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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第一巻
21/51

とある親父の暴走事情

 ユーリエの娘であるミリィを襲った『黒斑病』の事件以来、それを解決した俺とユーリエの関係は目に見えて軟化していった。

 俺の態度が変化したと言うより、ユーリエが俺と普通に接するようになったからと言った方が正しいだろう。

 俺の方は相変わらず目線の置き処に苦労し、挙動不審そのものの態度だったが、普段は忙しい事もあり、顔を向き合わせて会話する機会は多くはない為何とかなっていたし、ユーリエの方が俺の態度を気にしなくなったのも大きいだろう。変な親父にやっと慣れてくれたと言え、俺はほっと胸をなで下ろしている。

 ユーリエの態度が軟化したのはそれだけでは無く、時折ミリィを連れてきては触らせてくれるようになり、結構子供好きの俺は、ミリィの愛らしい手を触らせて貰ったり、頭を撫でさせて貰ったりして、癒やされていた。

 とりあえず、俺の退職危機は回避されたと言って良い。



 目下の不安材料が無くなった事も有り、俺は『片眼鏡モノクル』の解析にも惜しみなく力を注げるようになっていた。

 色々と試す中で新たに判明した機能として、性能や能力等は詳しく鑑定しなければ解らないものの、魔法の力を視認し表示する機能がある事がわかったのだ。

 そしてその事を発見する中で、考察と推察を重ねた結果『片眼鏡モノクル』の力を使うには、レンズを通して対象を視る必要があるほか、知りたい事や調べたい事を明示的に脳裏に意識する必要がある事がほぼ確認できた。

 例えば、魔法の力を視るには、意識に『魔法の力を視る』とか『魔力感知』と意識すると、その能力が発動して、レンズで視た物の中に魔法の効果がある道具があれば、それを不思議な光で浮き上がらせる事が出来た。

 ここまで来ると、『片眼鏡モノクル』の作成目的が大体予想できてくる。簡単に言えば、『鑑定』を行う為の道具なのであろう。

 魔法使い達なら、簡単に呪文で行う事も可能なのだろうが、そうで無い人にとって『鑑定』とは、大変に骨の折れる作業である。

 特にこの世界には魔法の力がある為、実質的には完全な鑑定など、魔法使い以外には実施不可能と言えるのかもしれない。

 しかし、よくよく考えてみれば、もし大量のアイテムを鑑定せねばならない時、一々魔法を唱えなくてはならないことになると、魔法使い達にしても大変な重労働である事がわかるだろう。

 これは、そんな需要に対して生まれた道具なのだと予想する。瞬時に、道具の種類や魔法の有無を見分けられる能力は、日々大量の買い取りを持ち込まれる商人などにとっては垂涎の的に違いなかった。

 しかし、大量の商品を見分ける能力は、何も買い取りのみに生かせるものでも無い。当然逆の方向、買い付けにも有効となる。それに気がついた俺は、早速『片眼鏡モノクル』を活用する方法を思いついていた。

 早速その方法を試すため、夜営業の仕込みが終わり三人でお茶を飲みながら休憩している時に、俺は切り出した。

「ハンナ、明日は月に一度のバザーがある日だよな。ゆっくり見て廻りたいので、夜営業のみにしないか?」

「そうさねぇ、何か欲しいものでもあるのかい?」

 ハンナの視線は、思いの外厳しい。俺は未だ“浪費家”のレッテルを貼られているらしい。死んだ爺さんの苦労が忍ばれる。

「いや、一度じっくり見て廻りたいと思っていたんだが、丁度良いタイミングかなと思ってね」

 ごまかす事は無いのだが、なんとなく煮え切らない返事をしてしまう。

「そうなのかい? あたしゃ、また無駄遣いの血が騒ぎ出したんじゃ無いかと思ったんだけどね」

 ハンナがちくりと釘を刺してくる。あれは全然無駄じゃ無かったと言いたい。それどころか凄まじいほどのリターン率である。だが、そう思わせておく方が良い事もあるので、俺は訂正しなかった。収支に関して言えば圧倒的なプラスで有り、おまけに人の命まで救っているのだが、それだけに影響が大きすぎて喋る気にはならなかった。

 自分自身に関して言えば、あれだけの大金を得たにもかかわらず、思ったより冷静でいられる事に自分でも驚いてはいた。だが考えてみると、その金で欲しいものが全く思い浮かばない事にも気が付いていた。

 目の前に魔法の道具マジックアイテムでも積まれれば別かも知れないが、そうで無ければ欲しいのは、地位でも名誉でも金でも無い事に、漠然と気づいていたからかも知れない。

 だが、日々を楽しむために、貯めたお金を使う事は楽しみの一つであるのは間違いない。しかも、自分でせっせと労働して貯めた対価としてのお金なら、何の気兼ねなく好きに使えるのである。

「いやいや、たまには買い物でもしないと、お金使う事が少なすぎてですね。衣食住完備の良好な職場ですからここは。でも、この機会に必需品とか探しておいた方が良いかなと、ユーリエもそうだろう?」

 俺は援軍を求めて、ユーリエに話を振ってみた。

「・・・・・・そうですね。そうだと思います」

 ユーリエは、突然の事に驚いたものの、少し歯切れは悪いが一応賛成はしてくれた。

「そうそう、給与は今日の分までで計算して後で渡すから、ユーリエも買い物に行って来るといい」

 俺がみたところ、ユーリエは自分の事には殆どお金を使っている様子が無い。収入の殆どをミリィのための生活用品を揃える為に使い、常に手持ちがギリギリなのを俺は察していた。歯切れの悪さもそんなところから来るのだろう。

 仕事に関しては、経験者だった事も有りかなりレベルが高いので、給与を少し上げてやるべきかもしれない。後でハンナさんと相談しておこうと心にメモする。

「まあ、そうさね。そうしようか。ユーリエ、あんたは悪いけど明日は私のお供を頼むよ。年寄り一人では荷物持つのが辛いからね、ウートに頼んだら何処飛んでくかわからなくなりそうだからねぇ」

 ハンナはそんな事を言っているが、俺にとって魂胆は見え見えだ。荷物持ちと称して連れ回し、買うのは結局ユーリエの物なのだろう。そこはこの店のオーナーであるハンナの領分だと俺は心得ているので、気づかなかったふりをする。

「じゃあ、夜営業の仕込みは今夜しておくから、明日は早くから行かせて貰いますよ」

 特に二人からの反論は無く、俺は明日の午前中のフリーな時間を確保する事に成功したのだった。



 翌朝、その時点の手持ち現金である銀貨四十五枚を手に、俺はバザーへ向かった。

 バザーは月に一回、市場を中心に開かれ、住民達が不要品や自分で作った物等を持ち寄って交換したり、売買したりしている。その他にも、旅商人達がこの日を狙って商売しに来たりするので、普段の市場より一段と賑やかになる。何より、普段は売られていない品物なども売りに出されるので、掘り出し物にも期待出来るのだった。

 さすがに、魔法の道具マジックアイテム等は見つからないだろうが、この熱気と雑多なものが溢れる空間にいると、昔、骨董屋に行った時に感じていた、何か面白いものが見つかるのを期待するような、宝物を探すトレジャーハンターになったような気分になる。それだけでも行く価値はあるのだった。

 俺はバザーが開かれる時には大抵顔を出しているので、たまに来るような旅商人達とも顔見知りになりつつある。特に、俺が興味を示すのは実用品とはほど遠い怪しげな道具や装備品ばかりだったりするので、そう言った品を扱う連中からはマークされていたりする。

「お! ウートの旦那、今日はお早いおでましじゃないですか。見てって下さいよ~色々仕入れてきたんですぜ~」

「ふん、どうせパチモン並べて阿漕あこぎな商売しているんだろう?」

 この程度のやりとりは、商談前の軽い挨拶みたいな物である。この手の店では売る側も買う側も怪しげとは思いながら取引をするものだ。騙し騙され、値切り値切られを楽しむ場でもある。

「パチモンとはお人が悪い、正真正銘の掘り出し物ばかりですって旦那。こいつなんてどうです? 狙った女はイチコロで落とす惚れ薬ですぜ、なんでも“迷宮狂メイズぐるい”の迷宮からの出土品って、話ですぜ」

 男は、明らかに怪しげなピンク色の液体が入った小瓶を取り出し、俺に勧めてくる。

 この世界で、大抵怪しげな物は“迷宮狂メイズぐるい”の迷宮からの出土品という触れ込みである。そこなら何が出てきてもおかしくはないと、この世界の人々が思っているからなのだろう。

 今までの俺は、真贋の見極めが付かずに自信が無くて手が出せない状態だったのだが、これからは『片眼鏡モノクル』の力があるので、安心して買い物が出来るというものだ。

 早速、男の触れ込みが本物かどうか『鑑定』してみる。

――名称:色の付いた水の入ったクリスタルの小瓶 効果:なし

 やはり偽物のようだ。そんな怪しげな薬がほいほいと売られているわけは無い。

 適当に店主をあしらってから、バザー巡りを再開する。

 『からくり箱』の出品が有ればすぐにでも買うのだが、やはり度々見つかる物でもなさそうだった。

 しかし、しかしである。買い物に来たのに何も買わないで帰るというのは、もうそれだけで損した気分になるというか、負けた気分になるものである。――俺だけだろうか?

 だから俺は、造形が気に入った聖女アマーリアの古い木像――特に胸の大きさと腰のラインが美しい、これだけの物は元の世界のフィギュアにもそうそう無い出来だ――を値切りに値切って銀貨三枚で手に入れたのを初め、竜の骨から切り出したというサイコロが二個銀貨一枚と大銅貨二枚、薄汚れて弦の無くなった竪琴を銅貨三枚、香りの良い蝋燭十二本大銅貨二枚、その他諸々で銀貨五枚を使ってやっと気が済んだ。

 どれも、基本半額以下にまけさせたから、店主はゲンナリしていたが、こういう場所では値切交渉はやって当然で、それでこそ買い物をする意味がある。そう言えば元の世界でも、全国チェーンの大型電気店でよく値切り交渉をしていたが、かなりまけさせたと思ったらネットの方が安かった何てことは日常茶飯事だった。しかし不思議と怒りは湧いてこず、良い勉強になったぐらいの感覚だった。その過程で十分に楽しめたからだろう。

 俺は元の世界にいたとき、ネットで殆ど買い物をしない主義だった。なぜならネットでの買い物は、買い物と言うよりただの消費でしか無いと感じていたからだ。そこには出会いもドラマも存在せず、無味乾燥の結果だけしか残らないと感じるからだ。

 値切り交渉と、衝動買いは買い物における重要なエッセンスで、それが無ければ店に行く価値が無い。そう思って店で買い物していたのだが、今度はお店に行っても商品管理がシステム化されすぎて、必要最低限の売れ筋の物しか売らなくなって行ったので、新しい発見など期待できず行く意味すら薄れてしまった。

それを思えば、この原始的なバザーにはその失われた買い物の楽しさが凝縮されている気がする。ついつい、財布の紐も緩くなると言うものであった。

 俺は、戦利品の山を持参した革製のバックパックに詰め込んで、意気揚々と引き上げにかかかる。

 その途中、ふと足を止めたのは、『片眼鏡モノクル』を通した視界に、魔法の痕跡を捉えたからだった。

 その露天は、背の小さな、白いローブを着た老婆が一人で商っていて、品物を麻布の上に広げており、時折若い少女達が足を止めて商品を見ては、何も買わずに通りすぎる。どうやら売っているのは、女性向けのアクセサリーらしい。

 俺も立ち止まって商品を見てみると、木で出来た指輪や櫛、髪飾り等、様々な物が売られている。

 どれも精緻な細工が施され、造形的にも優れた物だと感じる。なにより、その全てがうっすらと魔法の性質を帯びている。

 商品を眺めている俺に気がついたのだろう、老婆が俺に声を掛けてきた。

「おや、お探し物かい? 恋人へのプレゼントにどうだい、どれもおすすめの一品だよ。幸運のまじないもかけてあるからね」

 『片眼鏡モノクル』を通して視たので無ければ、老婆の言葉などただのセールストークと受け止めただろう。しかし、商品全てが魔法の品とはこの老婆一体何者なのだろうか?

 俺は、その事の方に興味を持ち、老婆と話をすべく、商品を見るふりをして近づいた。

「これはあなたがお作りになったんですか?」

 俺は、営業用の丁寧な口調で老婆に尋ねる。これだけの物を作り出せるとしたら、高名な細工師なのかもしれないのだ。対応は慎重にせねばならない。

「そうだよ、私はドルイダスなんだよ。ここから少し遠くにある森に住んでいるのさ。これはね、樹齢千年を超えるレッドオークの木から譲り受けた神木を加工した物だよ。私らの一族に伝わる方法でまじないがかけてあってね、身につければ幸運を呼び込んでくれるんだよ」

 そう言って老婆はローブを少しずらし、自分の髪留めを見せてくれる。売られているより使い込まれて美しい光沢を放つそれは、長い年月大切にされてきた事を裏付ける物だった。

 俺はこっそりと、髪飾りを『片眼鏡モノクル』で鑑定してみた。

――名称:幸運の赤樫の髪飾り 効果:幸運 説明:ドルイドの一族が作り出す伝統工芸品。身につけると幸運をもたらす。

 結果は老婆の言うとおり、この髪飾りには魔法の力が宿っている事がわかった。

 俺は、神頼みは余りしないたちだが、幸運についてはその存在を実感することが時々ある。

 例えば、この世界に召喚された事を不運な事故だったと思っているし、逆に酒場に就職出来た事は幸運だったと思っている。そして、何より心がけているのが、幸運を自覚し、それが訪れた場合には、好機を逃さず活かすように自分で行動することである。

 人には幸運と不運が、その大小の差はあれ交互に訪れていると感じることがある。

 しかし、それに気づく事が出来なければ、幸運を活かせずにみすみす取り逃がし、そのあげくに不運ばかりを自覚するようになって、負のスパイラルに落ち込んで行ってしまう。いわゆる『不幸体質』というやつである。

 でも、得てしてそういう人間は、自分に訪れている幸運を自覚せず、活かさず、みすみす取り逃がして、自分から不運な選択肢を好んで選択していると思う事がある。

 その思考過程は理解不能だが、端から見ていると不幸な自分に酔う『悲劇的自分症候群』にでも犯されているんじゃ無いかと、本気で心配になったりする。そして幸運を平気でドブに捨て去り、あり得ない選択肢を平気で選び取っていくのだ。

 幸運というものは、不運程には明確に感じ取る事が難しいものだ。それを感じ取るには知識と経験、自分を客観的に視る視点が必要になってくる。人は自惚れやすく、自己評価を高くしがちな生き物であり、そのため容易く幸運に気がつかず、平気で取り逃がしていく。

 だがその一方で、幸運が訪れる頻度やその大きさには個人差があり、より大きな不幸の前では、積み上げた小さな幸運は意味を成さないと感じる事もある。こればかりは人の身では如何ともし難い、運命としか言い表すことの出来無いものだ。

 しかし、例えそうなのだとしても、生きていれば再び幸運や不幸が訪れるだろう。

もしその時、より多くの幸運が、より大きな幸運が訪れるのだとしたら、この老婆が売るアイテムにはその効果があるのだとしたら、買わない手は無いではないか!

「一つ、お幾らになりますか?」

 俺はこのアイテムに見合う価値がどのくらいになるのか、ドキドキしながら尋ねた。金貨数枚ぐらいと予想しているが、このバザーでそんな高額な商品が売れるだろうか?

「その髪飾りは銀貨三枚、そこのかんざしなら二枚、そこの髪留めは銀貨一枚、指輪が銀貨五枚だね、恋人に送るならそこの指輪なんかがおすすめだよ」

 俺の想像より二桁ほど安かったが、もしかしたら効果も値段なりなのかもしれない。しかし、無いよりはあった方がまし程度の効果でも、幸運というのは捨てがたいものだと思う俺である。

「じゃあ、この髪飾りと、かんざしと、髪留めを一つずつ、銀貨六枚を五枚にしてくれるなら買いましょう」

 俺はきっちりと値切り交渉に入った。老婆は目を丸くしている。

「女の子に送るものを値切って買うのかい? 感心しないね」

 老婆はすかさず痛いところを、反撃してくる。だが、俺が送る相手は恋人では無い、気にしたら負けである。

「それとこれとは話が違いますからね。効果が検証しづらいだけに、この金額を出すのにも勇気がいります」

 俺は負けじと切り返した。

「さすがに商品一個分ただにするのはねぇ、銀貨五枚と大銅貨五枚でどうだい?」

「うーん、わかりました。気に入ったらまた買いに来たいので、それで手を打ちましょう」

 俺と老婆はにっこりと笑みを交わし、交渉は成立した。

 老婆はアクセサリーを小箱に入れてくれるというので、俺はそれを待った。その間に世間話をして、老婆がアクセサリーを売ったお金で、生活必需品やライ麦粉を買って帰るのだと知った。

「では、そこの路地を行った先にある粉屋に『相場の七割で買えると、ウートから聞いてきた』と伝えて下さい。それで売ってくれると思います」

「ほんとうかい? それは助かるよ」

 俺はパン屋の根回しのおかげで、そこから六割で仕入れているので、粉屋にしてみれば俺に売ったと思えば安い物だろう。

 老婆は、思わぬ幸運に喜んでくれて、商品を丁寧に包み、手渡す時にまた来てくれと笑顔で見送ってくれた。

 俺も魔法効果の付いたアイテムまで手に入れて、ホクホク顔で帰る事が出来たが、かなりの浪費と周りには見られていたらしく、後日またもやマルセロさんたちに呆れられることになる。



 俺は家に戻ると、戦利品を部屋に置いて夜営業の準備に取りかかった。ハンナとユーリエ母子はまだ戻っていないようで、俺は一人で黙々と準備をする。

 ハンナたちが帰ってきたのは、開店直前のかなり遅い時間で、両手には古着や布類、様々な生活用品を抱え込んでおり、俺の予想通りハンナはそれらをすべてユーリエの部屋に押し込んだ。

 ユーリエはそれらの整理にあたっているようで、ヤレヤレと言う風に肩を叩きながらハンナだけが店に戻ってくる。

「ウート、あんた、又、散財したんだって? 市場のあちこちで噂になってたよ」

 ハンナはあれだけ言ったのに、と呆れ顔だ。

「散財とは人聞きの悪い、殆どが半額以下で買えたんですから大特価と言って欲しいですね」

 俺は飄々と答える。誰がなんと言おうと、超お買い得のものばかりだったのだ。

「何が大特価なんだい! 殆どがガラクタばかりって話じゃ無いか、バザーでいつも売れ残ってる商品ばかりだって聞いてるよ!」

「いや~周りに見る目のある人がいないと、掘り出し物が安く買えて嬉しいですよね」

 俺は全く悪びれずに答えた。俺的には本気で言っているので、その言葉には一点の曇りも無い。そんなやりとりをしていると、ユーリエがミリィを背負い、裏口から入ってくる。相変わらず、胸が強調されていて直視しかねる格好だ。

「まったく、付ける薬が無いとはこのことだよ・・・・・・。そういやあんた、女物の髪飾りなんか買ってたらしいけど、一体誰に渡すつもりなんだい?」

 ハンナは、それが本題だとでも言うふうに、ズバっと切り込んでくる。そこまでバレていたとは、サプライズは不可能なようだ。

(しかし、俺は負けん!)

 何に負けないのか知らないが、ヤレヤレという風に俺は懐に隠しておいたアクセサリーから髪留めを取り出す。かわいらしい、花の木彫りに白いリボンが通されている。

 俺はそれを手にユーリエに近寄る。ユーリエは戸惑ったような、驚いたような顔で俺を見ているが、俺はそのまま背後へ回り、ミリィの頭にその髪飾りを付けた。

 なぜか、ユーリエの耳が真っ赤だったが、俺はミリィの頭を撫でつつ、

「この髪飾りには、ドルイドのまじないで、“幸運”の効果が刻まれているそうです。多分信用できるでしょう」

 そう、二人に告げる。

「こんな高価なもの、いただいても私何にもお返しできません・・・・・・」

 ユーリエは戸惑いを隠せない声で言ったが、それは俺の想定内だった。

「これは、ミリィにあげた物だからね、拒否権はミリィが解るようになってから聞こう」

「・・・・・・はい」

 詭弁だが、これはミリィに所有権が有る物だと主張する事で、ユーリエの言葉を聞く気が無い事を示す。

「ああ、そうそう。ミリィちゃんのついでですが、お二人の分も買っておきましたのでどうぞ。それとついでなのに悪いのですが、後で、幸運の効果について感じた事を教えて下さいね」

 そう言って、ハンナとユーリエにもそれぞれかんざしと髪飾りを渡す。

「あたしゃついでなのかい? まあ、それでももらえる物は有りがたくもらっておこうかね。ユーリエあんたももらっておきな。実験台なのは癪に障るだろうが、女三人を平等に扱った点についちゃ評価してやろうじゃないか」

 ハンナの言葉は、先ほどのユーリエの言葉を受けて、ユーリエが遠慮しないよう配慮してくれたのだろう。俺の狙いどおりではあるが、さすがはハンナと言うべきであろう。

(まあ、この中でこれを一番必要としているとしたらユーリエだろうしな)

 俺は、薄幸というか、不幸を体現しているようなユーリエにも、少しぐらい幸運な出来事があっても良いのでは無いかと思うわけだ。多分コイツの効果を一番実感できるのでは無いだろうか?

(もし高い効果が見込めるなら、男用も頼んでみよう。そのために、キッチリ恩を売っておいたしな)

 ドルイダスの老婆にライ麦粉を安く提供したのには、そういった狙いがあったりする。

 俺は三人に贈り物をして、自分への無駄遣いの追求を躱す事に成功すると、店を開ける為に動き始めた。

 使った分はキッチリと働いて取り返す。それが働くモチベーションを向上させる事にもなる。楽しんで金を使い、それを糧に仕事に励む、そして又、楽しく使う。

 そんな好循環が出来れば、人生に張り合いが出るってもんだろう。俺は入り始めた注文を捌くべく、調理台の前に立ち、腕を振るい始めた。



 その日はいつもより客が多く、店は混雑していた。

 俺たちは懸命に立ち働いて客を捌き、あと少しで落ち着いた時間に突入する。そんな時間だったと思う。

 大きく物を落とすような音がして、店がざわつく感じがした。俺は調理を中断して、カウンター越しに店内を確認すると、トラブルが起こっていた。

 どうやら客と、料理を運んでいたユーリエがぶつかり、さっきの音がその音だったとわかる。

 ユーリエは必死に客に謝罪しており、ハンナも加わっている。ぶつかった若い男性客の方も悪びれた様子で頭を下げており、深刻なトラブルになる気配はしなかったので、俺は安堵の溜息をついた。

 物音に驚いたのか、場の緊迫した空気に驚いたのか、ミリィが盛大に泣き出しており、男性客が居心地悪そうに店内を去った後、ハンナがユーリエから引き取って控え室の方へ連れて行く。ユーリエは、料理をエプロンに盛大にかぶっており、それを手早く脱ぐと小さく纏め、清掃用具を取り出してきて手早く床の掃除を始めた。

 俺は厨房に戻ろうとしたのだが、どうも店内のざわめきが大きくなったように感じて、ふと足を止めた。

 そして気づく。男性客の視点が、ユーリエに集まっており、それがざわめきの原因のようだ。

 慌てて目を反らす殊勝な者も居るが、明らかに好色な視線を投げかけている者も居て、なんとなく嫌な感じだった。

 俺は原因を求めて、視線を集める対象となっているユーリエを見る。その瞬間、ユーリエがこちらを振り向いたが、俺はそれに気がつく余裕も無く、それに目を奪われてしまっていた。

 それは、それ程長い時間では無かったように思うが、ユーリエが俺を見て不審に思う位の時間ではあった。その事で我に返ると、慌ててユーリエに近づき、手を掴んで立ち上がらせると、強引に肩を抱いて厨房に連れ込む。

 何事か、と体を硬くする彼女の背中を前に押し出しながら、耳元で「着替えてきなさい」と告げる。

 彼女は何のことかわからないという、一瞬戸惑った様子で振り向きかけるが、視線を下に落として、自分でも気がついたらしく「キャァ!」と言う悲鳴を上げて、慌てて裏口から自分の部屋に向かって駆けだしていった。

 今頃は羞恥に震えているだろう。俺はそう予想しつつ、ユーリエの代わりにフロアーの掃除をしにいく。

 少し乱暴にフロアーの掃除を行っていくが、脳内には先ほどの鮮烈な光景が何度もフラッシュバックして離れない。もちろん、その光景とは、ユーリエが男共の視線を集めていた原因である。

 ユーリエが、いつもとは違いエプロンを脱いでいたせいで、普段は分厚い布地とフリルに隠されていた部分が露わになっていたのが、主な原因ではあった。

 旅行者であったユーリエは、自分の服を殆ど持っていなかったので、普段はハンナさんから譲り受けた彼女の若い頃の服を着ているのだが、それは今日も同じである。

淡目のえんじ色で、春っぽい薄めの服を着ていたのだが、どうやらハンナから譲り受けた服は胸のサイズが合わないらしく、その部分が締め付けられると共に、どうしても強調される結果になってしまっている。

 そのこと自体はいつもの事なのだが、今日はエプロンを取ってしまっていたが故に、その部分を隠す事が出来ず、とんでもない事態になっていたのだ。

(あれは、母乳が漏れ出したのか・・・・・・)

 俺は漠然とそう考えていた。

 俺や店の男たちが見てしまったのは、ユーリエの豊かな双球の頂点から滲み出した、母乳が原因と見られる二つの大きなシミであった。

 それが大量に漏れ出した結果、布は肌に張り付き、ともすれば透けて見えるのでは無いかと思わせるほどの様子だった。何というか、強調された部分がさらに強調される結果となっており、男たちの好色な視線を集めてしまうのも無理は無かった。――心情的にはたいへん苛ただしいが・・・・・・。

 俺は掃除を済ませると、その日の早じまいを決めた。ユーリエは戻って来られないだろうし、ハンナもミリィの世話に没頭しているようだ。流石に一人で回すのは厳しいので、客たちに告げることにする。

「悪いが、今日は早じまいだ。すまないな、次は一杯奢らせて貰うよ」

 俺の突然の言葉にも、客たちからは特に苦情も無く、その日はそのまま店を閉じたのだった。



 そうして早じまいをしたせいか、その日の就寝はいつもより早かった。

 バザーの為に早起きしていた事もあり、眠気が早めに訪れたのもある。日課にしている研究もそこそこにして眠りについた。

 いつもであれば、一度寝たらよほどの事が無い限り朝まで目覚める事は無いのだが、その日はどういうわけか目が覚めてしまい、原因が尿意に耐えかねてのもので有ると知る。

 俺は今日のバザーで買った、携帯の火口箱を使って蝋燭に火をともし、その性能ににんまりとした。誰がなんと言おうと、俺は無駄なお金など使っていないのである。

 使っている蝋燭も自分で買った物で、燃やすとムスクの香水のような香りを僅かに放出する。中々良い物だと思う。

これを売っていた娘さんも「この香りは汗臭い臭いとか、男臭い臭いを軽減してくれるって、人気なんですよ。特に若い女性には! そんな風に、さり気なく気を使ってる男性って素敵ですよね、お・じ・さ・ま♡」と微笑まれたので、文句なく買いだった。

当然のことながら、その時だけは値切ってなどいない。若い女性の売る物を値切るなど、俺の紳士道が許さないのだ。

それに、俺は断じて加齢臭など出していないが、汗臭さは気にならないでは無いからな。良い物にはそれなりの値段を払わなくてはいけないのだ。断じて、引き留められるときに腕を組まれ、胸を押しつけられたからなんてことは無いのだ。

 ちなみに、ムスク、麝香、貴重品との連想から蝋燭を鑑定してみたが、

――名称:香り高い蝋燭 効果:なし 説明:麝香虫の体液を混ぜた蝋燭。良い香りがする。と出た、麝香虫がどんな虫なのか気になったが、それ程貴重品では無いのかもしれない。

 俺はその蝋燭を手職代わりに、トイレに向かう。かなり我慢の限界が近い。

 トイレは、酒場の敷地の離れた場所に設置してある。客に使わせる可能性や、臭いの事を考えての処置であるが、多少不便で有る事は否めない。

 しかし、生理現象は止められないので、足早に部屋を出て外への扉に向かおうと思い、内鍵を外して部屋の外に出る。

 自分とユーリエ母子の部屋は隣同士で、その外はリビングに繋がっており、部屋の真ん中には酒場に置いてあるのと同じ、丸いテーブルと椅子が置かれている。

 俺が扉を開けた時、真っ暗だと思っていた予想に反して、テーブルの上には蝋燭による明かりが灯してあり、その横には顔を洗ったりする為に水を溜める桶が置かれている。そして、その桶に上半身を覆い被さるような姿勢で、ユーリエが立っていた。

 その両手はむき出しになった、左の乳房に添えられており、その姿勢のまま、こちらを見て、硬直していた。

「す、すまん!」

 俺は慌てて一歩下がると、部屋の扉を閉めた。

 自分の見た光景が一瞬信じられなかったが、脳裏には昼の光景を上書きするように鮮明にその姿が残っている。

 心臓は早鐘を打ち、体中の血が暴れ出しそうな気配を感じる。それを理性で押さえ込んで、俺はそのまま、尿意の限界寸前まで我慢してから、再び扉を開けた。

 ユーリエが部屋に戻るには、十分すぎるほどの時間があったはずだった。

 しかし彼女は、上半身裸のまま、椅子に座り、両手で胸を隠すような姿勢でそこに座っていた。

 俺は衝撃を受けたが、尿意の方も既に限界に来ている。

 そちらをなるべく見ないようにしながら、外へ飛び出した。

 足早にトイレに駆け込み、限界寸前だった尿意を解放する。しかしそれは、尿意以外の理由で手間取る作業を強いられ、何とか粗相をしないように制御するのが精一杯である。

 俺は用を足しながら、段々と言いようのない怒りが湧いてくるのを感じた。

(一体何を考えているんだあの娘は! 散々男で苦労しただろうに、怯える程だったじゃ無いか。それなのに喉元過ぎたら忘れるって事か? 無防備すぎるだろう。あれじゃ男ばかりが悪いとは言えないぞ!)

 俺は用を足しながら、必死で怒りを制御して、井戸で手を洗う頃には何とか自分を落ち着かせる事に成功していた。ついでに顔も洗って頭を冷やす。

(あれは、搾乳でもしていたんだろうか? 今日の事もあったしな・・・・・・。でも、やるなら自分の部屋ですべきだろう、俺が直ぐ隣にいるんだぞ。明日は少しきつくお灸を据えてやらないとな。そうじゃないと、又、悪い男に騙されて、過去の二の舞だぞ)

 俺はゆっくりと、部屋に戻るため歩き出した。

 当然俺が戻ってくる事は、わかっているはずだし、時間も十分に使ったはずだった。

 俺が何の為に外に出てきたのかわかっているだろうし、ユーリエが居るわけは無いと思っていた。さすがにそこまで馬鹿な娘だとは思っていなかったのだ。

(なんでいる!!!)

 先ほどと殆ど変わらない姿でうつむき加減に椅子に座っているユーリエを見て、俺は再び激高した。

 男は、心に昏い獣を飼っている。

生物の自己保存欲求に紐付いた、信じられないほど強い『性欲』と言う名の獣だ。

 普段はそれを理性と言う名の鎖で縛り付け、感情を抑制し制御をしている。

 それが一旦暴れ出せば、そう簡単に制御できるものでは無い事を知っているから、そうならない為に幾重ものストッパーをかける。

 俺がユーリエを直視しないようにしていたのも、彼女を怯えさせない為というのも勿論あるが、それ以上に自分へのストッパーという意味が大きい。

 人間にとって、思考と感情は全くの別物であると俺は考えている。

“考えている”と言うよりも“感じている”の方が正しいかもしれない。

 普段は、思考により自分を制御していて、あれやこれやと思い悩み、なるべく正しい人間であろうと努力している。

 しかし、制御できないほど大きな感情は、ときに思考の制御を外れて暴れ回り、思考と理性で構築した自分を打ち壊し、それが収まるまで止まる事が出来ないのだ。

 俺の理性的な思考は、怒りをトリガーにして砕け散り、微かな残骸を残して消え去ろうとしていた。

 それでも、ユーリエが怯えた態度を示したり、抵抗や拒絶を示したならば、何とか理性を建て直して取り繕う事をしたであろう。

 俺は、嗜虐心と呼べるような昏い感情に突き動かされ、ユーリエを脅かして再び警戒心を呼び起こそうとしていた。――それは辛うじて残っていた理性が、状況に整合性を持たせる為の思考でしか無かったのかもしれないが。

 俺は、無言でユーリエに近づいていくと、胸を隠す両手を、自分の両手で掴み上げて彼女を立たせ、テーブルの空いたスペースに上半身ごと押し倒した。

 ユーリエの両腕を頭の上で拘束し、片手で押さえつける。

 柔らかそうな双球が、重力に負けない反応を示し、俺の眼前に晒される。

「搾乳だろう? 手伝ってやるよ」

 自分の声とは思えないほど、酷薄な声で言い放つ。

(どうだ! 男の怖さを思い出したか! さあ、抵抗して見ろ。直ぐに止めてやる。そしてこう言ってやるんだ「男は狼なんだぜ、油断するとこういう怖い目に遭う、忘れるなよ」ってな)

 俺は理性の最後の一片を振り絞り、自分に対する最後の防波堤を築き上げる。だが、ユーリエは顔を真っ赤に染め、俺から反らしているが、抵抗の意思を全く感じる事が出来ない。

(このぐらいでは脅しにもならないというのか!!!)

 俺はそのまま制御できない欲求に突き動かされるかのように、彼女の左胸を右手で優しく掴み、その先端を口に含んで吸い出した。

 その瞬間、驚くほど大量の母乳が口の中に溢れ、俺は知らず知らずの内に夢中で嚥下していた。

 味など感じている余裕は無かった。ただ、母乳の甘い香りが俺の脳髄を焼き、甘美な陶酔が全身を満たして行く。

 どのくらいそうしていたのか、自分ではわかっていない。ユーリエの躯は、俺が強く吸う度に震えるが、明確な拒絶を感じ取る事は出来ない。添えられているだけだった右手は、いつの間にか夢中でその胸を揉み、柔らかな感触を堪能している。初めのうちは張り詰めるような堅い感触があったが、そうしている内に段々と蕩けるような柔らかさを返し出す。

 俺は、左胸から唇を離すと、ユーリエの腕の拘束を解いて、反対側の胸を同じように吸い出し始めた。

 当初は搾乳の意味を持っていても、後半に行くほどそれは違った意味を持ち出す。それがわかっていないとは思えないが、ユーリエは俺の下で躯を震えさせ、時折大きく跳ねさせるだけだ。それで止まるほど、俺の理性は回復していない。

 俺は十分に時間をかけて右胸も堪能すると、一旦躯を離した。

 ユーリエの顔を見つめる。

その顔は上気し、目は潤んで俺の瞳を見つめているように思えた。そこには、恐怖も、拒絶も、怒りの感情も読み取れない。俺を否定する負の感情は、一片たりとも見出す事など出来なかった。――それが例え俺自身の思い込みだったとしても、その時、俺はそう信じた。

 俺はそのまま、無理やりにユーリエの唇を奪った。そのまま、ユーリエの唇を割り、舌を侵入させる。

 戸惑うような反応を示すユーリエの舌を捉え、無理矢理に絡め取る。夢中で吸い上げ、唾液を交換し、唇を離すと唾液が尾を引いて繋がるほどの激しい接吻だ。

 俺の理性は、ここで完全に途絶えたと言って良い。

 テーブルに載せた、ユーリエの腰の下に手を差し込むと、無理矢理抱き上げるようにしてかかえ上げ、移動するのももどかしげに、自分の部屋のベッドに押し倒す。

 残った服を無理矢理に脱がせると、自分も脱ぎ捨て、散々に滾ったそれを彼女の体内に納めた。

 その瞬間、ユーリエは嬌声を上げたような気がしたが、夢中だった俺は殆ど覚えていない。

 その後、体力の続く限りユーリエを蹂躙し、やがて満足して、意識を失うように眠りに落ちたのだった。

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