とある道具の解析事情
『からくり箱』の開錠に成功してから四日が過ぎていた。
ここ数日の俺は、仕事に身が入らず、新メニューの開発やあちこちを巻き込んで行っている新事業の進捗にも身が入らない有様だった。
それというのも、思った以上に『からくり箱』の中身について情報が集まらず、ついイライラして、集中力を保てなかった為である。
例えば、『エリクシール』について訪ねてみたのだが、「なんか聞いたことがある」「高い薬?」「すごい薬」くらいしかわからなかった・・・・・・。
『マシュタップ大金貨』についても「すごい価値のある金貨」「商人が取引に使う金貨」等、断片的な情報はあるものの、要領を得た説明をしてくれるものがいなかった。
これにはまあ、俺が突っ込んだ質問をすることが出来ない事情もあったりするので、相手が全面的に悪い訳ではないだろう。
例えば、「さっきの客が『エリクシール』の話しをしてたんだけど、何のことだっけ?」みたいな聞き方しかできないので、答える側も「そういえばそんなのあったな」くらいの回答しかしてこない訳だ。
これには非常にストレスが貯まった。何でも検索すれば答えを返してくれるインターネットの素晴らしさとありがたみを、強く実感する瞬間でもある。
だからゴードンが配達のためにこの街を訪れたとき、ようやくまともに相談できる相手が来たと、小躍りして喜んだ。
「いよう、ウートどうした、しけた面して。なんか可愛い子入ってんじゃねえか、もう手を出したのか? どうなんだよ」
ゴードンは俺に会うなり、にやけた顔でユーリエの事をからかってきたが、俺にとっては一刻も早く情報不足から来るストレスを解消したくてそれどころではない。
俺は夜営業の仕込みを中断し、ゴードンの肩を掴んで逃がさないように確保すると、
「そんな事はどうでもいいから、ちょっとこっちへ来い」と、無理矢理部屋迄引っ張っていく。
ゴードンはいつもとは違う俺の様子に訝しがりながらも、黙ってついてくる。
部屋に入ると、扉を閉めて内鍵をかける。部屋の中は薄暗いが何も見えないほどではない。ただ、不便ではあるので鎧戸を少しずらして明かりを取る。それで大分ましになった。
「おいおい、一体どうしたんだ? なんか変だぞ今日のお前」
ゴードンはしびれを切らせたように、問いかけてくる。自分でも少し性急すぎるなとは思ったが、こっちは四日も情報を求めてストレスを貯めこんでいるんだ、このくらいの事は大目に見てもらおう。
「これを見てくれ」
俺は『からくり箱』を取り出し、ゴードンに見せる。
ゴードンには、買った後に一度見せていたので、これで二度目となる。
「ん? 例の爺さんから買った箱だよな。それがどうかしたのか?」
俺は、ゴードンのその問いには答えずに『からくり箱』を机の上に置いて開錠させた。途端に机の上には黒色の不思議な箱が出現する。ゴードンは、まじまじとその箱を見つめ、何度も目を瞬いて確認するが箱はそのままそこにある。
俺は箱の蓋を一度開けてから再びパタンと閉めた。箱は『からくり箱』の大きさに戻る。
「魔法の道具だったのか?」
ゴードンは驚きで、大きな声を上げる。俺は慌ててゴードンを制し、ゴードンも慌てて「すまん」とジェスチャーを送ってきた。
「こういった箱の事を知っていたか?」
俺はゴードンに尋ねて見た。知られていない確信があったが、念のためである。
「いや・・・・・・、聞いたことないな」
ゴードンから帰ってきたのは、予想通りの答えだった。
俺は、再び『からくり箱』を開錠すると、箱の中の袋から『マシュタップ大金貨』を一枚取り、ゴードンに軽く放り投げる。
いきなりの事だったが、ゴードンは空中でキャッチし、手の中のコインをチラッと見やって、そのまま固まった。よく見るとコインを持つ手が震えている。
「こいつは・・・・・・『マシュタップ大金貨』じゃねえか!」
流石に商人だけあって、ゴードンはその金貨の存在を知っていたようだ。これで少しは情報が入手できそうだと俺も安心する。
「どういったものなんだ? 教えてくれ」
「そうか、ウートは知らないか・・・・・・。無理もないな」
俺の言葉に、ゴードンはしばし考えを纏めるように黙り込んだ。俺にとってはもどかしい時間が過ぎる。やがて、ゴードンはため息をつきつつ、その金貨のあらましを語ってくれた。
「こいつはな『マシュタップ大金貨』というのが正式な名前なんだが、俺達商人の間では『誓約の金貨』の方が通りがいいな」
「『制約の金貨』?」
「ああ、どこから話せばいいか・・・・・・。そうだな、先に見てもらった方が早いか」
ゴードンは腰に填めていた革のポーチから小さなナイフを取り出し『マシュタップ大金貨』を床に置くと、ナイフを振りかざして大金貨に突き立てた。
途端に、ギャリッっという金属と金属がこすりあうような高音が響く。少し火花が飛んだのも見えた。
ゴードンは金貨を手に立ち上がると、俺に刃を突き立てた金貨の表面を見せた。そこには予想に反して傷一つついていない。
「見てもらった通り、このくらいでは傷一つ付けられない。それどころか汚れもしないし摩耗もしない。こいつには“永続化”の魔法が掛けられているからだ。つまり、この金貨自体が魔法の道具 の一種なんだ」
ゴードンは、指でつまんだ大金貨を裏表にして繁々と眺め、その感触を味わうように指で弄んだ。
「こいつの大きさは、ざっくり言うと王国で流通している小金貨の五倍、大金貨の二倍だが、価値はそれだけに収まらない。それはこいつに掛かっている“永続化”の魔法が関係していてな、普通は金貨と言っても時代によって大きさが違っていたり、金の含有量が違っていたりするし、偽金も出回ったりする。だが、この『マシュタップ大金貨』だけは一切の混じり物も誤魔化しも利かない、さっき見せた通りにな。だからこの大金貨は商人にとって、特別な、金の価値そのものの象徴とされているんだ。自信の命運を左右するような大きな契約を結ぶ時には、こいつをお互いに持ち寄って、今みたいにナイフを突き立ててからお互いに交換する。お互いの信用を交換すると言う一種の儀式だな」
ゴードンは、大金貨の文字面を見せて、そこに書かれている言葉を読んだ。
「古い言葉なんだが、こう書かれているらしい。――我は御身に誓う、我が誠心に一片の偽りなし。我は御身に捧ぐ、永遠に終わりなき契約を。我が誓約として一片の黄金を奉らん――この言葉と、永続化の効果が合わさり、商人にとって、こいつを使って交わした契約は絶対だ。破ったら金貨に見放されて破産するとまで言われている。商人は意外と験を担ぐ人種だし、信用できない奴とは取引できないから当然そうなるわな」
ゴードンは再び金貨を握りしめ、溜息をついた。
「ただなあ、こいつは出回る数が限られている。しかも大店が金にあかせて買い集めて、よほどのことがない限りは手放さない。自分の店の暖簾分けや、重要な新規の契約のときに僅かに出てくるが、そいつらも手放すことはほとんどないからな。後は迷宮から稀に持ち帰られたりするぐらいなんだが、そう言った出物だって大店を出し抜いて手にするのは不可能に近いんだ。だからこいつを持つことは、一般の商人にとってステイタスで一流に近づいた証でもある。ちなみに、大店はこいつを冒険者達から買う時、金貨十枚を積んでいるって話だ。本来価値の二倍なんて馬鹿げてるだろう? でも正直言えば俺だって、十枚出しても欲しいと思う事はある。しかし、機会自体滅多に訪れないわけだ」
俺はゴードンの話に溜息をついた。なんでそんなややこしい付加価値が付いているのだろうか、正直言って使い難くてしょうがないではないか・・・・・・。
ゴードンの話の通りなら、そんなものが大量に市場に流れたら少なくない混乱が発生する。価値の暴落が起きるし、買い占めをしているらしい大店の大商人達から恨まれたり憎まれたりしかねない。そんな事態は御免被りたいし、だからと言って持っていても使えないなら絵に描いた餅も同然だ。
(しかしまあ、少量ずつ、影響の出ない範囲で換金すればいいか。目立たないように注意して、危なくなったら手を引けばいいだろう。そうすると、換金する場所は王都以外にないな。それ以外だと目立ちすぎるし、この街ではそもそも不可能だしな。と言う事は、協力者が必要になるわけだ)
色々と事業も起こしつつあるが、大きな儲けになるのは事業が育ってからだ。それまでにやりたいことをやるには資金が必要だった。俺は新たに四枚の大金貨を箱から取り出す。
「ゴードン、仕事を頼みたい」
「仕事?」
「簡単に言うと資金洗浄かな」
俺は新たに取り出した『マシュタップ大金貨』をゴードンに手渡した。次々に手渡される貴重なはずの金貨に、ゴードンは価値観の崩壊に見舞われているらしい、情けない顔で手元にある金貨を見ている。
「そいつを、王都で出所が判らないように換金して欲しい。報酬は『マシュタップ大金貨』一枚でどうだ?」
ゴードンは、俺の言葉に気分を害したのか、むっとした様子を見せる。
「換金に一枚だと? 高すぎる。受け取れねぇよ」
彼は誇り高い男であり、施しなど受け取らない事は重々承知の上だ。しかし俺はそれを遮り、話を進めた。
「簡単に考えてもらっては困るな。極秘裏に、出所が判らないように換金するのはそれなりに大変だぞ。それに今回だけとも限らない、資金はいくらあっても足りないからな。あと、巻き込む為の口止め料も入っていると思ってくれていい」
ゴードンは俺の言葉を吟味するように、首をかしげている。俺はさらに理由を説明する。
「出所がばれれば、どんな災厄を招くかわからない。それこそ盗賊の件で身に染みたしな。それに、こう言っちゃなんだが、こんなうまい話を他人に教えてやる義理は無いからな。理想的には、換金がばれる前に事業を軌道に乗せて、資金の出所をわかりづらくしてしまう事だと思っている。それまで手伝ってくれ、やってくれるよな?」
俺は悪巧みを告白したようにニヤリと笑い、ゴードンの返事を待った。
ゴードンは多少葛藤があったらしい、しばらく沈黙した後、俺と同じような笑いを浮かべて請け負った。
「ああ、やらせて貰うさ。願っても無い話だ」
俺達はガッチリと握手を交わす。どちらからとも無く、ニヤニヤと笑いだした。
「ところで、何枚くらい入ってたんだ?」
唐突に不思議そうにゴードンが聞くので、何も考えずに「二千枚」と答えたら、表情が硬直したまましばらく動かなくなった。まだまだ修行が足りないようだなゴードン君。
「『エリクシール』について、何か知っていることは無いか? 十本ぐらい入ってたんだが」
ゴードンは呆れ顔で頸を振りつつ「もう何でも有りだな」と呟いて。
「最上級の薬で、外傷、ほとんどの状態異常、病気の治癒が出来る万能薬だったかな。市場には殆ど出回らないはずだ。迷宮なんかで見つかっても、発見した冒険者自身が秘匿する事が多いし、それ以外は貴族連中が買い占めているらしい。製造法も一応有るらしいんだが、材料がもの凄く希少で結局同じ事なんだと。金額は、一本でも金貨三百枚から五百枚ぐらいって話だったかな。それだけでも一財産になるぜ、そっちも捌くか?」
俺はゴードンの言葉を検討してみたが、金貨より目立つ気がしたので止めておいた。あと、お金は稼ぐことが出来るが、希少な薬などは、お金を出しても手に入らない可能性が高いというのもあったからだ。
「あースッキリしたぜ、ありがとうなゴードン。情報の入手にも気を遣うからな、ここ四日はずっとイライラしてたんだ」
俺は、久々に晴れ晴れとした顔で、ゴードンに礼を言った。
「なんだ、それでかよ・・・・・・。てっきり、可愛い子をどう口説けば良いか解らないで悩んでるんだと思ったのによ」
「可愛い子って、ユーリエのことか? なんか男嫌いみたいなんだよ。初日にもの凄く怯えられてなぁ、参ったよ」
俺はここ四日間のストレスが解消され調子を取り戻し、ゴードンといつもの気兼ねない男同士の会話を楽しめるようになっていた。
「そうなのか? そうは見えなかったけどな」
「まあ、あの歳で、子持ちのうえ寡婦で、おまけに男嫌いって、どんだけ過酷な人生送ってるんだか・・・・・・。そんな複雑な女、口説ける自信なんてないよ」
「確かに、そう聞くと二の足踏んじまうな」
「ハンナは気にいってるようだし、店の仲間でもある。何とか上手い事やって行くしかないのさ・・・・・・」
俺は肩をすくめつつ、その気は無いことをアピールした。
俺達は、その後も近況の情報をやりとりし、換金した金で仕入れて来て欲しい物なども相談して過ごしたのだった。
翌日、ゴードンが王都へ戻っていくと、いつも通りの日常が戻ってくる。
ストレスの原因となっていた疑問の大半が解消したので、俺は通常ペースで仕事を捌きつつ、ここのところ滞っていた新事業関係の調整なんかもやりつつ時間を過ごした。
特に、『町会』と計ってガラス製造の専門家を招聘する相談を行い、大まかな段取りを相談していく。今後作りたい施設の為にも必要となる技術の一つだからだ。特に現在のガラス製造レベルがどの程度か、素材の入手方法はどうしているのか等が知りたかった。
それら一連の話し合いが一段落したので、酒場の二階に向かい帳簿を付ける。紙は羊皮紙しかなく貴重品なので、平らな木片をメモ帳代わりにしながら、ある程度の量が纏まったところで羊皮紙に写していく。
「紙も作りたいな、アルカリ性の液体で藁とか植物を溶かしつつ煮て、後は漉いて乾かせば良かったはずだよな。アルカリ性の液体は灰を水に溶かせば行けるかな、原料は腐るほど森や畑から取れるし手間は農家の農閑期に技術指導で覚えて貰うと良い副業になりそうな気がする。これも後で相談しておくか」
俺は思いつきを一人でブツブツと呟き、紙の作成に必要な道具の発注をマルセロさんにする為、木片に纏めておく。俺自身、紙など漉いたことは無いのだが、実験を繰り返すことで形にしていくしか無い。
俺の思いつきが、そうそう簡単にものになるわけでは無いが、それでも成功すればそれなりに便利になると思えば試さずにはいられない。また、この町にとって新たな産業の育成を行い、街全体が豊かになれば自分も便利に豊かになる。緩やかな相乗効果を徐々に広げていくつもりであった。そのための密かな資金を確保できたこともあり、躊躇していたことにも取りかかれるようになったのは大きい。
だが、ゴードンのおかげで箱の中身の金額は把握できたものの、同時に問題点も多い事も判明した。正直に言えば、大金過ぎて持て余しているし、この世界にも他人の幸運を妬む奴らはごまんと居るだろう。そう言った奴から目を付けられない為にも、目立つことは避けたいというのが本音であった。
個人の嫉妬や、強盗程度なら人を雇うなりして対処出来そうだが、もしも貴族や王国が出てきたら、と言う危惧も捨てきれない。そうなれば、今の俺ではとても対応しきれない、そうならないためにも慎重に事を進める必要があった。
夜営業の時間が近づいたので、俺は思索を中断し階下に降りることにした。本業を疎かにするつもりは今のところ無いのである。
最近新メニューの投入をサボっていたので、今日は久々に投入する予定だった。事前に賄いで出してみて、概ね好評だったのでようやく投入することが出来る。今回の新メニューは『とんこつラーメン』である。
正直、材料の入手が簡単なことも有り、かなり以前からテストしていたのだが、俺の知る『とんこつラーメン』の味が中々出なくて苦労してしまった。正直今のこれも一流店の味には遠く及ばない代物だが、比較されない気安さというのは精神的ハードルもかなり下げてくれるので、店に出す基準は「そこそこ美味しい」のレベルでよかった。
俺が投入した久々の新作に酒場は大いに盛り上がり、噂を早くも聞きつけて来店する強者もおり、スープが瞬く間に無くなった。一日限定○○杯とか言うラーメン屋を「舐めてんのか!」とか思っていたが、スープが無くなるのは本当にどうしようも無いと知った。
仕事が一段落付き、久々に、ストレスからも解消されていた俺は、フロアの方へも意識を配る余裕が出来ており、ユーリエが思ったより問題無く男性客の対応をこなしているのを見て、少し複雑な気分になった。
(やはり、初日の怯えは俺限定だったのか・・・・・・)
そう思うと、やはり少し悲しくなる。割り切ったつもりでいても、それを望んでいるわけでは無いので、感情のコントロールが緩くなることはあるのだ。
視線をユーリエからはずし、厨房に引きこもって後片付けに没頭することで、気持ちの切り替えを計る。
鍋を磨くような単純作業は意外と精神の安定をもたらしてくれた。ぴかぴかになった鍋を見ていると、達成感でもやもやも吹き飛んでいた。我ながら単純すぎる精神構造である。
閉店作業も済んで、部屋に戻ると『からくり箱』から『片眼鏡』を取り出す。
これのことをゴードンに話そびれていたが、元々売るつもりも無いので、価値を知る必要が無いと言う理由もあった。流石に特有の魔法の道具の使用方法まで尋ねても解らないだろうから、自分自身で解き明かすしか方法がない。そのために、今日も自分で色々と実験を繰り返すことにした。
俺はまず、この『片眼鏡』が持っている幾つかの疑問点について、それの解消を一つの目標として立てている。その疑問点を大雑把に述べると、
疑問点一 どうやって俺にラベルを見せているのか
疑問点二 なぜ、ラベルの文字が読めるのか
疑問点三 名称ラベル表示以外の使い道は無いのか
以上が、俺が今、抱いている疑問点なのだが、一つずつ検証していくしか無いと考えたので、その方法を考えていた。
まず、どうやってラベルを俺に見せているのか、である。
普通『物を見る』と言う行為は、視覚を有する器官である目が、物体に反射した光を取り込み、光を信号へ変換し、脳に送られ、脳が信号を処理することによって人は物を見ていると認識しているはずであるが、『片眼鏡』はそこに実際には存在しないラベルという映像を映し込んでいると言える。
俺の疑問は、そのラベルの映し込み方が、『片眼鏡』のレンズの内部に魔法の力で映像を作り出し、他の反射してくる光と合成して目に映すのか――つまり映像を目で見ているのか――、それとも直接神経細胞や脳に信号を送り込んでいるのか――目で見ていないのか――、を解消する事であった。
俺はレンズの視界を、一部分だけ外側から遮り、ラベルの変化を確かめてみる。
ラベルはレンズの外から遮った部分に影響を受ける事無く、全体が表示されている。これで、レンズを透過する前の光の反射については、影響を受けていない事が確認できた。
次に、レンズの内側から遮ってみる。これでもし映像が遮られるなら、映像の変化はレンズの内部で行われていることになる。結果は、ラベルに変化は見られず、遮られることなく映し出されていた。
この、映像情報の送信方法は、これ以上調べる手段が無いため解らないが、考えられる可能性としては、目の内部――水晶体や網膜――で変化を起こしているか、視覚神経もしくは脳へ直接的に信号を送り込んでいるかのどちらかであると推測できた。どちらにせよこの『片眼鏡』は、単純に記録を映像化して目に映すだけの装置ではないことになる。
疑問点一について一定の理解が得られたことで、また、それ以上は調べようが無かったので、今度は疑問点二の、なぜラベルの文字が読めるのかについて考察してみる。
まず、送り込まれた映像信号に使われている言語は、現在この国で使われている言語とは異なっている。これを現在言語の対比として古代言語としておく。
そして俺には、現在言語も古代言語も読む事は出来ないはずなのだが、その視界に映る古代言語が何と書いてあるか理解できる。これは前にも思った事だが、文字を読んで理解しているのではなく、何と書かれているか意味が理解できているという不思議な状態だ。
この状態について推察したところでは、脳で処理し認識している映像情報――視界として脳が処理している情報――には文字として表示されているが、本来『片眼鏡』から送り込まれている情報は、本質を伝えるための意味情報なのではないだろうかと言うことである。
その情報を、人間が認識し理解しやすい形に置き換えるため、脳内で映像として映し出すときには、文字として表現しているのではないだろうか。
このことによる一つの推論として、一つ目の疑問であった映像信号の送信も、脳に直接送り込まれている可能が高いように推察された。
俺がこのように『片眼鏡』の仕組みを複雑に考えてしまうのは、元の世界で使用していたパソコンの構造が頭にあるからだろう。
俺は一時期パソコンの組み立てにはまり、結構な額の散財をしていたことがある。
マザーボードを選び、CPUを選び、メモリを選びといった、様々なパーツを組み換え選定していく行為は、パソコンに対する造詣を深めると共に、その仕組みを理解する事へと繋がっていった。
それを知っているからこそ、パソコンがトラブルを起こしても冷静な対処が可能であったし、原因の特定を素早く行うことが出来るのである。そうすれば、壊れたと騒いだうえ電気屋さんを呼んだら電源コードが刺さっていなかっただけ、というような失敗をしなくても済む。
『片眼鏡』についても、その仕組みを知り動作原理を解明すれば、より深いレベルで使いこなすことが可能になるだろうと思っている。
この『片眼鏡』は、一見すると物の名称――意味――を表示するだけの物に思える。
しかし、その処理をパソコンで実行する形に置き換えてみると、そのすごさが解るのだ。
例えば、レンズを通して見た情報をインプット情報として認識する。認識した情報を元に物体を判別する。判別した情報を元に名称をデータ上から検索する。何らかの方法で意味情報及び視覚情報としてアウトプットする。などの処理を行っていると考えられ『片眼鏡』が相当に複雑な処理を行っていると理解することが出来る。
「魔法という不可思議な作用がもたらす効果は、何処まで万能性を許容するのか?」などというと何かの研究みたいな話であるが、パソコンであれば単にデータを記録するにしてもハードディスクやSSDと言った装置が必要だったわけで、しかも無尽蔵に記録できるものでも無い。インターネットに繋げばそこにあるデータを検索する事で人類が知り得た情報のうち、公開されている情報の大半を知る事が出来たのだが、そこにも一定の限界が存在する。では、『片眼鏡』はどうやって認識し、判別し、検索を行っているのか? 『片眼鏡』自体がデータを保有しているのか、それとも魔法により自動的に答えが導き出されるのか、魔法によりどこかにある全ての情報を保管した場所――インターネットのような情報空間とも呼べるような場所――へアクセスして引き出しているのか、など、果てしなく興味がわいてくる。
この世界の『魔法使い』達なら、当たり前のように知っている事なのかも知れなかったが、安易に頼ることはしたくなかったし、『からくり箱』を含めた、貴重な魔法の道具の情報を与える羽目になりかねないので、尋ねる事は出来なかった。
『心理がすぐそこにあるのに届かないもどかしさ』みたいなものを感じるが、人間の知識は疑問を考察し、考察を基に推察し、確証を得るために実験し、その結果を基に、さらなる考察を重ねていく事で積み上げられるものではないだろうか。
(俺にできるのは疑問を解消するための方法を一つずつ考えながら、結果を積み上げていく事だ)
そう考えて具体的な方策を組み上げていく。
まずは、『片眼鏡』自体にデータが保存されているのかどうかを、検証する方法だ。そして、これが実際には一番気になる事でもある。
なぜなら、すでに判明している情報が保存されているだけの百科事典のような物なのか、それとも『片眼鏡』自体に解析能力があり記録等に頼らないものなのか、この答えによって『片眼鏡』が持つ価値には、雲泥の差が生じてしまうからだ。
前者であれば、古い情報が載っているだけの便利なアイテムに過ぎないという位置づけとなるだろう。新規に情報の登録を行う方法が解らなければ、昔から存在する物の名前が判明することで調べ物がしやすくなる程度のものだ。
しかし、後者であれば、『片眼鏡』の稼働原理を解明することで、新たに様々な情報を引き出したり、新たな活用法が見つかるかもしれなかった。
この事を検証する事は、意外と簡単だと気がついていた。単に『片眼鏡』が作られた時代には無かった物を表示させてみればいいのだ。無かったというのは物質的にという意味ではなく、概念的にも存在しなかったであろう物である必要がある。
俺は、『片眼鏡』を装着したまま、手燭を持って部屋を出た。行先は、井戸に設置された水道ポンプのところである。
俺は、井戸の傍まで行くと、手燭を翳して水道ポンプを照らし、緊張に心臓の鼓動を大きくしながら、『片眼鏡』で覗き見た。
『手動式水圧ポンプ』
即座に、という反応すら見せずに、ラベルはあっけなく表示された。相変わらず、古代言語による表示だが、いつも通り意味は伝わってくる。
(『手動式水圧ポンプ』か……)
俺はその時始めて、そんな風に「意味を反芻する」ように思考した。その途端であった。
ラベルが表示されていた位置を中心にして、そこから広がるように薄い黄色のパネルのような映像が浮かび上がる。そしてそこには、黄金の色を濃くしたような不思議な色で文字が書かれており、その言語はラベルと同じ古代言語である。
パネルをよく見ると、外枠はアンティークな装飾が施されており、格調の高い絵画を見るような趣である。書かれている言葉は、ラベルの時と同じように意味を理解することが出来て――名称:手動式水圧ポンプ 効果:手動により水道管内の空気圧を変動させ大気圧によって水を組み上げる装置――と書かれていた。
(・・・・・・いったい何が起こったんだ?)
俺がパネルから意識をそらし、起こった現象を回想しようとした瞬間、パネルは跡形もなく消え去る。驚いて、もう一度表示させる為に、さっきの手順を思い出しながら試してみる。
(パネルを見て、ラベルを出し、表示された言葉を読む? 考える? えっと、『手動式水圧ポンプ』?)
すっと、ラベルがパネルに変化した。
何度か確認するように繰り返し、徐々に手順が判ってくる。物体を明示的に視てラベルを表示させ、そのラベルに書かれた文字を読むように脳裏に意識すれば、パネルが出てより詳細な内容が把握できるという事らしい。
他にわかることは無いかと、パネルが表示された状態で、色々と試してみる。
(『構造』、『価値』、『材質』――)
と試したところで、パネルに被さるように薄い緑色のパネルが開き、――材質:青銅・メープル材・鉄・銅―― 等、使用材質の一覧が使用量と共に表示された。
俺はそこまでの結果を確認し、一旦部屋に戻って他の物を試してみることにした。
(まずは『エリクシール』を調べてみるか)
俺は『からくり箱』の中から、『エリクシール』を一本取りだし、『片眼鏡』を使用して覗き込む。
(『エリクシール』――)
俺が、表示されたラベルの名称を意識に浮かべると、ラベルがパネルに変化し、説明が表示される。
――名称:エリクシール 効果:外傷の治癒――欠損部分の修復は不能――、状態異常(猛毒・麻痺・石化・凍傷・火傷・衰弱等)の回復、外的要因による病気(細菌・ウイルス・寄生虫 )の治療
俺は『エリクシール』の効果説明を読み、ゴードンの説明と殆ど変わらない事を確認する。
続いて、『マシュタップ大金貨』を鑑定してみる。
――名称:『マシュタップ大金貨』 効果:永続化
(う~ん、情報少な! まあ、金貨じゃそういうもんか、裏の文字の『説明』ぐらい出ると思ったんだけど)
俺がそう思いつつ金貨の文字面を眺めると、薄いオレンジ色のパネルが出現し――説明:古代エシュダイルの民が、信仰する神への捧げ物として制作した金貨。純度九十九.九九%以上、重さ七十七.七五八五グラム。永続化の魔法により現状変更することが出来ない。古代エシュダイルの民滅亡後も商人達の信仰対象として利用されている。裏面には“我は御身に誓う、我が誠心に一片の偽りなし。我は御身に捧ぐ、永遠に終わりなき契約を。我が誓約として一片の黄金を奉らん”の記載あり――とまあ、書かれていると理解出来た。
(読めない文字でも、書かれていることの意味を調べられるのか! 思った以上に万能じゃないか! 原理は相変わらず謎だけど。そいつは後々解明するとして、認識できるのは古代言語だけなのか試してみるか)
俺は、この世界の言葉を覚える為に、羊皮紙に書き込んで貰った単語帳を取り出す。
左に書き込んで貰った単語の横に日本語を記載しているもので、一応覚えはしたが、文字を使用する機会が殆ど無いので、自分用にメモする場合は結局日本語で済ませていたりする。しかし、この世界の文字が読めるのであれば、本を手に入れて読む事も出来るかもしれないので、有用性は高い。特に、呪文書とか手に入れば最高だと思っているのである。
早速、羊皮紙を鑑定する。しかし、文字を読むのに、鑑定してからで無いと読めないのはやはり不便かもしれない。
――名称:『文字の書かれた羊皮紙』 効果:なし
続いて『説明』を表示させる。
――説明:二つの言語で文字が書かれた羊皮紙。表面には――水-水、火-火、パン-パン、酒-酒・・・・・・
(おお、きちんと解読できるな。現代言語を古代言語に直しているのがなんとなく変だけど、文字を読めるのは大助かりだ。それにしても日本語までちゃんと変換してるよ、まあヤンの翻訳魔法という前例があるから当然なのかもしれないが・・・・・・)
俺は、『片眼鏡』を一旦外して、繁々と眺める。これだけ検証しても原理については全く理解できないのがもどかしくはあったが、使い方しだいで非常に高い性能を発揮できる事は理解できた。そうなるとじわじわと喜びも浮かんでくる。
(こいつは大当たりだな。俺的には金貨や薬よりよっぽどコイツの方がありがたい。必ず原理も解明して、さらに使いこなしてやる)
俺はそう心に誓い、その日の検証を終了したのだった。




