とある魔法の入手事情
『ベニッツガラス工房』を招致した事による混乱は、一応の落ち着きを見ていた。
幸いにも、この街を去った『ベニッツガラス工房』の一行が戻ってくる事はなかったし、フォルケル達は『町会』に用意して貰った空き家において、一旦落ち着いた生活を送り始めているようである。
彼らに働いて貰うための工房と住居も、メルケル一家及び木工ギルドの助けを借りて急ピッチで建築中である。
場所はギリドの住居からほど近いところで、これは二つの工房間で素材の調達を共通化する計画を俺が立てたためだ。例えば、石炭等はギリドの入手ルートを利用させて貰い、大量購入をする事で値引き交渉をしやすくする計画を立てていた。
工房の完成には一月ほどかかる予定で、それまではのんびり待つしか俺に出来る事は無い。そして、のんびり待つと言っても、それまでの時を無為に過ごすような真似をするつもりも無かった。
俺は、直近の目標としてあるイベントに目標を定めており、その事を『町会』メンバーと相談する事にした。
いつもの如く、酒場にたむろっている『町会』メンバーを集めて、それを宣言する。
「ルーデンブルグのお祭りに参加しようと思います」
俺の唐突な宣言に、『町会』メンバー達は怪訝な顔を見合わせる。わざわざ宣言する意味が解らないと言った風だ。
「ルーデンブルグのお祭りは六月一日から三日間開催されるそうですが、そこに『ジルとハンナ』の出張店舗を出して、この街の宣伝をするんですよ」
俺は彼らに興味をもってもらうために、計画の全体像をプレゼンしていくことにした。
「今この街は、様々な事業に取り組んでいますが、その多くが本業と兼務しているのが現状です。余力が有るうちは良いのですが、やがてそれも無くなっていくでしょう。そうなる前に新たな住民の移住を進め、労働力の確保を図る必要があります」
俺は『町会』メンバーの顔を見渡して、自分の言葉が浸透したか確認していく。
この町の発展は、この場に居るメンバー全ての願いでもあるので、特段疑問や反論は見られない。
「ルーデンブルグはこの辺りでは一番大きな都市です。この街と違って余剰の人員も多いでしょうから、そこで街の宣伝をして興味を持ってもらい、徒弟の勧誘や移住者の募集をします。お祭りの時期を狙うのは、ルーデンブルグの住人だけで無くお祭りに来る周辺の住民や王国各地から集ってくる商人達へもアピール出来るからです」
俺は一旦言葉を切り、エールで喉を潤す。
「皆さんにお願いしたいのは、徒弟の勧誘を主導する事や、移住希望者のための住居の余剰調査です。受け入れ体制が無ければ、逆に反感を買ってしまうでしょうから」
「住居の余剰なら、街全体で大体十軒ほどかの。北地区なら住宅敷地にもまだ余裕があるから一月もあれば、二軒ずつ増やせるぞ」
「木工ギルドの徒弟を受け入れる余力は五人ぐらいかな、その他街全体を合わせると十人と言ったところか」
「それぞれ正確な人数を、調べてから報告して下さい。それから――」
俺たちは次々と打ち合わせをして、必要な事項を決めていく。殆ど俺が発案し計画を立てたものを、『町会』メンバーが検証し実行に移していく。彼らは無理なものは無理と教えてくれるし、俺の頭でっかちな理論先行の案を、実行可能な形に整えてくれるので、俺は思いっきり発案と計画に専念できる。議論を重ね、気が付けばいい感じに案が纏まっている事が常だった。
「それから、ルーデンブルグで出す屋台について、現地でホットプレートを二台使いたいんですが、その準備もお願いします」
「随分と大がかりだな」
「まあ、見ていて下さい。お祭りで一番注目を集めて見せますよ」
俺は自信満々に宣言してみせる。
「そいつは楽しみだ」
マルセロはニヤリと笑い、『町会』メンバーも同様の反応を返す。この結束の強さが、この街の強みでもある。
「そうそう、メルケルさん。ホットプレートを現地に作りに来る若い徒弟さん達を借りてもいいですかね? 現地で自分一人では休む時間も無くなりますから、出来れば代わりを務められるぐらいに練習して貰って、当日は手当も出しますから」
俺は、ある隠れた目的のためにフリーな時間を必要としていたので、それを作り出すための根回しも忘れずに行っておく。
「ああ、かまわねぇよ。若い奴らで、席の取り合いになりそうだがな」
メルケルは気安く承諾してくれる。
「ありがとうございます。では、皆さん準備の方をお願いします」
俺は着々と計画を練り、準備に取りかかっていった。
それから、お祭りへの出発日である五月二十八日までの間は、酒場の営業とお祭りへの出店準備、それに参加するメンバーの調理特訓に費やされた。
ちなみにそのメンバーの中には、ハンナが選抜した四人の少女が加わっている。これは男性陣が担当する鉄板焼きメニューの他に、女性陣に甘味を担当してもらうために俺が頼んだもので、担当してもらう甘味 は『クレープ』である。
生地自体を薄く焼くのにコツが居るため、彼女たちは店の空いた時間に俺の指導の下で特訓を繰り返してもらった。そして、練習で発生した大量の『クレープ』は、試食の名の下に街の子供達や女性に配られ、大いに喜ばれることとなった。これが地味な還元策となり、酒場の評判を上げるのに一役買っているのは言うまでもない。
一方で、男性陣にも練習を積んでもらう。こちらは夜営業のピーク時間を終了した後、仕事を終えてきた彼らに練習で作ってもらう。ちなみに、メニューはお好み焼きとやきそばの二種類である。比較的簡単なメニューなので、何度か練習するだけで問題無く習得でき、味も悪く無かった。これで売店の準備はほぼ整った形だった。
出発当日の朝、集まってきた彼ら及び彼女達の顔は喜びに満ちあふれている。滅多に参加する事の出来ないルーデンブルグのお祭りに参加出来る上、仕事として給与も出るし、休憩時間にはお祭りを見物する許可を与えているから、彼らのモチベーションは高かった。
ルーデンブルグへの移動には、馬車を三台用意し、そのうちの一台は、木工ギルドから大型の荷馬車を出してもらうため、オットーさんに御者をお願いした。荷物の大半はこの馬車に積む。
残りの二台のうちの一台が俺とハンナ、ユーリエとミリィ、そして『町会』メンバーのマルセロとメルケルが使用し、もう一台はメルケル一家の徒弟が中心となって若手のメンバーが使用する事になった。俺たちは手分けして、用意された荷物を積んでいった。
(ホットプレート用資材一式、燃料、宿泊用テント二張り、食材一式・・・・・・)
俺は積み残しが無いか入念なチェックを行う。準備した荷物はかなりの量で、さすがの輓馬も迷惑そうに見えた。
(問題なしだな、ヨシ! 出発するか)
チェックを終えて、問題無い事を確認した俺は集まったメンバーに声を掛けた。
「じゃあ出発するぞ、忘れ物は大丈夫だな?」
俺が確認すると、それぞれから問題無いとの返事がなされ、俺たちは馬車に乗り込んだ。メセルブルグからルーデンブルグまでは、馬車で二日の旅である。
俺にとっては苦い思い出の残る道程だが、以前とは逆に街道を辿っていった。
馬車は若者チームを先頭に、二番手が俺達の乗る馬車、最後がオットーさんが操る木工ギルドの大型馬車である。
先頭を行く若者チームの馬車からは、時折歌声が響いたり、歓声や笑い声が聞こえたりと賑やかだ。滅多に出来ない小旅行を満喫している様子である。
「若者はいいねえ」
俺は馬車を操縦しながら、思わず呟いていた。
「なに、年寄りみたいな口聞いてやがんだ、十年早いぞ!」
それを聞きつけたマルセロにどやされる。
「いやあ、さすがに彼らに比べると自分の歳を自覚してしまいますからね」
「ふん! いいか、男の魅力は四十超えてから現れるもんなんだ。それまでは必死で自分を磨き続けるもんなんだよ。まだまだ、振り返って黄昏れるような歳じゃ無いぞ」
「そうですね、精進しましょう」
俺は、マルセロの剣幕に肩をすくめて答えながら、同時にどこか危機感に近いものを覚えていた。自分が現状に満足し始めているのではないかという危機感だ。それを、マルセロの言葉で、自覚的に思い至ったのだ。
俺は元来、自分をどちらかと言えば無欲な人間だと思っていた。贅沢な暮らしを望んだ事はないし、生きていく上で必要最低限のものが有ればいいと考えていたわけだ。
しかし、どうやらそれは気のせいだったらしく、今までそうと気付けていなかっただけだったらしい。環境が整いすぎ、強く望まなくても満たされていたのだから、欲する事を欲だとすら認識していなかったのかもしれない。
だがこの世界に来て、自分が求める住環境に対する欲求の高さを自覚し、それを実現していくごとに得られる満足感を自覚するにつれ、否応なしに自身の欲を再認識しはじめていた。
人間にとって、強欲すぎるのは問題かも知れない。だが、反対に無欲過ぎるのも問題なのだろう。現状に満足してしまえば、新たな改善への意欲も失ってしまうのだから。
それだというのに、最近の自分は安定した職と住みよい住環境を手に入れたうえに、以前は望んでも手に入らない、という諦念の元に諦めていた最良の伴侶まで得て、現状に満足し始めていたのでは無いだろうか。だからこそ自分より生きる事への意欲が高そうな若者達を見て、どこか上から目線で、のんきな台詞を吐いてしまったのでは無いだろうか?
(マルセロさんの言うとおりだな。まだまだ黄昏れてる場合じゃ無いし、気を引き締め直すとしよう)
俺は自身に気合いを入れつつ、手綱を握り直した。馬車は軽快に進んでいる。
久々の馬車だったが、やはり馬が賢明に歩く姿を見るのは心が和む景色である。カッポカッポとリズミカルに響く足音も耳に心地よい。
季節は六月を目前に控え、季候は暖かくさわやかだ。周囲の草原をそよ風がそっと揺らし、日差しに火照る頬を撫でて心地よい感触を残して行く。
太陽は中天にさしかかっており、そろそろ昼食の時間だろう。早い時間に出発していたので、かなり空腹を覚え始めていた。
丁度その時、先頭の馬車が道を逸れて馬車を止める気配を見せ、出発前に打ち合わせていた休憩場所に着いた事を知った。
俺も馬車を慎重に操作し、先頭の馬車の後ろに導いていく。やはり馬は賢い生き物なのだろう、俺が示す気配を敏感に察して、大した指示もしていないにもかかわらず、ぴたっと目指す位置に納まった。決して自分の力では無いのだが、なんだか自分が上手くなったように錯覚するほど見事な動きだった。
「昼食にするようです。しばらく休憩しましょう」
俺は後ろにも声を掛けて、御者席を降り、馬の世話をするため装具を外していく。メルケル一家の徒弟であり、今回のメンバーの一人であるハッセが馬を引き取りに来て、世話をするために連れて行く。この馬は彼らが世話をしている馬なので、人任せにしたくないのだろう。俺もそこは弁えて、素直に任せる事にした。
若手男性メンバーが、手早く周辺から石を集めて竈を作成し、ハンナを中心に女性陣が昼食の準備を整えていく。ハンナに調理を任せるのは心臓に悪い気がしたが、今日はハンナ自慢の薬草類は所持していないはずである。それでも心配ではあったので、ユーリエにはそれとなく話を通してある。
その甲斐あり、出てきたのは普通のスープと、ハムサンドだったので胸をなで下ろす。
このハムサンドについては、俺が適当に広めたレシピを元に、メセルブルグでは当たり前のようにどの家庭でも食されるようになってきており、レシピについても各家庭においてアレンジが成されているようだ。
そして、ハムサンドだけでは無く、様々な調理法や料理をメセルブルグの人々は積極的に取り入れ、今、街は空前の調理ブームに沸いている。既に事態は俺の手を離れ始めており、俺の知らないこの世界の料理や食材と合わさって、やがてこの世界へと伝播していく事になるのでは無いかと予感させる。
(やはり人間は新たな知識を得る事によって、様々な発想を得て更なる知識へと昇華させていく生き物なのだ)
俺はそんな風に考え、どこか他人事のように事態を傍観し、楽しんでいたのであった。
そんな事を考えていると、料理を配り終えたユーリエが背負っていたミリィを降ろそうとしていたので、それを手伝ってミリィを預かる。そのままミリィを膝に抱えてあやしていると、マルセロが傍にやってきた。
「ウート、顔に似合わず子守がうめえじゃねえかよ」
「顔に似合わずは余計ですよ。まあ、俺は子供好きですからね、子供は純粋で接していると癒やされますから」
からかいに来たであろうマルセロに、俺はすましてそう答える。
「子供を嫌う男は多いって言うのに、感心な事じゃねえか」
「辛辣な事を言うようですが、そんな人間は俺に言わせれば『人間失格』の烙印を押されても仕方ないと思いますね」
「おいおい、さすがに言い過ぎじゃ無いか?」
俺の発言にマルセロは目を丸くし、いつの間にか周囲の人々は俺の話に聞き耳を立てていたが、俺はかまわずに言い募った。
「これは単純に、俺が子供好きだから言う訳じゃ有りません。本質的には人間という生物にとって、最重要かつ必要な事だからなんですよ」
俺の話が大きく飛躍した事に、その場の全員が疑問符を浮かべている。
「だってそうじゃないですか? 生物の中で人間ほど成長して、独り立ちする迄に時間のかかる種はいません。人間が一人前になり、自分で生活できる術を身につけるまでは、周囲の人間が守り、育んで行かなければ人間という種は存続できないんですよ。誰にだって子供時代というのはあったはずで、自分もそのおかげで生きて来たにもかかわらず、それを忘れて子供を守れない大人がいるとしたら、そんなものは人間社会に必要の無い存在です。人はいつか老いて死にます。それでも人間の歴史が途絶えないのは、後に残される子や孫にそれを受け継ぐからですよ、人が生きる意味なんて本来それで十分なはずなんです。それにもかかわらず、子供が嫌いとぬかす奴は、一体人間社会で何をしたいんでしょう? 自分の生を謳歌したい、自分のためだけに生きていたい、その為に人間社会を利用しているんだとすれば、それは人間社会に対する『寄生』ですね、『人間失格』すら生温い、人間社会に害をなす人これはもう『害人』と言えばしっくりきますね」
俺の言葉に、辺りはシーンと静まりかえっている。ミリィだけが、時折ウーとかキャーとか笑い声とかを上げているくらいだった。
「まあ、本来こんな理屈を捏ねなくても、まともな人間なら本能で子供を可愛いと思うものなんですけどね」
俺はそう言って話を終え、配られた昼食を食べ始めた。自分でも少し熱くなりすぎたかなと思うが、別に俺はおかしな事を言ったつもりは無く、本当にそう思い信じていた。人間は知らない事に対しては感情で判断をしてしまう。なら正しい知識として子供を大切にする必要性を知り、感情を抑制する術が必要では無いかと考えるからだ。この話を聞けば、感情では嫌いと感じても、理性では必要性を理解し、大半の人間は感情を抑制する事が出来るだろう。俺はそう期待するのである。
俺が昼食に専念し始めたので、聞き入っていた人々も昼食を再開した。せっかくの楽しい気分を台無しにしてしまったのでは無いかと少し反省してしまうが、これは話を振ってきたマルセロが悪いと言う事にした。――完全なる責任転嫁である。
「あなた、ミリィを」
ユーリエが、授乳のためにミリィの元へ来たので、慎重に引き渡す。ミリィは赤子だから軽いに違いないのだが、渡した瞬間に体から重さが一気に抜けたような感覚に襲われる。多分、本来の重さでは無く、一つの命を預かる重さが知らず知らずのうちに緊張をもたらし、ミリィ受け渡した事で緊張から解放されて感じる感覚なのだろう。つまり、常時赤子を預かる母親は、常にこの重圧と緊張を感じているのかも知れない。頭が下がる思いだった。
その後はのんびりと休憩をして、再び出発した。しかし若者チームに先程のようなはしゃいだ雰囲気が感じられない。少し後悔したが、後の祭りである。
俺はルーデンブルグに着くまで、努めて大人しく振る舞い。若者達も翌朝には本来の調子を取り戻していたから、残りの旅は順調に進んでいったのだった。
メセルブルグを出て、二日目の、午後三時頃にルーデンブルグについた。
俺は二度目の訪問となるルーデンブルグの街並を見て、前回とは違った感覚を抱く。田舎に遊びに行った後、久々に都会の雰囲気を味わうような感覚だ。
ルーデンブルグは、この王国で三番目の規模を誇る街で、人口は約十万人程であり王国の西方の中心都市である。
これより西方には、メセルブルグと辺境に程近い幾つかの開拓村があるぐらいだが、北方と南方に比較的規模の大きい貴族の所領が存在し、そこから王国への通商の拠点として栄えている街である。
特定の領主が治めているわけでは無く、王国の直轄領として代官が派遣され、王家に忠誠を誓う千人規模の独立した騎士団と、二千人の王国兵士が駐在している。教会や魔術師教会の支部も有り、周辺最大の都市としての機能を十分に有している。
平たく言えば、メセルブルグの街もこの都市の衛星のような街でしかないのだった。
そして、俺たちが参加する予定のルーデンブルグのお祭りは、正式にはルーデンブルグの聖女アマ―リア聖誕祭と言う長ったらしいもので、都市の規模に応じて盛大に開催される。
しかも今年は、祭りの開催から千回目のミレニアム祭として、盛大に祝う事になっているとのことである。
俺は以前、その素晴らしい造形に惚れて聖女アマ―リアの像を購入したが、この街の教会には、等身大の像が設置されているとの噂を聞きつけたので、必ず見に行こうと心に決めていたりする。
ちなみに、このお祭りは千年続いているわけだが、現在は王国歴二百三十二年であり、王国の起源より遙かに歴史のあるお祭りとなっている。
これはこの地域の人々が、神への信仰に近い気持ちで聖女アマ―リアを崇めてきた結果なのだが、彼女が実在の人物で、生前に成した数々の偉業を聞けば納得のいく話だったりする。
特に、彼女が命を落とす事になった、最後の偉業である邪悪な不死者との死闘は、叙事伝として王国で最も愛され歌い継がれているもので、命を賭して不死者を打倒しただけで無く、最後の力を振り絞って恋人である騎士の命を救う場面が最も名高く、彼女の盛名を永遠のものとした名場面である。お祭りの最中は彼方此方で聖女アマ―リアの偉業をたたえる吟遊詩人達の歌声や、寸劇を見る事が出来る。
そして、この街最大の施設である円形劇場においては、祭りの期間中、王国で最も名高い劇団による叙事伝の上演が行われ、最大の目玉となっている。今回は知ったのが遅かったため残念ながら入場券が手に入らなかったが、もし機会に恵まれたならば、是非とも見てみたいものだと思っている。
ルーデンブルグの街に入った俺たちは、衛士に促されて東門に向かう事になった。その場所は街を通り抜けた反対側である。
バザーの会場は、周辺から集まってくる人々や商人達の数が膨大になる事から、町中では収容しきないため、街の東門を出た平原に広大な区画を区切って割り当て、その場所で開催される。東門を出た先に、巨大なもう一つの街を形成するようなものである。
俺たちは衛士に教えられたとおり、東門を出たところにあるバザーの受付所に行き所定の場所代を払って、バザー開設の手続きを行う。ここまでは滞りなく済んだ。
しかし、俺たちは早めに着いたと思っていたのだが、聞いたところによると最も早い商人達は一週間も前から来ていたそうで、完全に出遅れの部類になっていた。そんな俺たちに割り当てられたのは、比較的奥まった一区画だったのだが、どのみち捌ききれないほどの人が押し寄せると予想できるので、場所に関しては全く気にもせず、その区画を占領すると早速準備に取りかかる事にした。
ちなみに、馬をそのままにしておけないので、オットーさんに面倒を見て貰う事になっており、バザー区画から離れた場所にテントを張る事になっている。そして、時折交代のメンバーを出して、オットーさんにも祭りを見物する時間を提供する事になっているのだった。
俺たちは用意してきたテントを三張り設営し、女性陣用、男性陣用、資材置場兼休憩所として使用する予定にしていた。また、ホットプレート設備はかなり簡略化したものの、それでも手間がかかるので、明日一日掛けて設置する事になる。
そこまで済んだ段階で既に周囲は暗くなってきており、その日は、長旅の疲れもあったので、夕食を済ませると早めに就寝したのだった。
翌朝は、日が昇りきらないうちに目が覚める。これは自分たちで自発的に起きたと言うよりも、祭りの前日を迎え周囲の準備が本格化し始め、そのざわめきが大きかったのが原因である。
しかし、自分たちも、周囲の熱気に煽られるように慌ただしく準備を始める。祭りの準備は今回が二度目になるが、徐々に盛り上がっていく気分が最高に楽しい。今から本番が待ちきれなくなってくるのだ。
これが本番になると、息つく暇も無く、気が付けば終わっているような感じだから、余計に準備の時間が楽しい記憶として残るのかも知れない。
屋台の準備は、予定より早く取りかかりすぎたせいで、かなり早く終わってしまう事になった。だが、何処も祭りの準備に慌ただしく追われているので、見物もままならず喧噪をぼやっと眺めているしか無い。
「すいません、準備も終わりましたので少し用事を済ませてきます。遅くなるかも知れませんが、戻らなかったら夕食を先に済ませて得下さい」
俺はハンナとマルセロにそう伝える。
「何処に行くつもりなんだ?」
マルセロは訝しげに俺を見て聞いてくる。
「教会にちょっと見物に行った後、魔術師協会に行って人に会ってきます。ゴードンに頼んで手配してもらったんですが、時間のあるうちに済ませておこうかと思いまして、明日から忙しくなるでしょうし」
俺がゴードンの名を出したので、マルセロは一応納得したようだった。
「解った、夜遊びして嬢ちゃん泣かすような真似するんじゃね~ぞ」
「しませんよ!!! 何てこと言うんですか、まったく誤解されたらどうするんです!」
マルセロの言葉にユーリエが驚いてこっちを見たので、俺は焦りまくってしまう。
(何てこと言いやがるクソじじいが!)
俺が顔を真っ赤にして怒ったので、マルセロは一目散に逃げ出した。ホントに困った爺さんである。
ユーリエは一瞬困ったような顔をしたが、俺の傍に歩み寄ってきて袖口をちょこんつまみ、上目遣いで言った。
「早く帰ってきて下さいね、あなた」
その仕草は、ハッキリ言ってやばい、やばすぎる、二人きりだったらもう確実に襲っている!
「ああ、もちろん。出来るだけ早く用事を済ませて帰ってくるから、心配しないで待っていてくれ」
俺は欲望を必死に押さえると、ユーリエの頭を軽く撫でた。ユーリエはくすぐったそうな笑顔を見せる。
(あ~やばい、可愛いな。何て可愛い生き物なんだ。もうこの瞬間を味わえただけで、俺の人生に悔いは無いかもしれん)
そう思いつつ、しばらくいちゃついていたが、寝かせていたミリィが泣き出したのを機に、俺は出かけたのだった。
用事を済ませるためにユーリエ達と別れ、ルーデンブルグの街に入った俺は、街の中心部にある教会に向かった。
この世界における『教会』とは、建物の名称であると同時に、その中で暮らす神の信者たる神官達が運営する組織の名前でもある。彼らは己の信仰に基づき、日々を修行に費やしており、組織としての『教会』はその為の互助組織であると言える。
その『教会』について俺が一番驚いたのは、この世界の神官達が信者の勧誘を行わないという点だろう。
勿論、一般人にも信者はいるのだが、それは身内に神官がいるとか、命を神官に助けて貰ったのを機に、神官達が信仰する神への祈りを捧げているといったもので、神官達が積極的に信仰を広めているわけでは無いらしい。
その代わり『教会』が行っているのが平たく言えば営利事業で、怪我や病の治療を有料で実施していたり、学校を経営したりして収入を得ている。
しかしそれは、法術を極めて神の元へと至る――法術の真理を究めれば、神の元へと至る道が開け、そこで神に仕えるのが彼らの望み――という共通の目的を持つ神官達が、生活の糧を得ながら効率よく修行をするための手段の一つにすぎない。
もちろん、『教会』に直接所属せずに在野で活動しながら修行する者も多く、その中には冒険者に混じって修行する者もいる。
彼ら、神に仕える神官が目指すのは、偏に法術の真理を究める事で、その頂は遠く、容易に到達する事は叶わない。
信仰心の高い神官ほど熱心に修行に没頭するため、信者の獲得などに手間を割く余裕は無く、興味も湧かないとの事である。
元の世界の常識からすればあり得ないように感じられるが、この世界の神官達は神の存在を直接感じる事が出来るし、法術を通してその力を行使することが可能なのである。
その意味で、彼らの信仰心は揺るぎない実感を伴うもので、それ故により強固で揺るぎないものとなっているのではないかと俺は見ていた。
そんな事をつらつらと考えながら歩いている内に、目的地である教会に着いた。
その教会は、真っ白な壁に銅が錆びたような青白い色の屋根をした大きな建物で、入り口の両開きの扉は、大きく開け放たれている。聖女を祭るアマ―リア祭の直前だというのに、祭りの準備など何処吹く風の雰囲気で、ここだけが隔絶した空間であるかのようだった。
聖女アマ―リアは『教会』の神官だったと伝えられているから、教会でも盛大に祭られているのかと思ったのだが、どうやらそういうわけでも無いらしかった。
俺は開いているのをいい事に、教会の正面から堂々と入っていく。
ここに来たお目当ては、聖女アマ―リアの等身大の石像で、教会内部の左手の壁際に設置されていると聞いていたのだ。等身大であの造形美を見られると聞いては、見逃す手は無いと、俺は期待を込めて奥に進んでいった。
入り口の扉をくぐると、中は広いホールとなっており、そこへと足を踏み入れる。
この世界の建物にしては高い天井が、広々とした空間を想起させ、採光に工夫を凝らしているのか、室内にしてはかなり明るいと感じる。
壁に遮られることの無い広い空間なので、見渡せば全体を見通すことが出来、お目当ての像もすぐに見つけることができた。
(な、なんだと~)
だが、その像を見た俺は愕然として立ち止まってしまう。
聖女アマ―リアの石像は、確かに等身大の姿で安置されていた。
神々しい雰囲気をたたえ、優しい微笑みを浮かべた表情は聖女の名にふさわしいと言えるであろう。
ただ、俺が期待していたのは、そんなありきたりの像では無い。
俺が市場で買ったあの聖女像のように、美しく豊かな胸や優美な腰のラインと言った、素晴らしいプロポーションの美しい造形美を求めていたのだ。
だというのに、そこに安置されていた像は、体の線を隠す神官風のローブを纏っており、あの美しい胸の形すら明確になっていないのだ――かろうじて片鱗は窺わせているが。
俺に言わせれば、これはとんでもない駄作である。
(期待してきたのに、なんてこった。だけど、聖女をモチーフにしたにしては、あの像は扇情的すぎる気はしていたんだよ。やっぱり、あの像の制作者が特殊な趣味だったんだろうか?)
俺が聞いた叙事詩では、聖女アマーリアの細やかな身体的特徴などは歌われておらず、その美貌が「千年に一度花咲く聖花の如し」と謳われていたのみである。だから、本人をモデルにしたとされる、古い時代の等身大の像を見るのを楽しみにしていたのだが、どうやら期待外れに終わってしまったようである。
(まあ、いいさ。俺にとってはあの像こそが本物という事にしよう。その方が、夢があるし妄想もはかどるってものだぜ)
戦国時代の武将達すら女人化してしまう妄想全開の世界から来た俺である、そこで湯水のごとくコンテンツを消費してきた俺にとって、この世界は娯楽が少なすぎると言える。
毎日の忙しさと、ユーリエのおかげで幾分ましになっているとは言えども、生来身についた飽くなき妄想への探究心は無くなってはいない。
この娯楽の少ない世界でも、貪欲に対象を見つけ出し、鍛えられた妄想力で脳内補完すれば、聖女を語る叙事詩も立派なラノベに早変わりする。
そして、ラノベに登場する主人公としての聖女なら、俺の持つ像の方がよっぽどふさわしい造形美を持っているのだ。
(この像は、見なかった事にしよう)
俺はそう結論づけて、教会を後にする。俺の用件はこれだけでは無いのだ。次に向かうのは、この街にある魔術師協会のルーデンブルグ支部である。
魔術師協会と言えば、魔法使いの巣窟である。
きっと、おどろおどろしい外見をした建物なのだろうと、様々に想像を巡らせる。聖女アマーリアの像には肩すかしを食らった気分なので、口直しにとばかりに、俺の心のハードルは勝手にぐんぐん上昇中である。
だが、またしても俺は肩すかしを食らうことになる。
たどり着いたルーデンブルグの魔術師協会は、これと言って特徴の無い、三階建ての石造りの建物で周囲の建物に完全に溶け込んでいる。
正面にぶら下がっている魔方陣を模した大きな看板が無ければ、危うく気づかずに通り過ぎるところだった。
(なんというか、お約束って大事だと思うんだけどなあ)
俺は、この世界のサービス精神の無さに落胆しながらも、その建物の正面玄関に至る三段ほどのステップを上がり、扉を開いて中に入った。
入った先は、殺風景な開けた部屋で、どうやらロビーと言うことらしい。ロビーはがらんとしており、右手には待合用らしい長椅子が、二脚平行に奥を向けて並べてある。右手と左手に、それぞれドアが設置されており、その他には、正面に受付らしいカウンターがコの字に設置されているだけだった。
ロビーに人の姿は無く、入っても声も掛けられなかったので、無人なのかと疑ったが、すぐにそうで無い事に気がついた。
正面のカウンターに、受付らしい人物がちゃんと座っているのが目に入ったのだ。
その受付らしい人物は、魔術師が被るつば広の帽子を被った二十代後半ぐらいの女性で、暗い表情をしながら、手元の羽ペンを羊皮紙らしき紙に懸命に走らせている。
俺がカウンターの側に近づいても、全く作業を止める気配を見せず、一心不乱と言っていい様子で書き続けていて、受付としては全く役に立っていないと言っていい。
普通なら怒り出してもいい場面だが、俺はその圧倒的な集中力に悪戯心が刺激され、女性の正面に立ちカウンターに頬杖をついて観察していた。
(どれくらいで気づくんだろう?)
俺が見始めてから五分ぐらい経った頃、女性は羊皮紙の最後まで文章を書き終えたのか、それを眼前に持ち上げ読み返している。やがてチェックに満足したのか、羊皮紙を机の上に戻すタイミングで俺とバッチリ目が合った。
「ヒッ」
女性は声にならない叫びを上げると、体ごと飛びすさったのか、椅子の背もたれに体をぶつけるようにして、そのまま後ろに倒れ込んでいった。
ガッターン
椅子の倒れる盛大な音が辺りに響き渡る。
俺はあまりにも意外な結末に驚いて、口を大きく開けたまま倒れた女性の姿を呆然と見ていた。
その音に気づいたのだろう、左手の扉が奥から開いて十三歳ぐらいの少年が姿を現した。
「クロジンデさんどうかし――」
入ってくるなり少年は俺の姿に気が付き、椅子ごと倒れたクロジンデと呼ばれた女性と俺を交互に見比べる。
「もしかして、お客様ですか?」
少年は倒れているクロジンデを無視することにしたようだ。その決断の早さに、慣れたものを感じてしまうのはどう言うことだろうか?
「ああ、ヤン氏と待ち合わせをしているんだが」
俺は、落ち着いた対応を見せるその少年につられて、魔術師協会を訪問した目的を告げる。
「はい、お聞きしています。今御案内しますね」
少年は落ち着いた物腰で俺に話しかけているが、俺はクロジンデが倒れたままなのが、気になってしょうが無い。仕方ないので、少年に聞くことにする。
「助けなくてもいいのか?」
「ああ、良くあることなので放っておいて構いません。自分のことに夢中になってお客さんに気が付かず、話しかけられたのに驚いて失神したってところでしょ? 今月で三回目です。もう放っておきましょう」
少年は、達観した表情でそう告げると、俺を右手の扉に案内する。
部外者である俺は、そう言われてしまうと手を貸すことも出来無いので、少年に案内されるまま、後に続く事にした。
少年の後に付いていくと、右手の扉の先は廊下になっており、通路を突き当たって左に折れたところで階段が姿を現した。
這って登るような急な階段を上ると再び廊下に出て、そこを左に曲がった先に二つの扉がある。少年は手前側の扉を開けると、俺を中に案内した。
「すぐに呼んで参りますので、こちらで少々お待ち下さい」
部屋の中には、簡素な応接セットが有り、少年はソファーを指し示して丁寧に頭を下げてから、部屋を出て扉を閉めた。
俺は遠慮無くソファーに向かい、腰を下ろす。ソファーは布張りで、クッションは硬く、実用一点張りの製品である。
建物や、こういった調度品を見ても、どうやら魔術師協会は効率重視の運営を行っているようだ。
個人的にも、華美であったり、重厚感があったりする雰囲気は苦手だったので、俺としては余り緊張せずに済む点は好印象である。
俺は今の内にと、持ってきていた肩掛けの小さな鞄から『片眼鏡』の入った箱を取り出し、中身を取り出して装着する。
それは、特に用心のためにではなく、純粋な興味本位で、と言うのが正しい。魔術師達の付けている装備がどういった物なのか興味が有り、また、魔法の力を視る事が出来るので、魔法使いである相手に魔法を使用して貰い、それがどう見えるのか確認しようとの魂胆があるだけである。
それ程待つことも無く、扉が開いて懐かしい人物が姿を見せる。
俺がこの世界で初めて出会った人物のうちの一人で、宮廷魔術師のヤン・コオロンその人である。
「お久しぶりです。カMUイ殿、お待たせして申し訳ありません」
「ああ、久しぶり。今日は遠いところ、無理を言ってすまないな」
俺はヤンの挨拶に、こちらも当たり障りの無い挨拶を返す。
だが、言葉とは違って、俺は言いようのない不快感に自身の表情が曇るのを自覚していた。
(お互い様と言ってしまえばそうなのかも知れないが、こうもあからさまに魔法を使われているのを視るのは気分のいいものではないな)
俺の『片眼鏡』を通した視界には、ヤンがなんらかの魔法を行使し、こちらに向けているのがハッキリと見えている。それは人の心にズケズケと土足で分け入るような、無遠慮な透明の視線という感じの力で、無遠慮に俺の体を這い回り、それが俺をどうしようも無く不快にさせる。
しかし、自分自身も『片眼鏡』を通して相手を探ろうとしていたのだから、それを責める資格を問われれば、無いと言わざるを得なかった。
(しかし、このままでは落ち着いて話をするどころでは無いな。さっさと取引を済ませて、別れる方がいいか)
押し寄せる不快感にそう判断した俺は、いきなり本題を切り出すことにした。
「早速で済まないが、頼んだ物を用意して貰えたか?」
「え? ええ」
ヤンは席に着くまもなく俺に問われて、慌てたように脇に抱えていた幾つかの品物を俺に差し出した。
俺はそれを受け取ると、『片眼鏡』で素早く確認する。
――名称:魔術師の杖 効果:なし 説明:魔術師達が好んで使用する杖
――名称:呪文書 効果:なし 説明:初級から中級序盤までの主要な魔術が記載された書物
確かに、俺がゴードンを通して依頼した品に間違いは無いようだ。
「間違いないみたいだな。じゃあ、代金はゴードンを通して請求してくれ」
俺は呪文書を鞄に収め、杖を握りしめると早々にその場を立ち去ろうとした。
「お、お待ち下さい」
ヤンは狼狽えた表情で、俺の前に立ちふさがる。
「何か、ご不快でしたでしょうか? いきなり呼び出されて、品物を受け渡すだけでは来た甲斐が無いというものではありませんか」
「なら、今すぐ使っている魔法を解除しろ。さっきから不快で叶わん」
俺の言葉にヤンは驚愕の眼差しで、血相を変える。心当たりがあるのだろうし、俺に見抜かれたことに驚いているようだった。
「・・・・・・」
ヤンの様子からその気が無いと判断した俺は、そのまま扉に向かい歩き出す。その姿にハッとなったヤンだったが、とっさの判断が苦手なのは相変わらずのようで、俺を止めるまでには至らなかった。
そのまま立ち去っても良かったが、自身の傍若無人な振る舞いに少しはフォローを入れる必要性を感じた。
「次に俺に会うときは、その不快な魔法を外してこい。じゃあな」
そう告げると、足早に魔術師協会を後にする。
街の北側にある魔術師協会の建物から、テントのある東口に戻りながら、俺は予定外の事態に臍を噛む思いだった。本来であれば、ヤンに初級魔術のレクチャーまで依頼する予定だったのだ。
(予定は狂ってしまったが、あの不快感には耐えがたいものがあったから仕方が無い。取りあえず、自力でなんとかしてみよう。そもそも、よく考えるとヤンの奴が師匠というのも納得しがたいものがあるしな)
俺は、慌ただしく祭りの準備が続く街の中を、足早にテントに向けて歩き続けた。
テントに戻った俺を、真っ先に迎えてくれたのはユーリエだった。マルセロがあんなことを言ったから、やはり内心では心配していたのかも知れない。
「ただいま、何か変わったことは無かったか」
「おかえりなさい、いいえ特に何も」
挨拶を交わしつつ、休憩所として利用しているテントに並んで入る。テントの中には若手以外の、ハンナとマルセロにメルケルがそろってお茶を飲んでいた。
「お早いお帰りじゃ無いかよ、ウート。もう用事は済んだのか?」
マルセロが、中に入ってきた俺を目聡く見つけて絡んでくる。だが、俺が手にした魔術師の杖を見ると、途端に怪訝な顔をしてそれを見つめている。
「ええ、教会を見物した後、こいつを貰って来ただけですから」
「貰ってきたって・・・・・・、自分用にか? お前、魔術師だったのか?」
三人は、初耳だというような表情で俺を見ているが、それもそのはずである。未だかつてそんな事実はなかったのだから。
「そんなはず無いでしょう。これから勉強するんですよ」
「はあ? 魔術がそんな簡単に使えるようになるわけ無いだろ!」
「別に勉強するぐらいかまわないでしょう。ほんの趣味程度、嗜みの一つですよ」
俺の言葉に、三人は絶句している。この世界の魔術師の少なさから見て、それ程容易い話では無いとは思っていたが、常識的にはあり得ないことを言っているらしい。三人の反応はその事を如実に表している。だが、俺としては試してみても損はしないぐらいの感覚である。
特に『片眼鏡』を手に入れてから、魔法の力を視覚的に捉えることが出来るようになっており、その力を実体が伴った力として、感覚的に捉えることが出来るようになった。このことが、魔術をより身近なものに感じさせている。俺としては一刻も早く試してみたくて、ウズウズしているのだ。
だから早速とばかりに、テントの奥の空いたスペースを陣取ると、俺は鞄から呪文書を取り出した。
まずは、こいつの解析をしなければ話にならないわけである。俺はパラパラとページをめくってみた。
全体では百ページほどの羊皮紙が綴られており、かなり分厚い本である。装丁部分も茶色の革製で、表面には文字が金箔により刻印されており、中には青みがかったインクで沢山の文字が書かれている。
文字は、殆どが現代言語により書かれているが、詠唱部分とおぼしき部分だけは古代言語で書かれているように思われ、どちらもそのままでは読むことは出来ない。
俺は、鞄の中からしまっておいた『片眼鏡』を再び取り出して装着すると、呪文書の『解読』を始める。
『解読』はこれまでの研究成果の一つで、最初のうちは文字が書かれた物品を一度道具として『鑑定』してから、その道具の説明文を読むしか文字を読む方法は無かったのだが、これは『片眼鏡』が、一度に一つの役割しかこなせない為に起こる弊害だと気がついたのである。
それに気付けたのは、『魔法感知』を実施中に『鑑定』することが出来ない事に気付いたからで、つまり『鑑定』起動中には、それ以外のことが出来無いのではと思い至った。
ならば、『鑑定』を起動せずに文字のみを対象とすれば『解読』出来るのではないか。そう閃いた俺は、早速実験を行い、あっさりと成功することが出来た。
おかげで、書くことは出来なくとも読むことに関しては不自由なく実施することが出来るようになり、俺を狂喜乱舞させたのである。
『片眼鏡』は、情報解析ツールとしてシングルタスクではあるものの、ほぼ万能の性能を有していることが解りかけていて、その仕組みについても俺に幾つかのインスピレーションをもたらしてくれている。
ただ、俺にはこの世界の正しい魔法知識が無いため、これ以上は想像の域を出ないのだ。その事に満足出来なくなった俺は、今回やっと念願であった魔法の基礎を学ぶべく、行動に移したのだった。
俺は、呪文書を最初から丁寧に読み込んでいく。
序盤は簡単な魔法の発動理論の章で、これをまず理解することが必要だと書かれている。どうやら本当に初歩の初歩から書かれているようであり、その事が俺を安堵させ、そして益々、呪文書にのめり込んでいく。
これは自分では余り意識していないのだが、何かに取り組んでいるときの俺は、周囲が驚くほどの集中力を発揮することがある。
特に本を読んでいたり、思索に耽ったりしているときは、外界の情報を全て遮断し、話しかけられても碌に気づく事が出来ず、それ故に反応することが出来ない。
学生時代には、その事により数々のトラブルを引き起こした苦い思い出もあるのだが、自分で意識してやっているわけでは無いので、その癖は未だに直っていなかった。
その時も、待ち望んでいた呪文書の内容を読み取りにかかっていたせいで、いつの間にか完全なる集中状態に落ち込んでいた。
本来であれば、自分の部屋で内鍵を掛け、誰も立ち入れないパーソナルスペースを築いてから実施するべきである。だがこの時の俺は、手に入れたばかりの、知的好奇心を満たす事に意識を取られ、それを怠ったのだった。
この状態に陥った俺にとって、外界の情報は意味を成さない。余計な情報としてカットされてしまうのだ。ただ、その事で周りの人々は無視されたとか、自分を蔑ろにされたと感じるらしい。この時、俺はそれをやらかしてしまった。
「ウート! さっきからユーリエが話しかけているのに、聞いてないのかい! いい加減にしな!!!」
いきなり呪文書を取り上げられ、強制的に現実に引き戻される。これは他人には解らないらしいが、もの凄い苦痛をもたらす行為である。例えて言うならば、苦労して積み上げた繊細な積み木を、いきなり横から崩されるのにも似ているだろうか。とにかく最大級の理不尽を感じてしまうのである。
その時も、とっさに不満を表情に出してしまう。ただ気が付けば周囲の人々から咎めるような視線を受け、ハッと我に返る。
「すいません。つい夢中になって・・・・・・」
俺は立ち上がり、頭を下げて素直に謝り、ユーリエの元に行く。
「ごめん、俺の悪い癖だな。ああなったら周りのことが耳に入らなくなるんだ・・・・・・」
「いえ、私は平気です。凄い集中力だなとは思ったんですけど。逆に邪魔してしまったようで申し訳ありません」
ユーリエは慌てたように手を振ると、逆に謝ってくる。どこか俺に遠慮しているのかも知れないが、第一に俺のことを考えてくれているようにも感じるので、素直に嬉しい。先程感じていた理不尽さも、吹き飛ぶようだ。やはり自分の趣味も大事だが、人間関係は一度壊れてしまうとなかなか修復出来ないのだから、気をつけなければならない。
俺が声を掛けられたのは、どうやらいつの間にか夕食の時間になっていたからのようだった。全員に既に食事が配られており、俺にもユーリエが用意してくれる。俺が素直に謝ったことで、特に問題にならずに食事が開始される。
(あ~やばかったな、気をつけないと。これはメセルブルグに戻るまで研究出来そうに無いな・・・・・・)
普通に談笑しつつ食事を取りながら、俺は内心で溜息をついた。急に覚醒させられたので記憶が殆ど霧散し、体系的に整っていないので、先程の時間をほぼ無駄にした徒労感がある。
(こう言っては何だけど早く帰りたいな、怒られるから言わないけど・・・・・・。今日から五日はお預けなのかと思うと、正直発狂しそうになる)
だが、自分が計画した団体行動でもあり、それこそ勝手な行動を取るわけには行かない。その程度の自覚は残っていた。
しかし、こういう時にこそ改めて思うのだが、団体行動より自身の欲求を優先してしまいたくなる辺り、自分はリーダーとか指導者には向かないタイプだと強く感じてしまう。
(いかん、いかん。もう少ししっかりしなくては、もう「自分だけが良ければそれでいい」とか許される立場じゃ無いんだしな)
俺は自分自身を戒め、明日からの予定を頭のなかで整理していく。それを全員に話しておくことにした。
「明日の予定ですが、お店のスタートを正午からにしようと思います。準備は一時間前で十分ですから、それまでは自由時間にしましょう」
「なんでそんなことをするんだ?」
俺の提案に、マルセロが疑問を呈するが、いいわけは既に考えてある。
「第一に、初日から注目を集めすぎると、会場に大きな混乱をもたらすかもしれないからです。だから出来るだけスタートを遅らせようと思います。第二に、人手が最大となる三日目のパレードの前に、バザーを見て回る時間が欲しかったことです。せっかく来たのだから皆さんも廻りたいでしょう?」
俺の意見に、特に若手の間から期待する気配が生まれている。俺の予想では、開店してしまえば材料が無くなるまでフル回転を強いられる事になる。会場が一番空いている初日の午前中が、唯一ゆっくり見て回れる時間であろう。
「そうだな、いいんじゃねえか?」
若手の気配を敏感に感じ取ったマルセロが、俺の意見に賛成した事で比較的すんなりと全員に了承された。本音を言えば、俺自身が廻りたいが為の後付けの理由だが、利害の一致により俺の希望は目立たなくなった。狙い通りの展開である。
「それでは、今日は早めに休んで英気を養うことにしましょう」
俺の言葉に全員が頷き、食後の後片付けの後、全員が早めに就寝したのだった。




