降ろす俺を救ってくれたのは、ギリドだった。

「他に報告せねばならんこともあるし、立ち話も何だろう。主だった者で村長宅に移動してからにしよう」

 提案に従い動き出した俺たちだったが、途中で広場に安置していた、グールとなっていたドワーフの遺体に彼らが気づき、取り囲んで盛大に嘆き始めるに至って、早く話をしましょうと言い出せる雰囲気では無くなってしまった。

 特に、彼らの父親や兄弟達らしい人々の悲しみは深く、辺りに憚り無く慟哭している。周囲もそれに同調するように嘆き悲しみ、既にグール化していたとは言え、倒してしまった俺をいたたまれない気持ちにさせた。

 やがてギリドが、一人のドワーフを連れて俺の前にやって来る。俺が倒したドワーフに縋り付いて泣いていた、父親らしきドワーフだった。

(恨み言ぐらいは、聞いてやらないといかんだろうな)

 俺はそんな風に考えていたのだが、俺の目の前に来るといきなり俺の両手を掴んで頭を下げる。俺が戸惑っていると、涙ながらに語り出した。

「息子の名誉を取り戻してくれたと聞いた。何とお礼を言っていいか解らない。あのままだったら息子は戦士としての名誉を失うだけでなく、天国ヴァルハラにも往けず、人々に災いをもたらす事になっていただろう。特に、同胞を手に掛けていたなら、我が一族全てが恥辱に塗れた一生を送らねばならないところだった。それを救って頂いたこと、生涯忘れません」

 俺は思いがけない事にびっくりしていたが、責められなかった事にどこかほっとしてもいた。俺は身を守っただけなのだが、やはり責められたらこたえた事だろう。

俺は悲しみを滲ませながら「息子さんが安らかに眠るよう、お祈りしております」と、お悔やみを伝えるしか出来なかった。

 それからようやく場所を移し、俺とボルクやギリド、ドワーフの側からガンズ老やこの村の村長が集まり、事情を聞く事になった。残りのドワーフ達は、周囲の警戒や死者の埋葬を実施している。

 俺はギリドにお願いして、事情を聞いて貰うようにお願いしている。俺が出るより、気心の知れたギリドの方が適任だと考えての事だ。

「この村でいったい何があった? 何故あの様な若い連中が犠牲になったのだ」

 ギリドが、村長を見据えて、事情聴取を行う。行き場の無い憤りがその声には込められている。

「一週間ほど前の事だ。若者達が狩りに出たまま、五日も戻ってこないと騒ぎになった。通常なら長くても三日位だから、獲物が捕れないとしてもそれぐらいで戻ってくるはずだ。それが五日間も戻ってこないのはおかしいという事になって、捜索する事になった。その捜索隊が、移動する不死者アンデッドの大群を見つけたのだ。それで大騒ぎになって、真っ直ぐ村に向かっている様子だったので、この村の人数で太刀打ち出来る数では無いと判断して、すぐさまここを引き払い、山に向かったのだ」

 村長は、記憶を頼りに数日前の出来事を簡潔に説明してくれる。

「では、原因は解っていないのだな?」

 ギリドは念を押すように確認する。もう少し詳細な説明を期待していた俺にとっても、これでは肩透かしな結果である。

「残念ながらそうだ。ガンズ老にお願いして、村々から兵を出して貰い、不死者アンデッドを撃破してから改めて捜索するつもりだったのだ。昨日、やっと準備が整い、村に向かおうとした矢先に狼煙が上がったのでこうして急いでやってきたのだが、まさか彼らまでグールと成り果てていたとは、無念でならん」

 そう言って村長は、ガックリと肩を降ろした。

「ところで、若者達は、聖女アマーリアの遺跡に出入りしていたりしたか?」

 ギリドはさらに掘り下げるつもりなのか、今朝話した夢に関連した事を質問した。俺にしてみても、あれはただの夢ではなく、何らかの原因でドワーフの若者達の行動をトレースしたのではないかとの疑念が浮かんでいたので、願ってもない質問だった。

 しかし、尋ねられた村長は、怪訝な表情を浮かべている。

「あの場所は、他種族の聖地として扱われとる土地です。ここからは半日程度の距離ですから、若者達も存在は知っていると思いますが、近づくような不敬な真似はせんでしょう」

「そうか、それなら良いのだが・・・・・・」

 ギリドは、チラリと俺に目配せを送って寄越し、顎髭を扱きながら黙り込んでしまった。俺としても原因を究明する糸口が絶たれ、夢の話だけで彼らを疑う真似をして良いのかどうか、迷いがある。

(それに、あの情景を見たのが、ドワーフ達と決まった訳じゃない。他の誰かが入った事により、巻き込まれた可能性だってあるじゃないか。その線で、あの地の危険性を警告する必要があるだろう)

 俺はそう考えて、会話に参加する事にした。

「実は、今回のワイトの出現場所が、かつて聖女アマーリアが死者の王リッチを倒した地下迷宮ダンジョンではないかと疑っていまして、早急に調査が必要ではないかと思っているのです」

「彼らが聖地を荒らしたとお考えか!」

 村長は不快感を示すが、ガンズ老がそれを制し見通せぬ目でこちらを睨んだようだった。

「ご不快を与えたのなら申し訳ない。私はただ、この地に迫る危険の原因をハッキリとさせたいだけなのです。あなた方を責めるつもりも無いし、その資格だってない。俺はしがない、一般市民でしかないのですから。ただ、このまま放置すれば危険はここだけに止まらないかもしれない。それを懸念しているのです」

 俺は出来るだけ正直に状況を説明し、彼らの理解を得たいと考えていた。そうでなければ、この先何をするにも行き詰まってしまう可能性があるからだ。

 彼らに反発されようと、最終的には自分のために必要な事だと割り切ってでも、やり遂げなければならない事ではある。その一方で、彼らに理解され積極的な協力を得る事が出来るのが一番だとも思う。俺は彼らの反応を待った。

「ふむ、いいじゃろう。此度の異変の発端が、聖域であるあの地だとしよう。これに、ドワーフが関与しているのかは我々にも解らん。お主はこの先どうすれば良いと考えておるのじゃ?」

 ガンズ老が臈長ろうたけたところを見せ、俺の心中を問うてくる。俺は腹芸が嫌いでは無いが、本当に信頼を得たい相手には、正直に話す事がベストである事ぐらい承知している。ここは策を弄さず、真摯に頼み込む事にした。

「俺は、これから彼の地を魔法で偵察したいと考えています。その結果、更なる脅威が確認された場合には、封印するのにお力をお借りしたいのです。よもや死者の王リッチが復活しているとは思いたくないのですが、確認は必要でしょうし、まだ他にも脅威となる者が出現する可能性だってあります。それらが現実となる前に封じ込め、脅威を未然に解消する事は、双方の利益に叶うと信じております」

「儂からも頼もう、もはやこの問題はドワーフ族の名誉だけではなく、周辺地域の安全がかかっておる。速やかな問題解決に、協力しては貰えんだろうか」

「ふ~む。儂らとしても、脅威の原因については究明せねばならんと思うとったところじゃし、その結果、この村に更なる災いが訪れるようならば、対処せねばならん。確かにお主の提案を拒否する理由は無いのぉ」

 俺とギリドの説得に、ガンズ老は鷹揚に頷いて見せた。村長は、渋々と言った様子を見せたが、ガンズ老に反対意見を言うつもりは無いようであった。



「では、今から偵察に入ります。集中が必要なので、村長さんお部屋をお借りしてもよろしいですか?」

 俺は話し合いの後、村長に許可を貰い昨日睡眠を取った部屋に一人で籠もる事にした。

 部屋に入ると扉を魔術でロックし、『からくり箱』を取り出して開き、中から『千里眼の水晶』を取り出す。

 どのくらい時間がかかるのか解らなかったので、ベッドに足を投げ出して楽な体制を取ってから目をつむり『千里眼クレアボヤンス』を発動させた。

 俺はすぐさま視点を上空に飛ばし、方位を確認してから移動を開始させる。位置はこの村から北北東に半日程の距離で、フロイツ山脈の麓に広がるこの森の真ん中に目的の遺跡はあるらしい。

 俺は視点をどんどんと移動させ、やがて森の中に沈んだ遺跡を発見する。夢の中で見たとおり、周りは殆ど森に沈みかけているが、中央の廟とその周りだけは健在で、俺はその中に視点を移動させていく。その移動と夢で見た景色がダブる気がするが、今度は自由に動かせる点が大きく違う。

 廟の中に入った視界の先には、夢で見たのと同じように聖女アマーリアの聖壁と呼ばれる立派なレリーフが浮かぶ石壁が見えてくる。聖壁の下部にある扉は開け放たれており、夢で見たとおりに俺は先に進んでいく。

(やはり、あの夢は正夢みたいなものなのか、それとも誰かの記憶を垣間見たのか、どちらにせよあれがなければこの場所の事を知ることが出来なかった。その意味では、いくら感謝してもしたりないな)

 先に進みながらも、不思議な夢に感謝しつつ疑問の答えは出ないまま進んでいく。

 これまでの所、特に不死者アンデッドの姿も見かけていない。壁や扉も突き抜けて進んでいる事もあり、夢で見た道行きをトレースするように移動を進めていくことで、驚くほどスムーズに先に進むことが出来た。

 やがて、階層的には三十階層程も下がったとき、夢で見た大きな部屋にたどり着く。

 あの時と違い、暗闇を見通す眼を持っているため、細部の様子までよく見ることができる。周囲が古い石壁なのは変わらないが、両サイドの幅が三倍程度に広がり、天井の高さも倍近く高くなっている。

 驚いたのは奥行きだろうか、現状の目をもってしても五十メートル程しか見通すことが出来ず、その先は薄暗い闇に閉ざされている。

 石畳の床の上には、ボロボロに朽ちかけた絨毯の残骸が所々残っており、もともとはかなり豪奢な部屋だったことを想起させる。しかし現在は、時の流れに浸食されすぎて元の豪華さを辛うじて推測できるだけの状態である。

 先は見通せないものの、夢とは比べ物にならないほどの視界を生かして、慎重に視点を移動させていく。一度味わった恐怖の事もあり、その進みはゆっくりで、生身の体があればおっかなびっくりと評すところであったろう。

 やがて、百メートルほど進んだ先に夢で見た樫の木の扉が見えてくる。夢と違うのは、両空き扉の手前に直立する五つの彫像をはるかに手前で発見できたことである。

 彫像は、全身を漆黒のフルプレートメイルで固め、両手剣トゥーハンドソードを思い思いの形に構え、微動だにせず直立している。向かって左に三体、右に二体設置されており、なんだか不揃いな配置となっている。

 俺は、そのまま彫像の間を抜けて扉に向かおうとしたのだが、彫像から五メートル、扉まで十五メートルの位置までたどり着いた時、恐怖の余り移動を止めてしまった。

(彫像じゃない、これ全部ワイトじゃないか!)

 俺は殺されかけた恐怖と、夢で見た光景をまざまざと思い返し、生身で相対しているわけではないにもかかわらず、言い知れぬほどの恐怖に襲われた。

(もしこの五体に同時に襲われたら、確実に死ぬんじゃないだろうか・・・・・・)

 そう考えると、戦慄して震えが止まらなくなりそうだった。

(もしかしたら、元は六体いたのか、夢で襲ってきたとしたらちょうどあの位置だし、それがそのまま村を襲ったんだな)

 彼らは番人としてここに配置され、扉の奥を守っているのだと思われた。

(問題は、何を守っているのかだよな。ただの墓守であれば、墓に手を出さないけりゃいいんだろうが、問題はそうじゃなかったときなんだよ・・・・・・。扉の奥を確認しない事には始まらないか、怖いけど)

 俺はなけなしの勇気を振り絞り、彼らの間ではなく、大きく外周り――中を通る勇気はない――をして、両開きの扉の前に視点を移動させる。

(さて、鬼が出るか蛇が出るか、どうせ避けては通れない。ええい、儘よ!)

 心の中の掛け声とともに、一気に両開きの扉を抜ける。

 一瞬の暗闇の後、扉の先に視点が移動する。

(なんだここは・・・・・・)

 俺は驚き、そして感嘆を持ってその部屋を見渡した。

そこには、扉以外の周囲を全て本棚に囲まれた部屋が存在した。

手前の広間よりは狭いが、幅が三十メートル程は有りそうな円形の部屋だ。

高さが三メートルを超すような大きな本棚が並び、その中にはぎっしりと本が詰まっている。本棚が足りなくなったのか、手前にもうずたかく平積みされているほか、あちこちに開いたまま放置されていたり、複雑な魔法式を描いた羊皮紙等も散乱している。

部屋の中央には大きくて立派な木の机が設置されており、その上にはランプも置いてあるのだが、それ以外のスペースは殆どが本で埋まっており、さらにその周囲が一番本の放置状況が酷く、平積みした本で机が殆ど隠れている有様だった。

そして、呆れた事に椅子の上にも本が平積みしてあり、この部屋の書斎としての機能はほぼ失われていると言って良かった。

(書斎、研究室、図書室、資料室。う~ん、この部屋は一体何だろう。凄い本だなあ、読書家と言うより研究者の書斎かな。ここって元は魔術師のものだったはずだから、魔術師の研究室兼書斎かもしれない。その可能性が一番高そうだ。聖女との闘いでも、破壊されずに残っていたんだな。もの凄く保存状態がいいみたいだし、ここにある本を売っただけでもかなりの金額になりそうだな)

 俺は、キョロキョロと周囲を見渡す事しか出来ないのが恨めしかった。字を読めるようになった今の俺にとって、この部屋はちょっとした天国のようなものに思えた。

 危険がないのなら今すぐにでも向かいたいぐらいであるが、ワイト五体と喧嘩して生き残る自信はさすがにない。涙を呑んで諦めるしか無いのであった。

 読めないとなると、未練を残さないために本への意識を無理矢理反らし、部屋の中を探索する。奥へと続く扉を見つけるのは、それ程苦労せずに済み、さらに奥を探索するため視点を進めた。

 山のような蔵書から意識を反らす事に夢中だった俺は、当初の緊張も薄れつつ有り、そのままの気分で奥の扉を通り抜けた。

扉の先は、どうやら寝室になっているようで、今までの部屋からするとこじんまりとした部屋に、その存在を主張するかのようにして天蓋付きのベッドが置かれている。

 この世界に伝わる記録では、この地下迷宮の持ち主であった死者の王リッチは男性で有り、当然部屋も男性のものと思っていたのだが、その部屋はどこか女性的な雰囲気を持っていた。

 例えばそれは、床に引かれた絨毯の色や、壁に掛けられたタペストリーの図柄や題材によるものから、感じる印象である。

 ただそれは、俺が瞬間的に閃いた事柄に過ぎず、気のせいかも知れないという迷いを吹き飛ばすほどのものではなかった。だから天蓋付きベッドに気を取られた次の瞬間には、殆ど意識する事もなくなっている。

 そして、天蓋付きのベッドであるが、周囲に極々薄い布地を張り巡らせ、直接的な中への視界を遮っている。しかしながら、その薄さの為に中を窺い知る事が可能で、俺は恐る恐る外側から中を覗いてみた。

(誰か、寝てる!?)

 外側から見たベッドの上には、確かに人影らしきものの姿が見える。

(そういえば、不死者アンデッドって、睡眠を必要としないはずじゃなかったっけ? だとしたらこのベッドやそこに眠る人影は? もしかして、聖女アマーリアとか死者の王リッチとかには関係無く、どこかの魔術師が勝手に根城にしているとかだったりする可能性もあるのか、そうだとするなら正体を暴いて、キッチリ報復してやらないとな)

 俺はそんな事を考えつつも、恐る恐るベッドの内側にそっと視点を移動させた。

(な、な、な・・・・・・)

 俺がそこに見つけたのは、正に思いがけないものだった。

(なんだこれは? 骨? 遺骨? もしかして、聖女アマーリアの遺骸なのか!!!)

 俺はそんな感想を抱き、そのベッドに横たわる物体を眺めた。

 小ぶりで形の整った頭蓋骨、胸の下辺りで組まれた手の細く優美な指骨、なだらかな鎖骨やきれいに揃った胸骨、女性的なフォルムを連想させる骨盤やそこから伸びる大腿骨や脛骨の直線的なライン、そしてつま先に至るまで完璧に揃った美しいと表現したくなるほどの人骨が、そこには横たわっていた。

 俺はその完璧と賞すべき全身骨格を眺めながら、脳裏には作り物かも知れないという思いが渦巻いていた。なぜならば、その骨があまりにも美しすぎるからだ。

 全身の骨が真っ白で、どこか真珠のような光沢すら感じ取れる。全身が左右共に完全なるシメントリーを構築しており、頭の片隅には“黄金比”と言う言葉がよぎる。

 もし、この骨を元に人を形作ったとしたならば、それは世界で最も完璧な人となるに違いない。そんな感想を抱くほど、その骨は美しく完璧な姿を持っていた。

(聖女アマーリアを悼んだ後の世の人々が、遺体の代わりに安置したとかだろうか? もしかしたら、ここを聖域とするための演出なのかもしれない。でも、それならワイトが存在する理由は何だ? わざわざこの場所を守るために六体のワイトを配置したというのだろうか、聖域を守るのに不浄な存在とされる不死者アンデッドを使うのか・・・・・・)

 俺はその不合理な選択に納得がいかず、じっと考え込む。俺がこの場所について知っている事と言えば、観劇を見た際の知識や、僅かな叙事伝サーガの知識だけである。その出来事自体が千年前に起こった事であるだけでなく、正確な記録に基づいて伝わっているのではないため、何処まで信用していいかすら解らない。例えば観劇などは、演出の都合でどんどん話が変わっていくだろうし、面白おかしく脚色されるものだからだ。

 叙事伝サーガが正しく伝わっていたのなら、この場所は崩壊していなければおかしいし、ワイトが守っていたり、こんな物が置かれている理由が説明出来ない。聖女アマ―リアの伝説自体が、唯の作り話である可能性もあるが、その真偽を正確に知る術は存在しないのだった。

 それに聖女アマ―リアは、俺の中でも既に聖人としての存在を確立しており、さらには抜群のプロポーションを持つ脳内のスーパーヒロインとしての地位まで確立してしまっている。

(ユーリエがいなかったら、間違いなく”俺の嫁”としての地位を妄想の中で確立していたのは、間違いない)

 そう断言出来るほどのお気に入りである聖女アマ―リアの存在が、唯の作り話である可能性など受け入れ難かった。

(解らない事だらけだな・・・・・・)

 こうして探っても、新たな疑問が湧いてくるだけでなかなか結論を得られず、フラストレーションが溜まる。俺は、ベッドに横たわる美しい骨を眺めながら解決策を考える。

(こうなったらシンプルに考えるか、脅威となりそうなのは五体のワイトだけのようだ。ここを元通り封印して二度と入れないようにすれば、ワイト達に襲われる事はないし聖域も守る事が出来る。よし、ドワーフ達に依頼して速やかに入口を封鎖し、二度と人が入らないように魔法で施錠しよう)

 その後、ベッド以外も見回ったが、他には部屋も怪しい人影も見られない事を確認し、俺は『千里眼クレアボヤンス』を解除した。

 『千里眼の水晶』を箱に仕舞い、さらに『からくり箱』に仕舞うと、大きく伸びをしてからベッドから降りる。

(方針は決まった。後はどれだけ速やかにダンジョンを閉鎖出来るかに懸かっている)

 俺は、ドワーフ達にこのことを説明し力を借りるため、部屋を出てガンズ老達の元へと向かったのだった。


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