とある屋台の運試し事情
次の日の朝、俺は誰よりも早く目が覚めてしまった。
これはあれである。
小学生の時、遠足と日曜の朝だけは、自然と早起きをしてしまうあれである。
もう一度寝直す選択肢もあるにはあったが、俺は夜明け前のテントを抜け出し、体をほぐすために体操をして、徐々に意識を覚醒させていく。
それが済むと、全員の朝食を用意するための準備を始めた。
朝食の準備が丁度いい感じになった頃、匂いに釣られた訳では無いのだろうが、全員が徐々にぞろぞろと起き出してくる。
ちょうど夜が明け、周囲が明るくなり始め、今にも朝日が差し込んでくるだろう時間になり、同じようにバザーへ出店しようとしている周囲も、徐々に朝の支度をする気配に包まれ出している。
俺は朝の挨拶を交わしながら、全員に朝食を配っていく。
メインはシンプルに分厚いハムをフライパンで焼き、今のところ醤油に一番近い味のする魚醤をさらに醤油に近づけるよう調整した調味料を使い、一味でピリ辛く味付けして作ったソースを少し垂らし、塩胡椒をした目玉焼きと一緒に薄く切ったパンに載せる。それと昨日の残りのスープが、今朝の朝食のメニューである。
「ユーリエ、ちょっといいか? ああ、食べながらでいいから話を聞いてくれ」
俺は食事を一番に詰め込むと、ユーリエの傍に歩み寄る。ユーリエは食事を止めて向き直ろうとするが、俺はそれを制して既に肩に掛けていた鞄から革袋を取り出した。
「俺は早速バザーを見て回ってくる。ただ、全部は見て廻るのは無理だし、俺じゃあ善し悪しのわからない物も多い。特に服を作るための布や、生活雑貨などは任せたいんだ。勿論、俺と君とミリィの分をちゃんと買うようにしてくれないと困るよ、後で必ずチェックするからね。あと、メセルブルグの街で売ってないような珍しい物を見かけたらなるべく買っておいて欲しい、ノルマはこの革袋の中身を全部使い切ることと、出来るだけ多くの良いものを買うことだ。いいね任せたよ」
そう言って、革袋を握らせるとユーリエが中身を確認する前にその場を後にした。
要求が少し細かいように思えるが、これは幾つかの狙いが有り、わざとやっていることだ。
俺たちは普段、衣食住完備の酒場に勤めているせいで、お互いでお金のやりとりをすることが無い。給与はそれぞれに払われているし、必要な物はその中から各自で買っているような状況だ。さらに、ハンナが色々と気を利かせて用意してくれるので、自分達のお金は殆ど手をつけなくて済むような生活なのである。
だから、たまには一家の大黒柱ぶってみたい気持ちに駆られたと言うのが第一の理由である。つまり、自己満足のためである。
また、使い切りを指示することで、ユーリエが遠慮する余地を無くさせると言うのが第二の狙いである。
さらに、限られた予算と限られた時間の中で、必要な物と良い物を探す目を養わせるのが最後の目的である。
特に、最後の点は重要である。
お金の正しい使い方というのは、ある程度経験を積まなければ解ってこない部分が有り、経験を積むには多くの買い物をする必要がある。その経験を積ませる絶好の機会だと思って、俺はあらかじめ用意していたのである。
ユーリエに渡した資金は、銀貨三十枚(三十万円)程もある。短時間で使い切るのは相当に大変なはずだ。
ミリィの世話もあるからハンナもついて行くだろうが、あらかじめハンナにはその点を伝えて手伝わないように言ってある。目的は経験を積むことなので、成功とか失敗とかの基準は特にない。
(まあ、ユーリエがどんな判断をするか、楽しみではあるな)
俺はそんなことを思いながら、バザーを見回るために歩いている。頭には『片眼鏡』を装着済みだ。
まだ早い時間なので、殆どの店が準備中の様子だが、品物を並べ始めている店もあり、俺は目に付いた物を次々に『鑑定』したり、『魔力感知』を働かせながら歩いたりした。
しかし、俺の興味を引くような出物には、なかなか会うことが出来ない。
(う~ん、売り場がバラバラで効率よく探すことは無理だな。根気よく探す時間も無いと来ているし、これではいつもの街のバザーと変わらないぞ)
俺はそれでも、ブラブラとバザーを歩き回る。バザーの会場には、徐々に人通りが多くなってきており、青田買いの予定がうまく行かなかったことに焦りを覚え始めていた。
そんな時にやっと、有る露店の前で待望の魔法反応に行き当たる。
俺は内心で驚喜しつつ、しかしそれを一切表に出さないようにしながらその店に近づいていく。
その店は、売り場面積の殆どを陶器の食器類が占め、後ろにも同様の食器を積んでいることから、そっちが本業のようである。ただ、一部の面積を利用して雑多な物を売っており、俺の目当てもその中にあった。
それは、幅四十センチくらいの木製で、天井に傾斜が着いた木の箱のような道具で、俺には一瞬“書見台”に見えた。しかしよく見ると上部にはインク壺やペンを立てる為の場所があり、少し違うようにも思えた。
俺は商品を見る振りをして『片眼鏡』を使用し、早速『鑑定』を試みた。
――名称:魔法の自動筆記台 効果:自動筆記 説明:魔法による制御により高度な筆跡で代筆を行う事が出来る。その他、口述筆記等も実施可能。
(えっと、つまりはプリンターみたいなものかな? 詳しい使い方は解らないが、買ってみて試したい。少なくとも買って損は無いだろう、値段次第ではあるが)
そう判断した俺は、今なお開店準備を続けるこの店の主人らしい、髭もじゃ親父に話しかけた。
「すまん、これって幾らだ?」
時間も無いので単刀直入に聞いてみる。今回は、余り交渉している時間が取れ無いので、高いのはスルーして値段に納得のいく物だけを買う予定である。
「ん? それか、そいつに目を付けるとはお目が高い、そ――」
だから俺は、店の親父が長口上を始める気配を感じ、さっさと立ち去りかけた。
「ちょ、待ってくれ、最近の奴はせっかちでいけねえよ、売り買いにも手順というか情緒というものがあんだろうがよ」
「同意したいところだが、今日は時間が無いんだ。時間掛けるよりは色々と見て回りたい。余裕が出来たら又来るよ」
「とにかく値段ぐらい聞いて行けよ、銀貨十枚だ。高いなんて言うなよこいつ――」
「買った!!!」
なおも親父が語ろうとするのを止めて、俺は鞄から革袋を出し、その中から大銀貨四枚を親父に握らせる。
「じゃあ、貰っていくぜ」
目を白黒させる親父を放っておき、俺は『自動筆記台』を持ち上げた。いきなり大荷物になる物を買ってしまったのは誤算だが、買えるときに買っておかないと後悔するので仕方が無い。
「ちょ、ちょっとまってくれ」
そのまま店を後にしようとする俺を、親父が引き留める。
「なんだ、今更取引を無しにするつもりか?」
値引き交渉をする暇が無いので仕方なく即金で買ったが、その事で相手が売り物の価値を見誤ったかと後悔し、取引を反故にしようとするのかと俺は警戒する。
値切り倒せばまず起きない現象だが、出物に飛びつくのは本来、交渉において弱みを見せるようなものである。この相手も急に惜しくなったかと、俺は考えた。多少強引だが、取引は完了しているのだ、ごねるようならそれを糾弾してやろうと身構えた。
「違う違う、交渉次第でおまけに付けようと思っていたものがあるんだ。しかしいきなり即金で買われるとは思っていなかったんで、出しそびれてな。こいつを持って行ってくれ」
親父は小さな革袋を手渡してくれる。中身を確認するとインク壺と羽ペンが入っていた。
「そいつは何でも曾爺さんの持ち物だったらしい、長年売りに出していたがサッパリ売れなくてな。もう処分しようかと思っていたぐらいなんだが、諦めなくて良かったよ。これも聖女様の思し召しかも知れんな」
「そうだな。ありがとうよ、大事に使わせて貰うよ」
俺は渡された物を鞄にしまうと、礼を言って親父と別れた。途端にニヤリと顔が笑み崩れる。多分、悪巧みを成功させた悪役のような顔をしていることだろう。
(取りあえず、魔法の道具をゲット出来たな。これで最低限来た甲斐があったってもんだ。しかしあれだな、魔法の道具をそうとは知らずに所有していたようだが、どういう経緯でそうなるんだろうか? 出来れば由来とかも聞いておきたかったんだが、時間がないからなあ。そういう意味では、今回の計画には誤算が多いな)
俺が今回の計画を立てた真の目的は、実際のところヤンに会って魔術を習得することと、規模の大きなバザーを見て回りたかったからである。
しかし、そんな私用で長い間店を休むのは、幾らなんでも自分勝手すぎると思ったので、もっともらしい計画をでっち上げたのだった。
だが、想像以上に団体行動に縛られるし、時間は足りないで、計画倒れ寸前の有り様だ。
最低限の目的は達したのが、せめてもの救いと言える。
(そろそろ戻らないと、時間がなくなるな)
俺は別の道を通って戻るため、バザー区画に設けられた脇道に入った。
そこから広い通りまで歩き、元の方角へと曲がる。
気が付けば、バザーを歩く人通りがかなり増えてきており、ごった返すほどではないものの、大きな荷物を抱えて歩くには注意が必要になっている。
そんな人混みの中を、人を避けつつテントに戻っていると、半分ほど戻ったところで屋台の中に懐かしいものを見かけた。
その屋台は、他のお店と違って商品が店の奥に設置された段々の棚に置かれており、その商品の前に紐が垂れ下がっている。 そしてその紐は、店の前方に置かれた木の箱を一旦通り抜けた後、その箱から垂れ下がる形でぶら下がっている。
(くじ引きか! この世界にもあるとは、人間が考えることって意外と変わらないものなんだな)
俺はそう慨嘆し、思わず立ち止まる。丁度一人の若者がやって来て、くじを引くつもりなのか親父とやりとりをしている。
(あ~、やめとけばいいのに。大体良い商品には繋がらない様にしてあるに決まっているだろ。そういえば子供のころ、テキ屋の親父に冷静に指摘してやったら、もの凄く逆上された覚えがあるなあ。大体、何年同じ商品並べているのかわからないほど日焼けしている商品の箱を見れば、子供にでも解る事だったんだがな)
俺の見ている前で青年は紐を引き、案の定、紐の先はどれにも繋がっていなかった。青年は肩を落とし、見るからに落胆している。そしてトボトボと歩き去った。
(ほらあ、言わんこっちゃない。あんなのやったって、馬鹿を見るだけだって)
俺は、縁日等で見かける、良くある風景と同じように考えて、そのまま通り過ぎようとした。
(え・・・・・・。本気かよ!)
俺の足を止めたのは、それが視界の端に引っかかってしまったからだ。どんな商品で客を釣っているのだろうと興味を持ったのが間違いだったかもしれないし、あるいはそれに気が付かない方が幸せだったのかもしれない。
しかし、気づいてしまったからには、鑑定せずにはいられなかった。
――名称:魔法の秘密箱 効果:なし
(な、なんだと、本物かよ!!!)
くじの景品として並ぶ様々な商品の中に、それはひっそりと置かれていた。扱いはメインでなく端っこの方に、いかにも曰くありげな箱という風情で置かれている。 確かに見かけだけで良いのだから、最適な利用法かも知れない。
(よりにもよって、あんな所に・・・・・・。全部引いたとしても、繋がっているかどうかすら怪しいぞ)
俺は立ち止まって思案する。俺としては、全部を引いてでもあの箱が欲しいのだが、もし繋がっていないとなれば騒ぎになるのは確実だ。しかも店の親父が、どう見ても堅気に見えないと来ている。
(まあ、こんな商売まともな奴ならやる訳ないか)
どう考えても、客とトラブルになるのは避けられない商売だ。それを抑え込む力がいる。もしそれに対抗するとしたら、それ以上の力が必要になるわけだ。
(まあ、力と言っても、目に見えるものだけが力って訳じゃない。ここは見えない力を集めて、やれるところまでやってみますか)
俺は、いかにも物を知らない風に表情を装い、あたりを落ち着かなくキョロキョロと見渡しながら、くじ引きの屋台に近づいていく。
そして、いかにも「今、気が付きました」と言うふうに、商品の中の中央に置かれた可愛らしい熊のぬいぐるみを見て、勢い込んで親父に尋ねる。それも辺りに響き渡るような大声でだ。
「なあ、あの熊のふわふわの置物が欲しいだよ。娘のお土産に買って帰りてぇだ、きっと大喜びするに違いねぇ、売ってくれろ」
わざと訛りに聞こえるように喋るが、ただの怪しい人にしか聞こえないかもしれないという危惧はある。それでも周囲の人々に、今から行うやりとりを印象付け、店の親父を油断させる効果はあるだろう。飛び切り大きな声に、周りが何事かと注目している気配がある。
「あ? あれは売りもんじゃねえ」
強面の親父は、にべもなくそう告げてくる。
「店に並べてるのに売りもんじゃねぇって、そんな馬鹿な事聞いたことねぇ。意地悪しねぇで売ってくれろ、オラ金は持ってるだよ」
つれなく追い払おうとする親父に、小さな皮袋を見せる。その顔にはたったそれだけかよ、という表情が浮かぶが、すぐにいい鴨を見つけたとでも思い直したらしい、目つきが鋭く光る。
「いいかあ、ここはくじ引き屋なんだよ! 欲しければくじを引いて、当たりを引くんだな」
「くじ引き? 当たり?」
俺はワザと知らないふりをして、通りすがりの馬鹿な親父を演じていく。
周りにはいい感じに人が集まってきていて、最終的には馬鹿な親父が散財するのは目に見えているが、先ほどの俺のように、他人の不幸は蜜の味とでも思って、見物しているに違いない。それはともかく、今は人目を集めることが重要だった。
「料金を払ってこの紐を引くんだ、すると当りの紐なら商品に繋がっている。そしたらその商品を貰えるって寸法だ、欲しけりゃこの中から当たりの紐を見つけるまで引くんだな」
「こ、こん中から繋がってる当たりの紐を探すんだか? そりゃいくらなんでも無理だべぇ。こんがらがって見えねぇべよ」
あくまで頓珍漢な受け答えを返し、周囲の笑いを取る。見物人が見物人を呼び、人だかりができてくる。
「見たらだめなんだよ。見ないで引いて、運試しする遊びなんだ」
さすがの強面親父もあきれ顔だ。
「オラ解っただ! 全部引けばいいだよ、それならハズレないべ! そうだべ?」
周囲からドット笑い声が起きる。言ってることは間違いないのだが、その為に必要な資金を考慮しておらず、その事に気が付かない俺をあざ笑っているのだ。
「ああ、もちろんその通りだ。引けるものなら引いてみな。言っておくが、一回銀貨一枚(一万円)、紐は百本あるからな」
つまりは、全部引くのに金貨一枚(百万円)。箱を手に入れるなら安い物である。
「本当に、当たりがあるんだべな? 嘘だったら承知しねぇべ」
「ああ、もちろん。聖女アマーリア様に誓ってな」
売り言葉に買い言葉だったのだろう、くじ屋の親父は大きく出る。ここはダメ押ししておこう。
「ここにいる皆さんが証人だ、全部引けば当りが出ると、聖女様に誓ったんだからな」
俺はこれまでの演技をかなぐり捨て、言質を取ったことを再び大声で周囲に喧伝する。
様子が変わったことに周囲が唖然とする中、皮袋から金貨を一枚取り出して、周囲に見せびらかしながら親父に手渡す。
「銀貨一枚で一回、百本だから金貨一枚。確かに払ったぜ、じゃあ、引かせてもらうから」
周囲は何が起こったか理解するまでの間、その一帯だけシーンと静まり返っている。
だが、俺が猛然と紐を引張り始めたことで、周囲は騒然とした熱気に包まれ始める。 俺のやり始めたことを理解したのだ。
人々は普段、こういったくじ引きを胡散臭いと思っているし、思いっきり疑ってもいるだろう。だが、この世界では取り締まる法律なんて無いだろうし、相手は強面の親父だから文句も付けられない。仕掛けを暴くことは商売を邪魔するようなことだから当然出来ないし、実質的に追求を諦めるしか無いのが実態だ。
しかし、問題無く確認する方法は用意されているのだ、俺がしたように全ての紐を金で引けば良いのである。
だが、万が一にも紐が繋がっていたら、金貨一枚棒に振ってしまうかも知れ無いという恐怖があり、通常の感覚であれば解っていても勇気を出すのは難しい。
それに、強面の店主とのトラブルを背負い込むことが容易に想像できるため、結局視て見ぬ振りが一番なのだった。
だが、自分が当事者で無いのなら、話は別である。
自らがリスクを負うこと無く、長年の疑問に答えが出る。一度でも引いたことのある人間なら、尚更結果が気になるだろう。その事が俺の予定通り周囲のボルテージをどんどん高めていく。
俺はどんどん紐を引いていき、五十本を超えたと思われるが、未だに当たりが一本も出無い。
呆れたことに、当たりを全く作っていないのかも知れない。かなり悪質なやり口である。
横目で見ると、店主は青くなっているが、観衆がキッチリとガードをして、逃れる隙も無い。
棚の上に乗っている商品は、全部で二十点ばかり有るのだが、そろそろ三十を切る数になっても、やはり当たりが出る様子が無い。俺は残りの紐の数を数えなから、キッチリ二十本を残して残りの紐を抜き取った。
「俺は相当に運が悪いらしい。だが、残りは全部当たりだ。流石の俺もこれ以上ははずさんぞ」
俺の宣言に、周りからドット笑いが起こる。俺はそのまま、勿体ぶりながら次の紐に手を掛ける。
「ま、待ってくれ」
突如、店の親父が、叫びながら俺のそばに寄ってくる。顔色は青いを通り越して蒼白になっている。
「頼む、金は返す。好きな商品もやる。だからそれ以上引くのは勘弁してくれ」
親父の言葉に、周囲から猛烈な批判が飛び「早く引け」との声も上がる。最終的には「引け! 引け! 引け!」との大コールが起こる。
このまま引けばこの親父がどうなるかは目に見えており、過去に籤を引いた者たちからも吊し上げを食うのは必定だ。
だが、俺の目的は強面親父を吊し上げることでは無い、合法的に箱を手に入れる事である。それに、強面親父は事もあろうに泣き出しており、鼻水を垂らし、見る影も無い有様だ。なんだか虐めている気分になり、心が痛い。きっと、彼にも家族が居て、守りたいものもあるかもしれない。なんと言っても同じ親父だからな。仲間みたいなもんだろう?
俺は手を差し出して、金貨を受け取る。そして財布から銀貨を二枚取り出して親父に握らせる。
「熊の置物と、端っこの箱を貰いたい」
俺が告げると、親父は手の中の銀貨を見つめてから、俺が言った商品を取りに行き、手渡してくれた。
「すまねえ」
手渡すときに親父が謝ってくる。
「いいさ、もし今度やるときは、ダミーの商品を置いてそれが当たるようにしておけよ」
小声でアドバイスもしてやる。そうすれば、ここまで追い込まれることは無かったであろう。
しかし、俺たちの取引に集まったギャラリーは納得がいかないようだ。
「やっぱりインチキだったんだろう! 何で止めちまうんだ」
誰かが上げた声に「そうだそうだ」との同意の声が被る。ここは、騒ぎを起こしたものの責任として、彼らを散らす必要があるようだ。
「皆さん、お騒がせして申し訳ありません。私はメセルブルグの酒場で働く、しがない雇われ料理人です。今日は皆様にお店の宣伝をしたくて、こちらの店主に一芝居うっていただいたのです。これより一時間後の開店となります。珍しい料理をご用意してお待ち申し上げておりますので、どうかお立ち寄り下さい。」
俺の言葉を聞いて、観衆が戸惑った表情を浮かべる。今までのやりとりが芝居だったと思えるはずが無いが、当の本人がこう言ってしまえば、強面親父は言い逃れが出来てしまう。これで追求の手段が絶たれたに等しかった。
場にはしらけた空気が漂い、先程までの熱気は無くなっており、段々と人垣も崩れていった。俺はその隙を見計らい、荷物を持って立ち去ったのだった。
「ウート! いつまで遊んでるんだい。さっさと段取りしな」
途中、くじ屋に寄り道したせいで、大幅に遅れてテントに戻った俺は、戻るなりハンナにどやされながら、戦利品をテントに直し込むと、開店準備に取り掛かる。
大鍋に2つのお好み焼きの生地を作るため、キャベツのカットを分担しておこなったり、小麦粉を水で溶かしてキャベツと混ぜ合わせたりする。それが完了すると、寝かせていた生地を伸ばして麺状に切り、茹でやすい分量ごとに分けて、木製のトレイに入れていく。この後、茹でて『焼きそば』用の麺にしていく準備である。
女性陣は事前に手配して調達した牛乳を暖めて、生クリームの制作に入っている。クレープのトッピングに使う為の準備である。
メンバーはかなり練習しているので、特に指示しなくても自分の仕事をこなしてくれている。俺も自分の分担に集中して準備を進める事ができた。
ある程度準備が出来たところで、ホットプレートの火を入れる。
今のところ、俺たちの屋台の前には客は全くいない状態で、完全に素通りされている。俺は火力を確認し、全面にラードを塗っていく。このホットプレートはクレープ用の倍の大きさで、一気に八枚位ほどのお好み焼きが作れる大きさだ。
客寄せは、焼きあがってからで十分である。こんな大がかりの調理器具を持ち込んでいる屋台は俺達ぐらいなので、ソースの焼ける匂いが漂うだけで、興味を持った客がある程度は見込める筈だし、すぐに評判が広がる確信がある。問題は押し寄せる客を、どの程度捌けるかの方だろう。
ジュージュー
豚肉ロースのスライスを鉄板に載せると、それだけ食欲を誘う音と臭いが周囲に漂う。両面をさっと焼いたところで、生地を載せて焼いていく。
音と香りに、通りがかりの人々が興味深げに眺めていくが、立ち止まるまでには至らない。
俺は頃合いを見て焼き具合を確認し、ヘラを使って次々にひっくり返していく。
すぐに、ソースを刷毛でタップリと塗り、マヨネーズを特製の容器で格子状に掛ける、裏面が焼き上がれば香草を散らして完成だ。鉄板でソースが焼ける、たまらない臭いが周囲にに漂い、興味を引かれた通りすがりの人々が足を止め始めている。
「さあさあさあ、メセルブルグの名物酒屋『ジルとハンナ』の出張屋台、普段はメセルブルグでしか食べられない料理だよ、今日を逃せば機会は無いよ」
マルセロが、堂に入った呼び込みを開始する。
足を止めていた人々の中から、好奇心旺盛な若者が一人進み出て、初めての注文をする。
「幾らだ?」
「丸ごとなら銅貨四枚(四百円)、切り売りも有りだ」
「じゃあ、銅貨一枚(百円)分で頼む」
若者の言葉に頷きを返し、お好み焼きを四分の一にカットして、エセロの葉に包んで渡す。若者は代金を払うと、すぐさまその場で食べ始めた。
周りの人々は、若者の反応を確認してから買おうというのか、様子を伺っている。
その間に俺は、お好み焼きが焦げないように用意しておいた木製トレイに開けると、鉄板を素早く整えていく。
食べ終わるのに、そう時間のかかる量では無い。青年が食べ終えた後、周囲の人々は感想を聞き出そうと青年に話しかけるが、青年は答えない。
「親父、有るだけ全部売ってくれ」
突然青年は買い占めを制限し、周囲がざわめくのもお構いなしだ。
「まいどあり」
俺はお持ち帰り用に用意している、極々薄い木の板の上に次々にお好み焼きをのせ、包装して貰うために後ろに送る。八枚分をソースとマヨネーズの面にはエセロの葉のつるつるとした面を上にかぶせながら重ねて行き、全体を麻紐で括ってばらけないように固定する。
それを代金と引き替えに青年に渡してやると、青年はホクホク顔で帰っていく。周りの人々は、青年に買い占められた事を悟り、自分たちが出遅れたことを知った。
「次は俺だ、俺に売ってくれ」
「いや、俺の方が先だ」
人々の注文が次々と入る中、俺は悠然と次の回を焼き始めていた。焼いている間に希望者が増え、切り売りのみになる旨マルセロが宣言する。焼き上がりを次々にカットして、四分の一ずつ売り捌いていく。待っている間に食欲を刺激された人々は、渡されたお好み焼きを待ちきれぬ様子で頬張っている。
それを見ながら次の回を準備し、次々と焼いていく。だが、一度食べた人々が、立ち去らずに次の注文を出し始め、行き渡らなかった人から非難の声が合っている。それだけで無く、その場に止まる人々が増えた結果通行の流れが滞り始め、その原因を知る為に前に出ようとする人が現れ、辺りが騒然となってくる。
この事態をあらかじめ予想していた俺たちは、対策に取りかかる。
「メセルブルグの名物酒場『ジルとハンナ』の特別料理を沢山の人がご所望だ。しかしこのままじゃ大混乱で、怪我人を出しちまう。従業員が指示するから、それに従って並んで欲しい。これからは並んだ順に売っていく事にするからな。周りにもそう説明して協力を頼む」
マルセロの言葉に、増え続ける人混みに危機感を覚えていた人々は納得したようで、店の前を丁度販売数を残すぐらいに整理し、残りはバザー区画の外側に順に並んで貰った。外側に近い区画に配置されたことは、俺達にとって逆に幸運だったと言える。
俺は、その間も黙々と焼き続けている。
「ウート、こっちの方も準備が整ったからね、始めるよ」
「解りました」
女性陣もクレープの準備が整ったらしい。隣でクレープ用のホットプレートに火が入れられ、次第に独特の甘い香りが周囲に漂い出す。
生乳から生クリームを分離し、残ったミルクで生地を作成するなど無駄なく活用している。メープルシロップから作った砂糖や、蜂蜜などをふんだんに使い、カットしたフルーツを焼いたクレープで包んで、仕上げにホイップクリームをトッピングする。
ちなみに、値段は銅貨五枚(五百円)になり、お好み焼きより高額であるが、これでも手間と材料費を考えると赤字だ。
それでもこれを提供するのは、偏に女性に対してメセルブルグのイメージの向上を狙うためである。
今後メセルブルグの人口が増えることが予想されるし、その為の施策を打っていくつもりだが、基本的に仕事を求めに街を離れてやって来るのは男性が多いため、やがて男女比の不均衡が発生する懸念がある。
女性は、男性より周囲との調和を重視するので、家族全員で移住するのでも無ければ、なかなか増加は見込めない。嫁ぎ先の選択肢としても、家族や住み慣れた街から離れて暮らすのは好まないであろう。
その時に、メセルブルグの利点を少しでも刷り込むことが出来ていれば、状況は改善される可能性がある。そんなイメージ戦略の一旦である。女性にとってスイーツは、何にも代えがたい魅力がるらしいので、それをタップリと味わって貰う予定である。
クレープを焼き始めて直ぐに、周囲にはなんとも言えない甘い香りが漂い出す。これに反応を示すのは、やはり子供や、女性が多いようだ。
真っ先に買いに来たのは、十歳位の女の子を連れた家族連れだった。
子供にせがまれつつ、奥さんの分と一緒に買ってくれる。包装は実験制作中の紙を使っている。まだまだ雑な作りで、小さな穴が空いていたりして字を書くのは難しいが、包装紙として使うには十分なレベルに達していた。
女の子は、渡されたクレープの上に乗ったホイップクリームを不思議そうに眺めてからペロッと舐め、キョトンとした顔をした。
「お父さん!!! これ凄い! すごく甘~い」
少女は驚きを隠せないように目を見開き、父親に訴えている。母親の方も、その言葉を確認するようにクリームを舐め、驚きに目を丸くしている。父親も確認するように母親の分を舐めてから、驚いていた。
その様子を見ていた、十四歳前後の三人組の少女達が次の注文者となり、それからひっきりなしに女性と、子供を連れた家族連れが訪れるようになっていった。
販売が軌道に乗った俺たちは、二時間ぐらいで交代を入れつつ、延々と売り続けた。
生地が無くなれば追加を作り、その合間には焼きそばを作って売った。途中でその日の分と予定していた材料を使い切り、翌日分にまで突入する。
販売が終了したのは、日が沈んでバザーが終了となった午後七時ぐらいであった。さすがに全員が疲れ切った顔をしている。
「予想はしていたが、これが明日も続くとなると嫌になりますね」
俺は、夕食の為に集まったメンバーの前でつい愚痴ってしまった。
「てめぇの発案じゃねぇーか、大方予想してたんだろう?」
「まあ、そうですけど。頭で解っていても、実際やるとなると体が付いて来ないもんだなと」
「俺より二十も若いくせに、軟弱な野郎だな。シャキッとしろ! シャキッと!」
「そう言われてもなあ」
そんなやりとりをしつつ、俺が頭をかいていたときだった。
「オウ、コラ、出てコイヤァァァ」
突然外から、ドスのきいた大声が響き渡った。どうやらこのテントのすぐ外のようである。
その声に、なぜか全員の目が俺に集中する。その目には「今度は、何やらかしたんだこの人は?」という意思が込められているように感じた。まあ、残念ながら心当たりが無いでは無い。昼間のくじ引き屋の件に、違いないだろう。俺は立ち上がって、テントの外に出た。
「オイ、コイツか?」
俺が出るなり、確認する声が上がる。
どうやら声の主は、テントの前に仁王立ちする大男のもので、周囲は四人の男達が取り囲んでいる。その中の一人は、予想通り、くじ引き屋の強面親父だった。
(助けてやったのに、お礼参りとは何処まで腐った野郎だ)
俺は、追い込んだのも自分なのを忘れて、思い切り腹を立てる。俺が強烈な眼光で睨み付けると、強面親父は申し訳なさそうに頭をぺこりと下げた。その様子からは、俺に対する申し訳なさが感じられる。どうやら本人の意思では無いらしい。
「お前が、俺の子分をヒデェ目に遭わせた野郎だな、こんなことをしでかして、ただで済むと思ってんじゃねえだろうな。アアン?」
大男は、二メートル近いであろうその巨体を活かして、威圧的に脅しを掛けてくる。腕も足も丸太のように太く、流石にあの腕で殴られて、無事に済むとは思えない。背中を冷や汗が滴る。
(くっそ、魔法の習得を優先しておけば、何らかの対抗手段があったかもしれないのに)
俺は臍を噛む思いだったが、今となっては、「時既に遅し」である。この上は、彼らの要求を聞き出し、出来れば金で解決を探るべきかと思案した。
だが、俺を救ったのは、テントの中から出てきたマルセロであった。
「どっかで聞いた声だと思ったら『泣き虫ペドロ』じゃねえか、元気そうだなおい」
「・・・・・・!」
(誰が『泣き虫ペドロ』だって?)
その場を沈黙が覆う中、マルセロは恐れ気も無く大男に近づく。挙げ句の果てには、二の腕をバンバン叩き始める。
「いつの間にかでっかくなりやがって、親父さんは元気かオイ!」
その様子で、誰が該当者なのかその場の全員が思い知る。俺は思わず吹き出しそうになるが、相手の様子はそれどころでは無いようだ。
「マ、マ、マルセロの旦那じゃねえですか! もしかして、こちらの御仁は旦那のお知り合いで?」
「ん? ああ、ウートの奴が、又なんかやらかしたのか? すまねえな、俺の顔に免じて許してやってくれねえか」
その言葉に、全員が一斉に顔を青くする。
「滅相もねえ、こちらこそ知らねぇ事とは言え、すいませんでした。この事が親分に知られたら、俺たちゃ全員あの世行きです。後生ですから内密にお願いしやす」
ペドロ達は、今にも地面にひれ伏しそうな勢いだ。
「何やったか知らねぇが、どうせコイツが余計なことしたんだろうし、気にするこたぁねぇよ。親父さんにはよろしく言っといてくれや」
「勿論です。必ず伝えやす」
大男とその取り巻き達は、逃げるようにその場を立ち去っていった。
「誰なんです? 奴ら」
俺は、あっけにとられてマルセロに問いかける。
「ああ、この街の裏を取り仕切ってる、ギッチェ親分の取り巻き達だな。親分とは飲み友達でな、この街に製品を卸に来ては、飲み歩いてた仲だ。それよりなにやらかしたんだ?」
今度は俺が問われ、マルセロに経緯を説明する。
「お前なあ、少しは後先考えて行動しろよ。あんな小物を虐めて、何の得があるんだ、お前に。才能を無駄遣いするんじゃねぇよ」
「別に虐めるつもりは無くてですねえ、欲しい景品があったので、交渉しただけですよ。なるべく穏便にしたつもりなんですがねえ、でも助かりました。ありがとうございます」
「おう、恩に着ろよ。お前に恩を売れるなら、あれぐらい安いもんだからな。爺の人脈なめんじゃねぇぜ」
マルセロはそう言いながら、先にテントに戻っていく。俺も後を追ってテントの中に入る。
テントの中の入口付近には、ユーリエが心配そうな顔で立っており、どうやら心配を掛けてしまったらしいと知る。
「心配掛けた、平気だから」
俺はユーリエに歩み寄ると、右手で彼女の頬を撫でるようにしながら頭の後ろまで回し、そのまま引き寄せて抱きしめる。ユーリエは俺の胸に顔を押し当てて、安心したようにその軽やかな体重を預けてきた。
「そう言えば、買い物の成果を聞かないとな」
その言葉に、腕の中のユーリエがビクッと体を震わせた。
「その、時間が足りなくて、ホントにあれで良かったのか、わからないんです」
自身なさげに答えるが、ちゃんと考えてお金を使ったのならそれだけで課題はクリアしたようなものだ。
彼女に案内されて、購入したものが置いてある一角に歩いていく。ユーリエは、買ったものを次々と説明してくれる。生活必需品であったり、シーツや下着を縫うのに使う上質なリネン類、上着用の布やボタン、針や糸の類い。主婦視点での品物が並んでいる。以外と実用重視で、遊びの無い買い物のようだ。
「あと、銀貨十五枚も残って、時間も無かったので衝動買いしたんですけど・・・・・・。」
そう言って彼女が出してきたのは、真っ黒なつば広の魔術師の帽子と、紫紺を基調としたシックなマントだった。
「魔術師の杖とか本とかお持ちだったので、こういうのお好きなのかと思って買――」
俺は、それ以上言う暇を与えず、感激のあまりユーリエを抱きしめた。さっきより激しく強い抱擁に、ユーリエは硬直し顔を赤くしている。
「あなた、皆が見てますから・・・・・・」
恥ずかしがるユーリエをやっとの事で離してやり、もう一度帽子とマントを見る。
「凄い好みだ。特にマントが格好いいな。良くこんなの見つけられたな」
「古着屋さんで見つけたんです。喜んでくれて良かった」
色々な意味で、ユーリエの買い物には百点を上げなければならないようだ。俺は受け取った帽子とマントを早速着け、魔術師の杖も持って、格好付けてみたりする。気分は魔術師さながらである。
(コスプレとか、今まで全く興味なかったけど、初めてやる人の気持ちがわかった気がするな)
俺はそんな感想を抱いて、何度も自分の格好を見直したりしていた。
「そうそう、俺もお土産があるんだった。と言ってもミリィ用だけどな」
俺は本日の戦利品の中から、くじ引き屋で手に入れた熊の縫いぐるみを取りだして、ユーリエに手渡した。
「可愛い・・・・・・」
ユーリエはその熊の縫いぐるみを見て、懐かしそうな顔をしている。
「私も、昔両親に買って貰った熊の縫いぐるみがあって、大事にしていたのを思い出します」
そう言って、熊のぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
「なんなら、ユーリエが貰ってもいいぞ?」
「もう、私はそんなに子供じゃありません」
気にいった様子なのを見て俺がそういうと、頬を膨らませて抗議してくる。そのしぐさが逆に子供っぽくて、また可愛いのだ。これが。
俺たちはそうやってしばらくじゃれ合っていたが、周りから送られてくる生暖かい視線に気がついて、俺は荷物の整理をする振りをして、ユーリエはミリィの世話に戻って誤魔化した。
冷静に考えると、昔の俺が他人視点でこれを見たら「このバカップルが! リア充爆発して砕け散れ!!!」と思うだろうから、自重せねばならない。モテない男の嫉妬心には誰よりも覚えがあったからな。まあ、過去形だがな!
俺はかたづける振りから一転して、今日の戦利品やユーリエからもらった帽子とマントを自分の荷物として大事に保管する。
(そう言えば、家族以外の女性からプレゼントを貰ったのって、あの時以来かな・・・・・・)
今も胸に残る、トラウマ級の出来事が思い出される。
(確か小学校四年生だったな、学校一の美少女と名高い奈々ちゃんに、二月十四日に小さなチョコレート貰って以来だな・・・・・・)
それを貰った俺が、どういう気持ちだったか問われれば、当然嬉しかったに決まっている。
だが、大きな袋の中に小さく包装されてスーパーなどで売られているチョコレートが、本命などではない事は、さすがによくわかっていた。それでも嬉しいものは嬉しいのである。
その嬉しい気持ちを与えてくれたその子に、お礼をしたいと考えた当時の俺はどこか間違っていたのだろうか? 「可愛い顔して人気取りとはあざとい女だな!」とか思うほど、その当時の俺は擦れていなかった。
だからホワイトデーのお返しとして、近くのデパートで開催されていたホワイトデーお返しキャンペーンの中から、綺麗に包装されて透明な星形のプラスチックケースに入った”それ” を彼女にぴったりだなと、考えて贈ったのだ。
「これ、この前のお返し」
俺は何も考えず、当日の朝、教室で友達と談笑していた彼女に気軽に“それ”を差し出した。
それに一番に反応したのは、彼女ではなく彼女の友達の一人だった。
「え? 奈々ってば、多田野くんの事が好きだったの?」
「”お返し”に”キャンディ”って、そういう事なの?」
「嘘~! 信じられない。意外な趣味してるね、奈々ちゃんてば」
その後は、ハチの巣をつついたような騒ぎに教室が包まれる。俺は呆然とし、彼女は否定しようとオロオロするが、全員がヤジを飛ばしたり、囃し立てたりする中では全く効果がない。
ついには泣き出して、教室がますます騒然としていく中、俺は騒ぎを聞きつけた先生に引っ張っていかれて、こっぴどく叱られる羽目になる。
そしてそれ以来、小学校を卒業するまでの二年間の間、俺は彼女に避けられ続け、女子からは白い目で見られることになった。
まさか、ホワイトデーのお返しのお菓子にあんな意味が込められているとは、知らない事は恐ろしいことだと実感させられて、今に至る。
ちなみに奈々ちゃんとは、中学時代に別々の学校になったが、その後街で偶然出会って、その時に謝罪して和解している。おかげで、ほろ苦い子供時代の思い出として整理することが出来ていた。
(あれ以来、か。)
俺は荷物整理を完了すると共に、過去の記憶を振り払って立ち上がる。それから、その日の売り上げを全員で手分けして整理にかかった。
お好み焼きと焼きそばの売り上げが銅貨二千四百枚(二十四万円)相当、クレープが銅貨三百四十枚(三万四千円)相当ある。クレープは赤字だが、お好み焼きの方は利益率が五十パーセント位なので、銅貨千二百枚(十二万円)の儲けであり、頭割りしたとしても一人頭が銅貨八十五枚(八千五百円)となれば、一日の売り上げとしては十分に思える。
(材料をほぼ半分使ってこれだと、結局のところ大赤字だな。十四人の七日分の人件費だと、人件費を一人頭一日銅貨五十枚だとしても、銅貨約五千枚だからなあ。往復四日の遠征費がやっぱり大きすぎる。しかし、これ以上価格上げるのも暴利に思えるし、お祭りだし、街の宣伝だから仕方がないと割り切るべきかな)
俺はそんな風に売り上げを総括すると、その日の売り上げをチェストに仕舞い込み、鍵をかけて、その後は寝るまでのんびりと過ごしたのだった。




