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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第一巻
17/51

とある眼鏡の入手事情

 俺は夜営業に備えた開店準備を整える中で、少し冷静さを取り戻していた。

 この世界の女性達は明るく開放的に接してくることが多いので、久々の冷たい反応に冷静ではいられなかったらしい。しかし、よくよく考えてみると、元の世界では日常茶飯事だったではないか。

 そう思えば、対応も慣れたものだ。店の同僚として、なるべく穏便にお互い気持ちよく仕事に専念できるように接するのが、社会人としてのマナーであろう。

 元の世界では、人間関係は非常にデリケートで難しい問題だった。例えば新人を教育しようとするとしよう、良かれと思い熱心に指導すればパワハラ扱いされ、自主性に任せれば指導してもらえないと憤る。結局の処、対応策は詳細なマニュアルを作って「それに全て書いてあるから読んでおいて」というのがベストだろうか。マニュアルばかり増える訳である。

 女性を相手にするのはもっと大変だ。気に食わなければセクハラ――セクハラの定義は難しいが、極端に言えば相手が不快だと感じたなら成立する。例えば、イケメンに髪型を誉められるのは許せるが、ブサメンに褒められるのは不快である、よってセクハラとなる――だ、パワハラだと騒がれる恐れがあるし、機嫌を損ねればすぐに業務に影響が出る。対処するにはイケメンである必要がある――指導されるのもイケメンに限る――ので 、俺に出来るのは、なるべくスルースキルを発揮しつつ、頼られた時だけ手を貸し、当たり障りのない対応に終始することだけだ。

 なお、この件について俺は、女性ばかりを非難するつもりはない――資格がないと言うべきか――。何故なら、俺だって美人が好きだし、女性に対して容姿や性格の品定めをしているからだ。その自覚があるから、女性側の反応も理解出来るし、あまり怒りを覚えたりはしない。そうでなければ、女性の側に自己都合を押し付けているだけで、非難する資格がないどころか蔑まれても致し方ない。その位の自覚はある。

(だいぶ気分がネガティブになってるなー、こんな時ほど仕事に没頭できる気がするが、一種の現実逃避かな、そういう意味では悪いことばかりでもないのか)

 いつものルーティンをこなしながら、自分の心の内を客観視していく事で、心のバランスは取りもどせる。ネガティブな事象にいつまでも心を囚われていては、生きていくのが辛くなるだけだろう。

 気が付けば、雑多な思考に囚われながらも開店準備はほぼ終了している。半年以上こなしてきた作業は、大方体に染みつき始めている。

 炭の量を調節して、スープを保温の状態で温めるぐらいにし、ざっくりと灰汁を掬う。今日のメインは熊肉と野菜のポトフである。臭みを消すために香草を大目に使用している。

 俺が料理の出来に満足していると、ハンナとユーリエが裏口から入って来た。

 多分、部屋の案内をし、着替えをしていたのだろう、ユーリエは旅装を解いて真新しいエプロンを身に着けていた。

 その時俺は、まだ彼女の顔すら見ていなかったことに気が付いた。フードつきのローブに覆われていたためだ。

 今はそのローブを脱ぎ、灰色の、一見して安物とわかるワンピースの上からエプロンを着け、赤ん坊をおんぶしている。

 初めて見た髪の色は、少し灰がかったオリーブ色で、ややウェーブがかかり、肩より少し上のあたりで切りそろえられている。

 旅の疲れからか、頬がこけて見え、目の下にクマも出来ているようだ。全体的に整った目鼻立ちだが、全身から醸し出す悲壮感とあわせて、痛々しい印象しか持てない。

 しかも、俺が予想していたよりさらに若く、二十歳を超えているようには見えなかった。

 挨拶をするためか、ハンナに促されて俺の前に――距離を開けて――立つが、俺はある部分を凝視しそうになり、慌てて意志の力を総動員し全力で視線を余所に飛ばす。その瞬間、ユーリエは体を強張らせたが、視線を飛ばした俺には気が付くことは出来なかった。

「よろしくお願いします」

 ユーリエはか細い声で挨拶し、俺は動揺を気づかれないようにするため、抑えた声で、

「ああ、よろしく」

 と答えるのが精一杯で、すぐにユーリエに背を向けるとポトフの灰汁取りをするフリをして誤魔化した。

 ユーリエとハンナが厨房を出ていく気配を背に感じ取りながら、額に浮かんだ冷や汗を拭う。

(やっべえ、あれはやべえ、不意打ちにも程がある、破壊力有りすぎだろ? 思わず速攻でセクハラ認定されるところだったぜ)

 俺は内心の動揺を抑えるため、脳内の思考を暴走させる。

(あれは、D、いやもしかしてEはあるのか? 全体的に華奢な印象なのに、あの部分だけ強調されすぎだろ? 反則だ、イエローカードだ、けしからん、実にけしからん。思わずガン見するところだった・・・・・・)

 俺が凝視しそうになり、彼女に気付かれる前に慌てて視線を飛ばした原因は彼女の胸、つまりは『おっぱい』にあった。

 親父であっても、健全な男である以上、女性のその部分にはつい視線を飛ばしてしまう。悲しい男の性である。気づかれればますます彼女を怯えさせたことだろう。

 普通であれば、ここまで動揺しなかったかもしれない。だが、彼女はいわゆる“おんぶ紐”で子どもを背負っており、その紐は胸の前でクロスしたうえ、意図せず胸を強調させる結果となっていた。

 その状態で目の前に立たれて凝視しないなど、俺は自分の意志の強さに喝采を送ってやってもいいのではないかと思う。間違いなくファインプレーだ。

(これから彼女と話すときは、天井の染みを数えながらにするか・・・・・・、いくら俺の意志が強いと言っても、男のさがには勝てないからな)

 俺はどこかずれたことを考えつつ、その日の営業時間を迎えたのだった。



 その日の営業は多少の波乱――赤ん坊が酒を飲みに来たギリドに驚いて大泣きした――があったものの、それなりに忙しく、フロアは二人に任せて俺は料理を作ることに専念した。

 彼女は意外にもフロアの仕事の経験があるようで、赤ん坊が泣きだしたとき以外はそつなく仕事を捌き、フロアが二人になって仕事が回るようになった分、厨房の回転を上げなければならなかったせいもあるが、一緒の空間にいればボロを出す可能性が高いと判断した為でもある。賢明な判断だったと思う。

 閉店業務を済ませ、二人を先に下がらせると、戸締りと火の始末を確認してから部屋に戻る。

 体は疲労感に包まれているが、まだ眠くなるような時間ではないので、ベッドに俯せになりながら枕元から『からくり箱』を取り出し、パズルの解除を楽しむことにした。

 一か月近くのチャレンジで、既に三十一の手順は判明しており、三十二手目の手順を思考中だ。元の世界のギネス記録では三百手以上の物もあるらしいので、今どのくらい迄、開錠が進んでいるのか全く見当もつかない。しかし、それゆえに終わり無き思考を楽しめるといえるのだ。

 俺はその日も、様々なアイデアを試し、長時間の思考を経て、一つの発想を得る。その発想は見事に成功を修め、俺は思わず歓声を上げそうになるのを必死で押さえた。三十二手目の完成である。

 今日は手順が進んだ事に満足感を覚え、昼間に起きた嫌な事も忘れぐっすりと眠ることが出来そうだった。すでに、昼間の憂鬱な気分やネガティブな思考は完全に忘れ去られていた。我ながら単純な精神構造であるが、これも日々、過酷な日常生活で培われた知恵のようなものだろう。一々些細な事に囚われていては、現代社会を正気のまま渡っていく事は出来なかったのだった。

 俺は『からくり箱』を元の状態に戻し、机の上にゆっくり置く。そして、手明りの蝋燭を吹き消して寝ようとする。

(あれ?)

 明りを消した途端に、そのことに気が付く。『からくり箱』の上部中央付近が発光しているのだ。明かりを消したから気付いたとも言える。

 それは、蝋燭の手明りにさえかき消されるほどに淡く、透明な光であった。これまでに何度か見た、『魔法の光』に似ている。

 ヤンの杖や、ギリドのクリスタルボトルが光っていた時に発していた光だ。

 それに触れたのは無意識の行為だった。本来危険を考慮すべきであったようにも思う。それを仕掛けたのが悪意ある者であれば、爆発、毒ガス、警報、テレポートなど、危険な罠を発動させたかもしれないからだ。

 だがその時の俺には、罠の知識はあっても危機意識は無く、その行為は無意識に何気なく行われ、指が光に触れた瞬間、光は箱の内部に吸い込まれていく。咄嗟に遅すぎる危機感を覚え、距離を置く為に飛び退き、顔を背けて、身構えた。

 ・・・・・・しばらくの時が経過する間、硬直した状態で待ったが、結局何も起こらなかった。

 少し拍子抜けしながら、箱の状態を確認するために明かりを付ける事にする。暗闇の中で苦労して火打ち石を探し、苦労して再び蝋燭に火を付けた。

 恐る恐る机の上を見ると、そこにあったのは元の『からくり箱』とは比べ物にならないほど大きな箱であった。明らかに質量からして違う。そして、異様な存在感を放っている。

 表面は、光沢のある真っ黒で見たことのない不思議な素材でできており、角には金属による補強がされている。一瞬「ジェラルミンケースみたいだな」と思った。

 俺は直接手を触れないようにしながら、箱の周囲を観察する。『からくり箱』のような仕掛けは見当たらず、何処にも蝶番のようなものさえ見当たらない。

 それでも、箱の上から三センチ位の部分に切れ目が入っており、上部が蓋のように開く構造なのが見て取れた。

 開けるか否か、俺が迷ったのは僅かな時間である。

 その理由は、老人がこれを手放したからである。

 『魔法の箱』と呼んでいたのは老人の創作だと断言してもいいし、もし本当に『からくり箱』のような存在が世に知られているのなら、既に誰かに買われているか、自分で必死に開け方を模索しているに違いないだろう。

 老人はこの箱が”からくり”によって解錠できる事を知らなかったはずで、この世界の人々は『からくり箱』のような存在がある事すら認識していない為に、老人の手元に残っていたのだと、断言しても良い。

 そうなると、この箱は制作者のみが知る仕掛けによって閉じられ、魔法を使用しても解錠できない物なのだろう。『からくり箱』は、見るからに箱を思わせる形状をしているから、魔法によって解錠を試みた者がいないはずが無いが、この箱にかかっていたのは”鍵”では無く、”からくりによる仕掛け”である。”鍵”を開けようとしても”鍵”にあたる物が無いため、鍵を開ける魔法による解錠は不発に終わったのでは無いだろうか。

 つまりこの箱は、『からくり箱』と言う未知の知識と、からくり仕掛けの解錠手順という二つの仕組みに守られており、俺という異世界の知識を持つ存在で無ければ、制作者以外には認識も解錠も出来ない代物なのだ。これほど巧妙な隠し方は無いであろう。

 そんな、巧妙な仕掛けの後に、罠があるか? 俺は無いと判断する。

 この制作者からは「開けられる物なら開けて見ろ」と言わんばかりの意思を感じるのだ。

 迷宮でこの箱を見つけて、開けようとする者は多かったであろう。だが、魔法を使っても開かないとなれば、人々はガラクタやイミテーションと判断し、放置するか破棄しただろう。それを仕掛けた者は、端から見て大笑いしていたに違いない。

 見破られない自信があるから、見破られた時に罠を仕掛けるような事はしない。罠を仕掛けるという事は、見破られる事が前提となっており、自分の仕掛けに自信が無い事になる。これほどの仕掛けを用意して堂々と放置していた以上、相当の自信があったはずだ。現に、この箱のしかけは未だにその存在を知られていないようである。

 あくまで希望的観測による推論でしか無いが、この箱の制作者にはどこか愉快犯的なところを感じるのである。

「”迷宮狂メイズぐるい”の魔術師か、”迷宮”だけじゃ無かったのかもな。狂気の天才というやつか」

 そう呟きつつ、俺は箱の蓋を押し上げて開いた。――途端に大爆発――する事も無く、箱はあっさりと開く。

「なんというか、良い性格をしているよな。もしかして、迷宮の最下層にはこの箱の存在と開け方が書かれたりしてな。そしてそれが解ったときには、宝物の詰まった現物は殆ど捨てられてしまっていた。・・・・・・とか、ありそうで怖いわ」

 俺は、どこか自分と共通の思考を持つような気がする古の魔術師に親近感を覚えつつ、思考の予測から導き出された迷宮の真実を予言してみる。まあ、単なる当てずっぽうとも言うのだが。

 この箱の存在が知られていないなら、収集してみるのも面白いかもしれない。もしかして、難解とかいう迷宮の踏破の秘密も、案外そこにヒントが隠されているのかもしれない。

「とりあえずは、お宝チェックだ!」

 夜中に一人で独り言を言うのは寂しい奴としか言い様がないが、そんな気兼ねも必要ないのが一人の良いところでもある。

 恐る恐る中を覗くと、先ず目に映ったのは一番上に置かれた真四角の箱である。外側は天鵞絨ビロードのような見かけの藍色の布に覆われ、婚約指輪とか、高価なネックレスとかが入っていそうな箱であった。

その下には、同じような布で出来た巾着袋が四つあり、その脇には紫色をした蓋付きの小瓶が十本並んでいる。

 まずは、上に置かれた真四角の箱を手に取り、そっと慎重に持ち上げる。その箱の手触りは、見た目通り極上の布地のそれで、昔持っていたカシミアのコートの手触りに似ていた。

 そしてそっと、蓋を開けてみる。イメージでは真珠のネックレスが入っているような気がしたが、その箱の中身は違っていた。

「『片眼鏡モノクル』? とか言うんだっけ?」

 思わず知識の中にあるそれの名前を呟いてみる。白く光沢のあるシルクのような布に包まれて入れられていたそれは、所謂『片眼鏡モノクル』と言われるものであった。

 装飾はシンプルで、上品だが普段使いを考えられた物だ。中心であるレンズ部分はクリスタルなのか、ガラスなのか、宝石なのか解らないものだったが、一片の曇りも無く光り輝き、値段など、予想も出来ない。

 片耳に架けて使用する物らしく、折りたたみの部分は精緻な細工になっており、高度な技術である事が見て取れる。

 これだけでも、俺が買った『からくり箱』の代金、銀貨約六十四枚(六十四万円)どころでは無い値段が付くのでは無いか。一目でそう思える程の品である。

「悪いな、爺さん。やっぱり俺の勝ちだったようだな」

 俺は銀貨を抱えてここを去って行く老人の姿を思い浮かべる。今頃何処で何をしているだろうか? あの後、すぐにこの町を去ったらしい老人の消息を知る術はもはや無かった。

 俺は中身を確認すると、一旦、真四角の箱の蓋を閉め、机の上にのせた。次に巾着袋を調べる事にする。

「重い・・・・・・」

 軽く持ち上げようとしたが、見かけによらず、とんでもない重さだった。

 慎重に机の上に置き、巾着の袋を緊張に震える手で開けると、中にはぎっしりと見た事の無い硬貨が詰まっていた。しかもその色は、思わず魅了されるようなゴールドの輝き、

「金貨だ!」

 俺は思わず大きめの声を上げてしまった。この時、今日から新たに発生している隣人の存在はすっかり頭から消え去っている。

 震える手で、一枚の金貨を掴み、目の前に翳す。それは、ずっしりと手に重く、言いようのない存在感を主張している。

 俺は、初めて見る金貨をしみじみと眺めてみた。

表の意匠には天秤を捧げ持つ乙女の姿が施され、裏にはなにやら文字が刻まれている。曇りや汚れ傷などは一つも無く、美しく光り輝いていて、新品同然と言っていいだろう。

 だが、俺はその金貨に、少し違和感を覚えた。

「なんか、大きすぎないかこれ?」

 この世界の金貨は、銀貨百枚(百万円)分の価値がある。金そのものに、同じ大きさの銀の百倍の価値があるとゴードンに教えて貰っていたのだ。つまり、銀貨と同じ大きさの金貨でなければおかしいはずだ。

 それが、この金貨は五倍くらい有りそうな程大きい。大金貨は金貨の二.五倍の大きさのはずだ。そのどれとも違うのでは無いだろうか?

「誰かに、金貨を見せて貰う必要があるな」

 そうで無ければ比べられない。

だが、俺はある噂を思い出した。「金は噛むと歯形が付く」というあの噂だ。

 物は試しである、ちょっと囓ってみた・・・・・・。

「堅い! 歯が立つとか絶対無理だこれ、重さは金と言っても信じられるけど、もしかして金貨じゃないのか?」

 俺は情報不足のため、それ以上の確認追求を諦めるしかなかった。

 一応数だけは数えてみる。一袋に五百枚入っている。それが四袋有る総数二千枚だ。これが本物なら、大きさを考えないとしても二十億円相当の資産だ、凄まじい金額である・・・・・・。現在のところ、金貨の可能性は限りなく低いが、偽物とも言い切れない。――多分に願望も混じっているが――今は保留としておくしかなかった。

 次は、紫色をした蓋付きのガラスの小瓶を手に取る。色が濃く、蝋燭の明かりに透かすと、微かに液体が入っている事だけは解る。

 ラベルのようなものは無く――有ったとしても読めないのだが――、毒なのか薬なのかさえ判然としない。流石に飲んで確認する気にはならいので、いずれ専門家の手で鑑定して貰う必要がありそうだった。

「金貨らしき物と、謎の薬に『片眼鏡モノクル』か、調べるとしたら『片眼鏡モノクル』しかないな」

 俺は、金貨の袋と薬を元に戻し、箱の蓋を何気なく閉める。それは、音も無く、元の『からくり箱』に戻っていた・・・・・・。

 慌てた、焦った、完全に想定外だった。閉めると元に戻るとは!

 箱を再び解錠しようと手に取り、からくりの解除手順を試そうとしたとき、『からくり箱』の上部が淡い光を放ち出す。

 俺は恐る恐る机に置き、光に触れてみる。すると音も無く、再び大きな箱の姿に戻る。

 どうやら一度解錠すると、再びからくりを解除する必要は無く、いつでも開け閉めできるようになるらしい。試しに蓋を開けて閉めてみると『からくり箱』の姿になる。

「コイツは凄いな。質量が何処に保存されているかは解らないが、箱に入る大きさなら楽々携帯して持ち歩けると言う事か、とてつもない便利な道具じゃないか・・・・・・。これだけでも、一財産になるのは間違いない。でも誰にも喋れないからなあ・・・・・・」

 今後、同じような箱を収集するためには、秘密裏に行う必要がある。ライバルが出ればそれだけで旨味は減ってしまうだろうし、俺の手に届かなくなる可能性が高い。それは避けるべきだろう。

 今の時点では、どうしようもない事が多すぎるので、俺は考えるのを止めた。この箱が他にも存在する可能性はあるが、手に入るかどうかすら運任せだ。とりあえず、中身の正体がはっきりとするまでは、箱の事も含めて様子見しようと考えた。

「それはともかくとして・・・・・・」

 俺は『片眼鏡モノクル』が入った箱を取り上げて、再び箱を開けてみる。箱の中に入っていた道具らしきものはこれだけだ。箱すらとんでもない品だったので、『片眼鏡モノクル』についても、嫌が応にも期待してしまうわけである。

 俺は、視力が良いので、眼鏡の類いは付けた事が無い。そういう意味では、現状必要の無い道具である。しかし、これには魔法の道具マジックアイテムである期待が持てる気がしたのだ。

 魔法の道具マジックアイテムの所持という点については、既に『からくり箱』が満たしているのかもしれない。しかし、その事は秘密にする必要があり、俺の所有欲をイマイチ満たしてくれないため、『片眼鏡モノクル』には、それを期待しているのである。

 静かに箱から取り出し、折りたたみ部分を開くと、それが左目用である事が解る。レンズを透かしてみると、反対側が透けて見えるだけの、何の変哲も無いレンズに見える。

 俺は、そっと架けてみる事にした。

 普通、度が入ったレンズは、合わない目には歪んだように見えるはずだが、特にそう言った違和感は覚えない。度が入っていないかのような、クリアな視界が得られる。

 しかし、解ったのはそれだけで、とりあえず他の変化は見られない。もしかしたら、ギリドのクリスタルボトルのように、特殊な手順が必要なのかもしれない。もしくはただの装飾品かのどちらかだ。

 俺はその日の確認を諦める事にし、眼鏡を箱に仕舞うため、箱に手を伸ばした。

(あれ? こんな飾りあったっけ?)

 手を伸ばした箱の上に、ラベルのようなものが付いていた。

 さっきまでは全く気がつかなかったので、不思議に思いながらラベルに触れるため、それをしっかりと見ようとした。

 『天鵞絨ビロードの化粧箱』

 ラベルにそう“書いてある”と解る。

 しかし、書いてある文字はどう見ても日本語では無い。

(確かに読める。読めるというか意味が解るな、文字を読もうとすると読めないのに、意味が解ると言う不思議な状態だ)

 俺はそのラベルを、もっとよく観察しようと思い、そのラベルはシールのように箱に張られているように見えたので、剥がしてよく見ようと手を伸ばした。

(ありゃ? 掴めないぞ)

何度試しても、それに触れる事が出来ない。

 俺はふと思いついて、試しに右目をつむってみた。ラベルは表示されたまま、何も変わらない。

 今度は、左目をつむってみる。すると、ラベルが消えた。

 両目で見ると、右目でも見えているように見えるが、どうやら左目で見ないと“見れない”らしい、つまり『片眼鏡モノクル』を通さないと見えないわけだ。

(つまりは、コイツがラベルを俺に見せているという訳か)

 どうやら、それが『片眼鏡モノクル』の効果であると理解する。魔法の道具マジックアイテムだということだ。俺は自らの幸運に叫び出したい気分だった。

(キタコレー!!! 魔法の道具マジックアイテムゲットーーーーー!!!)

俺は大声を出すのだけは何とか自制し、それでも心の中で快哉を叫んだ。

性能ですら定かでは無いものだが、魔法の道具マジックアイテムで有る事は間違い無い。この世界の住人ですら手にする事が稀な魔法の道具マジックアイテムの入手に俺は有頂天を極めていた。

 それが、魔法の道具マジックアイテムと解ると、色々と試してみたくなるのは当然と言うものだ。だから蝋燭を見たり、机を見たり、椅子を見てみたりした。その過程で、ラベルを表示する条件は、その物体を認識し焦点を合わせる事らしいというのが解る。例えば蝋燭の全体を見て、その形を認識し、そこにある物としての存在を意識すれば良い。意識の焦点を当てなければ、無闇矢鱈にラベルが出る事は無いようであった。

 物の名前を表示する。ある意味それだけの道具であるが、直ぐに使い道について思い至る。

『からくり箱』の中身について、手がかりが掴める事に気が付いたのだ。俺は一旦閉じていた『からくり箱』を再び開く。

 ちなみに『からくり箱』は『魔法の秘密箱』とラベルに表示されている。あの老人の妄執に似た思いつきから出た発想が、大方の正鵠せいこくを射ていたとは、笑い話のような話だった。

 先に、気になる金貨を視て見たところ『マシュタップ大金貨』と表示される。

(大金貨! やはり金貨である事は間違いないらしい。もしかしてこの堅さは合金なのかもしれないが、金貨となっている以上は、それなりの価値があるに違いない。)

 俺はさらなる幸運に我を忘れそうだったが、必死に自制すると残ったガラス瓶のような、液体の入ったボトルの方を取り出して焦点を当てた。ガラス瓶のラベルは『エリクシール』と書いてあると解る。

「『エリクシール』? エリクサーの別名だっけ? と言う事は万能薬? って、ほんとかよ・・・・・・。それに金貨の事もあるし。もしかしたら、違う時代の物か違う国の物なのかもしれないな。現状俺の知識ではこれ以上解る事は無いか、情報収集が必要だな・・・・・・。今日は、ここまでにして、明日から調べる事にしよう。当分これで退屈しなくて済みそうだ」

 俺は、それら全てを箱に戻し、箱を『からくり箱』に戻すと、今度こそ蝋燭の明かりを消し、眠りにつく。

 その時の俺には、すでに新しいおもちゃの事しか頭に無く、明日調べたい事を脳裏にリストアップしながら、いつも通りの恐ろしいほどの寝付きで寝たのだった。


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