とある不死者の軍団事情
六月だというのに、空はどんよりと曇っている。
今すぐに雨が降るとは思えないが、旅行するのなら澄み渡るような快晴を望む心に対して裏腹な今日の空を見上げて、思わず悪態をつきそうになると言うものだ。
出来ることなら雨が降り出す前に目的地に着きたい俺たちは、安全に留意しつつも軽快に馬車を飛ばしていた。
目的地はフロイツ山脈の出入口にあたり、メセルブルグの街から馬車で半日程度の場所にあるドワーフ達の村である。
その村には三十人ほどのドワーフが暮らし、山に住むドワーフ達と平地に住む人間との間を取り持つ、仲介役を担っている。
ギリドの話によると、山に籠って独立した生活をしすぎると、周辺の種族との間に不測の事態を招く恐れがあり、過去の教訓から学んだドワーフ達は人里近くにこうした仲介役となる村を置くようになったのだそうだ。
彼らは殆ど自給自足の生活を確立しているため、それ程活発な行き来が行われている訳では無かったが、あくまで接点を設ける姿勢が大事なのだそうだ。
ギリドによれば、少なくともそこまで行けば何らかの情報を得られるだろうとの事である。俺とギリド、それからボルク達冒険者パーティ一行は、街で借りた馬車を駆り、一路その村へと向かっていた。
借りてきた馬車に幌は無く、荷台には六人分の座席を仮に据え付け、御者はゲラドが勤めている。このメンバーで一番若輩というのもあるが、余計な話をしないようにギリドと席を同じにしないとの配慮もあるのだろうと思われた。
荷台に設けられた簡易座席の席割はというと、向かって左側の席に前からアウグスティア、レオーレ、ボルクが座り、右側が前方からベッシュ、俺、ギリドの順で座っている。
ギリドは一番後ろの席に陣取ると、腰に差していた大きなパイプを取り出して刻み煙草を中に詰め込み、携帯用火口箱で火を付け、気持ちよさそうに煙を燻らせている。
服装はいつもと変わらぬ軽装であるが、杖替わりにと持ち込んだ自身の身長よりも長い鋼鉄製の棒を脇に立てかけている。
その棒は太く、重く、長く、形は八角柱をしており、ギリドが振るえば恐ろしい威力を秘めた武器になるだろうと思えた。
一方俺は、ユーリエに買ってもらった帽子とマントに魔術師の杖を装備した、魔法使いスタイルである。ボルク達と行動を共にすることも相まって、冒険者気分を満喫中なのだった。
(格好を突っ込まれるかと思ったんだが、誰も突っ込んでこないなあ。放置プレイかな・・・・・・。すこし寂しい・・・・・・)
魔術師スタイルに突っ込みを期待していたのだが、ボルク達は何も言ってこないし、ギリドに至っては、見た瞬間に鼻で笑ってきた。俺は、荷台でどんよりとした空に自分の気分を重ね、黙って馬車に揺られているのだった。
先を急ぐ俺たちは、途中一度だけ休憩を挿んだだけで、夕刻前には目的地が目視できる距離に到達する。
一行が、後少しで到着すると気が緩んだところで、重く垂れ込めていた雲から、我慢しきれなかったかのように大粒の雨が降り出し、瞬く間に視界を遮るような土砂降りの雨に見舞われてしまった。
「急ごう」
雨を嫌った俺の声に、誰も異論を唱えることは無かった。雨を厭う気持ちは、皆一緒だったのだろう。
ギリドの指示で、村の中央に位置する村長の家に向かう。舗装されていない道はぬかるみ始めており、車輪が埋まりかけて進みが遅くなり、余計苛立ちが募る。
村の中央には井戸が設けられており、それを取り囲むように大小さまざまな家が立ち並んでいて、その中でもひと際大きい村長の家に馬車を進めていく。
雨粒が益々大きくなってきており、俺たちは完全に雨に気を取られていたから、突如として木の砕ける破砕音と共に馬車が大きく右後ろに傾いだ時に咄嗟にうまく対処することが出来なかった。
「うわ!」「キャア!」「クッ!」「むう」
様々な声が飛び交う中、右斜め前に座っていたアウグスティアが、姿勢を堪え切れずに、俺の上に倒れ込んでくる。俺は正面から受け止める格好になるが、アウグスティアと背もたれに挟まれて背中を強打し、一瞬痛みと衝撃で息が詰まる。女性を受け止めたことによるラッキースケベ的展開も、アウグスティアの着ているチェインメイルと、胸部に補強された金属プレートのおかげで、まったく味わう事が出来ない。痛い目を見ただけなのであった。
暫くは、荷台を引きずるようにして走った馬車も、三メートルほど進んだところでゲラドが馬を制して止める。馬車の右輪が砕けて外れかかっており、荷台は完全に傾いている。
俺の上に倒れかかっているアウグスティアを除く冒険者と、ギリドはさすがの反応を見せて馬車を下りている。アウグスティアも俺の上から飛び跳ねるように離れると、馬車を下りて周囲を警戒するボルク達の内側に立つ。
俺はと言えば、痛む腰をさすりながら自分のカバンを肩にかけ、ほうほうの体で荷台を下りて彼らの輪に加わった。
「一体何が起きた?」
俺は、その時迄は特に警戒感を抱かず、原因の方に気を取られていた。借りた馬車が老朽化していたなら、借りた俺の責任が大きいと言う、自責の念も強いからだ。
しかし、その音、その声、その響きを聞いたとき、全身を言い様の無い悪寒に襲われ、思わず全身を総毛立たせて、音の正体を見極めるため周囲を見渡した。出来れば気のせいであって欲しかった。
「ヴァァァウヴァアグゥアブァァ・・・・・・」
『地の底から生者を呪う声』と表現するのが一番的確な表現だろうか、声を上げた相手を視認したからこその反応かもしれない。
雨が一時の勢いを衰えさせつつあり、視界が幾分か回復し始めていたせいで、そいつの姿は薄闇にハッキリと視認できてしまった。
(ななな、なんだ? このバケモノは!!!)
恐怖に喉が凍りつき、まともに声も出せない。心臓がキュウッ、と締め付けられる心地がする。しかもそいつは、幻覚でも錯覚でもなく、ユルユルとこちらに近づいて来る。
「不死者! ゾンビだ!」
ボルクが危機感を露わに叫び、その掛け声に合わせてそいつの前に立ち塞がると、ベッシュが左を固め、レオーレが右後ろにダガーを構えて立つ。アウグスティアがボルクの後ろに立ち、俺とギリドの間に壁を作る。
「ティア! 退散を頼む」
ボルクが指示を出し、ティアが従うように腕を上げるが、ギリドの鋭い声がそれを止めた。
「待て、周りを見ろ! どうやらそいつだけじゃ無いようだ」
ギリドの言葉通り、最初に見えたゾンビの後ろに、さらなる影が見える。いや、それどころか、雨に煙る広場一帯に、同じような姿が多数見受けられる。
(囲まれてる!)
気が付けば、俺たちは周りを多数の不死者に囲まれていた。あの不気味な声も、方々から響いてくる。
「拙い! どこかに脱出経路はあるか!?」
ボルクが叫ぶが、それに対する答えを返せる者がいなかった。
「アウグスティア! 何体なら退散出来る?」
手段を探すように、ボルクの指示が飛ぶ。指示を出すことによって、パーティが思考停止に陥ることを防ぎ、士気を保とうとしているのだろう。
「五体か、六体です。でも、残りは一斉に襲い掛かってくるわ」
「今から馬を放つ、奴らが気を取られている間に、村長の家に逃げ込もう」
馬車の前方から、ゲラドの声がした。今まで、馬車の索具を外していたのだろう、この状況で大胆な振る舞いと言える。だが、ボルク達のやりとりに、広場のゾンビたちが反応し、向かってくる気配を見せ始めている。
「よし、ゲラドが馬を放つと共に、行動開始! 殿は俺がやる、ベッシュは進路の確保を!」
ボルクが厳しい声で、指示を飛ばすが、それがほとんど耳に入っていない人物がいた。
もちろん他の誰でもない。『俺』その人である。
それどころか、得意の現実逃避が緊急発動を始めており、意識をほとんど持っていかれている。
(死、死、死、死ぬ? 死んじまう? そういえばこれまで、俺にしてはありえないほど幸運過ぎたぁぁぁぁ。つまりあれは“死亡フラグ”だったのかあぁぁぁぁ!!!)
そう思った瞬間、意識がトリップを始める。
それは、小学校低学年の頃の恐怖の思い出だった。多分“死”というものを自覚した、最初の瞬間の思い出だった。
近所の床屋に髪を切りに行っていて、順番待ちをしていたときだ。
暇を持て余していた俺は、偶々(たまたま)そこにあった漫画を手に取ったのだ。それは、太平洋戦争を題材にした戦争漫画だったように思う。内容についてはうっすらとしか覚えていないが、攻撃を受けて兵隊がどんどん死んでいく様子がリアルに描かれていた。
それこそ腕が千切れ飛び、腸がはみ出し、首が転がるそんな描写に溢れていた記憶がある。
その描写にショックを受けた俺は、真っ青な顔をして家に帰り、知恵熱を出して二日もの間、うなされつつ寝込む羽目になった。
(死んじゃう。どうしよう、俺も死んじゃうんだ。どうしよう、死んじゃったらどうしよう)
寝込んでいる間、俺はずっと堂々巡りの、死の恐怖にうなされていたように記憶している。
そして、考えに考えた末「答えが出ないのが、答えだ」と言うことに、辿り着いた。
何時死ぬかなんて、幾ら考えても解りっこない。なら考えるだけ無駄だし、考えると恐怖が止まらなくなるし、俺は怖いのは大嫌いであった。だからその事については考えるのを止めにして、取り敢えず忘れることにして、この年まで生きてきた。単なる逃避でしか無いが、生きていくためには逃避が必要なのだと知った瞬間でもあった。
そんな俺であったのに、そいつは“死”そのものの体現者として俺の前に現れ、忘れていた恐怖を無理矢理に思い起こさせたのである。俺の脆弱な精神でそれを直視して、それに耐えられるはずが無い。
気が付けば、ギリドに首根っこを掴まれるようにして運ばれ、村長宅の扉の前に放り出された。さすがにその痛みで正気に返るが、腰が抜けたかのように足に力が入らず、立つことが出来ない。
一方村長の家の扉は固く閉ざされ、ゲラドが懸命に体当たりしているが、びくともする気配が無い。ボルク、ベッシュ、レオーレが必死で周りを支えているが、包囲は確実に狭まってきている。
「どけ、小僧」
ギリドはゲラドを押しのけると、手に持った鋼鉄の棒を扉に付いた鍵穴付近に向けて突きだした。
破壊と言うより突き通すと言った方が、より正確な表現であろう。余分な範囲は殆ど無い状態で、鋼鉄の棒は扉の向こうに突き抜けている。それを引き抜くと村長宅の扉は、二三度揺すっただけであっさりと内側へ開いた。
ギリドが先頭で中に入り、俺は這うようにしてその後に続く。その後は、アウグスティア、レオーレ、ベッシュ、ゲラド、最後にボルクが入って扉を閉めた。すぐに内側から部屋の中にあった食器棚や椅子などを移動し、扉が開かないようにバリケードを築く。
奴らが扉に辿り着き、扉を叩くような音が響き渡るが、扉は何とかその力に耐えられる様子だった。俺たちは一旦、窮地を脱することが出来たのだった。
「なぜあんな奴らが大量に発生しているんだ?」
俺は思わず情けない声を上げた。だが、正直な事を言えば、明確な答えを求めていた訳では無い。精神の均衡を保つために必要な行為だったのだ。そうやって愚痴をこぼすことで、ストレスを発散したに過ぎない。
だから、答えが返ってこないことは気にならず、それよりもストレスを発散したことで徐々に落ち着いていく自分の心と、戻ってくる思考力の方が重要だ。
ひとまず危機は逃れたものの、完全に包囲され孤立した状態で立て籠もっただけで、問題解決からはかえって遠ざかっている。援軍の来ない籠城戦など、最初から負け戦に等しい。
(情報が欲しい、現在の状況をより正確に知る必要がある。奴らの数、脱出経路、起こっている現象について全てだ)
俺は荷物から『からくり箱』を取り出し、その場で発動させると、出現した箱を開いた。今は生きるか死ぬかの非常事態で有り、箱の秘密にかまけている場合では無い。中から『千里眼の水晶』が入った箱を取り出す。
箱の蓋を取り、床に胡座をかいて『千里眼の水晶』を膝の上に乗せると、すぐに目をつむって発動させる。視界を上空に飛ばし、周囲の状況を探った。
(な、な、な、なんじゃこりゃ~)
俺は、そこに信じられないものを見た。信じられないほど多くの、広場を埋め尽くす不死者の群れであった。
(多いのは、ゾンビかな。ひ~ふ~み~よ~沢山! 多分、五十体は超えているな。それから骨だけの奴も見えるな、スケルトンってやつか。これもひ~ふ~み~沢山沢山! これも五十体以上いる、総数百体以上ってどんだけ大盤振る舞いなんだよ!)
『千里眼』による視界を通していることで現実感が遠ざかったのが良かったのか、俺の精神も本来の調子を取り戻し始めていた。ともすれば、アンデッドの様子を観察する余裕さえ出てくる。
(さっきはびっくりしたけど、よく見ると可愛らしい感じじゃないか。ハハハハハ)
心のなかでは乾いた笑いと共に、そんな強がりを叩きつつ、周囲の様子を観察している。
そんな中でそいつに気が付いたのは、その周囲が空間を切り取ったようにぽっかりと開けていた事、そして、その空間の中央に立つそいつの、あまりにも異様なオーラと全身を覆う立派な装備のためである。
そいつは、広場の、村長の家から井戸を挟んだ反対側に仁王立ちし、手には錆びた両手剣を地面に突き刺して柄頭に両手を添えている。全身はフルプレートで覆われ、体の表面を黄色の光が覆っている。明らかに異質なその姿は、その周囲に不死者が近寄らない空白が出来ていることと合わさって、嫌が応にも目立って見えた。
(見るからにやばいのがいる。もしかして親玉か、こいつが他の不死者共を操っているのか)
そう感じるほど、そいつの存在感は圧倒的で有り、俺は戦慄を禁じ得なかった。
俺は、そいつを確認した後も、周囲の状況を確認するべく視界を移動させていく。建物の周囲を探り、包囲の状況や脱出経路を探し出そうとする。
不死者達は、広場に面した正面に集中しており、建物の裏側には姿が見えない。そこからなら逃げ出せそうな気がしたが、奴らに気付かれずに脱出できるかは正直なところ解らない。それでも逃げだすとするなら、そちら側の方が有利だろう。
(俺たちは、移動手段を失った。徒歩で逃げるにしても、追いつかれて包囲されたらあの数だ、とても倒しきれるとは思えないな)
俺も逃げ足にそう自信がある方ではないし、体力も人並み以下だ。そして今のメンバーには義足のギリドがいて、速度的には俺よりも遅いだろう。全員が無事に、徒歩で脱出できる可能性は低いと判断した方が良さそうだった。
俺は周囲の状況も探るべく、高度をさらに上げて村を見下ろす。
メセルブルグから延びる、俺たちが辿って来た街道の先に広場があり、道はさらにフロイツ山脈の方にも伸びているのが見える。
村の家屋は、街道沿いか広場の周りに集中して建てられ、村の周囲には畑が広がっている。
さらに外縁部には、背の高い針葉樹の森が広がっており、上空から見たところこの場所がフロイツ山脈の出口に当たる場所を選んで、森を切り開いて作られた村だと気づいた。
さらに高度を上げると、フロイツ山脈の麓に広がる森の中で、この場所が最もメセルブルグに近く、森の範囲も狭い場所であることが解る。ドワーフたちがこの場所を選んだのは、そういった理由からだろう。
周囲の地形を頭に叩き込んで、俺は目を見開き『千里眼』を解いた。
こうした偵察の用途においては、非常に重宝する『千里眼の水晶』であったが、意外な弱点も存在する。思ったよりも長距離の透視をするのが、難しいという問題だ。
これは視点をイメージする際に、術者自身が「ある程度地理を認識したうえで場所をイメージしなければならない」という事に由来しているらしい。
例えば地理を完全に把握しているメセルブルグの近郊であれば、自由に視点を設定できるのだが、一度行ったきりで、地理も何もほとんど把握できていなかった王都に関しては、視点を設定することは出来なかったのである。
任意に視点を移動させることで、行った事の無い未知の場所を透視することも可能ではあるが、自分で動くより多少ましなだけの速度しか出せない上に、集中を途切れさせると映像も途切れてしまい、遠隔地の詳細な調査には向いていない。結局のところ俺自身が、『千里眼の水晶』をうまく使いこなすまでに至っていないのである。
そのため、この調査に自身で出向く必要が生じてしまった。――まあ、多少は物見遊山的な理由もあるのだが。
(そのせいで、ここまで危険な目に遇うとは思ってもみなかった。それでも迂闊と言われてしまえば、否定はできないな)
俺は『千里眼の水晶』を元に戻し、立ち上がって周囲を見渡した。
村長の家は、玄関を入ってすぐに広々としたリビングとダイニングが合わさった空間になっており、正面には大きくて立派な暖炉が、右手には十人程度が楽に座れるテーブルと椅子が並んでいる。
左手には応接セットが置かれ、大きなソファーと椅子が並べられている。玄関以外の左右にも出入口があり、右手の奥が厨房へ、左手の奥が別棟へと続いている。
ギリドはソファーの位置を調整し、部屋の中央に向けてその上に堂々と陣取っており、豪胆にもパイプを取り出して紫煙を燻らせている。
ボルクとゲラドが玄関を警戒しており、ベッシュは勝手口のある台所方面の入り口を監視し、レオーレは別棟の部屋へと続く扉を警戒していて、傍にはアウグスティアが寄り添うように立っている。
ギリド以外は一様に緊迫した表情を浮かべており、特にリーダーであるボルクの顔からはいつもの朗らかさが抜け、悲壮感すら感じられる。責任感の強いボルクにとって、この状況への自責の念は誰よりも強く、彼を苛んでいる事だろう。
だがもちろん、現状への責任は彼だけが負うべきものでもない。不測の事態に対する備えを怠った責任は、共に行動をした誰もが負うべきものなのだ。特に雨に気を取られ、先を急がせた俺の責任は重々承知している。
俺はギリドの傍に歩み寄りながら、ボルクを呼んだ。
「すまんがボルク、ちょっとこっちに来てくれ」
俺に呼ばれたボルクは、ゲラドに目配せしてから近づいてきた。
「ギリド、さっきは助かった。奴らを見てたらブルっちまった」
俺はその間に、ギリドに頭を下げる。あのままだったら自分はもちろんのこと、他のメンバーも危険に晒していた事だろう。感謝してもしきれない。
「初めて不死者を見たひよっこ共は、みな同じようになりおるからの、気にせんでいい」
ギリドはパイプの煙を気持ちよさそうに吐き出すと、歩み寄ってきたボルクを見た。
「なかなか鍛えられておる、さっきの動きは中々だった」
ボルクの気持ちをほぐそうという意図だろうか、ギリドは彼らの動きを誉め、目を細めている。ボルクは驚きつつ、首を横に振った。
「状況は最悪です。あの時は最善だと思いましたが、完全に囲まれて身動きが取れません。そもそも、あの状態になるまで気づかなかったことが悔やまれてなりません」
ボルクは反省の弁を述べ、肩を落としている。自分を責めているようだ。
「あの雨だ、儂も気が付かなんだ。お主に責は無い。それに、こうして対策を話せる機会を作れたのは大きい。あのままだったら全滅は免れなかっただろう」
ギリドはパイプの灰を、携帯の灰皿にしている小さな皮袋に落とし、さらに新たな葉を詰めながら話している。ボルクも年長者のギリドに行動を承認されたことで、少しは肩の荷が下りたのか、表情が若干改善したようだった。
「これからどうするかについて、二人の知恵を借りたい。状況は最悪だが、ギリドが言ったように対策を話し合う時間が出来ただけでも御の字だし、諦めるわけにはいかないからな」
俺は二人にそう言ってから、二人の反応を伺う。ギリドは相変わらず余裕の表情でパイプを燻らせているし、ボルクも決意を込めた表情で力強くうなずいた。
「さっき、周囲の様子を魔法の道具で確認してみた。敵の総数は百体以上、さっき見たゾンビが五十体以上、骨だけの奴、スケルトンだと思うが、そいつが五十体以上、それに全身古プレートを着こんで、両手剣を持った奴が一体。こいつは見るからにヤバそうだった。体が黄色い燐光に覆われていてな、周りの奴らとは明らかに異質な感じがしていた」
俺の説明に、ボルクは再び表情を険しくし、ギリドすら加えていたパイプを落としそうになる。
「まさか、奴らの中にワイトが混じっているんですか? ワイトは上級怪物ですよ! いや、それならこれだけの不死者が群れている理由が説明できますけど、それにしてもなぜこんな所に・・・・・・」
ボルクの声にベッシュは天を仰ぎ、レオーレは顔をひきつらせた。アウグスティアはレオーレの胸に飛び込んで顔を伏せている。――こんな時になんだが、ほんとにこの二人の関係は怪しすぎる。
「数だけなら、何とかなると踏んどったが、ワイトが出るとなると話は変わってくるのぉ」
ギリドも低い声で唸るように発言し、腕を組んで考え込んだ。
「出来るだけ、詳しく、奴らの力を教えてくれないか?」
俺は状況を把握するためにボルクに頼み込む、どのくらいヤバイ相手なのか知らなければ、対策の立て様がないからだ。
「まず、ゾンビですが、力は強いのですが動きは比較的緩慢です。数が多いので危険度は高くなりますが、この人数でもさほど苦労する相手ではありません。長期戦を覚悟すれば勝てる相手です。次にスケルトンですが、ゾンビより動きが早く武器を扱うため、ゾンビより厄介な相手です。それがこれだけの数となると、無傷で切り抜けるのは難しくなるでしょう。ただ、それよりも絶望的なのはワイトの存在です」
ボルクは一旦話を切ると、考えを纏めるように話を止めた。どう話せば理解できるか考えているようだが、やがて顔を上げてアウグスティアに助けを求めた。
「ティア、ワイトの危険度をウートさんに説明してくれないか。俺だと言葉足らずになりそうだ」
ボルクに話しかけられ、レオーレの元をしぶしぶ離れたアウグスティアは、俺達から少し離れた位置に立ち止ると、静かな声で話し始めた。
「ワイトは、邪悪な魔術師の強い力によって生み出される場合と、生前の霊格が高い者がアンデッド化した時に出現します。前者なら、生み出した魔術師の技量により危険度が変化しますから一概には言えませんが、それでも確実に私たちの手におえる敵ではありません。そして、もし後者なのだとしたら、さらに絶望的な状況が予想されます」
アウグスティアの声は、自身の感情を排除したかのような、小さいが涼やかで平坦な声である。まるで現状に際しても、些かの動揺を感じていないようにすら感じられた。
「さらに絶望的とは?」
俺は重ねて聞いた。より絶望的だとしても、予測は最悪を想定する必要がある。
そうでなければ、いざという時に対処不能になるのは、先ほど身をもって体験したばかりであった。
「自然発生したワイトの場合、元々の霊格の高さや未練の大きさに比例して能力が高くなるのです。そして現在の状況、ワイトが多くの不死者を率いているらしいこと、ウートさんが話されたワイトの外見の両方から推測するに、そのワイトは後者である可能性が非常に高いと思います。ワイトほどの不死者になると、通常の武器による攻撃ではダメージを殆ど与えられません。私の法術も通用しませんし、聖水等の効果も限定的です。対抗するには魔法の武器、高位の法術による加護、魔術による直接攻撃が必要です。つまり現状では対抗手段がありません」
アウグスティアは、まるでそれが他人ごとであるかのように、淡々と言い切った。そして自分の役目は済んだとばかりに、レオーレの元に戻っていった。
「この異常な数の不死者の数は、それを率いるワイトの力を物語っておる。強力な負の力を持つ不死者は、周囲の負の力を活性化させ引き寄せるからじゃ。周囲の不死者共も、力に引きずられて強化されとるから、より一層の注意が必要じゃ」
ギリドがさらに情報を補足してくれる。
「奴らの目的はなんでしょう? どうしてこの村を襲ったんです?」
「不死者は生者を憎み、仲間に引き込もうと襲い掛かると言われています。目的なんかないんですよ」
俺の質問にボルクがそう答えるが、俺はその答えになぜか違和感を覚える。その理由まではハッキリしなかったため、とりあえず質問を続ける。
「奴らは何処からやって来たんでしょうか? 急にフラフラと村を襲って歩くものなんですか?」
俺はハルケートの村が何者かに襲われた事件と、今回の事件の関係を疑っていたため、確認の意味を込めて質問した。
「いや、そんなはずはない。不死者は滅多なことで、その発生地点から遠く離れて動くことは無い。一説によると土地に縛られておるらしい。数少ない例外は、魔術的に召喚された場合や、その者がより高位の高い知性を保っている場合じゃ。これはこれで危険度が高まるわけだが、聖女が滅ぼした千年前の事件以降、出現は確認されておらん」
ギリドの解説により、今回の件がハルケートの村を襲った事件とは別件の可能性も出てくる。そうなると、余計に不死者達が出現した経緯が謎として残る。
「この近くに、奴らが発生する原因が隠されている可能性があるのでしょうか? 不死者と言えば、墓地ぐらいしか思いつきませんが、そう言った施設が近くにあるのでしょうか?」
「わからん。解ったとしても今更じゃろう。それよりも何とかして奴らを撃破する方法を考えねばな」
俺としては、奴らの行動原理まで知っておきたかったのだが、情報が足りない以上断念せざるを得ず、ギリドの意見に従うことにした。
「ギリドなら、ワイトを倒せるか?」
「無理、だな。そっちの嬢ちゃんが言うた通り、通常の武器では奴には歯がたたん。何とか奴らの数を減らしてから、追跡を振り切るしかなかろう。不眠不休で追いかけてくる奴らの追跡を振り切れるかどうかわからんが、後は距離を開けることで奴らが戻ってくれることを願うしかない。逃げるにしてもメセルブルグの街に引き連れていく訳にはいかんから、別の方向に逃げねば成らんぞ。」
「護衛を請け負った冒険者として、ワイトは我々で引きつけますからその間にお二人は何とか逃げて下さい」
俺たちが検討を重ねる中、ボルクが悲壮感を持って決意を述べる。
「馬鹿言うな!」「バカモン!」
俺とギリドの声が、見事に重なる。ボルクの職業意識は買っているが、自己犠牲まで求めるつもりは無い。それに諦めるには早すぎるというのもある。
「個人的意見を言わせて貰えば、逃げる選択肢は考えていない。犠牲を出さずに撤退出来る可能性は殆ど無いだろうから。それよりも何とか撃破する方法を考えよう」
「なんじゃ、魔法の武器でも隠し持っておるのか?」
俺の積極的な意見に、ギリドが期待を込めた目で聞いてくる。
「いえ、ありませんが」
「何度も言うように、奴には通常武器は通用せんのだぞ、どうするつもりだ?」
肩すかしを食らったギリドは、やや険しい表情を見せると、俺に詰め寄ってきた。
「今から呪文を、魔力付与を憶えます」
「な・・・・・・」
ギリドばかりか、部屋の全員が絶句している。なんかおかしな事を言っただろうか。
「そんなに簡単に呪文を憶えられるはずがなかろう? 魔術師達は数年がかりで一つの呪文を憶えるものだと聞いているぞ」
「え? そんなはずはありませんよ。特定の呪文ならそう時間はかかりません。呪文を詠唱するだけですからね」
俺は事も無げに答える。それがどれだけ非常識な事かは解らないが、事実は事実である。
「魔術が使えるなら、さっきはなぜ使わなかったんです?」
ボルクが困惑して尋ねてくるが、俺は肩をすくめて答えた。
「いきなりあんなものを見たから、頭が真っ白になってね。咄嗟に何も出来ないとは情けないが、殆ど思い出す余裕も無かった。それに、ある準備が必要なんだ」
全員が、絶句している中、俺は鞄から『片眼鏡』を取り出した。
「こいつは偶然手に入れた魔法の道具だ、俺はこれが無いと殆ど魔術が使えない、ポンコツ魔術師なのさ」
「魔術が使えない人間が、装備しただけで魔術を使えるようになる魔法の道具があるなんて、初耳です!」
ボルクのみならず、ギリドも頷いている。
「勘違いして貰っては困るが、こいつ自体には魔術を使わせる効果なんて無い。ただ、俺が魔術を使う上で、足りない部分を補助してくれる便利アイテムなだけさ」
俺はそう言いつつ、呪文書を開き、魔力付与の項目を探す。自分で武器を振るうつもりが無かったので、習得を見送った呪文であった。
俺は自分の魔術師の杖を対象に魔力付与を詠唱していく。
完成した魔術を発動させると、魔術師の杖が薄い水色の燐光を放ち始め、息を呑んで見守っていたギリドとボルク達は、魔力付与が発動したことに驚いていた。
次に俺は、『片眼鏡』を『魔力感知』モードに切り替え、ギリドの鋼鉄製の杖に対し再度詠唱を開始する。それにより構築されるイメージを鮮明な視覚情報として記憶していき、完成した魔術を発動させる。――ちなみに覚え込んだつもりでも、『片眼鏡』が無いと鮮明には思い出す事が出来ない。俺の記憶領域にある情報を、『片眼鏡』が正確に呼び出して初めて使いものになるのだった。
魔術師の杖につづき、ギリドの鋼鉄の杖も魔力付与され、薄い水色の燐光を放ち出す。
この二つの工程を経て、俺はいつでも瞬時に魔術を使用することが可能になる。俺は即座に発動待機状態で発動させ、コピーを繰り返して五回分を待機状態にすると、次々と発動させてボルク達の武器に付与していった。
「ざっとまあ、こんな感じですね。これなら戦えますか?」
「むううう、確かにこれならワイトにも通用するだろう。全く、驚いたわ」
ギリドは、自分の鋼鉄製の棒を見ながら唸っている。
「そ、それより最後は詠唱無しで次々に発動していたようですが、どうやったんでしょうか?」
アウグスティアが、先程まで見せていた冷静さが嘘のように、切羽詰まった様子で聞いてきた。
「二回使用した呪文は、無詠唱で発動出来るように工夫している。それだけじゃ無くて、発動待機状態の呪文を複写してから連続発動させてもいる。こうすると、魔力消費が殆どない事に気が付いたんでね」
俺が事も無げに告げるのを聞いて、アウグスティアは衝撃を受けて絶句している。
「へ~、便利ですねそんなことが出来るなんて。ティアも習ったらどうだ?」
魔術を使用しないボルクが、俺の言葉を素直に受け取った結果の発言だったが、アウグスティアは顔を引きつらせて答えた。
「そんなことが出来るなんて話を、聞いたことがありません。魔術と法術の違いかも知れませんが、少なくとも私はこれまでそんな方法を実践している話を聞いたことがありません。説明を聞いても殆どイメージが湧きませんし、到底実行不可能な、高度な技法と感じられるのみです」
思いがけないほど強く否定するアウグスティアの返しに、ボルクは顔色を失っている。端から見ていると感じるが、ボルクはアウグスティアに気があるようだ。一方でアウグスティアはボルクの事はリーダーとしか思っていないようで、レオーレにベッタリなのだが・・・・・・。――今のところ、本気で百合の人なのかは判断が付いていない。
(う~ん、そんなに言うまでのことか? 多分俺が簡単にできるのも、視覚的に補助してくれる『片眼鏡』の力が大きいんだと思うし、魔術の操作はイメージで行うわけだから、その操作のためのイメージを具体的に脳裏に描けなければ実行するのは難しいと言う事かな。まあ、俺がすんなりと『複写』のイメージを描けているのは、パソコンとかで画面上のアイコンを操作していたように、魔力フレームをアイコンに見立ててイメージを重ねているおかげで『複写』と言う行為に全く違和感を憶えないからだしな。この世界で同じ事をイメージ出来ないのも不思議ではないか)
他人に自分のイメージを語って聞かせたとしても、共通の認識が無ければ理解することは困難を極めるのである。
例えば、幼い子供に時間の概念を教えようとするとき、一時間の単位が突然六十分に置き換わるのが理解出来ずに戸惑う子供が多い。これを理解させるには時間の単位という概念を理解させるしか無いのだが、突き詰めれば天文学的に高度な話となってしまうであろう時間の単位という概念を、子供に理解させるのは無理――果たして教えている側にしてみても理解している訳では無いのであるが――であるため、結局は単位とはそういうものであると教え込むしか無い。
そして、子供はその概念を憶え、使う事に慣れて行くうちに違和感なく共通のイメージとして利用出来るようになる。そうなった時に初めて、お互いに共通する時間という概念が成立し、それをお互いに伝え合うことが出来るようになるのだ。
俺にとっては簡単に思えることでも、彼らにとってそれに相当する概念が無い。自分の中のイメージを共有する方法が無い以上、彼らに理解させるのはかなり至難の業である。また、今はそんなときでは無いのだ。
「まあ、この話は一旦置いておこう。俺にも説明する自信が無いからな。それよりこれでワイトと戦うことが出来ると思っていいんだろうな?」
「そうだな。何とか対抗出来るだろう。後は敵の数をいかに減らすかだ、ワイトとやる前に体力を使い果たしてはなんともならないからの」
ギリドが太鼓判を押したことで、最大の懸念であるワイトへの対抗手段も目処が付き、希望が見えてくる。数の問題についても、俺には対処手段を思いついていた。
「ゾンビやスケルトンに『魔法の矢』は効きますよね? 一体倒すのに何発ぐらい必要でしょうか?」
「普通の状態なら一発から二発と言ったところだが、ワイトに強化されておると考えると三発から四発必要かもしれんな。しかし、百体以上おるから魔法で倒しきるのは不可能だし焼け石に水だろう。お主は魔力付与へ魔力を温存しておけ」
「それについては考えがあります。魔力消費についても一回分ぐらいなら問題無いでしょう? 開幕で援護しますから、後はお願いします」
俺はギリドだけで無く、全員を見渡していった。希望が見えつつあり、どの顔にも闘志と覚悟が感じられる。
「戦闘開始は何時にしましょう?」
「そうだな、雨は止んだようだが、もう夜になる。足下が悪く、視界も効かん。こちらにとっては不利な状況だから、仕掛けるのは明日の朝がよかろう。それまで交代で休息を取るとしよう」
ギリドの言葉に全員が同意を示し、俺たちは非常用の携帯食料で侘しい夕食を取る。今晩振る舞うはずだった料理の食材は、馬車の荷台に置きっ放しになっているからだ。
それから休息する順番を決め、交代で明日に備えて眠ることになったのだった。




