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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第二巻
29/51

とある魔法の学習事情

 観劇観賞を終えた翌日、俺たちはルーデンブルグの街を後にし、二日かけてメセルブルグの街に戻った。

 ハンナが「疲れたから明日の営業はしない」と宣言したおかげで、今日、明日とゆっくり出来ることになった。俺は荷物整理を済ませた後、部屋や風呂場などを掃除して風呂を沸かした。

 全員が順番に風呂に入り終わった頃には、丁度九時を回ったぐらいの時間になっていた。これには俺の長風呂も当然影響している。

 明日休みとなったので、今日は夜更かしをするつもりで部屋に戻ると、ミリィを寝かしつけたのかユーリエが待っていた。

 これは二人にとって暗黙あんもくの了解みたいなもので、せっかく風呂に入ったにもかかわらず、また汗を流すことになる。

 俺のベッドは二人で寝るには少々狭いのだが、ユーリエが眠たそうだったので半分譲ゆずってそのまま寝かせてやる。俺はその隣で『からくり箱』の解錠に取りかかることにした。

 もちろんルーデンブルグで手に入れた、二個目の箱だ。

 箱の仕掛けは同じでは無いのだが、同一人物が作成したと思われるので癖が似ており、当初より速いペースで解錠出来ていく。仕掛けの数が同じなら、直ぐにでも開きそうな勢いだ。

 翌日が休みな事も手伝って、夜更よふかしをとがめられる恐れも無く、解錠の期待感から目がさえて眠れなくなってくる。結局、俺は深夜までかかって、解錠かいじょうに成功する事が出来た。

 ユーリエを起こさないようにベッドを降り、解錠の済んだ『からくり箱』を机の上に置いて、さっそく発動させてみることにした。

 現れたのは最初の時と同様の黒い箱で、俺は早速、中を開けてみる。

箱の中には、箱の半分ほどを占領する大きな真四角の箱と、前回『マシュタップ大金貨』が入っていた袋と同じ物が二袋、そしてすみの方に『エリクシール』と思わせるびんが十本並んでいる。

 俺は四角の箱を慎重しんちょうに取り出してから机の上に置き、取り敢えずは袋の方を開けてみる。中身は予想通り、前回と同じ『マシュタップ大金貨』が詰まっている。

(これで約三千枚か、資産としては大きいんだが、自由度が低すぎてほとんど死に金になってしまうのは、どうにかしないともったい無いなあ)

俺はそんなことを考えながら、残りの瓶についても『片眼鏡モノクル』を付けて鑑定してみる。瓶の招待は案の定『エリクシール』だった。

 どうやら『からくり箱』の中身には、一定の法則があるのかもしれない。スペースの問題か前回より金貨の量が減っているが、残った箱の中身は恐らく魔法の道具マジックアイテムに違いない。

 そう考えた俺は、期待で鼓動こどうが早くなってくる。

(早速箱を開けよう。何が出るかな♪)

 内心、はしゃぎまくりながらふたを取ろうとするが、一見してつなぎ目の部分が見当たらないので、開け方にまよう。

 色々見回したあげく、ひっくり返してみて、やっとこの箱の形状が理解出来た。

 つまり、底辺の板の部分に正方形の箱をかぶせ、板の部分に留め具で固定している仕掛しかけらしい。その留め具も、四辺しへんの中央部にそれらしい物――気が付かなければかざりにしか見えない――が付いており、横にスライドする手応えがあった。

 俺は箱を置き直し、四辺の留め具をスライドして解除し、かぶさっている箱状の蓋をそっと取り払った。

 中に収まっていたのは、大きくて、透明な、丸い玉である。台座となっている底辺の板の上に柔らかなクッションが敷かれ、その上に存在感を主張しながら乗っかっている。

(占いする人がよく使ってる、水晶の玉に見えるな)

 俺がいだいた感想は、漫画やアニメでよく見かけていたイメージから引っ張り出されたものだった。

 とにもかくにも、『片眼鏡モノクル』を使用して『鑑定』しないことには始まらないと思い、水晶の玉を覗き込む。


――名称:|千里眼の水晶(クリスタル オブ クレアボヤンス) 効果:千里眼クレアボヤンスの実行 説明:魔術師の使用する千里眼クレアボヤンスと同様の魔法効果を自由に使用可能


千里眼クレアボヤンス? 遠くの景色を眺めたりする魔法か、これは又凄い物が出たな)

 俺は一旦『片眼鏡モノクル』の『鑑定』機能を切り、『魔力感知』を起動する。そして『千里眼の水晶』をその状態で視ると、水晶に施された魔法の痕跡が姿を現す。

 水晶宮の表面には、余すところ無くびっしりと幾何学きかがく的な紋様もんようが無色透明な魔法の光によって刻まれ、それは水晶球の奥にまで幾重いくえにも積層状態で形成されている。まるで、この水晶球が魔法そのものを形成しているかのようだ。

 他のアイテムでは、これほど精緻せいちな魔法の痕跡こんせきは視ることが出来ないのだが、それは水晶球と違いその物体自体が透明では無いため、それを見通すことが出来ないだけなのだろう。

 俺は水晶球を、感動を持って見続けている。『片眼鏡モノクル』を通さなければ見ることは出来ないが、この姿はもはや芸術と言っても言い過ぎではあるまい。この状態が解るようにして売り出せば、天文学的な値段になるかも知れない。

 いつまでも見飽きることは無いように思われたが、それはそれとして魔法の効果も大いに気になっている。

(使用方法はどうするんだろうか、呪文とか必要なら厄介だな。ただ、使用時に触れることが重要に思えるんだよな、ギリドのクリスタルボトルもそうだったし、『片眼鏡モノクル』もそうだし、何か魔力的なつながりを作る必要があるんだろうな)

 これまでの魔法の道具マジックアイテムに関する推察から、そのように当たりを付けている。『片眼鏡モノクル』の場合は身につけた上で対象を視ることと、視たいものをイメージすることで効果が発揮される。この道具も、ある意味では視る為の道具だから、使い道は近いのかも知れない。

(取りあえず、触れてみよう)

 そう結論を出すのに、それ程の時間はかからなかった。恐る恐る、ツンツンとつついてみるが何も起きる様子は無い。

 それから怖々と、表面の感触を確かめるように触れる。硬質で冷たい感触が手のひらから伝わってくるが、特に変化は起きないようだった。首を傾げつつ、一旦手を離そうかと思った瞬間にそれは起こった。

 触れている指先にチリッとした、静電気が走るような感覚が感じられ、それに合わせて水晶球に刻まれた紋様に明るい紫色の光が走る。電気回路に光が走るようなイメージで、紫の光は瞬く間に紋様全体に行き渡った。

 気が付けば『千里眼の水晶』全体が透明な魔法の光に包まれている。まるで魔力を充填したかのような状態に見える。

特に自分の中で何かが減ったとか、疲れたという感覚は起こっていないが、感じられないところでの魔力の放出が実行されているのかも知れなかった。

 『千里眼の水晶』は魔法の光を発し、見たところ起動はしたようだったが、未だに使い道が解らなかった。

 遠くを見ることが出来るはずだが、どうやれば見えるようになるのか解らない。自分が肉眼で見ている時に、理屈で見ている訳では無く、無意識に体が焦点を合わせたり調整している事に改めて気づかされる。それを魔法で代用する方法が思いつかない。

 言わば、視線が通らない場所に視点を当て、それを脳内の視覚領域に映像として結ぶ手段を魔法的に実施する方法である。

 そこまで考えが及んだときに、ふと引っかかるものを感じる。魔法が見せる映像についての疑問だ。

 『片眼鏡モノクル』は、俺の視界に本来映っていない映像を、視覚器官を使わずに直接目に送り込んでいる。『千里眼の水晶』を使用した魔法による視界も、目で見るのでは無く脳裏に直接映し出す事が出来るのでは無いだろうか。

 俺は余計な情報を遮断するために目をつむり、その状態で視ようとイメージする。

 最初は視界全体が真っ黒に見えた。失敗したのかと思ったが、よくよく見るとそれは黒い毛の塊に見えた。どうやら近すぎて視界全体をそれが埋めていると気が付き、視界を引くようにイメージする。

 すると、視界はスムーズに移動しそれを全体として捉えることに成功する。

 そこに見えていたのは、俺の頭、後頭部の映像であった。

(おおおおお、幽体離脱したみたいな映像だな。自分で自分を客観的に見る機会なんてそうそう無いよな、まあ見ていたいものでも無いけど・・・・・・)

 どうせ見るなら美しくて、癒やされる物が見たい。そして、この部屋には絶好の被写体がいるのである。

 俺は視線を移動させ、ベッドで寝ているユーリエを、様々に角度を移動させながら見ていく。

 熟睡しているのだろうか、幸せそうに寝息を吐き、その大きな胸を上下させている。濡れると色が濃くなるオリーブアッシュの髪が汗で額に張り付き、比較的童顔の部類に入るだろう顔に、そこはかとないつやめかしさを漂わせている。

 見ていると、再び変な気持ちになり、せっかく寝ているところを邪魔しそうになるので、俺は中断する。

 そのまま視界を、扉の外へと移していく。視界が壁を通り抜ける――その瞬間は真っ黒だ――不思議な感覚を味わい、外に出ると真っ暗なはずのリビングに出る。

 しかし視界に映るのはハッキリと輪郭が見通せる光景で、明るくは無いものの細部まで物が見える状態である。つまり、魔法による視界は、光の反射を捉えて映像としている訳では無いのだろう。ただ、自分の部屋と比べて明るさの違いもあるので、光の量すら捉えていると考えられる。

 俺は視界を移動し、隣の部屋で、ミリィが寝ている様子を確認する。

 ミリィは、ベビーベッドの中ですやすや眠っているようだ。最近、夜泣きもしなくなってきたとユーリエが喜んでいたのを思い出す。体内時計の生活サイクルが、昼型に変わって来ているのだろう。

 安心した俺は再び視界を動かし、家の外へと移動させる。

 そこに広がるのは何時もと変わらない光景なのだが、暗くない夜の景色と言えば良いのか、何時もより輪郭がくっきりとしていて、不思議な感覚に囚われる。例えるならば、モニター越しにリアルな異世界を眺める感覚と言えば良いのかも知れない。現実感が乏しくなる代わりに、美しく感じられる光景でもある。

 外に出た俺は、視界を上からの見下ろし視点へと変えるようイメージする。視界が徐々に浮き上がり、街がどんどん遠くなっていく。俺は高所恐怖症の気が少しあるのだが、現実感がないせいか、重力を感じ無いせいか、何とか耐えられるようだった。

 上空から見下ろす街は、どこか作り物めいて見え、ひっそりと静まりかえっていた。

そのとき俺は初めて、自分が今住んでいる場所を客観的に、意識して見ていることに気が付いた。

この世界には地図すら滅多に無く、生活するのは徒歩圏内であるため、特に不自由を感じていなかったが、こうして見下ろしてみると街の周りの地形や距離が良くわかり、地図として残したい気持ちに駆られる。

 ただ地図を所有すると言うことは、その土地を治めると同義で有り、貴族にしか許されていない行為だと以前ヤンから聞いた事を思い出す。だが、こっそり隠し持つぐらいならバレないだろうと言う気もする。

 俺は初めての千里眼の行使に酔い、ある種の万能感に包まれたと言ってよい。それ程リアルな見下ろし視点というのは、一種の「神が持つ視点」というか、超越的な気分をもたらすものなのかも知れなかった。

 俺はふと我に返り、目を開けて通常の視界を取り戻す。それと同時に千里眼が解けて、いつもの視界が戻ってくる。同時に、浮かれ気分も元に戻る。

(調子に乗らないようにするのって、以外と難しいよな。足下を掬われるって解っていても、調子こいて失言してしまう人の気持ちが解った気がする。常に自重しないと駄目だな)

 俺は自分を戒めると同時に、『千里眼の水晶』に蓋をかぶせ留め金を掛ける。既に時間は二時を遙かに回っているだろうが、眠気は全く訪れていない。

『千里眼の水晶』を蓋をかぶせて元の箱に戻すと、箱を『からくり箱』に戻し、鍵のかかるチェストに直し込む。それから鞄を漁り、呪文書スペルブックを取り出して読み始めた。

 今度は自分の部屋で有り、誰にも邪魔される恐れはない。ユーリエが起きたとしても、そっとしておいてくれるだろう。

 俺は、知識を貪るように呪文書スペルブックの序盤の内容を読み込み始めた。この世界の魔術理論の基礎の基礎という内容である。

 それによると、この世界の魔術には幾つかの段階を経て発動されることが書いてある。

 段階の一番始めは、術式の基礎部分の構築である。これは基礎部分の形状を、イメージの世界で構築せねばならないらしい。

俺は先程見た『千里眼の水晶』に施された紋様を思い出す。あれをイメージで構築するという事のようだ。俺はこの段階を解りやすく理解するために、基礎のことをフレームと呼び、魔術フレームの構築と理解することにした。

 次に、イメージで構築した魔術フレームに魔力を通すのだが、この時の重要な手順として、フレームの位置を外部に固定するというものがある。

 これには幾つか理由があるらしいのだが、その理由の筆頭が魔力暴走マナバーンである。

 発動に失敗した魔術が、魔力を抱え込んだまま失敗した場合には、魔力が逆流して術者自身を傷つけるか、暴走を起こして魔力を爆発的に解放してしまう事になり、どちらも術者に大きなダメージを与えることになる。

 その被害を最小に留めるため、イメージの産物である魔術フレームを、そこにあるものとして外部に固定するようイメージするのである。外部に置いてしまえば、切り離しにより逆流を防ぎ、自らの魔力で無理矢理に障壁しょうへきを形成して、暴走のダメージを緩和しやすく出来る。ただし、術式に寄らない魔力の操作は、術士の魔力を多大に消費させてしまうため、緊急回避的な措置であるらしい。

 また、魔術フレームに魔力を通すに当たって、直接触れているか魔力伝導力の高い装備――魔術師の杖メイジスタッフ等――を介在にすると、効率よく通すことが出来る。ただ、何も無い空中に形成する事も可能で、その場合は魔術フレームへの魔力供給に余分な魔力が必要になり、失敗する確率も高くなる等――具体的な対象も無い空中を指定し、維持することが難しい為――、デメリットがあるとのことである。

 魔術フレームを構築し、外部に固定した後、魔力を通す。これまでの工程は先程使用した『千里眼の水晶』の使用工程に酷似しており、俺にとってはすんなりと理解出来るものだ。

 魔術フレームに魔力が満ちた時点で、魔術としては完成しており、形成された術式に従って外部から必要量の魔力を取り込み、発動に必要な状態へと完成する。

この時外部から取り込まれる魔力量は術式により異なるが、少なくとも数十倍、多いときは数千倍にも達し、術士は完成した魔術を任意のタイミングで発動することが出来る。

 例えこの状態で攻撃されたとしても、一瞬のイメージだけで発動可能となっているため、止めることは不可能に近く、魔術師はこの状態となるまでいかにしのぐかが戦闘における重要な要素のようだ。また、発動状態となった魔法は、極々少量の魔力で維持することが出来るらしく、遅延魔術ディレイマジックとして一部事例が紹介されている。

 他にも重要な事項としては、魔力消費に関することが上げられる。

 魔力消費に関しては、魔術を使用する際に使用するのは、魔術フレームの構築と、フレームへの魔力供給までとなっている。ただ、強大な魔法ほど構築に必要なフレームの規模が拡大し、フレームを維持し魔力を供給するまでの時間が長くなる。それにより、術士の魔術消費量も増えてしまう。

 同じ術者でも、熟練すればするほどイメージの構築と魔力の供給がスムーズになり、その結果、術式構築にかかる時間が減り、より少ない魔力で魔術の行使が可能となる。よって、よりスムーズに、より確かなイメージを構築する力を鍛えるのが魔術師としての修練となるらしい。

 だが、複雑な魔術フレームをいかにして理解し、イメージとして構築するのか、普通なら到底出来ることでは無いように思う。

 とてもでは無いが、先程見た『千里眼の水晶』の紋様をイメージとして記憶出来るとは思えない。その点に大いなる不安を覚えてしまう。

(魔術師が少ないのは、もしかしてイメージ記憶の持ち主しか、魔術師になれないからなのか)

 そう、思ってしまったのである。

 だが、読み進めているうちに解決策が提示される。それが呪文の詠唱である。

 呪文の詠唱には、魔術フレームの構築に必要なイメージの形成を補助し、精神集中を助け、正しく魔術が発動するように導く効果があると記されている。

(呪文の詠唱か、なんか魔術師っぽい。早速やってみるか)

 俺は序章に当たる魔術理論の項目を全て読み終え、最も難易度の低い魔法にチャレンジすることにした。

 挑戦するのは『ライト』の魔術にすることにする。成功したかどうかが目に見えて解ることがポイントである。

念のため、魔術師の杖メイジスタッフを手に持ち、『片眼鏡モノクル』で魔力の流れを観察するために『魔力感知』に切り替えを行う。一度読んで内容を理解しているため、『片眼鏡モノクル』の補助が無くとも読むことが出来る。

 さすがに緊張で喉がカラカラになってきて、杖を掴む手が緊張で汗ばんでくる。それでも俺は好奇心を抑えきれず、呪文書スペルブックを読みながら魔法の詠唱を始めた。

 それは、四小節程度の古代語による詠唱である。

 一小節目が魔術を起動し、魔術フレームの構築を開始する。

 二小節目が使用する魔術を定義し、魔術フレームを具体的にイメージとして脳裏に取り込ませる。

 三小節目が構築されつつある魔術の規模を規定し、魔術フレームのイメージを具体化させていくと共に、魔術フレームを外部に固定させるイメージを提供してくれる。

 術士は精神集中を保ちながら、詠唱に導かれるまま、イメージを操っていけばいい。俺の目には、イメージが視覚情報となってくっきりと浮かび、それを杖の先端へと移動させようと思っただけで、イメージしたとおりに移動が完了する。

 四小節目の詠唱で、魔力フレームに魔力が注ぎ込まれて行く。

 詠唱の完了と同時に魔術は完成し、発動待機状態となって魔術師の杖メイジスタッフの先端に宿っている。淡く光る魔法の光が、俺にそれを信じさせる。

俺は発動待機状態となった魔術を、位置を固定したまま発動させた。

「『ライト』!」

 一瞬淡く光る魔法の光が内部に吸い込まれ、次の瞬間明るい光が宿って、周囲を照らし出した。

(・・・・・・・・・・・・)

 思考が完全停止した状態で、俺はそれを見ていた。

 それは、俺が生まれて初めて自力の魔法を成功させた瞬間だった。

 全身を、得も言われぬ興奮と歓喜の渦が駆け巡る。大声を上げて叫び、騒ぎ、踊り出したい欲望に駆られる。

 それにじっと耐え、感情を内に留め、静かに興奮がおさまるのを待った。

 いい歳をしてみっともないと思う自尊心、周囲への配慮も当然あった。だが、何より喜びを発散してしまうことがもったいないと思った。

 発散しないことで、その感情を伴う膨大なエネルギーは内に籠り、長く燻り続けるような気がしたのだ。

 いつまでも燻り続ける感情のエネルギーを、無理矢理に押し込めて思考を回復させる。 今の感覚を覚えているうちに、反復することが大事だと思ったからである。それにより、正確に魔術の理論を認識し、理解し、研究しようと思った。

 とりあえず、今起きた現象を正確に思い出そうと努める。

 詠唱した事により、魔術フレームの構築が開始され、驚くほど正確なイメージが視界に浮かび上がり、それをイメージ通りに固定化し、魔力を注いで完成させる。その工程を脳裏で再現しようとした。

 その時はもちろん、詠唱なしで脳内に工程を再現しようとしただけだった。

 人間の脳は、反復により記憶が強化される仕組みを持っているため、俺は忘れないために反復しようとしていただけである。

 だが、そのイメージが鮮明すぎたのか、元々そういうものなのか、俺がそれをイメージした途端、視界に先ほどと同じ魔術フレームが浮かび上がった。

 それが幻覚や脳内で浮かべるイメージだけの産物ではない事は、すぐにわかった。魔術を行使している最中の術者は体内の魔力が活性化しており、ある程度自由にそれを操り、感知することが出来るのだろう。それは体の器官を意識的にも、無意識的にも活用できることに似ている。意識しなくても勝手に反応し活動するし、意識すればより詳細に操作することが可能なのだ。

 だから俺は、浮かび上がった魔術フレームを操作し、魔術師の杖メイジスタッフの先ほどとは反対側となる先端部分に固定させ、魔術を完成させるための魔力を注ぎ込んだ。

 魔術フレームに魔力が通る一瞬の煌めきの後、そこには、当たり前のように発動待機状態となった魔術が完成しており、俺はそのまま発動させる。

「『ライト』!」

 結果的には、杖の両端に同じような光の魔法が発動している。光源が増して眩しすぎるぐらいだ。だが、消し方がわからないので、そのまま放っておくしかない。

 そんなことより、俺の脳内は今起きた現象に対する混乱で絶賛パニック状態に陥っている。

(えええええ~っと、これは一体全体どうしたことだ? 無詠唱で発動させたってこと? 俺にはイメージ記憶の才能は無いはずだ。それとも別の要因なのか・・・・・・)

 世の中には考えても理解できない事は沢山有るわけだが、そのほとんどは知識不足に原因があるように思える。

 俺は答えを求めて、唯一の手がかりである呪文書スペルブックを開き、答えを求めて貪るように読んだ。ページの内容をざっと確認しながら、目的のページを探し、必死に読み込んでいく。だが、残りは殆どが呪文に関する説明と詠唱文で占められており、手がかりを見つけることは出来なかった。

 気が付けば外は夜が明けて、小鳥のさえずりが聞こえ始めている。

 答えが得られなかった徒労感から、精神的な疲れが増して、脳が睡眠を要求し始めている。

(取りあえず、保留するしか無いようだ。もう少し研究すれば解ることも出てくるかも知れないし、今のところ保留にしておこう)

 俺は若干疲れた足取りでベッドにたどり着くと、ユーリエを起こさないように気をつけながら、横になって数秒と立たないうちに眠りに落ちたのだった。


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