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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第二巻
32/51

とある異変の調査事情

 魔法の特訓を終えて、意気揚々と酒場に引き上げてきた俺は、酒場に入った途端に正面から飛び込んできた小さな人影を受け止めることになった。

飛び込んできたのはよく見ると、クラリッサである。

 クラリッサはそのまま、俺の首に腕を回して抱きつきながら、いつもの芝居がかった口調で言った。

「ああ、ご主人様、クラリッサを置いて何処に行かれてたのですか? クラリッサは寂しくて、泣いちゃ、胸が張り裂けそうですぅ」

 そうして、俺の胸に縋り付くように、顔をすり付けてくる。子供にやられても色気など全くないし、いきなりだったので戸惑いの方が大きい。しかし、初めて会ったときに比べて、少しだけ体重が増えたのか、あの時のようなゾクッとした感覚には襲われない。その事には、内心ほっとしていた。

 だが、ほっとしていられたのも、クラリッサの後ろで仁王立ちする、ユーリエの顔を見るまでだった。

(怖!!! 本気マジでお怒りに成っていらっしゃる。俺ですか、俺が怒られるんですか?)

 思わず内心が敬語になるほどの、大きな怒りを感じることが出来る。先程まで“世界最強”だとのたまっていたはずであるが、三日天下どころか、一時間も経っていない。その座はあっけなく、ユーリエに譲り渡された。これを世間では“かかあ天下”と言うに違いない。

 俺がビビって動けないでいると、ユーリエはズンズンと近づいてきて、クラリッサを俺から引き剥がそうとした。

「離れなさい、クラリッサ! この人は、私のなんです!」

 ユーリエの独占欲丸出しの台詞に、思わず顔がニヤケそうになるが、そんな場合では無いと正気に返る。クラリッサは病み上がりなのだ、余り乱暴に扱うのは良くない。

「ちょっとまて、ユーリエも落ち着け。クラリッサは病み上がりだぞ、クラリッサもちょっと離れて」

 俺が止めたのでユーリエは怯み、俺がそっとクラリッサを引き剥がす。クラリッサは名残惜しそうにしながらも従ったと思うと、ユーリエにキッと向き直った。だが、大きく見上げる形になり、視界がユーリエの豊かな胸で遮られるのを忌々しそうに――かなり怯んだように――みると、近くの椅子の上によじ登って目線を嵩上げし、ユーリエを若干上回ったことに満足した表情を浮かべてから言った。

「ユーリエさん、なんで邪魔するんですか! 私とご主人様の大事な時間に、水を差さないで下さい」

 挑発された格好のユーリエは、顔を真っ赤にし、クラリッサに食って掛かる。歳は十歳離れているはずだが、なんだか同レベルの争いに見える。クラリッサがませているのか、ユーリエが幼いのか、判断に迷うところだ。

「後から来たくせに図々しい。私とこの人は夫婦なんですからね。あなたの入る隙なんて無いんです!」

 ユーリエは、その豊かな胸を張り、ドヤ顔で宣言している。

 ユーリエは俺に対しては何時も従順に振る舞っているので、俺にしてもこんな彼女を見るのは初めてのことであり、なんだか新鮮に感じる。ユーリエが勝ったと言う顔をしているのに、クラリッサは八歳とは思えないほど余裕の笑みを浮かべていった。

「それがどうしたと言うんです? ご主人様ほど素敵な殿方に、アイショー? の一人や二人、居て当然では無いですか。お母様も言ってましたわ、カイショーのある殿方なら当たり前だって、正妻ならそのくらいのこと、気にしたらだめなんだって。村の村長さんだって、正妻の他に三人アイショーさんが居ましたし、奥様は全員に優しく接していましたわ。それに比べて貴女は、『正妻失格』ですね。ですから私が代わりに正妻になってあげます」

 今度はクラリッサがドヤ顔で宣言し、ユーリエは衝撃を受けたように立ち尽くした。顔には『正妻失格』と書き込まれたかのような、衝撃の表情を浮かべている。俺には子供の戯言にしか聞こえないのだが、ユーリエにはしっかりと効果があったらしい。チャンスとばかりにクラリッサは、さらに畳み掛ける。

「いいですか? ご主人様は私を助けるためにサッソーと現れると、伝説の騎士のように『お姫様抱っこ』で私を運んでくれたのです。そして、必死になって救ってくださいました。これはまさしく“愛”のなせる業、私とご主人様の“宿命”の出会いなのです」

 ついにユーリエは膝から崩れ落ち、両手を地について項垂うなだれている。背景には“たれ線”が見えるようだ。どこからどう見てもクラリッサの勝利にしか見えない絵面えずらである。まさかクラリッサが勝利するとは思わなかったので、俺としては困惑するしかないのだが、このまま放置するとどんな事になるかわからないという危機感に襲われた。

 しかし、こんな場面に対処する方法は思いつかない。これまでの人生経験においても、ラノベ知識においてもだ。

(なるほど、だから主人公は鈍感系八方美人的な性格になってたのか。ハーレムルートは表現手法においては超絶技巧なわけだ。メインヒロインを早々に選択してしまうと、途端にハラハラ感が無くなってしまうし、コロコロ相手を変えるのも節操がないと思われる。それの解決策となるのが、あの優柔不断でイライラする性格設定なわけだ)

 俺は秘かに、妙なことに感心していた。目の前の現実に対する解決策が見いだせないので、久々にちょっと現実逃避してみただけだ。でもその事が、俺に解決策を思いつかせてくれる。

(そうか、ラノベの主人公でもあるまいし、八方美人に振る舞う必要ないじゃないか。そもそも、子供をヒロイン候補に入れたりしたら、どこかの似非えせ教育者に、非難の的にされるかもしれないしなあ)

 俺はどこの世界にでもいるであろう、自分の常識が世界の常識と思ってはばからず、あまつさえそれを他人に押し付けることを生甲斐にしている勢力のやり玉に挙げられるのは、正直言って“めんどくさい”ので、無難な選択をする防衛本能が働いた。親父的処世術によれば、長いものにはまかれるのではなく、それとなく遠ざけるのが一番だとの見解である。

 解決策を見出した俺は、ユーリエにそっと近づくと腕をつかんで立ち上がらせる。そのまま正面に立たせると、いきなりその唇を奪う。

 最初は驚いて抵抗しようとしていたユーリエだったが、段々と陶然として身を任せ、最後は腰が立たなくなるまで、俺は続けた。もちろんクラリッサの目の前で、である。

クラリッサは途中からハッとしたように手で顔を覆い、見ないフリをしていたが、時々指の隙間から覗いているのはお見通しである。

 腰が立たなくなったユーリエを、そのままヒョイッと『お姫様抱っこ』で抱き上げる。どうやら二人の、こだわりのポイントらしいと思ったからだ。そのまますたすたと、自分の部屋に向かう。

「ご、ご主人様、その女と何処へ・・・・・・」

 クラリッサの声が後を追ってくるが、俺は振り向きもせずに答えた。

「ここから先は、大人の時間だから秘密だ」

 結局その日は、大人の事情により昼営業を休むことになったのだった。



 夜営業が落ち着き、何時もの如く『町会』メンバーとの打ち合わせを始める。今日はいつものメンバーにギリドとフォルケルが加わっている。

 ちなみにハンナは、あの後クラリッサが再び熱を出して寝込んだので、その看病にまわっている。

寝込んだのは多分俺のせいだが、周囲にしてみれば「病み上がりに無理をしたせい」という事になる。多分刺激が強すぎたせいなのだろうが、あの子にはいい薬になっただろう。

 そんなハプニングもあるにはあったが、俺は今、フォルケルの報告に耳を傾けている。

 フォルケルのガラス工房は現在、本格的な制作に向けての準備期間中にあり、ギリドや木工ギルドと協力しながら、制作に必要な道具をそろえたり、近くの川やフィールドを探索し、自力での素材収集も行っている。だが、本格的に制作に移れるのはゴードンに頼んでいる素材の調達に目途がついてからで、それはまだ先の事になりそうであった。

「素材と言えば、一つ気になる事があっての」

 それまでひたすら飲む事に徹していたギリドが、話が切れたタイミングを見計らって発言する。気にはなるが、それほど重要とは考えていないという口調だ。

「なにかあったんですか?」

「ハッキリとした事は解らんのだが、いつも素材を頼んでいる“山の連中”からの荷物が遅れておってな。こんなことは初めてで、少し気になっておる」

 ギリドは、自慢の顎鬚を右手でしごきながら、こちらに探るような視線を送ってくる。この情報を、俺がどう見るか知りたいと言う事らしい。

 ちなみにギリドが言った“山の連中”とは、メセルブルグの南東に位置するフロイツ山脈に住むドワーフたちの事である。

メセルブルグの存在している地域は、北に広がる大森林から伸びた森の一部と、フロイツ山脈により王国の中央部から分断された地域で有り、王都やルーデンブルグのある地域から見て、王国の西方域と呼ぶことがあるのだが、フロイツ山脈はその形成に大きな一役を買う形となっている。

 そして、そのフロイツ山脈であるが、南北に縦長に伸びた広大な山脈地帯で、その南端は海岸にまで達している。また、王国中央部に面する東側は殆どが断崖絶壁となっており、通行にも適していないため、比較的なだらかな西側の地域にドワーフたちが点在して生活拠点を設け、地域的には西方域の一部と見なされていた。

また、豊かな鉱物資源に恵まれた地域で有り、ドワーフたちは必要な鉱物を採掘したりしているほか、農業も行い、ほぼ自給自足の生活を行っている。外部とは余り交易を行っていないが、メセルブルグではギリドを通して僅かに取引があるのであった。

「遅れって、どのくらいです?」

「三日ほどだ」

 俺の質問に、ギリドから素早い答えがある。三日なら、まだそれ程大騒ぎする事は無いような気がするが、滅多に無い事なのであれば、何か異変があったのかもしれない。ハルケート達の村が襲われた異変の事もあり、一抹の不安がよぎった。

「情報が足りないので、なんとも言えないとこです。ですが、何かの異変の前触れの可能性もあるし、情報収集はしておきたいですね。何か方法がありますか?」

「普段は、あちらから来て貰っておるからな、それが来ないとなると知る術が無い。こちらから向かうしか無い訳だが、出せる手はあるか?」

 ギリドは俺だけにでは無く、『町会』メンバー全員に対しても問いかけるが、残念ながら案は見つからないようであった。

「こういう時、この街にも冒険者がいればと、思いますね」

 そうすればクエストを発注して問題解決を図れるし、それこそ酒場の親父っぽい仕事が出来そうに思えるのだ。

「この街の規模じゃ、仕事がなさ過ぎて喰っていけないだろうから、望みは薄いな。こうやって必要になったときは、ルーデンブルグの街を拠点にする冒険者達に頼んだりしているから、今回もその線で行くしか無いだろう」

 マルセロが現実的な提案をしてくる。確かに、俺が来てから冒険者を必要とするような案件は、これが初めてである。これでは生活が成り立たないであろう。

「では、そうしますか。次の木工ギルドの納品日に合わせて、オットーさんにルーデンブルグで依頼を出して貰いますか、確か出発は二日後でしたよね?」

 それ以外に方法がなさそうなので、俺は纏めに入る。

「ああ、そうだ。ギリドもそれでかまわないか?」

「仕方なかろう」

 マルセルの言葉にギリドも頷き、その日の会合はそれでお開きになったのだった。



 次の日の夕方、事態は思わぬ展開で好転を見せる。ルーデンブルグに依頼するまでも無く、街に冒険者がやってきたからだ。

 それも、やってきたのは以前ゴードンを通じて知り合った、ボルク達一行である。

 酒場に現れた彼らを見て俺が驚いていると、彼らの後ろからもう一人見知った顔が現れた。ヨランダの弟クロードである。

「久し振りだな、クロード。それにボルク達も。今日は一体全体どうしたんだ?」

 俺は驚きに喜びを込めて挨拶し、用向きを尋ねた。

「私は、義兄の代理です。ガラスの材料を納入に来ました。ボルクさん達も、義兄の用事でこの街に来ることになったので、ご一緒しました」

 なるほど、前回ゴードンがクロードを連れてきたのは、自分が動けないときに代理を任せるためだったらしい。

「僕らは、ゴードンさんの依頼を受けて、この街から港街リヒャドまでの街道状況を調べる仕事をいただきました。しばらくは、この街を拠点に活動するつもりです」

 ボルクがいつものとおり、パーティを代表して俺に話してくる。このタイミングで彼らを派遣するとは、ゴードンの差配は神憑っているとしか思えない。本当に頼りになる男である。

「良かったら、飯を食っていかないか? 奢るぜ」

 俺は話がしたかったことも有り、彼らを誘う。ボルク達はすぐに喜んで頷いたが、クロードは仕事を先に済ませたいと断ってきた。なかなか真面目な青年である。

 ゴードンは、ガラスの材料調達を別の商人に仲介して依頼し、クロードは案内役兼代理人であるらしい。材料は二台の馬車に積まれ、それぞれに御者もついている。荷下ろしのため、ガラス工房の場所が知りたくて、酒場に寄ったらしい。俺は案内役を付けることにした。

「ハル、すまんがクロードをフォルケルのガラス工房まで案内してやってくれるか?」

「解りました」

 俺の依頼に、控えていたハルケートが素早く応じ、俺はクロードにハルケートを紹介した。その後、クロードは、ハルを連れて出て行き、荷下ろしを手伝うためにボルク達も出て行った。



 その日の夜、何時ものメンバーにクロードとボルク達を含めたメンバーで打ち合わせを行う事にした俺は、戻ってきた彼らを席に案内し、夕食を振る舞う事になった。

 その日のメニューは『ボアのソースかつ』である。

 猪肉は、この世界では割とポピュラーな食材だが、豚程には柔らかくない。それを果物につけ込んで徹底的に柔らかくし、衣を付けて揚げている。ソースをタップリ付ければパンとの相性も悪くない。

以前、ルーデンブルグで食べたワイン煮程では無いが、自分ではそこそこ気に入る味に仕上がっていた。

 そんな夕食の後、彼らを交えて何時もの打ち合わせを始める事にした。

「クロード、街でちょっと問題が起こっていてな。その解決にボルク達の力を借りたいんだが、ゴードンの調査は急ぎじゃないよな?」

 俺の質問に、クロードは少し考えてから答えた。

「義兄は、今後の計画を立てるために依頼したのだと思います。計画自体は一日を争うものではありませんので、問題無いと思われます」

 クロードの答えは、俺の予想とほぼ一致するものだったので、俺としても安心することが出来た。

「じゃあ、済まないが王都に戻ったら、ゴードンにその旨伝えて欲しい」

「わかりました」

 俺は、今度はボルク達に向き直る。

「実は、南東にあるフロイツ山脈に住むドワーフ達と、街の人間が取引をしているんだが、その荷が四日も遅れていてな。何があったのか調査したいんだが、適当な人材が街にいなくてね。ルーデンブルグを拠点にしている冒険者に、依頼をしようかと思っていたところだったんだ」

 俺は状況を簡単に説明し、彼らの反応を伺う。ボルク以外の四人は、我関せずという顔をしており、ボルクのみが釈然としない顔をして、考え込んでいる。リーダーとして、パーティの方針を決めるのを任されていると言ったところなのだろうが、かかる重圧も並大抵のものでは無いだろう。俺はボルクの反応を待った。

「依頼の履行中に、他の依頼を受けるのは余り褒められた事では無いのですが、依頼主の了承が有ると言うことなのであれば、その点は大丈夫でしょう。依頼内容は、ドワーフの村の調査と考えればよろしいでしょうか?」

「それと護衛だな。ドワーフ達と親交があるのは、この街の鍛冶屋で同じドワーフのギリドだけなんだ。彼の護衛と、俺も付いて行きたいと思っている」

 俺がギリドの名を出した瞬間、今までそ知らぬ風であったメンバーの中で、一番年齢の若いドワーフのゲラドが、驚いて立ち上がり何か発言しようと口を開き掛ける。しかし、ガツッっと音がしたかと思うと、再び椅子に座り込み、痛みをこらえる表情を見せる。

 どこかにぶつけたのかと思ったが、メンバーの一人で、黒尽くめの装束を身に纏うレオーレが、刺すような目つきでゲラドを見ており、もしかしたら脛でも蹴られたのかも知れないと思い至った。

(多分、リーダーの交渉中に割り込むような真似をするなって事で、制裁されたのかな)

 俺は一瞬そう考えたが、取り敢えずは交渉を継続させることにした。

「お二人の護衛ですね。護衛料は一日辺り銀貨五枚、これは我々一人頭銀貨一枚と考えて下さい。それから、危険手当として戦闘一回につき銀貨十枚をお願いします。必要経費は・・・・・・、今回の依頼中の食費や宿代を負担していただけるのでしょうか?」

「ああ、こちらで用意しよう」

「それでは、今回は特に必要ありません。何かご質問はありますか?」

 ボルクがそう尋ねてくるが、俺はボルクの話した契約内容が、以前ゴードンから聞いていたものとほぼ同じであることに納得していた。だが、この機会に素朴な疑問を解消しておこうと言う気になり、聞いてみることにした。

「雇う側の俺が言うのも何だが、俺の感覚だと料金がかなり安い気がするんだが、それで君らの商売は成り立つのか? 薄利多売するような職業でもあるまいに」

 俺の率直な意見に、ボルクは苦笑いしている。他のメンバーも、面白そうな顔で俺の顔をちらりと伺ったりしている。ただ、俺としては彼らの職業がどう成り立っているのか興味があり、情報としても聞く価値があると思っていた。彼らの世界のことは、彼らに聞くのが一番であろう。

「高いと言われたことはありますが、安いと言われたのは初めてです。確かに楽ではありませんが、安いと言うこともありません。僕らの実力と評判では、これ以上に設定すれば仕事を奪われる可能性が高くなりますし、護衛と言っても危険地帯に赴く訳ではありませんから、妥当なものだと考えています」

 ボルクは断言し、他のメンバーからも批判的な気配はしない。パーティ内のコンセンサスは形成されているのだろう。

「最近は特に、冒険者の数が増えてきていて、競争が激しくなってきていると感じます。これは、先輩冒険者から聞いた話ですが、冒険する冒険者が少なくなってきて、淘汰が進まなくなったのだろうと」

「というと?」

「二十年ぐらい前までは、冒険者と言えば“迷宮狂メイズぐるい”の迷宮に向かったそうですが、最近では危険度と報酬が見合わないため、敬遠される傾向にあります。ここ五十年は戦争も起きていませんし、冒険者が死亡したり、怪我をして引退したりと言った、淘汰が進まず、冒険者の数に対して仕事量が足りなくなってきているんです。そうなると、どうしても同業者による仕事の奪い合いが始まりますから、料金は安くなる傾向があります。先輩冒険者の話だと、二十年前は僕らくらいの実力でも、一日銀貨三枚位が相場だったと聞きますから」

 俺は、ボルクの話を聞いて驚き、唸らざるを得なかった。この二十年で、賃金が三分の一に低下しているというのだ。

 今の冒険者達の給料でも、ただ単にその日暮らしをして行くだけなら、十分とも言える金額であろう。しかし、冒険者家業がそう何時までも続けられるものだろうか?

 俺は自分が強い安定志向を持つので、つい彼らの立場で将来設計を考えてしまうのだが、十代後半で冒険者となり、引退するまでに稼いだ金で土地を得たり、店を開いたりするのが彼らのサクセスストーリーであろうと考えられる。例えばこの酒場を開いたジルは、元冒険者で、ギリドもそうだったと聞いている。

 彼らは、己の身一つを武器に財を築き、第二の人生を歩む切っ掛けを得たのだ。彼らのような、努力で人生をつかみ取れる事を証明する者の存在は、多くの人々にとって希望であろう。人は、将来に希望を持ち、それを夢見ることで生きていけるし、努力も出来るのだ。

 しかし、現在の冒険者達の稼ぎで、それを達成出来るのだろうか?

 堅実に貯金をして、ギリギリまで働けば可能かも知れない。だが、以前より確実に困難な道となっている事が予想されるのだ。

 この世界における冒険者家業は、社会的にあぶれた物達の受け皿という側面が有り、その機能が限界に達した場合、社会不安に成り兼ねない危険性を孕んでいる。

 将来に展望を抱けない者は、容易く犯罪に染まるであろうし、彼らのような存在が新たに興していた事業が無くなれば、成長が止まり、社会全体が活力を失って行くであろう。

 この事に、この世界の為政者達はどのくらい気が付いているのだろうか?

(俺が心配するような事では無いのかも知れないが・・・・・・。いや、社会不安に成れば、巻き込まれる事は避けられないじゃないか。顕在化するのは十年先か、もっと先なのかも知れない。自分が安心して老後を暮らせるようにするために、俺が出来ることはやるべきだろう。一番良いのは、これ以上冒険者を増やさない事で、それには冒険者より将来有望な就職先を増やすことだな。酒場の親父の理想とはかけ離れていくが・・・・・・。それには、新たな事業を興し、雇用を増やすことや農地の開拓に資金を提供することが必要だ。そしてそれには、多くの資金がいる訳だが、あの金が自由に使えないとなると、目処は立たないな・・・・・・。金を稼ぐための事業で、一番有望なのはゴードンの案に乗ることだが、大商人達を敵に回すにはそれなりの準備が必要になってくる。今はやれることを一歩一歩やるしかないが、果たして間に合うだろうか)

 俺が考え込んでいる間、ボルクは黙って待っていてくれる。俺は、簡単には答えが得られそうに無い問題について、考えることを中断しボルクに礼を言った。

「ありがとう、参考になった。冒険者稼業も楽じゃ無いって事が、良く解った気がするよ。依頼の方をよろしく頼む」

「解りました、こちらの方こそよろしくお願いします」

 俺たちの話が終わったのを待ちかねたように、ゲラドが再び立ち上がり、俺に話しかけてきた。

「ウートさん、先程名前が出ていたギリド殿とは、もしや“巌鋼斬”のギリド・ギガンツ殿の事でしょうか?」

 ゲラドは、好奇心を丸出しにした、その顔の作りからすると小さく見える目を真ん丸に見開き、期待を込めた様子で答えを待つ。だが、俺はその答えを持っていなかった。

「さあ、聞いたことないな。そう言えば苗字も聞いたことないな。マルセロさん何か知りませんか?」

 俺は、暇を見つけてはギリドとよく酒を飲んでいるし、鍛冶場に遊びにも行っているが、過去の身の上話などはあまりしていない。なぜなのかと言えば、単純にその暇がないからである。

 二人の共通の話題は鍛冶に関することで、主に俺が作りたい道具のアイデアを出し、製造方法について考察したり、ギリドからこの世界の鍛冶に関する技法や、金属の特性を聞き出したりといった技術的な話に終始してしまう。なんせ男二人が趣味に関する話をし出したら、楽しくて話は尽きないし話題は多岐にわたる。正直、それ以外の話に割く時間すら惜しかったのだった。

 俺の問いに、別テーブルで談笑しながら話を聞くともなしに聞いていたらしいマルセロは、首をかしげつつ、

「さあ、どうだったかな。ジルなら知っていたんだろうが、二人ともあまり過去の話はしなかったからな。苗字も聞いたことは聞いたんだが、正直覚えてねえよ」

 俺たちの残念な答えに気落ちするかと思いきや、ゲラドは再び目を輝かせる。

「ジル? ジル・コットー? あの“透視眼”のジルですよね! あのジルが開いた店だったのか、ここは」

 ゲラドは、一人で感激して、今さらのように店内を見渡したりしている。ハンナは生憎とクラリッサに付いているので、確認することが出来なかった。一人で興奮するゲラドに、他のメンバーはあっけにとられて、置いてきぼりである。

 それに苛立ったのか、レオーレが机の下でゲラドを再び蹴り上げる気配がして、ゲラドは痛みに顔をしかめてレオーレを見た。そして、レオーレの刺すような表情を見て、我に返った様子を見せる。

「旦那方が、驚いてる。一人で喜んでないで、ちゃんと解るように説明してさしあげろ」

 レオーレがかろうじて聞き取れるぐらいの声で、ゲラドに言った。その声には、無作法を咎める年長者としての威厳が込められている。もしかすると、レオーレがゲラドの教育係を務めているのかもしれない。

「すいません。つい興奮してしまいまして。“巌鋼斬”のギリド殿や“透視眼”のジル殿は、二十数年前に活躍していた冒険者パーティ“鐡漢団”の主要メンバーだった人達です。ジル殿を除くと、全員が怪力を誇る男たちで構成された肉弾戦を主体とするパーティーで、中でもドワーフであるギリド殿は、巨大な戦斧でどんな物でも叩き斬ると謳われた、怪力の持ち主です。その活躍で最も有名なのが、“迷宮狂メイズぐるい”の迷宮二十階層に出現した全身鋼の巨大ゴーレムを、事もあろうに戦斧でもって切り倒したと言われる事で、“巌鋼斬”の二つ名はその時付けられたものだと聞いています。我々ドワーフにとっては英雄であり、実は俺も、彼の活躍にあこがれてこの世界に入ったんです。ジル殿に関してはあまり詳しくありませんが、どんな罠をも見通す眼を持つ、一流の盗賊だったと聞いています」

 ゲラドは話し終えると、喉が渇いたのかエールを一気に飲み干し、もの足りなかったのか追加を注文している。

 俺はと言えば、今の話にあったギリドが、当の本人であると確信に近い思いを抱いていた。あの銅板を切り裂く様子に度肝を抜かれたが、彼にとっては紙も同然だったのだと思い知る。

(だが、昔の事を吹聴するふうでもないからな。最後は全滅したと聞いているし、隠す事でもないが、積極的に思い出したい話でもないという所か、今のうちにゲラドに釘を刺しておくとしよう)

 俺はそう考えて、お代わりを飲み始めたゲラドにチラリと視線を送ってから、パーティのリーダーであるボルクに語りかけた。

「俺達では本人かどうか断定はできないな。本人が話さないものを無理に聞き出す事も無いし、その必要も感じない。俺達にとっては、この街の鍛冶屋のギリドで十分なんだ。余計な詮索は無しで頼むよ」

「ええ、もちろん承知しています」

 ボルクは真面目な顔を作ってこたえると、俺の言葉に不満そうなゲラドを見て、眉をひそめて溜息をついた。

(リーダーってのは、どこの世界でも気苦労が多そうだ)

 ボルクの様子にそんな感想を抱き、同情を禁じ得ない。だが、パーティの行動に責任を負い、こちらの意図を的確に読むボルクは、こちらとしても信頼のおける相手だと感じさせた。

「では、出発は明日の午前中に、この酒場に集合で頼むよ」

 俺の言葉にボルクが頷き、即席調査団の派遣準備が完了したのだった。


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